波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

夢を見る匣(はこ)

リアクション公開中!

夢を見る匣(はこ)

リアクション

2.

「……テロリスト達の練度は低いようですね」
 陽動による混乱に乗じ、遺跡内に潜入した叶 白竜(よう・ぱいろん)は呟いた。
 見張りに残ったテロリストの数は少なく、拍子抜けするほどあっさりとしている。
「連携が甘すぎます。こういう場合、小隊ごとの指揮官が冷静な判断をするべきなのですが……」
「トップに依存しすぎてるのかもな。組織との繋がりも無いらしいから、それこそただのならず者って奴だ」
 世 羅儀(せい・らぎ)は周囲を警戒しながら、それに応えた。
 白竜は厳しい表情を崩さず、さらなる疑問を口にする。
「しかし、制御できず自らをも巻き込む兵器を使用するとは……半ば宗教じみてすらいます」
「確かに。これじゃあほとんど自爆テロだ。真っ当な神経じゃないだろうし――駒扱いだぜ、多分」
「兵士は上官の駒として動くものですが。あまりにも使い捨ての感が強すぎますね。……首謀者の捜索に向かった者たちに連絡を。
 期待は薄いですが、制御に関する情報を保持している可能性はあります」
「了解」
「探索班には解除パスワードの発見を優先させてください。万が一にも爆発させる訳にはいきません」
「徹底させよう。っと――止まって。人の気配だ。恐らくは見張りのテロリストか」
 殺気を感じた羅儀が警戒を呼びかける。
 周囲にやり過ごせそうな物陰は見当たらない。
 戦闘は避けたい所だが、もしもの場合は――息を潜め、サバイバルナイフを構える。

 テロリストの男は陽動の報告を聞いて神経が昂ぶっているのか、キョロキョロとあたりを見回している。
「……?」
 違和感を感じ取ったのか、銃を構えたまま、白竜たちが隠れている先へとゆっくり近づいていく――
(――っ、不意打ちで倒して拘束するか)
 羅儀が戦闘を覚悟したところで、

「おい、何をしている」
「っ!?」
 テロリストの背後から声がかかる。
「そっちはいい。俺達が見回っておく。それより向こうで侵入者との戦闘が始まったんだ。援護に回ってくれ」
「……あ、ああ」
 増えた人影は二つ。
 先ほどのテロリストは指示に従い、姿を消して――

「間一髪、だな。武器は仕舞っていいぜ、俺たちは探索組だ」
 深くかぶっていた帽子を脱いで、スティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)が白竜たちに声をかける。
「助かりました――その服装は?」
「なに、同じ教導団のよしみだ。陽動部隊が制圧したテロリストから借りてな、どうも構成員の顔すら把握しきれてないらしいぜ」
 大胆な作戦である。しかし、確かに効果的ではあった。
「主要な施設の位置は確認したわ。首謀者は制御室に居座ってるみたい。見回りはご覧の通り、指揮系統もぐちゃぐちゃよ」
 董 蓮華(ただす・れんげ)が帽子の鍔を上げながら報告する。
 情報を交換しようとした、その瞬間――

『……な……イ……』

 背後から声が響く。
 全員が振り返った先に、鉄火場には似つかわしくない少女の姿。
「あなたは――」
 蓮華が声をかけようとすると、その姿はノイズが走ったように掻き消えてしまう。

 一様に顔を見合わせて。
 幽霊。そう呼ばれた少女の話を思い出す。
「……私たちは『彼女』の調査に回るわ。テロリストとは関係ないかもしれないけれど、どうも気になるの」
 提案する蓮華の言葉に、白竜は頷く。
「こちらからお願いしますよ。不確定要素は可能な限り取り除くべきです。状況に変化があれば連絡を」


 コントロールルーム付近。
 黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は息を潜め、外からテロリスト達を探っていた。
 ピーピング・ビーから籠手型HCに転送された映像を確認する。
 諍い、という程ではないが、部下たちはリーダーの指示、ひいてはこの作戦そのものに疑問を抱いているようだ。
『自信家で劇場型、カリスマ性は高いが人心掌握は不完全……ってところだな』
 天音はリーダーについて可能な限り客観的に分析を試みる。
 テロリスト全体の連携の杜撰さから考えて、急造の集団であることは疑いようもなく。
 同志の解放、という題目を立て、聞こえのいい言葉でも並べ立てたのかもしれない。
 典型的な独裁者、あるいは詐欺師としての気質が読み取れる。
『これなら交渉も、リーダーはともかく部下達に向けてならあるいは……どう思う?』
 天音はブルーズに向けて、指先を立てて問いかける。
 不用意に音を立てぬよう、会話はテレパシーによって行われていた。
『我から見てもその考察に間違いはないように思える。少佐の推測とも合致するな』
『じゃあ、そういうことで映像と合わせて送信しておいてくれ。僕はもう少し情報を集めてみる』
『……あまり無茶はしてくれるなよ。捕まってしまえば命の保証は期待できないだろう』
『わかってるさ。爆弾がある以上、人質に大した価値はないからね。流石に死ぬのはゴメンだ』
 言葉とは裏腹に軽い口調の天音に、ブルーズは癖になりつつあるため息を吐く。
 浮薄にも見える態度とは裏腹に、天音は頭の回る男だ。
 あくまでも冷静に、発見されるようなヘマは犯さないだろう。
 とはいえ。ブルーズは心配性になる自分を抑えられなかった。
 眉間に指を当てる。あれに付き合っていると皺が跡を残しそうだ。
 援護に回ろう。万が一にも、我が契約者が命を落とさぬように。