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百合園女学院の進路相談会

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百合園女学院の進路相談会
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 次に、イルミンスールの遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)夫妻がラズィーヤの元を訪れた。
「あらあら、何のお悩みかしら? 悩みなんてないように見えますわ……と言うと失礼でしょうけれど、いつもとってもお幸せそうですもの、ね?」
 席に着いた二人にお茶を勧め、ラズィーヤは悪戯っ子のような笑みをみせた。
 それで余計に、歌菜はどぎまぎしてしまう。
「えー……えーと、あの……その……」
 他校生も相談できるせっかくの機会なので、とお悩み相談に来てみた……けれど。
(いざ、相談となると……)
 あれこれ思いつくのだが、ラズィーヤにわざわざ相談することはないようなものばかり。
 センスのいい服の選び方とか? お化粧? ラズィーヤの使っているお化粧品なんて、高級品だろうからライン使いできなそうだ。服だって一緒に選ぶのに付き合ってもらうなんてできないし……。
 毎日の献立? お料理には困ってないか……ラズィーヤ様はお料理するのかな?
 掃除とお片付け……ラズィーヤ様が掃除してる感じしないけど……とっても厳しく指導されそう?
 ぐるぐる考えた末、歌菜はやっと口に出した。
「ラズィーヤ様みたいな大人の女性になるには、どうしたらいいですか?」
 ……何て言ったら、羽純君に笑われるかな?
 と、横をちらりと見ると、幸いにもか、羽純は笑わなかった――どころか、心ここにあらずで、それはそれで気になるのだけれど、ラズィーヤは歌菜に笑顔を向けているので、勿論答えないわけにはいかない。
「あら、ではヴァイシャリーで定番の貴婦人用のマナーブックがぴったりですわ。
 それから、私のようにと仰ってくださるのは嬉しいですけど、でもまず、歌菜さんの描く大人の女性について伺いたいわ」
「えっ、えっと……」
 歌菜がどう答えたものか迷っていると、羽純が「いいか」と声を掛けた。どこかほっとしながら歌菜が頷くと、彼は至極真面目な表情でラズィーヤに向かった。
「俺は歌菜との間に子供が欲しい」
 その言葉に歌菜はソファから飛び上がりそうになってしまう。
「……歌菜さんもそう考えてらっしゃるの?」
 ラズィーヤに確認されて、これが現実の言葉なんだなって頭で認識するかしないかのうちに、ほっぺがみるまにぽわんと赤くなる。
「いえ。……あ、あの! 考えてない訳じゃないんです。情勢が情勢だし、もう少し落ち着いたら……って、羽純くんと話した事はありますけど……」
「そうですわね。お二人とももしお子さんができたら、無理はできなくなりますわ。誰かが困っていたら、助けに行きたくなってしまうでしょう?」
 けれど。歌菜の浮かれた気分は、横に座る羽純の、いい加減なところのない表情に頬と一緒に冷まされていく。
 彼の黒い瞳には普段の気まぐれさはなくて、苦悩が滲んでいた。
「だが……もし、子供が出来て、歌菜が子供に掛り切りになる事を考えると、正直、面白くないと思ってしまう。
 子供っぽい嫉妬だって事は分かってる。俺には、歌菜が初めての『家族』だから……何というか、一人になるのが怖い」
「羽純くん……」
 歌菜の胸がとくんと鳴った。
 嫉妬を口にこうやって、歌菜のいる前でラズィーヤに話したのは。それだけ、ちゃんと向き合おうとしてくれるから、なんだって……。
 ラズィーヤは二人の顔を見比べながら、今度はくすくすと声をたてた。
「……あら、歌菜さんが夢中になるなんて、赤ちゃんと二人で放っておくつもりでしたの?
 あのね羽純さん、時代はイクメン! ですわよ。育児は二人でするもの、可愛い赤ちゃんの時期は短いのですもの、存分になさればいいじゃありませんの。
 それに、実際そうなってみたら、……ふふ、あなたが夢中になって、歌菜さんが焼きもちを焼くかもしれませんわよ」
「……そういうものか?」
 意表を突かれたように眼をぱちくりさせる羽純に、歌菜が彼の手を取って、優しく見上げる。
「あのね。子供……が出来ても、何も変わらないと思うの。だって、羽純くんは羽純くんで、世界にたった一人の私の大事な旦那様だもん。
 子供はね、私と羽純くんの……二人の宝物になるの。だって、羽純くんの子供だよ? 可愛くない訳、ないもん!」
 不安を溶かすような笑顔だった。
「羽純くんと、その子で、皆で家族になるんだ。それだけ。羽純くんと私、何も変わらないよ。羽純くんへの気持ち、変わる訳ない」
 羽純は彼女の言葉に、胸のつかえが取れた気がした。
(いつも、歌菜には新しいことを教えられているな……)
 彼女の瞳と思いを受け止める。剣の花嫁だから、人間とは違うんじゃないか……そんな気持ちが自分自身にすらあったのに、歌菜は羽純を羽純だと思って、受け止めていたのだ。
「そうだな。歌菜の子供だ、可愛く思わない訳はないし、だからといって、歌菜への思いが変わる事はない。こんな簡単な事、だったんだな」
 そうして、きちんと話せてよかった、帰ろうとする二人を、ラズィーヤが引き留めた。
「私の元にも、お子さんを生んだ卒業生から可愛らしい写真が届くことがありますの。……ね、ヴァイシャリーの可愛いベビー用品のお店を紹介しますわよ」
「いえ、お忙しいでしょうし……」
「あら、もしかして相談ではなくて、おのろけにいらしたの? 今度はわたくしの番ですわ。
 お二人とも、わたくしにも教えてくださる? 二人の仲良しの秘訣を……」
 ラズィーヤはくすりと笑った。
 立場からも、本人の性格からいっても、恋に溺れたり、恋愛結婚で幸せな家庭を作る、ということが身に起こるのは現実的ではないように思えたけれど、話を聞くのは楽しいようだった。
 それから二人はラズィーヤにからかわれつつ、新婚生活のあれこれを詳らかにされていくのだった。