波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

ニルヴァーナのビフォアー・アフター!

リアクション公開中!

ニルヴァーナのビフォアー・アフター!

リアクション



第六章:遺跡探索2

 アディティラーヤの遺跡の中を進むのは、色香漂う端正な容姿に、幼い表情を浮かべる少年、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)

 幼さという言葉は素直とも解釈出来る。

 今、手に持った『羅針盤』を時折見ながら、楽しそうな顔を見せる彼は、純粋に遺跡探索を楽しんでいるのだろう。

「不思議だ」

 唐突な言葉と共に振り返ったグラキエスに、彼の背後を歩いていたドラゴニュートのゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)が顔をあげる。

「遺跡と言うだけで不思議と心が浮き立つ」

「グラキエス……」

 グラキエスには『傷』が2つあった。

 1つ目は、狂った魔力を宿したグラキエスが、心身を蝕まれ特に肉体の衰弱が進んでいた時、その”核”は摘出されたが、代償に記憶を失ったこと。

 2つ目は、そうして記憶喪失になり一時はゴルガイスと疎遠になってしまった経緯である。

 しかし、ゴルガイスとの疎遠さは、グラキエスの記憶喪失を自分の責任と思って一時期距離をとっていたゴルガイスに原因があり、ゴルガイスは、それがグラキエスをより傷付けていたという自覚があった。故に今回は、グラキエスの無邪気な笑顔に喜び半分反省半分で探索へ出ていたのだ。

 とはいえ、グラキエスは、記憶を無くしても彼の『考古学』好きは変わらず、遺跡の探索に加え、こうしてゴルガイスと仲直りしてから初めての探索とあって、今回は無邪気に喜んでいる。

「ゴルガイスも一緒に来てくれて、とても嬉しい」

「……」

 思ったことを素直に口にするグラキエスに、ゴルガイスが沈黙しつつも困った笑顔を浮かべる。

「グラキエス、先程から我の顔を眺めているがどうした?」

「ゴルガイスも何だか楽しそうにしているから。エルデネスト、ゴルガイスを呼んでくれてありがとう」

 金髪のシャギーの下に温和そうな表情を浮かべる、物腰穏やかな美貌の悪魔、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が「ふふっ」と笑みをこぼす。

「ふふ……グラキエス様は笑顔も素晴らしい。私の心を満たし……同時に掻き立てる」

 ゴルガイスとは逆に、寧ろグラキエスの衰弱した体と白紙になった精神を前に心躍らせるエルデネスト。

「……我が楽しそう?……そうか、すまぬ……」

 ゴルガイスはグラキエスの笑顔を見る度、どこか心に痛みを感じる。

「どうして謝る?」

「……いや、謝るのは妙だな……」

 ゴルガイスが苦笑する。

「我もお前と探索するのを楽しみにしていたのだ。さあ行くぞ」

「ふふ……私も今日は苦痛よりも笑顔を味わいたい」

 エルデネストが二人の後を追う。

 ×  ×  ×

 『秘法の知識』と『考古学』好きなグラキエス。彼は『トレジャーセンス』の勘で、何かありそうな方向を目標に『羅針盤』でそちらの方角を見失わないよう注意しながら移動していく。

「あ、こっちだ!」

 羅針盤を見たグラキエスが遺跡の通路を走って曲がろうとすると、常に『殺気看破』での警戒を行っていたゴルガイスが制止する。

「どうした、ゴルガイス?」

「グラキエス。通路の先に気配を感じる。我が先に行こう」

 体が弱っているグラキエスをなるべく戦闘に参加させたくないため、フルムーンシールドを手にしたゴルガイスが先行する。

「我が先行して片付ける。エルデネスト。グラキエスを守れ」

「グラキエス様、こちらへ?」

「エルデネスト?」

 エルデネストはグラキエスを自分の傍へ置き、不測の事態に備える。

「……!!」

 通路の先から飛んできた矢を瞬時にかわすゴルガイス。

「(『先の先』を使う我より先手を取るのか!? トラップか!?)」

 パワードアームに『ドラゴンアーツ』の怪力を込めたゴルガイスが、『軽身功』を使って側壁を走り、通路を猛スピードで敵へと突っ込む。

 敵は3体いた。全て剣を持った3本足の機晶ロボットだ。

「オラァァァ!!」

 ゴルガイスの『ドラゴンアーツ』の怪力を込めた『鳳凰の拳』が、瞬時に一体をバラバラに破壊する。

「まず一体!! ……チッ!」

 振り下ろされる剣を盾で受け止めるゴルガイス。

「手伝いましょうか? ゴルガイス?」

 エルデネストの声に、ゴルガイスは戦闘態勢を解かずに即答する。

「無用ッ!!」

 再び『鳳凰の拳』が機晶ロボットの頭部を目にも留まらぬ速さで砕く。しかし、その隙に残りの一体がグラキエス達の方へ向かう。

「一体逃した! エルデネスト!!」

「アガレス、グラキエス様を守れ!」

 ゴルガイスの声と共に、フラワシでグラキエスの壁をさせて守りを固めるエルデネスト。その前に剣を構えた機晶ロボットが迫る。

「申し訳ありませんが、今日はグラキエス様の苦痛よりその笑顔を味わうべき日なのです……サイコネット!」

 エルデネストは、超能力で網上に張り巡らせた力場を作り出し、一時的に機晶ロボットを拘束する。

「ギッギギギ……」

 サイコネットにかかり、もがく機晶ロボット。その頭部か開き、レーザーの発射口のようなものが現れる。

「おや? そんな性能があるのですね……」

 エルデネストが微笑を浮かべたまま呟く。それは機晶ロボットにではなく、光速の速さで戻ったゴルガイスに対してだ。

「当然だッ!」

 跳躍したゴルガイスの『鳳凰の拳』が機晶ロボットを叩き潰すように、頭上から降り注ぐ。

 完全に事切れた機晶ロボットを見下ろすゴルガイス。

「怪我はないか? グラキエス?」

「ああ、大丈夫だ」

 グラキエスは、床にしゃがみ込み、ペタペタと壁面を触りながら言う。彼は記憶と同時に、危機管理能力も無くしてしまったので、幼児のように興味を引いた物は何でも触る傾向があった。

「しかし、先ほどの矢は一体……くっ!?」

 またしてもゴルガイスが間一髪で矢をかわす。

「だ、誰だ!?」

「はははは……ごめん、ゴルガイス。俺だった」

「え?」

 グラキエスは、壁に出た突起を指さして笑う。

「トラップ解除しようと思ったけど、何か上手くできないんだ」

「……エルデネストよ。貴公、グラキエスから目を離すなとアレほど……」

「おっと、これは失礼しました。ですが、私は私でグラキエス様の笑顔のため、色々とやっているのですよ? ほら」

 エルデネストは、空間認識力と壁を通れる『描画のフラワシ』を使い、見えない所を絵に描いて貰う等しながら、隠し通路が無いかの確認と『銃型HC』へのマッピング作業をしていた。

「ふむ……この通路の奥に隠し通路があるみたいですね」

「本当か!」

 グラキエスが目を輝かせる。

「だが、グラキエス。隠し通路ということは、何か厄介なものが潜んでいる可能性がある。下手したら噂に聞く賞金首やもしれぬ。我が先行して……あッ! 待て!!」

 話の終わらぬうちに走りだしたグラキエスを慌てて追いかけていくゴルガイス。

「やれやれ……しかし、こうして楽しそうなグラキエス様を見るのも久しぶりです」

 グラキエスと並走して走るエルデネストが笑う。

「……我のせいだと言いたいのか? エルデネスト?」

 過去を含め、己の罪の意識と後悔の念を未だ消せないゴルガイス。

「グラキエス様を大切に思う気持ちに偽りは無いのでしょう?」

 エルデネストが問いかける。

「勿論だ。我は今はその思いだけを胸に、グラキエスの傍にいる事を誓ったのだ」

「動機はともかく、傍にいる事を誓ったのは私も同じです」

「フ……思い出した。そのために我らはアディティラーヤに家を持つことを決めたのだったな。ニルヴァーナでグラキエスが消耗した時、他に気兼ねなく治療と静養が行える家をな」

「私は、家に関してはある程度以上の品質を求めますけど……」

「あのセルシウスという設計士、果たして上手く仕上げてくれるのだろうか?」

 ゴルガイスの呟きに、家の設計を依頼したセルシウスの事を思い出すエルデネスト。

 グラキエスは探索の拠点として、エルデネストとゴルガイスはそんなグラキエスの静養のために家を頼んだ。

 最初の要件は、『薬草類を育てる外庭と家の内部に坪庭。地下に倉庫と調合部屋。長身と巨漢揃いの住人のために天井は高く、間仕切りを少なくし空間を繋げる事で広さを確保する』とのことだった。

 ……が。

 ×  ×  ×

「設計を少し変更して欲しいだと?」

 エルデネストは初回の打ち合わせから暫く経った日、一人でセルシウスとの打ち合わせに臨んでいた。

「ええ」

「まぁ、まだ設計図を描き始めたところだ。変更は受け付けられるが……」

 セルシウスは、机の上からグラキエス達に頼まれていた家の設計図を発掘する。

「あまり、ブレぬ方が良いぞ? アレもこれもと言い始めると、出来上がった家は大体とんでもない事になる」

 エルデネストは軽く微笑し、

「一番大切なことを忘れていたのです」

「一番大切なことだと?」

「私のパートナーであるグラキエス様のことです」

「……?」

「折角建てて貰う家ですから。私は何よりグラキエス様に喜んで欲しいのです。あなたにとっては少し無茶ブリかもしれませんけど……?」

「……持ち主が喜ぶ家を建てるのが設計士の仕事だ」

 セルシウスが腕を組み、真っ直ぐにエルデネストを見つめる。

「聞こう」

 ×  ×  ×

「フフ……」

「どうした? エルデネスト?」

「いえ……あの設計士の顔。随分長い時間人間を見ていた私の目には、それなりの人物に見えましたよ。少し愚直過ぎますけどね」

 エルデネストは手を伸ばせば届く距離にまで近くなったグラキエスの背中を見つめ、そんな家の完成を楽しみに思うのであった。