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春は試練の雪だるま

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春は試練の雪だるま

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第7章


 その頃、遊園地に隣接したホテル内部では。
「きゃあーっ!!」
 と、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)がTVカメラの前で悲鳴をあげていた。
 アイドルとしての名声を持っている詩穂は、今日はオープンしたての『ホテル一日アルバイト体験☆』の生放送だった。まあ、要はホテル側の宣伝のために、地元TV局がたまたまその時ホテルでバイトをしていた詩穂に声をかけただけなのだが、詩穂にとっても悪い話ではい。
 だが、バイト中につまづいてすっ転んでTVカメラを巻き込んでしまったとなれば話は別だ。

「す、す、すみませ〜んっ!!」
 どうやらその拍子にTVカメラが故障してしまったらしく、映像が映らないようだ。
 そして、ひとしきりカメラに向かって謝った詩穂は、さらに大声を上げることになる。
「あ、あ〜〜〜っ!!!」

 カメラの映像が一瞬だけ戻り、ひとしきりの砂嵐のあと完全に沈黙した。
 最後にカメラが映した映像は、顔に傷跡のある目つきの悪い男、清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)の凶悪な顔のアップと、カメラが暗転した後の詩穂の一言だった。
「わ、私……ごめんなさい……さらわれました……」
 そこでブツリとTVの映像が切れ、完全な静寂が訪れる。


「アイドルの騎沙良 詩穂が誘拐された!?」


 噂は瞬く間に広がり、この映像と顛末は一部のネットユーザーの間で話題になった。一部のファンはすぐに警察にまで電話をし、遊園地のホテルは一時騒然となったそうだ。
 だがしかし、その実態は。

「いやー、すっぱり真っ二つでスノー」
 と、ウィンターの分身は呟いた。
「おう、こりゃあ派手にいきよったのぅ」
 最後にTVに映った男、青白磁は詩穂のパートナーだ。詩穂のアルバイトの間、ホテルのラウンジで暇を潰していたのだが、転倒した詩穂を助けようとしてカメラの前に入ってしまったのだ。
 そして、困り顔の詩穂の傍らには、大きな皿が落ちて割れていた。

「ごめんなさい……つまづいた拍子にお皿を割っちゃって」
 まあ、そこまで貴重な品ではないから、とホテルの担当者は許してくれたが、それでは気が治まらないからと、青白磁が何とか破片を集めて修復中なのだ。
「お主、見かけと違ってやさしいでスノー」
 ウィンターはそんな青白磁を褒めると、自分も皿の破片を集める手伝いをしている。
 その見かけと反して子供好きで動物好きな青白磁は、破片集めを手伝っているDSパラミタペンギンとウィンターの頭を撫でた。
「がっはっは、よく言われるけん気にしとらん! 分かる奴だけ、分かっとればええんじゃ!!」
 わっしわっしと撫でながら、器用に破片を組み合わせていく。
 そこにもう一人のパートナー、セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が現れた。
「青白磁様はそれはそれはもう、大変な外見詐欺ですからねぇ」
 そう言って、ウィンターを手元に招く。
「破片集めは終わりましたか? では、お騒がせしたホテルの皆様のためにホットケーキを焼きたいと思います、ウィンター様、お手伝いしていただけます?」
「ホットケーキ? それはステキでスノー!!」
 と、残った破片を青白磁に手渡してウィンターはセルフィーナの元へ、とてとてと歩いた。

「ホットケーキはおいしいでスノー!!」

 打ち合わせをしたウィンターがセルフィーナに雪だるマーを着せると、セルフィーナは太陽のブーストで手に持った『フィオーラのモーニングスター』でホットケーキを焼き始めた。
「知っていますか? 世界で初めてのホットケーキは1632年、イギリスの小さな農家で始めて焼かれたのです。
 その家庭には母はなく、父親は子供ために愛情を込めてホットケーキを焼きました。
 皆さん、ホテルの全宿泊客の皆さん、私に皆さんのホットケーキを焼かせて下さい!!」
 と、セルフィーナは何故か街頭演説のような口調でホットケーキを次々と焼き始めた。
 そのウンチクは本当なのか、とか、まるで東京都知事にでも立候補しそうな勢いだ、とかいうことは、いちいち気にしてはいけない。

 そんなこんなでその場の全員にホットケーキが行き渡ったその時だった。


 ホテルの外側で、爆弾が爆発したのは。


                              ☆


「きゃーっっっ!!!」
 その1時間ほど前だった。
 悲鳴と共に、結崎 綾耶(ゆうざき・あや)が変態にさらわれた。
 何故変態かと言うと、ピンクの仮面にピンクの全身タイツ、ピンクのマントを纏った男は、大抵変態と相場が決まっているからだ。

「――なっ!?」
 パートナー達と遊園地に来ていた匿名 某(とくな・なにがし)フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は驚いた。
 それはそうだ。普通は、遊園地を歩いていたら突然空から変態が降ってきて、連れをさらって行くとはあまり考えない。
「な、何すんだ!! ちみっ子を返せ!! 何者だっ!!」
 康之は叫ぶ。綾耶は既に気を失っており、その変態の腕の中でぐったりとしている。
 変態は名乗った。


「フッフッフ……私の名は『美少女擁護戦士・ペドフィリアン』!!」


 一瞬の空白が、某達を襲う。
 その空白の隙をついて、ペドフィリアンは某の足元にカードを投げて、飛び去ってしまった。
「ハハハハハ! 今夜11時、その廃工場で待つ!! この少女を奪い返したくばそこまで来るがいい!!」
 その後ろ姿に、フェイは呟いた。
「……許さない。私の綾耶を奪うとは。それすなわち悪。11時など待てるものか」
 悪は即時殲滅すべき、と結論を出すフェイだが、某はそれを止めた。
「待てよ。綾耶が人質に取られてるんだ、焦って行動すべきじゃあない」
 日頃から綾耶を可愛がっているフェイ、綾耶の安全を引き合いに出されては納得するしかない。
「――ち。うるさいぞ没個性――言われなくたって……わかってる」
 康之はというと、ペドフィリアンが残したカードを手に、走り出していた。
「とりあえず、オレこの工場の場所、調べてくるぜ!!」
 確かに、そろそろ日も落ちてきたとはいえ、11時まではまだ時間がある。
「しかし……どうして綾耶なんだ……何が目的だ」

「おい……今の」
 と、その誘拐劇を偶然目にしていたのが、独身貴族評議会の如月 正悟と木崎 光である。
「ああ……ピンク変態のマントに……独身男爵のバッジが二つ――だったぜ」
 と、光の瞳が鋭い眼光を放った。

「誘拐……それはいけないね」
 と、ヒーローショーが終ってぶらぶらしていたライカ・フィーニスも呟いた。
「誘拐ですって? そのような神の教えに背く行為はいけません! 何としても愛をもって説得しなくては!!」
 いきり立つスティーデ・ゼルニナをなだめて、ライカは言う。
「そうだね……ここは、ヒーローの出番じゃないかなっ?」


 その頃、某達の元から綾耶をさらった変態、『美少女擁護戦士・ペドフィリアン』はその廃工場にいた。
「……ん……はっ!!」
 綾耶は目を覚まし、すぐに現状を把握した。某達と遊園地を歩いていたところで、突然ピンク色の男にさらわれたという現状を。
 特に縛られたりはしておらず、椅子に座らされている。だが、まだ体が完全に目覚めていないのか、満足に動いてくれない。綾耶は、座ったままモゾモゾと足を動かして距離を取ろうとした。
「……ああ、すまない。特に危害を加えるつもりはないんだ。警戒しなくていいよ」
 思ったよりも穏やかな声で、ペドフィリアンは言った。
 だが、突然現れた人さらいに警戒しなくていいと言われて信用できる筈もない。
「あ……あなたは誰なんですか!? どうして私をさらったりしたんです!!」
 その言葉にペドフィリアンは立ち上がり、告げた。
「これは失礼……私の名は美少女擁護戦士・ペドフィリアン。
 愛に苦しむ少女を独自の観点から独断と偏見で保護する愛の戦士!!」


「えー……と。すみません、その説明から導き出される結論はその……『変態』でしかないんですけれど……」


 さすがの綾耶も突っ込まざるを得ない。
 だが、綾耶はペドフィリアンの雰囲気に見覚えがあった。ピンクで統一されたコスチューム、間違いないだろう。
「あなた……もしかして、独身貴族評議会の人、ですか……?」
 その単語を聞いたペドフィリアンは、ピクリと眉をひそめた。
「ああ……その通りさ。追放された身だがね。
 独身貴族評議会は、迷惑カップルを撲滅したり、個人的に憎いカップルを殲滅するグループと、いつしか自分も誰かとカップルになるという願望を果たすために、やや強制的にモテようとする2つのグループに分かれんるんだ。
 だが、私はそのどちらにも属さなかったため、独身子爵の身でありながら追放された、というわけだ」
 見ると、ペドフィリアンのピンクのマントには独身男爵のバッジが2つある。それが独身子爵の身分を表すものなのだろう。
「どちらにも属さなかった……じゃあ、あなたの目的は?」
 綾耶はさらに聞いた。相手の目的が分からなくては逃げようもない。
「私の目的は、苦しむ少女を少しでも解放すること……必ずしも自分のものにならなくてもいい……それが会の理念とは相反していた」
 それを聞いて、綾耶はビクリと体を動かした。
「わ……私は別に、苦しんでなんかいない……です……」
 だが、ペドフィリアンはそんな綾耶の胸の辺りを指差し、言った。
「それは嘘――だね。少女の真実を見抜き通す私の瞳『ペドフィリアイ』は誤魔化せないよ」
 その指先が自分の秘密を的確に示しているような気がして、綾耶は視線を逸らした。ペドフィリアンは続ける。
「君は――その体にどこか異常を抱えている。こう見えても私は元々魔術を使う医者でね、そういうのには敏感なんだ。
 そして……その異常をパートナーにも知られたくない――違うかい?」
「――」
 綾耶は答えられなかった。
 何故なら、某達と遊園地を歩いているとき、ペドフィリアンに反応できずにさらわれてしまったのは、その体の異常からくる痛みに耐えていたからだ。
「君は……そのままでいいのかい?」
 ペドフィリアンの言葉に、綾耶は顔を上げる。その視線は、驚くほど真剣だった。
「このままでいいとは思っていません……でも……某さんたちに迷惑は……かけられない……」
「……そうか」
 そこまで聞いて、ペドフィリアンは両手を綾耶の前にかざした。
 すると、綾耶が座っていた椅子の下に魔法陣が発生し、光が綾耶を包んだ。
「!! ……何を……!!」
「心配しなくていい……君の体の爆弾を、少しだけ緩和する。根本的な解決にはならないが、このままではすぐに手遅れになる。
 ……いいかい、君が考えている以上に、もう時間は残されていないよ。この魔法陣で進行を少しだけ遅らせるから――その間に考えるといい」

「――某……さん……」
 魔法陣の効果だろうか、綾耶はそのまま眠りに落ちてしまった。


「パートナー達に事情を話し、皆で立ち向かうか……。
 それとも、全てを切り離して一人で生きるか……この私のように」


                              ☆


「このホテルは、我々『ブラック・クルセイダー』が占拠した!!」
 と、黒タイツ男と茶タイツ男が混ざったその集団は言った。
 清風 青白磁はようやく割れた皿を修復したところで、後ろから不意打ちを喰らって気絶している。
 驚いた瞬間に刃物を首筋に当てられた騎沙良 詩穂は、そのまま人質にされてしまった。他にも一般人の人質を取られ、セルフィーナ・クロスフィールドも手が出せない状況だった。

 そこはホテル一階のラウンジで、多くの客は逃げ出したもののまだ10数名の人質が残されている。
 その中で、いち早く暴れて取り抑えられ、イモ虫のように転がされたのが橘 美咲(たちばな・みさき)である。
 ブラック・クルセイダーを名乗る黒タイツと茶タイツは、それぞれ『ブラック・ハート団』と『チョコレイト・クルセイダー』の残党だ。
 それぞれの組織が解体されてしまった後も、虎視耽々とチャンスを狙っていたのである。
 そして、新しい遊園地がオープンする今日、行動に出たというわけだ。
「いいか、この街に新しい遊園地など不要!! 遊園地など憎きカップル共の温床!!
 我々はこの遊園地とホテルを共に爆破することを宣言する!!!」

 床に転がりながらも、抗議する美咲。

「な、何をバカなこと言ってるの!! そんなこと、できるわけないでしょ!!!」
 だが、自信に溢れた笑みで、タイツの男は答えた。
「ふっふっふ……できるのさ、それがな」
 と、手元に取り出したスイッチを、ひとつ押す。

「うわあーっ!!」
「な、何だーっ!?」
 遊園地で、騒ぎの声が起こった。
 ホテルの一部が爆破されて騒然としている中で、遊園地の各地でも爆弾による爆発が起こったのだ。

「今の振動は……!?」
 美咲の呟きに答えるように、男は告げた。
「今のはあえて人のいないところにしかけた爆弾……これからが本番だ、これから遊園地のあちこちに仕掛けた爆弾が次々に爆発し、今夜12時をもってこの遊園地の全ては爆破されるのだ!!!」


                              ☆