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Down to Earth

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 フレンディスが調べた店へ向かって遅い昼食へ向かう中――
「中華料理って何が好き?」
 真が振って来た話題に、皆が自分の好きなものをあげる。
 一つと言わずに二つ上げたものも居たが、三つも四つも五つも六つもあげたのは彼女だけ――のフレンディスが「真さんは何がお好きなのですか?」と質問してきたのに、真は
「大根餅!」と即答する。
「俺中華ってあんまり知らない。大根餅ってなに?」
「大根でお餅なんて作れるの?」
 アレクとジゼルが揃ってきょとんとするのに、真は作り方を説明する。
「鍋の中で餅を作る材料とハムとか海鮮とか……なんでも良いらしいけど入れて、大根を混ぜて作るんだ。
 全部混ざったら蒸して、油でカリッと揚げるんだよ」
「あ。真が好きそう」
 レシピから想像する味と真の好きな他の食べ物を思い浮かべて、ジゼルが納得している。それにしてもあちこちと食べ歩いていたから、大分時間が遅くなってしまった。
「そろそろお腹すいて来たよね」
 真が困った笑顔で腹をさするにの、ユピリアは頷く。
「個人的には飲茶が食べたいわね」
「私も小籠包が食べたいです」
 舞花が乗って来たのに、ユピリアは気を良くしたようだ。
「片っ端から頼んで、いっぱい食べちゃうわ。デザートもはしごしたいわよね」
「そしたら今度は夕飯どうするんだよ。何も食えなくなるぞ……」
 アレクが呆れた声を吐いた時だった。
「ミロシェヴィッチ大佐!」と呼ばれた声に振り返り、彼は首を傾げる。
 そこには二人の女性が居たのだが、残念ながら見覚えが無かったのだ。

 * * * 


 アレクを呼び止めたのはシャンバラ教導団の水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)だった。
 アレクは彼女達とはミリツァとシェリーの学校見学を引率した際に、一度顔をあわせたきりであったし、私服を着ていればネームタグもつけていない為、ついに名乗られるまで思い出す事が出来なかった。――正直今も思い出せているのか怪しいと、ジゼルとハインリヒはアレクの表情の薄い顔から読み取る。
「お買い物ですか」
 当たり障りの無い言葉をハインリヒがかけたのに、ゆかりはぴくりと反応した。この顔、この容姿、何処かで見た気がするのだが思い出せない。それもその筈である、二人が顔を合わせたのは仮面舞踏会のたった一曲のワルツの間だけだ。
(気のせいよね……)
 因に人の顔を覚える気が無いハインリヒの方は、何の引っかかりも持てなかったのだが。
「ええ、今日は観光に」
 ゆかりとマリエッタは今年の夏多忙だったが、ようやく纏まった休暇を取る事が出来て、遅い夏休みを横浜で過ごしていたのだと言う。
「実家は世田谷なんですが、たまには地球も良いと思って、思い切ってあまり行った事の無い場所へきてみたんです」
 観光ガイド片手にみなとみらいから赤煉瓦倉庫、山下公園と順当に回って来たらしい。
「そろそろお腹が空いてここ迄きたんですが、お昼時ですから中々お店が見つからなくて……」
「もー、カーリー! このままじゃ飢え死にするー!」
 マリエッタはそう言ってゆかりをせっつくが、その手には栗や肉まんといった食べ歩きの戦利品が抱えられていた。どうやら彼女もフレンディスと同じ種類の人間らしい。
「だったらここのお店は? 私達も今から行くのよ」
 ユピリアがフレンディスと一緒にグルメ雑誌を広げ、ある店を示した。
「私も調べたんですが、裏通りにある穴場らしいので、空いてるかもしれません」
 雑誌で紹介されているのでもう穴場かは怪しいですが、と舞花も苦笑しつつ付け足す。
「行こうよカーリー、あたしもう我慢出来ないよー!」
 たった一度しか会った事の無い他軍の旅団長のプライベートタイムに「ご一緒しても」と言うのは憚られるものがあったが、わーわーと騒ぐマリエッタの勢いに負けて、ゆかりは彼等と共に食事をする事になった。

 * * * 


 穴場の説明は嘘ではなかったようで、この大人数でも――と言っても舞花が気を効かせて事前に電話をしてくれた事から――すんなり席に着く事が出来た。
「お腹いっぱいたべるんだぁーい!」
 大きな円卓を囲みながらの食事に、皆会話が絶えない。
「ほらこれが大根餅」
 真に皿を薦められてジゼルがじっとそれを見つめる。まず箸で真ん中を割って断面を確認しているのは、定食屋の看板娘の職業病だろう。
「小籠包、美味しいですね」
 熱い汁が舌の上で溢れるのに舞花がほくほくと頬を膨らませるのを見ながら、ユピリアはあと数個しか残って居ない蒸し器の中身を覗き込んだ。
「これ、数が足りなかったかしら」
「また頼めばいいだろ」
 陣が答えると、ユピリアはメニュー表をもう一度広げ出した。フレンディスとマリエッタが無限に食べ続けるので、注文しても注文しても供給のスピードが追いつかないのだ。
「僕ばっかりこんなに美味しいもの食べてて、琴乃に悪いかなぁ?」
「せめて写真でも送ったら?」
 ジゼルの提案に「写真かぁ……」と繰り返して託はそれはそれで恨まれそうだと思っている。だが最終的には琴乃なら「楽しかった?」と笑ってくれるだろう。
「じゃあ撮るねぇ」
 託は皆の様子も一緒に端末のカメラに収めて琴乃へメールを送った。

「日本にはどのような用事でいらっしゃったんですか?」
「観光です。今日は」
 ゆかりが質問を投げた相手はアレクだったが、ハインリヒが先に答えた事に牽制じみた何かを感じて、ゆかりは注文した海鮮中華粥をれんげで口へ運んで誤摩化した。
 彼女がどういうつもりでそう質問したのかは知らない。恐らく他意は無いだろう。ただベルクからすればアレクとハインリヒとジゼルが三人揃って――とはいってもジゼルはおまけのようだが――日本へ行く事自体が怪しく思えた為、余計な詮索は止めようと触れなかった話題に教導団の人間が触れた事に、少々驚いた。
 先程散歩の際に、二人から「この辺りにも(所属)軍の港湾施設や住宅地区、総合補給廠(ほきゅうしょう)がある」と軽く話しを聞いたが、昨日の午前中何処へ行っていたかは彼等の口から出る事は遂に無かったのだ。
(しかしあの反応……、やっぱ機密事項かもしれねぇから、俺は黙っておくか)
 触らぬ神にはなんとやらだ、とベルクは思う。ゆかりの方も失礼にあたってはいけないとそれ以上追求する事はなかった。
 目の前にマリエッタの止まらない食欲という大問題が横たわっているのに、これ以上心配事を増やしたく無い。
 それはベルクも同じだったようで――
「「支払いどうしようか(しら)……」」
 被った声に、二人は思わず顔を見合わせ同時に肩を落すのだった。