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リアクション
【地下迷宮・3】
ティエン・シア(てぃえん・しあ)の歌が暗い回廊に響いている。
その時前列へ出た陣の姿を見ながら、ティエンは此処にいないユピリアの事を思い出していた。
「一人で地下にくるなんて、ジゼルもなかなかやるじゃないか」
「冗談じゃないわ!!」
何時もは陣陣と煩いくらいのユピリアが歯向かうような言葉を言ったのに、ティエンはびくりと肩を跳ねさせる。
「本当にもう、ジゼルって馬鹿よね。
思春期突入して反抗期併発して、皆に迷惑かけて……本当に馬鹿な子!」
「……そりゃ流石に言い過ぎだろ」
「――だって最近ジゼルはうじうじしてるし、アレクは諄(くど)いし」
「諄いってお前……」
兄姉と慕う二人の会話を、ティエンは地下を歩く間、静かに聞いていた。
「じゃあ、脳みそとシスコンが下半身直結し過ぎ」
「……否定はしないが」
強く出る事は出来ない。陣とて男だ。
シスコンは兎も角脳みそと下半身が直結しているのは男の性だからだ。
「露骨過ぎるエロ男って女の子に嫌われるのよ?
だから素直にジゼルを応援してあげられないんだってばー!」
「……ああ、そこに繋がるのか」
ユピリアの不機嫌は素直にジゼルを応援出来ない姉心という所だろうか。合点がいってウンウンと頷いている陣に、ティエンは遂に口を開く。
「アレクお兄ちゃんは凄くいい人だよ!」と。
ティエンは今のところ、彼の問題行動を見た事がないからそう言えるのだがしかし、ティエンは本当に信じていたのだ。
宝物を探す為の能力を使ってジゼルを探し、それを陣に小馬鹿にされながらも
「だってジゼルは友達で、妹分なのよ。こんな大事な宝物、他にはないでしょ」
と言うユピリアと同じ様に、アレクもジゼルを想っている筈。
「ユピリアお姉ちゃん、ジゼルお姉ちゃんをアレクお兄ちゃんの所へ連れて行ってあげてね。
その間は僕たちが……。
大丈夫。僕だって、頑張れるんだもん!」
*
「あのモンスターは、私の事を追ってるかもしれないのよね……」
「え!? ……さあ、良く分かんないけど!」
乱暴に答えるユピリアはあれからジゼルの手を引き続けていたが、ジゼル自身が足を止めてしまったので、そのまま進む事が出来なくなった。
「私……ここに残る」
「はあ!?」
「だって、モンスターが私を狙っているなら、私が此処に残れば、皆はその間に逃げられるでしょ。だから――」
「じゃあその間。貴女はどうするつもりなの?」
ユピリアの刺すような鋭い視線に、ジゼルは肩を震わせ俯いてしまう。
その心に後ろ暗い何かがある事くらい、ユピリアはとうに見抜いていた。
契約したものと、パートナー。どちらかが欠ければ、相手も無事では済まない。アレクに対し縁が確認していた事だ。
だから契約者の世界では自ら命を断つのは、相手の命をも奪う禁忌と言える行為だ。しかしそこに誰かを守る為という大義名分があれば、或は、大罪は赦されるのではないか。
例えばモンスターに襲われた優しい友人達を助ける為に――。
「あなたって……」
隠せない程の憤りを顔に浮かべて近付いてくるユピリアの迫力に、ジゼルは唇を噛み締めるが、次の瞬間訪れたのは優しい温もりだった。
「ほんっとうにバカ!
バカが1人でうだうだ悩んだって仕方ないでしょ!?
バカはバカなりに、あなたより頭のいいみんなに頼りなさいよ。
答えが出るまで、ちゃんと付き合ってあげるから」
「ユピリア……私……ごめんにゃ!!」
謝罪しようとしたジゼルの頬を、ユピリアは挟んで抓ってうにうにと縦横無尽に引き延ばす。
「うぃぃほめんははひーほめんゆひひあーーーゆふひへぇ」
情けない声で謝罪を続けるジゼルの頬から指を離してぱちんと一回叩くと、そのまま包み込んで額をぶつける。
ユピリアとジゼルは丁度同じ身長だから、目の前に顔がある。
海よりも青い瞳の――本当にバカで、愛しい友人。
「さ。行くわよ」
「うん」
再び歩き出したジゼルに歩調を合わせて、魔鎧アウレウスを纏ったグラキエスが横についた。
「ジゼル……何時か話したいと思っていた。
あなたは今、不安そうだ。だから今、話す時じゃないかと俺は思う」
グラキエスの言葉に、ジゼルは彼を見上げた。
「俺は、記憶を失くしている」
「……え、記憶がないって…………昔の事を覚えてないの……?」
「ああ。
今のジゼルは、記憶を無くして間もない頃の俺と、似た感じがする。
俺は皆に『グラキエス』と認めて欲しかった。
皆は『グラキエス』を惜しむ事で、俺を傷つけてしまうと遠ざけた。
それが余計に辛かった。
今のジゼルもそうなのか?」
記憶を失い、人の心の動きが未だきちんと理解できていないなりに、グラキエスは彼女を心配しているのだ。
彼の言葉を頭の中で繰り返し、ジゼルは答えに行き着く。
「私……を……、皆は私を遠ざけてないわ……!」
――馬鹿な考えをした自分をユピリアは抱きしめてくれた。しっかりと向き合ってくれた。
兵器なのか、そうでないのか分からなくなっている自分を、ジゼルを取り巻く人々は彼女を見て、今も助けようと手を差し伸べてくれている。
グラキエスの言葉を頭の中で繰り返す度に、ジゼルは自分が今まで彼等の気持ちを蔑ろにするような考えを抱いていた事に気づかされ愕然とした。
特に思い出されたのは、ついてくるなと言っていた兄の言葉だ。
「お兄ちゃんは、私を心配してくてれた……。
話をしようって、向き合ってくれてた。
なのに私は……、耳を塞いで、自分の中に篭ってたんだわ――!」
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