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 幸せ家族計画

 双子の魔道書によって降り立った場所は1軒の大きな家の前だった。
「ここが……俺たちの20年後か……」
「ジェイコブ、あれは……」
 フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)が指差した方には、小さな菜園の隅に身を屈めている女性の姿があった。その近くにはフィリシアに良く似た若い女性の姿も見える。
「おいおい、お2人さん! 鉢合わせたら大変だぜ、この辺りから隠れて見てくれよ」
 シルヴァニーが手招きして2人を呼び寄せ、物影から見るようにすると菜園から立ち上がったシルエットにジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は目を凝らした。
「フィル……あれは、おまえか?」
 少々年齢を重ねたフィリシアが籠にミニトマトやピーマンを採ってそれを近くにいた女性に手渡している。彼女も嬉しそうに受け取って笑顔を見せながら何事かを話しているようだった。無意識にお腹へ手を当てたフィリシアは小さな声で呟く。
「……あの娘は、もしかして未来の……わたくし達の娘ではないですか?」
 じきに誕生するジェイコブとフィリシアの子ならば、20歳前後のはずであった。本当にやってきた20年後の未来に、ジェイコブとフィリシアは顔を見合わせて互いに疑問を口にしながら未来の家族の様子に魅入っていた。


 ◇   ◇   ◇


 ジェイコブやフィリシアの願望が影響する世界ではあるけれど、彼らの望みはほぼ反映されたのか、少なくとも他国と戦争という未来ではなさそうだった。隠れて見ている2人であったが、幸せそうな家族である事は外から見ていても充分に伝わってきた。
「ただいま」
 不意に渋みのある声が玄関に響いて思わずフィリシアはそちらへ目を向ける。
 ――ジェイコブである。
 フィリシアと同じく、多少年を重ねた印象だが強面なのは変わらないようだった。そして出迎えるフィリシアと娘と、もう一人男の子が居る。
「ふふ、ジェイコブは変わらないようですわ」
「それを言うならおまえも……今と変わらない、その……美人だ」
 ジェイコブの言葉はフィリシアにも不意打ちだったのか、頬が赤く染まりながらも未来の家族の様子を見るのだった。

 ジェイコブとフィリシアの子供――もうすぐ生まれる最初の子は、やはり女の子で名は「フェリシティ」、出迎えた時に一緒に顔を見せた男の子は「フェリックス」という名であった。
「……良かったですわ、一人っ子にはしたくありませんでしたから……」
「この未来、現実となれるようにしたいな」
 自然とフィリシアの肩を抱き寄せたジェイコブは、一家団欒で楽しそうな未来の家族に目を細めた。家族との時間を大事にしている未来の自分達の姿に、ジェイコブも教導団を退役する日も近いのかもしれない。
「もう少し、近くで見てみたいですわ……」
「ああ……魔道書達に聞きたいが、見つからないようにするから近くへ行っても構わないだろうか?」
 少し考え込んだイーシャンとシルヴァニーだったが、2人の希望に頷いて送り出した。丁度食卓を囲んでいるらしく、美味しそうな匂いと一家の話し声も楽しそうだ。そんな中で2人の子供達も既にシャンバラ教導団の生徒として訓練に明け暮れている事が解るのだった。

「お母さんだって、私が生まれるまでは教導団に身を置いていたんでしょう? それに、軍人を貫いてきたお父さんの背中を見続けてきたんだもの、今更他の事に目を向けろなんて無理よ」
「俺もだな、何より身体動かしてないと落ち着かないんだ」
 2人の子供――フェリシティとフェリックスは両親と同じ道を決め、既に歩きはじめていた。その会話を聞きながらジェイコブはフィリシアの方へ視線を向けると、同じようにフィリシアもジェイコブを見上げていた。
「……こういうのって、どう言えばいいのでしょうね……嬉しい反面、ちょっと複雑ですわ」
 同じように感じていたジェイコブも嬉しくもあり、複雑でもありと微妙な表情を見せていた。会話を聞いていく内に、どうやらフェリシティが誕生したのをきっかけにフィリシアは退役し、専業主婦として家と子供達を守り、ジェイコブを支え続けていたようであった。
「オレは、素直におまえへの礼が言えるのだろうか」
「ジェイコブ……?」
 子供達の世話をし、家庭を守り――ジェイコブを支え続けてきただろう20年の月日を飛び越えて目の当たりにしたジェイコブは、フィリシアの肩を強く抱き寄せた。
「……ありがとう」
 ごくごく小さな声での感謝の言葉に、フィリシアはそっとジェイコブへ身を寄せるのだった。

 その後も一家の様子を見ていると、どうやら子供達は両親へ旅行のプレゼントを考えていたり、ジェイコブはフェリックスへ射撃の指導をしていたり、フィリシアもフェリシティへ「花嫁修業」と銘打って簡単なレシピを伝授していたりなど、幸せな家族の様子をジェイコブとフィリシアに見せていた。


 ◇   ◇   ◇


 現代へ戻ったジェイコブとフィリシアは、また忙しい教導団での生活に立ち戻るが、2人はとある計画を心に秘める。

―幸せ家族計画

 身近な者達を大切にする、それは世の中の人達も大切にする事に繋がるのだと信じての事であった。