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リアクション
●There’s a Riot Goin’ On
レジーヌ・ベルナディスの胸を痛めたのは、空京の争乱状態だった。
いやそれは争乱というより、狂乱というのに近いのではないか。
暴動になっている。灰色の服を着た人々が、灰色の量産型クランジともみ合っている。実際に殺し合いを演じている
すでに流血し、倒れている人間も少なくない。逆に、暴徒に集団で取り囲まれ破壊された量産型の残骸も点在していた。
そればかりか、人間同士で争う姿もほうぼうで見られた。
城塞都市空京といえど抜け道はある。空京には、レジスタンスが利用する地下通路がいくつかあった。しかしこれはレジスタンスにとっては生命線とも言えるものであり、発覚を怖れ滅多なことでは使用されない。(前回、単身で空京から逃亡したメンバーは、この地下通路の秘密を守るため、地下ではなく壁の一部を乗り越えるという方法で脱出を果たした)
だが今日は別だ。
予定より早いが、レジスタンスによる空京奪取作戦が始まっていた。爆発を合図に、レジスタンスメンバーはめいめい地下通路をたどって空京各地に到達、一斉行動を開始したのだった。
レジーヌもその一人だった。地下通路をくぐって大通りに出た彼女は、市内がすさまじい状況になっていることを目の当たりにしたのである。
「人間同士で争うなんて……止めなきゃ……」
「いヤ、そいツはアタしラの仕事じゃネー」
レジーヌは身を乗り出そうとしたが、同行者のクランジξ(クシー)に肩を押さえられていた。
「アイつラの仕事ダ」
クシーが指さした方角、レジーヌは見た。
戦車のようなものが迫ってくる。正しくは戦車ではない。なぜなら『それ』にはキャタピラに類したものはなく、地上から浮き上がっていたから。長い砲塔とボディは鉄鋼で防護されている。その色は、灰色ではなく黒だった。
巨大なホバークラフトは大通りに到達すると左右のハッチを開いた。
そこから吐き出されるようにして量産型クランジが大量に出てきた。
すべて色は黒、少女のような体型ながら髪はなく、服も着ておらず、目にも瞳が入っていない。ただ口元だけ、微笑にも見える表情を見せている。黒いホバーからあふれ出す黒、その様は、日中の市街に忽然と夜が出現したかのように見える。
黒い量産型は、灰色をした警らのクランジより運動性が高い。飛び出すと機械とは思えない身のこなしで、市民たちを片っ端から電磁鞭で拘束していった。叛徒も総督府側の人間も区別なしだ。当然市民たちは争いをやめて逃げ散る。クシーの言うとおり、まさに彼女らは『仕事』をしたのである。
「あれは……!」
「レジーヌ、高機動タイプの量産型クランジです。開発は噂されていましたが、もう完成していたとは」
言うなり飛び出したのはエリーズ・バスティードだ。レジーヌらに気づいた機体に、白の剣で斬りかかった。
ところがこれを見ても黒い量産型は一切動じない。合成音らしき声で、
「レジスタンスと確認。殺傷モードに変更」
言うなり右腕を伸ばす。手の甲に取り付けられた銃口からリズミカルにマシンガンが火を吹いた。銃弾は口径の小さいタイプだ。弾速は迅くしかも四方に散ることなく正確にエリーズを襲う。ダダダッと三発立て続けに胸に弾丸を受けエリーズは失速して灰色の道路にうずくまった。剣は刃のほうを下にして落ち、チィンと冷たく甲高い音を立てた。硫黄の匂いと白い煙が一条、クランジの銃口から立ち昇った。
「エリーズ!」
あまりのことにレジーヌは状況の理解が遅れ、一拍遅れて彼女に駆け寄った。
だが、
「無事です」
起き上がると同時にエリーズは、左手でカットラスを抜いて敵に投げた。刀は回転しながら跳び量産型の頭部に突き立った。
ゴッと音がしたのは量産型が前のめりに倒れた音だ。
「あれはあくまで人間用の銃弾。戦闘用機晶姫には通用しません……」
とは言っているもののエリーズの声は苦しげだ。レジーヌは彼女に肩を貸してやや後退する。
「指揮を執っテるノガ誰か、アタシにハお見通しサ!」
すれ違いざまの一刀で高機動型の胴を両断すると、クシーはホバークラフトに駆け寄り睨みつけた。
「出テきヤガれ! オミクロン!」
停止したホバークラフトの頂上ハッチが開いた。
そこから最後に姿を見せたのは、尖った三角の帽子だった。
続いて黒い髪、そしてクシーに瓜二つの少女の顔が、現れる。
「空京に騒ぎを起こして、勝ったつもりでいるのか……クシー?」
オミクロンはホバークラフトの頂上に立っている。黒い軍服姿で、抜き払った左腕の剣を前に突きだして。
「My SIS! 今日コそブチ殺シてヤル! 馬鹿は死なナキャ治ラなイってね!」」
「馬鹿はどっちだ! イプシロン(ε)の大局を理解もせずに……!」
「アンタは自分の都合ノ悪いモンに耳をふサイでるダケだ! Don’U?」
「……問答は、これまでにしようか」
一人は高みから飛び降り、もう一人はこれを剣で迎撃した。
オミクロンとクシー、運命の双子は互いを殺すべく壮絶な切り結びを演じた。二本の刃は白い光の軌跡を描き、その途中にある空気をすらりと両断した。だが互いの肉体には届かない。それは防がれ、受け流され、あるいは紙一重でかわされている。
クシーの髪の一部が切れて風に流された。
オミクロンの軍服の肘がぱっくりと切られた。
だが両者ともに、致命的な傷はまだない。
一秒いやその十分の一の時間もあれば、優に状況は変化しそうだったが。
瞬時離れた二本の刃だが、すぐにまた窮迫して激突した。
「あんな風にして……実の双子が……戦わなければならないなんて……」
だがレジーヌにはどうすることもできない。追ってきた新たな高機動型と戦うのが精一杯だったからだ。エリーズがレジーヌの盾となり剣となるも、虚を突いて勝てたさっきとは違い、守りに専念するのが精一杯だった。
レジーヌは、あのときのクシーとの会話を思い出していた。
クシーは、ヌーメーニアーたちと彼女を前に観念したかのように語ったのである。
「クランジのアタシがクランジと戦ウ理由……それは連中ガ信用でキなイかラダ」
クシーはクランジたちを『最悪の嘘つキ』と呼んだ。元々、理想を掲げる一方で目的のためには手段を選ばない姉妹(シスター)たちにクシーは不満があったものの、彼女がクランジと袂を分かった決定的なきっかけは、クランジでも一部の者しか知らないある事件だったという。
それは、現在クシーと共にレジスタンスに所属するクランジλ(ラムダ)に関するものだった。
「ラムダ……アタシはアイツが嫌イだっタ。イヤミっポくて気取り屋デ……」
「気取り屋? まさか」
ヌーメーニアーが驚くのも無理はない。レジスタンスに所属するクランジλ(ラムダ)の性格はむしろそれとは正反対からだ。
ラムダはいつもおどおどしていて他人の顔色をうかがうような傾向があり、誰かとなにか対立しそうになるとすぐに謝る。自分が悪くなくてもだ。そしてときどき、唐突にパニックを起こしては行動不能状態になってしまうのである。
だがクシーによれば、かつてのラムダは自己中心的で他人を見下す癖があり、それでいながら妙に仕切り屋で他人に共感を押しつけるなどして、自己流のセンスをひた走るクシーとはまったく性格が相容れなかったという。
「ケド、その頃のラムダのホうがマシだっタな……アアなったのは連中のセイだ」
クシーとラムダがまだ、クランジの一族と共にいたころ、ある作戦への参加をラムダが拒んだことがある。それは彼女の気まぐれで、とりたてて深い理由があったわけでもなかった。そして、ラムダがそういった態度を取るのは初めてのことでもなかった。
しかしこのとき、彼女らにとって上司にあたるクランジθ(シータ)はこれを問題視した。
「……ラムダは、自分の心ノ傷……『トラウマ』ってイウのカ、そレを、シータの催眠術デいじラれた……思イ出したくナイ記憶を力ずクでほジクり返されたんダ」
それは、シータによれば「人間への恨みを思い出させるため必要な処置」だったという。
だがその試みは失敗した。ありありと蘇った過去の忌まわしい記憶がラムダの精神を破壊し、二度と戻らぬほどに性格を一変させてしまったのである。
「いマ考えれバ、ラムダは過去ノ記憶かラ自分を守るタメ、あんナ性格を演じテいタのカモしれなイ……」
ここまで手短に語ってクシーは、苦々しげに下唇を噛みしめていた。クシーのそんな表情をこれまでレジーヌは見たことがなかった。
クシーはシータの「処置」をを知り、怒りに駆られてラムダを連れクランジ側から逃亡したのだった。一方でオミクロンは、シータの言う「必要な処理」という言葉を受け入れたという。これが双子の進路を分けた。
そこから先の話はレジーヌも知っている。ラムダを連れたクシーは放浪先で七枷陣らと出会った。互いを敵と認識した彼らは激しい戦闘を繰り広げたがやがて和解、クシーとラムダは陣の紹介でレジスタンスに加わったのである。
全体のため個を犠牲にするを「必要」と言い、ただの拷問を「処置」と言い切る、クシーはそういう欺瞞が許せないというのだろう。
それについては、レジーヌも同じ考えだ。
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