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夏最後の一日

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夏最後の一日

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「リーダー、最高の夏休みの思い出を作るために空京での花火競技大会に行こうでふ」
 リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)が唐突に十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)を空京の花火大会に誘った。
「……花火競技大会か。まあ、たまにはいいだろう。夏休み中は賞金首共を追い回してばかりいたし」
 宵一はしばし考える様子を見せるも夏休み中の出来事を振り返り快諾した。少しくらい夏らしい事をしてもいいだろと。
「それじゃ、早速よく見える席を予約するまふ(当然リーダーの隣にもう一つ予約するまふ。リーダの幸せのため)」
 リイムが意気揚々と予約作業へ。細心の注意を払って宵一に三人分予約しているとは知られないように。
 ともかく、時間は流れすっかり夜となった。

 夜、空京、花火競技大会会場。

 夏最後に湧く人混みをかき分け、
「リーダー、予約した席はあそこまふ」
 リイムの案内の元宵一は無事に予約席間近まで辿り着き
「……あそこか」
 何気なく席を確認しようと席の方に目を向けた途端、予想外の事に動きが止まった。
 なぜなら
「リーダー、凄い偶然でふね」
 宵一の思い人であるグィネヴィア・フェリシカ(ぐぃねう゛ぃあ・ふぇりしか)がいたからだ。
「……リイム、もしやお前が図ったのか」
 偶然にしてはあまりにも凄過ぎるため宵一は猜疑の目で手配をしてくれたリイムを見た。
「何の事でふか。それよりもリーダー、これはチャンスでふよ」
 リイムはあくまでも何も知らないを貫き通す。実際は宵一の予想通り『根回し』で花火がよく見える場所を予約し、宵一に内緒でグィネヴィアも招待したのだ。
「……リイムの気持ちはありがたいが、ほら、あまり付きまとうとグィネヴィアにも迷惑がかかるだろ、友人かどうかも微妙な関係だし」
 宵一はこそっと席に座るグィネヴィアに聞こえぬようにリイムに洩らした。告白し返事待ちとなってから互いに微妙な関係が続いているのだ。
「心配無いまふ。リーダー、行くでふよ(グィネヴィアさんはリーダーの事は嫌っていないはずでふ。きっと上手く行くまふ)」
 リイムは宵一を励ますなり先駆けとしてグィネヴィアに向かった。胸中ではこれまでの事を振り返りグィネヴィアは宵一を嫌っていないと確信していた。微妙な関係というのも恋に百戦錬磨とはいかない二人だからであって嫌い合っている訳では無い。

「グィネヴィアさん来たでふか」
 リイムは何気無しに挨拶をした。
「はい。リイム様、今日は招待して頂きありがとうございます。でもご一緒に楽しめるとは思いませんでしたわ」
 素敵な花火大会に誘ってくれたリイムに礼を言うグィネヴィア。ただしリイムと宵一が参加する事は聞かされておらず。
「僕も楽しみでふ」
 リイムはそうグィネヴィアに言ってから
「リーダー、早く来るでふよ」
 リイムは緊張からか心無しか歩の運びが遅い宵一を急かした。
 それを聞くなり
「……宵一様も来ていらっしゃるのですか」
 グィネヴィアの様子が先程リイムと接していた時とは様変わり。緊張と恥ずかしさなど諸々が顔に出ていた。
 一方の宵一は
「……リイムの奴、急かさなくても」
 気を回す天才の相棒に少し文句を言いながらもグィネヴィアの元へと急ぐ。隣に好きな人だと花火を楽しむどころではない。

 とにもかくにも
「……グィネヴィア、隣いいだろうか」
 リイムが用意してくれた席に辿り着いた宵一は黙って座るのも悪いだろうと挨拶をするがどこかぎこちない。
「……はい」
 グィネヴィアもどこかぎこちなく言葉少なに答えた。
 その上、花火が打ち上がるには随分時間がある。
「……」
 その待機時間が宵一とグィネヴィアにとっては違う意味で苦行であった。
 ここで
「リーダー、僕、綿飴がとても食べたいまふ。グィネヴィアさんもどうでふか?」
 リイムが場を和ませようと助け船を漕ぎ出した。花火大会に合わせ夜店が幾つも出店していたのだ。
「……ご迷惑でなければ、わたくしも食べてみたいですわ」
 グィネヴィアは興味はあれどおねだりは迷惑を掛けてしまうのではと控え目。
「綿飴だな。買って来よう」
 宵一はこの場をひとまず離れられるとあって少し安堵しながら、綿飴を買いに行った。

 夜店が建ち並ぶ区域。

「……全く(リイムにまたやられたな)」
 人混みの中歩きながら宵一はハロウィンでも同じような目に遭った事を思い出し溜息を吐いていた。
「……(そりゃあ、グィネヴィアの事は好きだが、彼女はお姫様で俺のようなしがないバウンティハンターとは縁のない存在だ。確かに……期待するものはあるが、気長に待つしかないし)」
 宵一はあれこれとグィネヴィアとの関係に思い悩んでいた。折角の花火なのでロマンチックな展開を期待はするが望みはしない。一緒に楽しめるなら十分といった感じである。
「……ともかく綿飴を買わないとな」
 宵一は考え事をやめて綿飴を買いに急いだ。
 そして、綿飴を購入し席に帰還出来たのは花火が数発打ち上げ終わった頃だった。

 席に帰還後。
「遅くなってすまない」
 宵一は何とか購入した綿飴をリイムとグィネヴィアに手渡し、席に着いた。
「リーダーありがとうでふ」
「……ありがとうございます」
 リイムとグィネヴィアは嬉しそうに受け取った。
「甘くて美味しいまふ。夏の思い出になったでふよ」
 リイムは綿飴を食べて無邪気にはしゃぐ。これもまた場を盛り上げるためだ。
「……とても美味しいですわ」
 グィネヴィアは恐る恐る綿飴を頬張り、口内に広がる溶ける甘さにほわぁと嬉しそうな顔になる。
「……そうか。喜んでくれて良かった」
 宵一はグィネヴィアの喜ぶ顔に和んだ。
 その時、
「リーダー、グィネヴィアさん、また綺麗な花火が上がるでふ」
 リイムは綿飴を頬張りながら夜空を見上げた。
 その声に誘われ
「すごいな」
「はい、綺麗ですわね」
 宵一とグィネヴィアは揃って夜空を見上げ、咲き誇る光の花を楽しんだ。
 この後も花火は上がり続け、三人仲良く楽しんでいたが、綿飴を食べ終わり少ししてから状況は変わった。

「……先程の花火も素敵でしたが、この花火も素敵ですわね」
「……そうだな。競技大会だからか、どの花火も力が入っているな」
 二人の間に花火という会話を助けるツールがあるためかグィネヴィアと宵一の間のぎこちなさはほんの少しだけ和らいだように見えた。
「……(もうそろそろでふね)」
 すっかり綿飴を食べ終わったリイムは開始からずっと花火を眺めながら二人の様子を窺い続けていたがとうとう
「……(今まふ)」
 二人きりのロマンチックなムードにするタイミングが訪れたと判断し二人に自然に思われるような寝たふりを始めた。
 そんなリイムに真っ先に気付いたのは
「……リイム様?」
 グィネヴィアであった。
「どうやら寝たみたいだな」
 続いて宵一も気付くが、当然リイムが寝たふりだとは知らない。
 
 突然二人きりとなり
「……(まさか、グィネヴィアと二人きりなるとは……確かにロマンチックな展開をと思ったが)」
「……(……何を話したらよろしいのでしょうか。宵一様を退屈させては申し訳ありませんわ)」
 宵一とグィネヴィアは戸惑い、言葉が出ない。
 その時、タイミング良く花火が夜空を飾り
「……花火だ」
「……はい」
 二人は戸惑いを置き去りにし空を仰いだ。

 次々と花火が上がる中
「……来年も再来年もこうしてまた宵一様と一緒に見たいですわ」
 グィネヴィアは花火を眺めながら何気なく口からぽろりと素直な言葉が洩れた。
 その言葉を聞き漏らさなかった宵一は
「……グィネヴィア」
 思わず片思いをする相手の名を口にしていた。その少し驚いた顔は問う。洩らした言葉は友人としてなのかそれともと。
「!!」
 宵一に聞かれていた事を知るやグィネヴィアは顔を赤くして伏してしまった。友人としてならばそんな反応にはならない。
 なるのは
「……もしかして、いや、もしそうなら……いいのか……俺のようなしがないバウンティハンターと……お姫様だと……」
 宵一はまさかの事に驚き、快くグィネヴィアの答えを受け取るどころではなかった。
「…………いいえ、宵一様は強くて凄い方ですわ。とても危ないお仕事をしていらっしゃますし……幾度もわたくしを助けて下さいましたわ……それに比べわたくしは迷惑を掛けてばかりですし、まだまだ知らぬ事が多い未熟者ですわ」
 グィネヴィアは一切宵一の顔を見ず、顔を赤くして伏したまま続ける。
「……これまで一度も迷惑を掛けられたとは思ってはいないさ」
 宵一は照れながら少々ぎこちないながらも首を左右に振った。幸せだと思った事はあれど迷惑だとは思った事はない。
 宵一のその言葉にグィネヴィアは真っ赤になった顔を上げ
「……宵一様は本当に優しい方ですわ」
 口元に微笑を浮かべてからそっと箱を取り出し宵一に差し出した。
 宵一は受け取り中身を確認する。
「……これは」
 中には清浄な青色の石が入っていた。
「……初めて……宵一様とお会いした事件の時、わたくしが立ち寄ったお店で購入した物ですわ……災厄から守ってくれるお守りだそうですわ」
 グィネヴィアは恥ずかしそうに笑みながら贈り物について説明した。石は昼間石専門店で購入した物である。宵一と初めて出会った事件の現場とあって自分の気持ちを振り返る事が出来たのだ。その結果、宵一の告白に対する答えを用意する事が出来た。
「……お守り」
 宵一がまじまじとお守りを見る中
「……その……宵一様に何かあっては悲しいですから……わたくしは何も……」
 グィネヴィアはまた伏し目がちに言葉途切れ気味に一生懸命に気持ちを話すが、グィネヴィアが自身を卑下する言葉を言うのを
「いや、君の笑顔は俺をいつも元気にしてくれる……ありがとう」
 宵一の言葉が遮った。顔には照れを含む優しい笑顔があった。
「……宵一様」
 グィネヴィアは唯々恥ずかしそうに宵一の名を口にする事しか出来なかった。

 一方。
「……(リーダー、良かったでふね。僕も嬉しいまふ)」
 寝たふりをしながら事の顛末を見守っていたリイムは宵一の恋が成就した事を大変喜んでいた。

 夏最後の今日、宵一とグィネヴィアにとって特別な日となっただろう。