First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
Next Last
リアクション
第五章「闇に包まれた屋敷で」
〜町・屋敷付近〜
影の魔物蠢く大通りを高速で滑空する一機のイコン天燕。
その中でエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)のサーチしたデータを基に紫月 唯斗(しづき・ゆいと)はおおよその目標を付ける。
「接近と同時に測定したルカお嬢さんいそうな位置を拳でぶち抜け。あとは乗り込んで何とかする!」
「わかった、目星を付けた壁をぶち抜く!」
屋敷が迫り、天燕はその拳を振り被った。素早く突き出された拳が屋敷の壁を粉砕し、中へと突き入れられる。
唯斗はその腕を伝うように穴を目指して走る。
その間、天燕の背後から射撃音がした。背面に背負った神武刀・布都御霊に攻撃が命中、振動を伝えた。
「どうやらうるさいのに目を付けられたらしい。こっちはわらわが何とかする、そっちは――」
「問題ない……なに、女の子一人ぐらいなんとかするさ」
その唯斗の返答を聞いて安心したのか天燕を操作し、エクスは空へと飛び立った。
部屋へ侵入した彼の目の前にルカを襲う男が見える。一刻を争う事態と判断し、彼はその男を蹴り飛ばした。
手加減したとはいえ、並の人間ならば吹き飛ぶほどの一撃を横っ腹に食らったにも拘らず、男は少し飛んだだけですぐさま着地しこちらに向かってきた。
男の拳を左手で捌き、右の拳を捻りながら撃ち込んだ。衝撃で軽く男の身体が宙に浮く。そのまま連撃を叩き込もうとした所で彼は背後からの声に動きを止める。
「お父様、もうやめて!」
(……お父様? そうか、この男は領主か!)
唯斗は連撃を中止。別の攻撃へと切り替える為、頭の中でその方法を瞬時に組み立てる。
鋭い回し蹴りを放ち、領主の意識を刈り取る。意識を飛ばされ、力なく領主はその場に倒れ込んだ。
「やれやれ、先に気づくべきだったな……お嬢さん、もう大丈夫――」
手を伸ばすが、ルカは錯乱しているようで彼の手を取ろうとしない。
「いや、やだぁ! 来ないで、来ないでぇぇッッ!」
彼は手を伸ばすのを諦め、頭をぽりぽりと掻く。
(さて、どうしたものか……)
影の魔物と激戦を繰り広げる地上部隊はもう屋敷の目の前まで来ていた。
しかし、最後の抵抗とばかりに影の魔物の攻撃は一層激しくなり、なかなか屋敷へと地上部隊は踏み込めずにいる。
「倒しても倒しても湧き出て来るとか、もうッ! あのポンコツバカ! こんな面倒なことさせて……美味しい物奢るだけじゃ許さないんだからッ!!」
影の魔物の頭部を銃弾で吹き飛ばしながらベルネッサはポンコツバカ――ガルディアに何を奢らせ、何を買わせようか考えているようだった。どうやらガルディアの財布は致命傷を受ける運命のご様子。憐れである。
消し飛ばし、蹴り飛ばし、斬り飛ばしても影の魔物の放出は止まらない。それどころか数を増しているようにさえ見えた。
いよいよイライラがピークに達してきたベルネッサが頭を踏み越えていってやろうか、等と無茶を考え出した時、上空から声が掛かる。
「お待たせしました! ベル、乗ってください!」
ベルネッサの頭上にネフィリム三姉妹が滞空し、湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)の乗る広報用高速飛空艇が共に滞空していた。
飛空艇の後部パワードスーツ格納ハッチが開閉し、中の格納庫部分が見えた。それほど広くはないが飛び込むには十分なスペースがあるようだ。
足に力を込めてベルネッサは跳躍すると、ハッチの端に手を掛けて飛空艇に乗り込んだ。
それを確認し、パワードスーツを着込んだセラフ・ネフィリム(せらふ・ねふぃりむ)とディミーア・ネフィリム(でぃみーあ・ねふぃりむ)が後部ハッチ中心にあるワイヤーポイントへワイヤーを射出、巻き取りの動作を利用して素早く格納庫内に降り立った。
ハッチが閉まったのを確認してからセラフはベルネッサに声をかける。
「まーた無茶してぇ。屋敷まで突っ込むから、応急処置位しとくのよ、ベル」
「これぐらい、どうってこと――いたッ!」
右肩をセラフに軽く触れられ、ベルネッサは鋭い痛みに顔を歪ませた。
「どうせ止血したぐらいなんでしょー? あとで凶司ちゃんに手当てしてもらいなさいな」
大した傷ではないと気にしないでいたが戦闘で悪化したらしく、塞がりかけた傷口も開いているようだった。
「まったく、一人で目立つなんて許すと思ったの?」
苦笑交じりで聞こえた声に振り返ると、そこにはディミーアが立っていた。その手には何か持っている。
ディミーアはその手に持った小さな薄黄色の結晶を渡す。それは融合機晶石【ライトニングイエロー】だった。
「これは私から――――何もないよりマシでしょ?」
「ありがと……使わせてもらうわ」
受け取った機晶石をしまうとベルネッサは手近な椅子に座る。壁から迫り出した簡素な椅子で座り心地はあまりよくない。
なんとか座りやすい位置を確保しようと尻の位置を調整している時に誰かが話し掛けてくる。それは凶司だった。
「屋敷の上空に着きました、機体はホバリングさせてあるので操縦の方はご心配なく」
そういうと凶司は手早く応急セットを開けるといくつかの機具と包帯を取り出し、ベルネッサの傷の治療に入った。
「救援部隊の到着で上空の制空権は確保しました。後は彼、ガルディア……さんの救出を行うだけです」
「あんなの、ポンコツバカでいいわ……心配掛けて、無愛想で、勝手で……人の名前すら覚えなくて……」
語るほどに暗い表情になるベルネッサに凶司の心まで暗くなりそうになったが、彼は気を張り直す。
「だからこそ、助けて……文句の一つでもいうんですよね?」
「そうよね……うん、そうッ! もう、それだけじゃ済ませてやらないんだからッ! あいつの財布をすっからかんにしてやる……ふふ、見てなさいよ……ッ!」
楽しそうな顔に戻ったベルネッサを見て、凶司は安堵すると共に心の奥を何かにちくりと刺されたような痛みも感じる。しかし、彼にはそれがなんなのか理解することはできなかった。
見知らぬ感覚に戸惑いながらも彼はすべき事をする。悩むよりも前に今できることはあるのだから。
調律改造の終わった銃を凶司はベルネッサに手渡した。
「高威力の特殊弾頭が一発装填されています。使い所に注意してください……ご武運を」
「ええ、ありがとう。ありがたく使わせてもらうわね」
それだけ言うとベルネッサに背を向け、彼はハッチの操作の為に操縦席へと足を向ける。今はベルネッサの笑顔ですらまともに喜べない。胸の奥がぎゅうっと何かに締め付けられた様に痛かった。
(何だよ、これ……くそ、気にするな、気にするんじゃない。今は目先の出来る事……彼女の為になる事をするんだ……ッ!)
操縦席に座り、彼はハッチを管理するコンソールを操作してハッチを開ける。中の空気が吸い出されるように外へと流れた。
彼の後方からベルネッサを抱き抱えたセラフから声が掛かるがそれを無視する。
「あらあら、もう……青春ねぇ。まあ、目先のやる事を見失っていないのならいいんだけどねん」
「何の事……?」
「気にしなくていーの。それよりもしっかり捕まっていなさいな。ここは敵地のど真ん中、ちょっと荒っぽくいくわよん」
ベルネッサをしっかりと抱き抱えるとセラフはワイヤーを利用して素早く降下する。
その前方、先に屋敷目掛けて降下していたディミーアから通信が入る。
「侵入口の目星がついたわ! 援護をお願いッ!」
PS用ランスを構えて突進するディミーアを援護するようにセラフは対神像大型レーザーライフルを発砲。
レーザーマシンガンモードに切り替えられたその弾は威力こそ落ちるものの速射性に優れ、援護に向く。
上空から接近するディミーアに影の魔物数体が降下させまいと一斉に影の弾丸を放つ。黒い弾はディミーアへ向けて一直線に飛んだ。
背後からセラフの援護を受けたディミーアは被弾を気にすることなく黒い弾の群へと突撃。
降り注ぐレーザーの雨が黒い弾丸を撃ち落とし、ディミーアへの着弾を防いだ。
降下しつつ地上の影の魔物一体に狙いを付け、ディミーアはPS用ランスで着地と同時に一体を屠る。そのまま流れる動作で影の魔物達を薙ぎ払い一瞬にして降下予定ポイントを制圧した。
「えーと、大体この辺ね……せーのっ!」
振り被ったPS用ランスが屋敷の壁を貫く。ガラガラと音を立て屋敷の壁が崩れ中の開けた通路が見える。そして半分が影、半分が人間の奇妙の存在がゆらゆらとその穴から出てきた。
「ちょっ!? こいつらは……!?」
(人間でさえも、影の材料にしてたって事!?)
一瞬たじろぐディミーアに凶司から通信が入る。
「そいつらに生体反応はありません。蹴散らしてください」
「……了解っ! あのストレガって魔女……どこまで悪趣味なの」
影人間とでもいうべき相手を貫くディミーアの隣をエクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)が通り抜けていく。その手にはハサミ状の武器、ギロチンアームが装着されていた。見た目同様その威力も凶悪である。
「ここからはボクらのターン! どいたどいたぁッ!」
足の部分に小さな魔法陣が顕現したかと思うと、彼女は高速で撃ちだされた弾丸の様に加速、影人間の群れへと突っ込んだ。
ギロチンアームが無慈悲に彼らの胴体を切断、その活動を停止させていく。時たま勢い余って壁にぶつかり人型の穴を空けたりしているがそれもご愛嬌である。
数体纏めて挟み切るとエクスはそのまま突進。ハサミの先端で多くの影人間を巻き添えにしながら猛進する。
ある程度進んだ所で蠢く彼らを振るって空中でバラバラに引き裂いた。噴出した影があちらこちらに飛び、消滅する。もしも影人間の身体が生身であったなら、スプラッタ映画も真っ青な場面となっていたかもしれない。
腕を振り下ろす影人間の攻撃を開いたギロチンアームの刃で受け止めそのまま切断。閉じた刃でその頭部を粉砕する。
「我が姫には指一本触れさせんぞーーって感じだよねっ!」
エクスの隣から現れたベルネッサは綺麗な回し蹴りで影人間の頭部を割り砕いた。ぐしゃぁと嫌な音を立て、影人間は階段を転がりながら消滅する。
「あー……お姫様にしては、ちょっとアレな気がするけどねー……っと、負けてらんないよね!」
ベルネッサの余りにも躊躇の無い一撃に呆気にとられながらも負けずとエクスは影人間を葬っていった。
凶司のオペレート、三姉妹の連携攻撃によって彼女達は屋敷の奥へとその歩みを進めていく。
〜屋敷・正面玄関〜
ベルネッサに遅れる事数十分、地上部隊、制空権を得た味方イコン部隊の支援により突入部隊は屋敷正面玄関を破壊して内部へ侵入、戦闘を開始していた。
影の魔物と人間が合わさったような奇妙な風貌の敵――影人間とでもいうべき彼らを蹴散らし突入部隊は進行を続ける。
「ストレガ討伐班はそのまま前進して一階奥の大広間へ進行、僕らは二階に上がってルカさんの捜索及び救出だ!」
突入部隊の一般兵達と分かれたシュバルツカッツに身を包むトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)はテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)、ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)を伴って二階へと上がった。
一階に比べて二階は狭く、二人が並んで歩くことはできない。戦闘行動を考えれば精々一人が限度である。
前方からかなりの数の影人間がゆらゆらと迫ってきている。まとめて爆砕してやりたい所ではあるが、そんな事をすれば付近の壁や天井を砕いてしまい自滅を招くだろう。
「テノーリオ、射撃体勢……一気に浴びせるッ!」
「おう、任せろッ! ハチの巣にしてやるぜぇーッッ!」
トマスは立ったままで対神像大型レーザーライフルを構えその照準を前方の影人間達に合わせる。
テノーリオはしゃがみ、片膝を付いた状態で対神像大型レーザーライフルを構えた。
二人は低威力のレーザーマシンガンモードに切り替え同時に発射した。レーザーの雨が影人間達に降り注ぐ。
頭部を吹き飛ばし、腕を吹き飛ばし、足を砕いて影人間達の侵攻を止める。ゆらめく影人間達はレーザーの雨に晒され、抵抗する間もなく消滅していった。
一掃したと思ったのも束の間、今度は床から這い出る様に中型の人型の影の魔物が出現した。それは通路を占拠し、倒さずに通行するのは不可能である。
二人は影の魔物の頭部に向けて一斉射を放つが、影の魔物は盾の様に影を展開、その攻撃を受け止めてしまう。
戦闘中の二人に対し、魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)から通信が入った。
「あの魔物はどうやらこちらのレーザーに対して耐性を持っているようですね、射撃戦闘は難しいかと」
支援機に乗り、モニターを眺める魯粛は壁の耐久度を調べるがその数値はバズーカ等の大型火器を使用できない事を示していた。
射撃兵装でこの場を突破する事は難しい。選択肢は一つ――白兵戦を挑むしか手はない。
「あの魔物の先に生体反応が三つほどあります。ルカさんである可能性は高いと思われますが、反応の一つがもう一つの反応を追い回している事を考えると一刻を争う事態かも知れません」
「くっ……なら……テノーリオッ! 援護を頼むよッ!」
トマスはパワードスーツの一部装甲をパージし、腕や足の先に装備された鉤爪を展開。床を蹴り低い体勢で影の魔物へと跳んだ。
右手に長剣の様なものを顕現させ、影の魔物はそれを薙ぎ払う様に振るう。漆黒の鋭い刃がトマスに迫った。
「させるかよぉぉぉーーーッ!!」
影の魔物目掛けてテノーリオの援護射撃が命中、衝撃で剣の動きが鈍った。
右手の鉤爪で刃を滑らす様に捌くと、トマスは右足を軸に身体を半回転させ、鋭い蹴りを魔物の腹部に撃ち込む。
足を戻して推進装置に点火、彼は天井高く飛んだ。そのまま頭部を狙って彼は鉤爪で一閃。その頭部を斬り裂いた。
頭部を失った影の魔物にテノーリオの追い打ち射撃が決まる。身体を保てなくなった影の魔物は中心部分から破裂するように砕け散り消滅した。
新手が来ないうちにとトマス達はルカのいると思われる部屋へと踏み込んだ。
「は、放してっ! いやぁああッ!」
「やっと捕まえた、お嬢さん大人し――」
ルカの手を掴んだ男がそこまで言いかけた所で加速したミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)の拳が彼に迫る。
手を離し、後ろに仰け反る形で彼はその拳を躱した。
「へぇ、私の攻撃を避けるなんてねッ!」
「――ッッ!! ――ッ!?」
拳の乱打を捌きながら男が何かを言っているようだが激しい打ち合いの衝撃音でそれは彼女に届かない。
「女性を無理矢理にどうこうしよう等という輩は問答無用よッッ!!」
渾身の力を込めたミカエラの一撃が放たれた瞬間、虚空からハンマーのようなものが顕現し、彼女を狙う。
咄嗟にウイングソードを抜き放ち、ミカエラはそのハンマーを斬り裂いた。
「私に剣を抜かせるなんて……あなた何者?」
攻撃の姿勢を崩さずに問い掛ける彼女に男は両手を上げて降参のポーズを取った。
「紫月、唯斗だ……このお嬢さんを助けに来た者だよ」
「へぇ、助けに、それは卑劣な……って、え? 助けに?」
「そうだ、俺は敵じゃない。そこに伸びてるおっさんを気絶させた後、錯乱するお嬢さんをなだめ様としてたんだ……」
「あ、ははは……ごめんなさい。てっきり暴行を働こうとした暴漢かと」
溜め息交じりに肩を落とすと唯斗は言った。
「はぁ……だから襲い掛かってきたのか……まぁ、アレだ。敵ではないとわかったなら、その物騒な物をしまってくれ……」
錯乱したルカをなだめた後、トマス、テノーリオ、ミカエラの三人は唯斗に深々と謝罪した。
唯斗は気にしなくていいと言い事態は丸く収まったのである。
その後、彼らはルカを伴って屋敷の外へと共に退避していった。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
Next Last