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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ

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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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 ■ 魔女の舘の肝試し ■
 
 
 
 
「お化け屋敷ってあの町外れの?」
「そう、あの洋館だよ。肝試しにはぴったりでしょ?」
 聞き返した久世 沙幸(くぜ・さゆき)に友達はそう答えた。
 お化け屋敷……皆からそう呼ばれているのは、町の外れにひっそりと建つ蔦でびっしりと覆われた洋館だ。
 蔦を刈り取って手入れをしたら、女の子が憧れそうな洋館ではあるのだけれど、今はぼうぼうと生い茂る雑草に埋もれ、外壁にも汚れがこびりつき、見る影もない。
 加えて、誰も住んでいないのに窓のところに人影が見えた、中で灯りが動いているのが見えた、女性の細い悲鳴が聞こえた、という噂まで出てきたものだから、誰も近づきたがらない。小さい子などはこの洋館の横を通り過ぎるとき、息を詰めて全力疾走してゆくくらいだ。
「確かにぴったりだけど、勝手に入っちゃうのはどうかなぁ」
「でも入ってみたくない? きっと珍しいものいっぱいだよっ」
 友達に誘われて沙幸の心も動く。
 今はあんなに荒れ果ててしまっているけれど、中には家具やタペストリーが残っているかも知れない。中学2年生の乙女としては、シャンデリアとか大きな暖炉とかにも憧れる。
 そんな心の揺らぎを友達につかれて、ついつい沙幸は肝試しに行くことに同意してしまったのだった。
 
 
 夏の夕暮れ時。
 うるさいくらいにヒグラシが鳴いている。
 夕焼けに照らされた蔦は黒々として見え、朱く照らされた壁とのコントラストがいやに不吉に感じられる……。
「沙幸、行くよ」
「うん……」
 ここまで来たからには仕方がない。友達に促されて、沙幸は洋館に足を踏み入れた。
 
 どんなお化け屋敷ぶりかと思ったが、外から見ていた印象と違い、中は状態が良くすぐにでも住めそうなくらい整っていた。
「ちょっと怖いけど……なんだかアンティークって感じがいいね」
「沙幸、よそ見してると危ないぞ」
「うん。気を付ける」
 そう言いつつも、沙幸の目はついつい周囲に奪われる。ドレープが美しいカーテン、瀟洒な猫足のテーブル、凝った作りの小瓶の並ぶ棚……。
「あっ……」
 絨毯のヘリに足を引っかけて沙幸は転んだ。天井の装飾に気を取られていた所為で。
 恥ずかしいところを見られちゃった、と笑いかけ……ようとしたが、一緒だったはずの友達の姿が無い。どうやらはぐれてしまったようだ。
「里美……?」
 友達の名を呼んでみたが返事はない。
 けれどどこからか、話し声のようなものが聞こえてくる。きっと友達だと思い、沙幸は声を頼りにそちらに向かった。
 
 話し声は扉の隙間から聞こえていた。
 囁くような声だから、その内容までは聞き取れない。
 少しためらった後、沙幸はそぉっと扉を開けた。
 
 ――!
 
「……っ!?」
 沙幸は叫びそうになった声をぐっと呑み込んだ。
 
「ふふっ、可愛いですわね……」
 色っぽいブロンドの髪の女性が、もう1人の大人しそうなブルネットの女性に囁いている。
 しどけなく空けられた胸元に這わせた口唇は、喉元を通って頬に、そして相手の口唇に留まる。
 漏れる息遣い、絡み合わされる舌、白い肩にかかる髪……。
 濃厚な口付けを交わしている女性たちから、沙幸は目が離せなくなってしまった。
 そういうのに興味があるお年頃、ということもあるのだけれど何より……これまで知らなかった未知なる妖艶が、沙幸の心を捕らえて放さない。
 心臓がばくばくする……口が渇いて仕方がない。
 ごくり、とつばを飲み下す音が耳に響いて、異様に大きく聞こえる。
(あ、あんなことまで……)
 ドキリとしたその拍子に沙幸がつい扉に寄ると。
 キィと蝶番が軋んだ。
 小さな音だったのだけれど、それまでキスに没頭していた女性の1人……ブロンドの髪をしたほうの女性が、こちらに視線をやり……その碧い瞳とばっちり目が合ってしまった。
「ごめんなさぁいぃぃぃぃ!」
 自分がのぞき見をしてしまっていたことが、そこで漸く意識の表に浮かび上がってきて、沙幸は大声で謝りながら一目散に逃げ出した。まだ熱い頬に手を当てて――。
 
 
 その翌日。
 昨日見たものは友達にも言えぬまま、沙幸は心の奥にしまいこんだ。何も知らない友達は、また探検に行こうと言うけれど、沙幸はそれに頷けず、生返事をするしかなかった。
 もうあの洋館に行くこともないだろう。
 そう思っていたのに。
「あら、これからお帰りですの?」
 校門から出てすぐ、あの女性に声を掛けられた沙幸は仰天した。
「ど、どうして……」
「お忘れ物ですわよ、久世沙幸さん」
 女性が2本の指で挟んで掲げたのは、沙幸の生徒手帳だった。昨日、無くなっていることに気付いて、もしやと思っていたが、やはりあの洋館に落としてきてしまったらしい。
「ごめんなさい……。お化け屋敷の探検をしようって誘われて、勝手に入っちゃいました……それに、あの……」
 その先を言えずに赤くなる沙幸に、女性はふふっと笑う。
「お化け屋敷だなんてひざいですわ。わたくしの一族が昔から住んでおりましたのに。ですが、人除けの結界を弱めてしまったわたくしのミスでもありますわね」
 両親が不在なのをいいことに、付き合っていた女の子のうちの1人を招いていろいろとお楽しみ中だったから、なんて涼しい顔で言う女性に、沙幸はどんな顔をしていいのか分からなくなる。
「これからが本番という所でしたのに、すっかり気分が削がれてしまいましたわ」
 軽くねめつけられて、沙幸はしゅんとした。
「ほんとにあの、ごめんなさい」
「まあ……今回は沙幸さんの可愛さに免じて許すことに致しましょう。ですがあそこはわたくしと両親の住まいなので、あまりああいったことはしないで頂きたいですわ」
「はい、もうしませんっ。もし友達がしそうなときがあったら、ちゃんと止めます!」
「では、今回の件はここまでということで……これはお返ししますわね」
 女性は沙幸に生徒手帳を返し、そして言う。
「今度は昼に堂々と遊びに来て下されば、歓迎致しますわよ」
「えっ、いいの……?」
「忍びこむのではないのなら勿論。わたくしは藍玉 美海(あいだま・みうみ)ですわ」
「日本の名前みたいに聞こえるけど……」
「わたくしは生まれも育ちも日本ですわ。この髪と目は英国人だった祖母の血の所為でしょうね」
 美海はブロンドの髪を指で一筋掬って見せる。
 そんな仕草はいかにも大人の女性、という雰囲気で、沙幸はつい見とれてしまう。
 沙幸の視線を捉えて、美海は満足そうに喉で笑い。
「遊びに来て下さるのをお待ちしておりますわね」
 沙幸の頬にお別れのキスをして、去っていったのだった。
 
 
 それから沙幸は美海の家に遊びに行くようになった。
 美海が教えてくれる、魔法の話、自分が魔女だということ、パラミタ大陸との関係のこと……すべてが沙幸にとって目新しく面白かった。
 沙幸は美海の話からパラミタに興味を持ち、その1年後。
 美海とパートナー契約をかわし、パラミタ大陸へと渡ったのだった。
 
 
 ■ ■ ■
 
 
 古い洋館での出会いを改めて見ると、美海のキスシーンを目撃した自分の狼狽ぶりが恥ずかしいやらおかしいやらで、沙幸は赤くなった。そんな沙幸を美海は目を細めて眺めた後、こんなことを言い出す。
「ところで沙幸さん、わたくしはもっと別のことも教えて差し上げましたわよね。そう、たとえばあの肝試しのときにわたくしがしようとしていたような……」
 出会いの時に見たような妖艶な目つきで言う美海に、沙幸はますます赤くなる。
「そ、その先は映さなくていいからぁ!」
 慌てて水盤が映し出す映像を遮る沙幸の手の向こうでは、過去の沙幸がうっとりととろけそうな顔で目を閉じてゆく姿が映っていたのだった――。