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【特別シナリオ】あの人と過ごす日

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【特別シナリオ】あの人と過ごす日
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リアクション


クリスの深いため息

 2024年初夏。
 ろくりんピック開催に向けて奮闘しているキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)は、この日、エリュシオン帝国に訪れいていた。
「今年のろくりんピックの機運がいまひとつ高まっていないように思えるノ。マンネリを避けるには、新機軸を用意しないとネ?」
 手土産を沢山もって訪れたのは、第七龍騎士団の駐屯地だった。
「新皇帝に直接奏上できれば万々歳ダケド、川……無いので無理ヨネ?」
 人物的問題もさることながら、大人の事情的な問題で新皇帝に面会を求めることさえできなかったキャンディスは、ろくりんピックへの選手派遣、協賛(とそれに付随してのリベート)の要請のため、地球人も多く所属している第七龍騎士団の団長から攻めてみることにしたのだ。
「直接が駄目なら、周りから攻めていくのが上策ネ」
 そうして第七龍騎士団の駐屯地を訪れたキャンディスはいつものように入口で追い払われた。
 ……といいたいところだが、キャンディスは第七龍騎士団の団長と……正確に言えば、団長の妹と多少の親交があったため、百合園女学院に入ろうとした時ほどの扱いを受けることはなかった。

 応接室に通されて待つこと5時間。
 空腹のあまり手土産に手を付けようかと考え始めた頃、団長のレスト・フレグアムは見習いと思われる帽子を被った少年を伴い、部屋に訪れた。
「コンニチハ! ろくりんピック私設実行委員会実行委員長のろくりんくんデス。
 今日はかくかくしかじか」
 キャンディスは、手土産の『山吹色のお菓子(化粧箱入り)』を渡し、シャンバラで行われるろくりんピックへの選手派遣や協賛を頼めないかと、レストに真剣に打診をする。
 ……真剣なのだが、見かけはいつもの通りの格好なので、ふざけてるようにしか見えなかったが。
「国からの派遣については、自分からは何とも言えないが、この第七龍騎士団にはシャンバラの契約者も幾人か所属している。
 彼等が出場するというのなら、支援をさせてもらおう」
「よろしくネ! 皇帝にもヨロシク伝えておいてネ! 国としての支援も期待してるワヨ!」
 どこまでも図々しく、キャンディスはレストに支援を求めていく。
「国家としての支援を求めるのなら、相応の方にお越しいただかねばな」
 苦笑しながら、レストが答えた。
「皇帝と同格といったら、女王かしらネ。ろくりんピックのトップでいいなら、マスコットのミーなのね」
 などと言いながら、お腹が空いていたんで、見習いの少年が出してくれたお菓子を、ぱくぱく食べていく。
「……ソイエバ、クリスさんはどうしてるのカシラ?」
 クリス――クリス・シフェウナは、レストの妹だ。血は繋がってないが。
 子供の頃、2人は同じ孤児院で兄妹として暮らしていた。
 神としての能力を持っていたレストは、名家のフレグアム家に引き取られたが、クリスはずっと施設に……犯罪組織の中にいた。
 そして、彼女は組織の命令により百合園女学院に潜入し、テロ行為を実行した。
「面会に行きたかったのだケレド……」
 外はもう真っ暗だった。
 ここで随分と時間を食ってしまったため、面会時間内にたどり着くのは無理そうだ。
「クリスは前に居た場所にはもういない。面会は遠慮願いたい」
「ミーはクリスさんの親友ヨ! クリスさんもミーに会いたがってるはずネ。それよりも……」
 クリスはレストのことを好いていた。兄としてだけではなく、男性としても多分好いていた。
「地球では皇帝にめでたい事がアレバ、恩赦という制度があるのダケド、エリュシオンではドウナノカシラ?」
「……」
 レストは軽く眉を寄せ、何かを考えていた。
「クリスさんとパートナーさんの関係はどう?」
 クリスのパートナーの御堂晴海はレストのパートナーでもあった。そしてレストの婚約者だ。
「良好だと思う。……な?」
 レストが部屋の隅で控えている少年に目を向けた。
「……うん、仲良いわよ」
 諦めのような吐息をついた後、少年は目深にかぶっていた帽子をとった。
 帽子の中から、長い髪の毛がはらりと落ちてきた。
 そしてキャンディスに近づくと、少年――に扮していたクリスは勝気な目を向けて、微笑んだ。
「久しぶり」
「クリスさん、釈放されてタノネ!」
「うん、皇帝即位時の恩赦でね……でも、シャンバラの人達には秘密にしておいて。私のこと、恨んでる人もいるだろうし」
「クリス・シフェウナ。後は任せても良いか?」
 硬い声でレストが言った。
「はい、この方は私の友人です。責任もって私がお見送りいたします」
 びしっと立ってクリスはそう言った後、レストとごく軽く微笑み合った。
「では、失礼する」
 短く言って、レストは部屋から出て言った。
 言葉は硬いが『ごゆっくりどうぞ』という優しい声もキャンディスの耳に届いた気がした。
「……っと、今年の差入れは山吹色のお菓子ね。普通でいいじゃない」
 クリスはキャンディスが持ってきた菓子を取り出して、自分とキャディスの前に置いた。
 そして、自分の分のお茶を入れて、椅子に座って、一息ついた。
「クリスさん、久しぶりネー。元気だったカシラ?」
「見ての通りよ。今はここでお兄ちゃんたちを手伝ってるの。結構楽しいけど、ちょっと複雑なのよねー……」
 お茶を飲みながら、クリスは大きなため息をついた。
「クリスさんへのお土産は別にアルノヨ」
 キャンディスは携帯電話とアルバムを取り出して、最近のシャンバラの姿や、百合園女学院の状況(但し公開されているものと、校門の外から撮影したもののみ)を、写真や動画を見せて説明していった。
 クリスはお菓子を食べながら、「ふーん、あっそう」と、興味なさそうな返事をしながらも真剣に見入っていた。
「サルヴィン川のそばに、百合園生も沢山出入りしているパラ実の分校ができたのは知っていたカシラ?」
「神楽崎分校?」
「ソウソウ、今は若葉分校っていうのヨ。
 百合園へ直接戻るのが難しそうなら、最初は分校で過ごして慣らしていくのもアリヨネ」
「シャンバラには戻れないわよ……。でもそうね、大荒野ならそのうちいけるかも、ね」
 クリスはキャンディスが見せてくれた、若葉分校で行われたはっちゃけたパーティの様子を、楽しそうに見ていた。
「うーん、こういう馬鹿そうだけどマッチョな男子も悪くないかもね。お兄ちゃんとは全く違うタイプの……」
 それからちょっとさみしげな声で「彼氏欲しいなぁ」と言って。
 キャンディスの顔を見て。
「……はあぁぁあぁぁぁぁ……」
 大きな大きなため息をついたのだった。