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リアクション
【事態の打開を図る者たち】
それは豊美ちゃんとアレクが城に突入するよりも、少し前の事だった。
彼等が身を隠し、悪襲城に突入する作戦計画を練っている茂みに程近い獣道を、二人の影が進んで行く。
「ご飯を食べようとしていた途中で落っこちる……えっと、なんだか『不思議の国のアリス』みたいで素敵なのですよ♪
ね、御影ちゃん!」
オルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)がそう口にするも、隣を行く夕夜 御影(ゆうや・みかげ)からの返答はない。
「うぅぅ〜……」
それどころか、目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「あれ? 御影ちゃんどうしたですか?」
「うぅ〜にゃーのご飯……」
どうやら御影は、ご飯を食べ損ねた事でひどく空腹のようであった。
「えっと、泣かないでなのです。帰ったら美味しいもの一杯食べるですよ♪」
「うぅ〜待てないにゃー。にゃーはここで行き倒れそうにゃ」
そう言って、御影がぺたん、と地面に座り込んでしまう。オルフェリアが困っていると、視界の先に立て札が目に入る。
「何が書いてあるのでしょう……?」
読んでいったオルフェリアの顔が驚きから悲しみへ、ちょっとした怒りへ変わっていき、最後には頭の上に電球がピコーン! と光ったような顔をして、御影の所へ戻って来る。
「御影ちゃん、悪襲城へ行くですよ」
「お城? うーん……お城に行けばご飯とか遊んでくれる人居るかにゃ?」
「はい、ご飯はいっぱいありますし、御影ちゃんとも遊んでくれますよ」
オルフェリアが頷く。実際は見ていない以上知らないが、城には納めた年貢や人がたくさんいるだろう、という予測からだった。
「ふーん。ご主人がそう言うなら、行くにゃー……」
まだ元気のない様子で、御影が立ち上がりオルフェリアに続く。
「ふっふっふっ、オルフェにいい考えがあるのですよ……」
とても楽しそうな笑みを浮かべ、そして一行は悪襲城を目指すのだった――。
* * *
――同じ頃、悪襲城では。
「あぁ。気がつけば、私は大奥で囚われの身。愛するあの方と引き裂かれてしまった……」
ユピリアがどこか芝居がかった口調で、どこからか照らし出されるライトの下、よよよ、と床に崩れ落ち、涙を滲ませる。
「来る日も来る日も男の相手をさせられ、時には夜伽の相手も……。
この身体はとうに奪われようと、心は永遠にあの方のもの……」
ユピリアの手が、自らを纏っている服に触れ――。
「って、どうして、着物の下がくのいちみたいな格好なの!?
これじゃ何だか台無しじゃない!」
パッ、と現実に帰り、ユピリアが着物を颯爽と脱ぎ捨て、くのいちを彷彿とさせる格好へと変わる。陣が「きていない」と考えていたユピリアは二人のパートナーから離れ、一人悪襲城に飛ばされていたのだ。
「まぁいいわ。このままじっとしてたら、後で陣に怒られちゃう。
くのいちのおゆぴ。参ります!」
まさにくのいちの真似事をして、ユピリアが今自分が居る場所を確認する。どうやら個室の一つのようで、他にも同じ部屋がいくつかあるようだった。
「うーん、どうしようかな。せっかくくのいちなんだし、色々と探ってみたいわよね。
ここの城主は、領民から巻き上げたお宝やお金をたくさん持ってる。そう私のカンが囁くの。そしてそれを城の何処かに隠しているはず。
それを探して、いただいちゃうのよ。……もちろん、領民に返すためによ?」
言いつつ、報酬としてちょっとくらいは、なんて可愛い面をちらつかせつつ、ユピリアは姿を消して部屋を後にする――。
*
「いい加減に言うことを聞け!」
「誰が貴方のようなものになど……!」
その頃、最も広い部屋では悪襲城の城主、銀髪の男――悪襲が長い黒髪を振り乱している菖蒲にじり、じり、と歩を寄せ、菖蒲が都度遠ざかる、という構図を繰り返していた。同じように攫われ、悪襲の相手をさせられてきた他の女達は、怯えて一所に固まって震えていた。
「……反吐が出るな」
その光景を見て、タチヤーナ・アレクサンドロヴナ・ミロワ――ターニャ――は汚物を見るような目で悪襲を見、舌打ちする。
(私一人でも、この茶番を止めることは出来るだろうけど――)
思いつつ、ターニャが周りに目を配らせる。周りには女達の部屋の他、侍や忍者の詰めている部屋もある。今自分が懐にあるナイフを投擲し、悪襲を亡き者にすることは『かなりの確率』で成功するだろう。だがそうすれば、激昂した侍達は自分を相手する前にここの女達を手に掛けるかもしれない。
「ターニャさん、こわい顔してるけど、大丈夫ですか?」
加えてこちらには、讃良ちゃん――鵜野 讃良が居る。彼女も豊美ちゃん程ではないが魔法少女の力を有しているとはいえ、見た目はこんなに幼い。そんな讃良ちゃんを抱えながら逃げるには正直、分が悪い。
「大丈夫ですよ讃良さん、あなたの事は必ず守ります」
微笑む事で不安を取り除かせようと誤摩化して、ターニャは考える。
(讃良さんを守りながら、他の女性も助ける。そんな事をすれば少なくとも、『隠し通す』事は出来ない――か)
ターニャとしては、契約者の前で目立つような真似はしたくなかった。
それは自分の戦う様を見れば、これまたかなりの確率でその正体に気付かれてしまうかもしれないからだ。
(気分は悪いが、割り切るしか無い。やっと此処まできたんだ。私は今こんな所で躓く訳にはいかないんだから――!)
「ひひひ、捕まえたぞ。さあ、こっちへ来るんだ」
「いやぁ! 離してッ!」
そうこうしている内に、悪襲が菖蒲を抱き寄せ、別室への扉をくぐる。
「讃良さん、今のうちに逃げましょう」
「はい!」
信頼の現れか、迷いなく頷く讃良を引き寄せて、ターニャはまず適当な身を隠せる場所へ移動する。
(あの、小さな子を連れているの……あれが多分、ターニャさんかな?)
その一部始終を見ていたカガチのパートナーのなぎこが、物陰に潜んだ少女の事を思う。なぎこは矢張りその愛らしさから侍達に捕らえられ、悪襲城に連れて来られていたようだ。
(アレクさんとジゼルさんを足して割らないで濃縮したみたいな愉快な子がいるってカガチは言ってた。
それが本当なら、ターニャさんは多分、黙ってない。どこかで手を出すはず)
その時が、自分も行動する時だとなぎこは考える。この城にはここの他に、囚われた者たちが居るのだと、この場に居た女達から聞いていた。
(とにかく、カガチの所に帰らなきゃ。一緒に囚われてた人も連れて、ね)
方針を定めた所へ、ターニャの影が動く。なぎこもそれを見てどこか楽しそうに、行動を開始する――。
* * *
「ここなら誰も邪魔は入らない。……さぁ、聞かせてもらおうか。
この俺を一生涯愛し続けるという言葉を」
明らかに寝屋を彷彿させる別室に菖蒲と入った悪襲が、菖蒲を放り捨てるように膝をつかせ、顎を掴んで振り向かせる。
「誰がそのような世迷言を!」
「ふぅ……やれやれ、気の強い女は嫌いではないよ。
だが菖蒲、君は少し静かにするというのを覚えるべきかもしれないね」
ため息を吐いた悪襲が無理やりキスをしようかという所で、突如扉が開かれたかと思うとオルフェリアが不束 奏戯(ふつつか・かなぎ)を羽交い絞めにした格好で現れる。
「待つのです! 悪襲さん、人質交換といきましょう!」
「…………はっ!?」
オルフェリアの取引を持ちかける言葉に、悪襲もそして奏戯も驚きの表情を浮かべる。
「貴方が菖蒲さんをお返しくださるなら、オルフェはこの不遇さんをお渡し致しましょう! 結婚するなり煮るなり焼くなり好きにしてくださいなのです!」
「……また!? またなのオルフェちゃん! しどい! いつもいつも何故ここぞという時に呼び出すのさあああ!!」
あと、名前は不遇じゃないからねー不束さん家の奏戯君ですからねー」
「一対一の等価交換、さあ、どうしますか!」
「ぜんぜん聞いてないねーうん知ってた。もういつもだから慣れてきちゃったよ。
あー、早く戻って彼女とデートしたいなー」
訴えが全く受け入れられない事態を、奏戯が半ば諦めた体で受け入れる。
「き、貴様ら、どうしてここへ!?
……いや、そんなことは後でどうにでもなる。それよりも今はこいつだ」
混乱から立ち直った悪襲が、奏戯をビシッ、と指差して反論する。
「お前が羽交い絞めにしてる奴、男じゃねーか! ふざけるな!」
「不遇さん……どうして女の格好して来なかったですか?」
「ねえ、それ俺のせいなの? 明らかに無茶振りだよね?」
奏戯が訴えるも、オルフェリア(と悪襲)には聞いてもらえず、がっくりと項垂れる。なるほど確かに、彼が『不遇』と呼ばれるのも頷ける気がする。
「仕方がないです。不遇さんをもう一度ちゃんと教育する所から始めるのです。
というわけで、ここは素直に退散……」
「させるかよ!」
悪襲がパチン、と合図をすると、壁が回転し外側から太刀を抜き放った侍、刀に手を添えた忍者がオルフェリアと奏戯を取り囲んでしまう。
「悪襲様を前にして、逃げられるとでも思ったか?
俺を馬鹿にした罪、その身で受けてもらうぞ」
悪襲のいかにも悪、という顔が見つめる先で、徐々に包囲網が狭まっていく――。
「ターニャさん、このままじゃあの二人が!」
「分かってますよ! けどですね……あぁもう――糞ッ!」
今直ぐ出て行きたい衝動を辛うじて抑え、ターニャは思考を巡らせる。女達との距離は空いた分対処は楽になったが、やはり讃良ちゃんを放ってはおけない。
「あっ、見つけました見つけました。いやー心配しましたよ姫子さん。
……っと、失礼、今は讃良さんでしたか」
「あっ、姫ちゃん。いつも姫子がおせわになってます」
「いえいえそんな、私の方がいっつも姫子さんにご迷惑をかけっぱなしで」
何やら丁寧にお辞儀をし合う讃良ちゃんと、次百 姫星(つぐもも・きらら)。
「讃良さん、お知り合いの方です?」
そう言うターニャは姫星の事を知っている。だが『此処では初対面』だったから、まともに挨拶をするのが妥当だろう。
「はい、私よりも姫子の方が、ですねー」
言って讃良ちゃんが、経緯を話し始めた――。
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