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【特別シナリオ】あの人と過ごす日

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【特別シナリオ】あの人と過ごす日
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【フレンディス・ティラ: 贈る幸福】


 それは昨年の、ある日の午後――。
 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は、端末を見つめてほぅと吐息を漏らしていた。
 彼女が見ていたのは、スヴェトラーナ・ミロシェヴィッチ(すゔぇとらーな・みろしぇゔぃっち)が撮影した親友ジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)アレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)との結婚式の様子である。
 教会の中で白いドレスやタキシード、というところまでは定番だが、司祭の前に立つ二人が彼等の妹や家族に近い間柄の友人に冠を頭上に掲げられている写真など、なかなか見慣れない儀式があるようだ。
 物珍しい写真に成る程二人がパラミタで式を挙げなかった理由も分かるな、とベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が端末を覗き込み思っていると、フレンディスが無邪気な笑顔で彼を振り返った。
「マスター見て下さい、結婚式ではてんとう虫がサンバをしたりするのが定番、と聞いていたのですが……お二人の結婚式は大分様子が違うのですね?」
 彼女は、とてつもなくズレている。ベルクは慌てて胃の辺りを抑えた。痛みは未だきて無いが、殆ど条件反射のようなものだ。
フレンディスさんの知識って、結構偏ってるみたいだね
 と、その頃家族になったばかりのジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)が言ってしまったくらい、フレンディスは天然だった。
 ベルクが二人の関係の最終通過地点として望むのは彼女との結婚だったが、この天然ボケの前では大いなる野望も潰えてしまいそうだ。しかし――
「ジゼルさん、とっても綺麗です……」
 フレンディスが漏らしたうっとりした声に、ベルクの眉がぴくりと反応する。どうやら彼女も結婚に興味が無い訳では無いらしい。
 ここは、後一押し――!
 そう思ったベルクは、すぐにアレクとジゼルに連絡をとったのである。



 厳かなオルガンの音楽が流れ、大きな木の扉が開く。
 はじめに登場したのは何時もよりもかなり緊張した様子のジブリールだ。急遽着せ付けられたドレスに狼狽えつつも、リングガールとしての役目を立派に果たそうと、固まりかけた足を一歩ずつ前に出していく。
 そんな彼女をベルクとフレンディスが転ばない様に!上手くやります様に!と固唾をのんで見守っているので、後ろからついてくる一応の本日の主役の一人――アレクは式の最中だというのに笑い声を上げてしまいそうになり、飲み込むのに必死だった。
 こうしてジブリールが祭壇の方へ漸く辿り着くと、少しの間を置いて花嫁の入場だ。
 父親でなく娘と腕を組んで……、というのはかなり珍しいだろうが、ドレスアップした女性二人というのも華やかで中々の光景だ。
 否、それよりウェディングドレスのジゼルの方に、フレンディスは何より目を惹かれた。
 直接見たのは初めてだし、写真で見たドレスとは違うものだが、それでもあの姿は二度目――ジゼルが帰って来た日のあれも含めるのなら三度目と言ってもいいのに、変わらずジゼルは美しい。むしろ輝きが増しているように見える。花嫁というのはそういうものなのかと思えば、フレンディスの胸も不思議と高なった。

 さて、この式は人前式という形式ではあるが、大体の流れは他のそれと同じようだ。
 しかし指環の交換やらキスやらを経て一連の儀式が終了すると、此処からはこの式場のオリジナルの展開が待っている。チャペルから外へ続く階段を降り、中庭の東屋で写真に結婚誓約書にサインをするのに…………、何故かキャラクターがお祝いにやってくるのだ。
 女の子が大好きな展開に、ジゼルやフレンディスやスヴェトラーナが沸き立ち、ジブリールでさえプロフェッショナルなキャラクター達のノリに見事に巻き込まれ歓声を上げた。
 そう、この日彼等が殆ど弾丸に近いスケジュールで結婚式を執り行っていたのは、地球の某テーマパークに隣接したホテルである。
「ジゼルにアレク頼む! その幸せオーラでフレイを煽ってくれ!」
 とベルクに頼み込まれ数ヶ月。
 この結婚式はただの結婚式ではなく、フレンディスの結婚願望を煽る為に存在する作戦だ。どうせ宗教的な儀式を二度やる訳にもいかない。ジゼルに理想の結婚式を聞いた時に『これ』が返って来た時には青くなりかけたが、アレクは優秀な軍人なのだ。
 目的を確実に達成する為綿密なる計画を練り、失敗は有り得ないと堂々と普通の花婿を演じ切った。
 スタッフ達には柔らかい態度で接し、二人の結婚式に行き合った一般客が美男美女に歓声を上げれば、にっこりと笑顔で返す。
 こうしたアレクの張り付いた笑顔を以て、結婚式は無事終了と相成った。



 式の全てが終わると昼食の時間になり、フレンディスはその席で改めてアレクとジゼルに頭を下げた。
「私、本日お二人の晴れ姿を拝見でき、
 これほど迄お二人……そして私自身生きいて良かったと思える日はありませぬ!」
 これはかなり大げさな言葉だったが、フレンディスには彼女の出身である忍の里や母親との関係など、複雑な家庭の事情がある。その上ジゼルとアレクの事件を間近で目撃し当事者となっていたから、二人の幸せな姿を見られるというのは、フレンディスにとってこの上なく幸福な事なのだ。
 目を潤ませているフレンディスに合図するように視線を合わせて、ジブリールが挨拶を代わる。
「アレクさんにジゼルさん、それとスヴェータさんおめでとう。
 やっぱスゲー綺麗だね。
 犬が来れないというか来ないからお言葉に甘えたけど、オレは後になってフレンディスさん達から一連の事件を聴いた立場だから今も場違いかなーって思ってるけど……
 うん、良い物見れて良かったよ!」
「本当ですよね?。
 トゥリンさんもこられたら良かったんですけど、まあ用事有る時にこんなところまでってのは、中々難しい話ですしねぇ」
 腕を組んでスヴェトラーナがうんうんを頷き、そして直ぐにフォークを握りしめ、空になった皿を見て絶望した。
「あ! 私のケーキが無い!」
「バカお前もう一口で食っただろうが」
 呆れながらアレクが自分の皿をスヴェトラーナの前に出すのに――マナーとしはどうかとも思ったが、基本的に娘には甘いらしい――、スヴェトラーナがえへへと笑いながら父親に甘えた視線を向ける。 
 ジブリールはそんな彼等を見て、ぼんやりと考えて居た。
(いいな、スヴェータさん。
 オレもいつかフレンディスさんとベルクさんが無事結婚して、あんな風に二人の子供になれれば……。
 というのは血の繋がりもないオレには贅沢すぎる願望かな? 今も多分弟扱いだろうし)
 しかしジブリールが一言これを口にすれば、ベルクはこう答えただろう。
 ――息子でも娘でも構わねぇよ、俺達二人の家族なら養子になるのが自然だろーが。と。
 ジブリールを引取る時から、ベルクはそう思っていたのだ。そしてこの言葉はいつかの未来で、彼等の間で交わされる事になるだろう。

 穏やかな食事の時間は終了し、一度部屋に戻ろうというところで、フレンディスはアレクとジゼルへ向き直った。もう一つ、彼等に伝えたい事があるのだと、フレンディスは真摯な眼差しを二人へ向ける。
「我が儘ついでにもう一つだけお願いをさせて下さいまし。
 今は沢山の仲間がおり、私のお力では不足かもしれませぬが、生きている限り陰ながらお力になり続けたく――。
 今後も有事の際はお呼び下さい。
 私は何処へでも……例えナラカへでも馳せ参じます」
 向けられた言葉を聞き終えた瞬間、ジゼルの海よりも青い瞳からわっと涙が溢れ出す。
 これには切っ掛けを作ったフレンディスだけでなく皆で慌ててしまったが、スヴェトラーナが背中を撫でようと、アレクがどう声をかけようとジゼルの涙は止まらない。
「わたしっ、ほんと、いいともだち、会えてよかったぁあ」
 しゃくりを上げて感極まった様にフレンディスに抱きつき、すりすりと頬を寄せる。
「しあわせだよぉ、フレイたちと友達になれて、ジゼルはほんとうに、ほんとうにしあわせなのぉ!」
「ジゼルさん――!」
 ジゼルに呼応したフレンディスの目まで潤んで、遂に二人は一目も憚らずにわんわんと泣き出した。
 この結婚式でフレンディスに心境の変化が訪れてくれたかどうか。
 それは彼女以外に誰にも分からない事だが、幸福な気持ちになってくれたのは確実だ。
 ベルクはアレクを振り返り、顔を見合わせてふっと笑顔を零すのだった。



 挙式も食事会も終了し、日が暮れる前にと彼等は余裕の無いスケジュールを最後まで遊び切ろうと、着替えて早々部屋を飛び出した。
「私の結婚ですか!?」
 ――そういえばフレンディスはベルクと結婚しないの?
 と、ジゼルに何気なく質問されたフレンディスは、頬を真っ赤に染上げながら俯いて答える。
「その、修行中の私には早いですし」
「早いって事は何時か、って事!?」
 キラキラと輝く瞳が目の前に迫り、フレンディスは言葉に詰まりながらもう一度下を向く。
 ジゼルにこの話をした事は無かったが、これはある意味機会だったのかもしれない。ゆっくりと口を開いた。
「……それと…母様に逆らうのが怖いのです」
 声音だけでその言葉に含まれた重い理由を悟り、ジゼルはフレンディスの手をとった。二人で話したい事は一杯あるが、それよりも今はフレンディスに楽しい思いをして欲しい。
「行こう、フレイ!
 折角きたんだもん、楽しもうよ!」
「……はい!」
 手を繋いで、長い髪を揺らして歩く二人の後ろ姿は何処か似ている。
 ジゼルの髪にさしたフレンディスからの結婚祝いのアイリスのバレッタを遠目に見て、スヴェトラーナは沁み沁みと言った。
「本当に仲良しですね、あの二人」