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第5章 深夜、愛も深まるご奉仕☆

「おや、あれは何だ?」
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)は足を止めた。
 神殿の最上階。
 吹きさらしになっているそこからは、遥かな星空を明瞭に眺めることができた。
 だが、最上階の中心には、さらに、十二角形の背の高い、ドーム状の聖堂が存在していたのである。
「ここまで来たんです。入ってみましょうか。あそこにも、お宝の類はもうないかもしれませんが」
 ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)がいった。
 リリとユリは、2人で神殿を探険してまわっていたが、既に盗掘者が持ち去ってしまったのか、お宝らしいお宝もなく、疲労ばかりが募っていたところだった。
「そうだな。最上階にあるということは、非常に重要なものなのだろう。入ってみるだけでも、価値はあるかもしれないな」
 リリはそういって、聖堂の扉を開き、ユリとともに入りこんだ。
 聖堂の内部は、大きなホールになっていて、中央に、巨大な御神像の姿があった。
 御神像は、大理石の彫像であり、筋骨隆々として背の高い、男性の姿を表したものだった。
「あれは? 人間の姿だが、どことなくギリシアの神話から抜け出てきたような顔だちだな」
 リリは、御神像に興味を持って、近づいていった。
 これが、この神殿がまつるパンツァー神を表したものなのだろうか?
「リリ、天井がガラス張りになってるみたいですよ」
 ユリの声を聞いて、リリは視線をあげた。
 なるほど、明かりをとるためなのか、天井はガラス張りになっていて、外でみるのと変わらない星空が、冷たく清く光り輝いて、リリたちをみおろしている。
「不思議なものだな。夜明けになれば、日の出の光があそこから射し込むような仕掛けになっているわけか。そして、その光は、御神像に振り注ぐ」
 リリは、簡単な謎解きをしてみたが、内心では、イライラしないでもなかった。
 古代の建造物を検証するのもいいが、肝心のお宝はどこにあるのか?
 みわたす限り、この広間には、何もない。
 この御神像も、大きく持って行ったりはできないし、かりにそうしたところで、貴金属がはめこまれているわけでもないので、たいした値打ちはないだろう。
 得られるものがここまでないと、徒労の感も強くなるというものである。
 だが、反面、ユリは興味深そうに聖堂の内部を調べてまわっていた。
「リリ、御神像の足もとに、六角形の台座がありますよ」
 ユリの発見に、リリも若干興味を持った。
 その台座は、ちょうど人がその上に立てるぐらいの大きさで、床にはめこまれていた。
 そこにも貴金属の類はみられなかったが、きれいに磨かれていて、最近まで誰かが使用していることがわかった。
 リリがその台座の上に立つと、聖堂の内部の静謐が、より一層深まったように感じられた。
 この感じ。
 音響の要か?
 リリが指をパチンと鳴らすと、果たして、その音は、聖堂の内部に幾重にも反響して鳴り響いた。
「ここでお祈りをすれば、その言葉が聖堂の内部に行き渡る仕掛けになっているわけか」
 だが、これも、お宝と関係があるわけではない。
 渋い表情で台座から降りたリリにかわって、今度はユリが台座の上に立った。
「確かに、音が響きますね。素敵ですぅ。ちょっと歌ってみてもいいですか?」
「好きにするのだよ」
 そういいながらも、リリは、ユリのその無邪気な提案に、どこかホッとさせられるものを感じていた。
 しかし、なぜなのか。
 リリは首をかしげた。
 ユリが得をしていて、自分が得をしていないように感じるのは、なぜだろう?
 もしかしたら、愚かなのは自分だったのだろうか?
 思索にふけるリリをよそに、ユリは清らかなソプラノで歌い始めた。
 カッチーニのアヴェ・マリア。
 ユリの美しい歌声が聖堂中に響き渡り、その反響のリアルさは、リリの身体を空気の波が包み込むかのように思えるほどだった。
 リリは、自分の心がどこか、満たされるものを感じていた。
 そして、どこかで、気づいていたことがあった。
 自分は、金銭欲や物欲といった煩悩に追われて生きていたのだということに。
 本来、金銭欲や物欲のために動くのは、それらの欲望を実現することで、自分の心の隙間を満たすためだったはずだ。
 それがいつの間にか、心を満たす手段であった対象そのものが、目的にすりかわってしまっていた。
 それが、自分の愚かさの原因なのだ。
 リリはいま、金銭欲や物欲以外にも、自分の心を満たすものがあるのだと、気づいていた。
 『お宝』とは、有形のものばかりではないのである。
 リリは、御神像を見上げた。
 御神像は、聖堂内にたからかに響く歌声を、じっと耳を澄ませて聞いているように思えた。
 なぜだか、御神像の視線が自分に向けられているような気がして、リリは不思議な感銘を受けた。
「他の神様の歌を歌って、怒られないでしょうか?」
 台座からおりたユリが、いった。
 一曲歌いあげて、さわやかな表情を浮かべている。
「いや、大丈夫だ。とにかく歌声は美しいし、そもそもパンツァーの歌などはないし、他の神の歌であっても、パンツァー神は、それはそれで興味深く聞いていたようだ」
「本当に? どうしてそうだとわかるんですか?」
 リリが確信した口調でいうのが、ユリには不思議だった。
「別に。何となくそう感じただけだ。もしユリの歌声でへそを曲げるような神様だったら、こちらから願い下げにしてやるところだが、まあ、喜んでいたようだから、おおらかな心を持った神なのだろう。さて、帰るのだよ」
「えっ、探索はもう終わりなのですか?」
 ユリの言葉に、リリは深くうなずいた。
「宝はみつかったのだ。これ以上のものはないだろうが、持ち帰るには少々大きすぎるのだよ」
「はぅぅ……」
 今度は、ユリが、リリの言葉に首をかしげる番だった。
 リリは、ユリを連れて、黙って聖堂から出ていく。
 この神殿には、もともとお宝など、なかったのかもしれない。
 なぜなら、パンツァー神は、おそらく、金銭欲や物欲を満たしてくれる神ではないからだ。
 パンツァー神は、何らかのかたちで精神的な快楽を得ることを教える神なのだろう。
 リリは、パンツァーに大切なことを教えてもらったように感じていた。
 宝のかたちやサイズなど、関係ない。
 心が満たされれば、それで十分なのだ。
 そして、その知恵もまた、宝なのだ。

「おや、誰か来たのでしょうか?」
 リリたちが出ていった後、聖堂に戻ってきたアケビ・エリカは、扉が少し開いていたのと、聖堂内に人のぬくもりがかすかに感じられたのとで、誰かが少し前までいたのだと気づくことができた。
「お祈りしにきたのであろうか?」
 エリカと一緒に戻ってきた夜薙綾香(やなぎ・あやか)がいった。
「そうかもしれませんね。盗掘にきたのだとしても、ここには何もないですし、やはり、ついでにお祈りをして帰ったんでしょうね」
 エリカはそういって、台座の上に立った。
 エリカと綾香は、2人で、神殿の中の清掃をしたり、お風呂に入って身体を清めたりしていたのだ。
 綾香は、パンツァー神のとりあえずの巫女に選ばれたエリカとともに生活し、身の周りの世話をして奉仕することで、パンツァー神や、この神殿についての知識を得ようとしていた。
 エリカは、巫女といっても、ある日突然神の都合で選ばれたようなところがあり、きちんとした知識などを持っているわけではなかったが、それでも直感が優れていて、神殿内の何が、どれだけの価値を持っているか、といったことはわかるようだった。
 いま、エリカは、一日のほとんどの時間を御神像の前でひたすらお祈りして過ごしているが、その側に密着していると、綾香もパンツァーという存在を、朧げながら理解できるように感じていた。
「確かに、盗掘者がこの聖堂に入っても得るものはないであろう。今回、この地に出現した時点で、既にこの神殿に金目のものは存在していなかったようだが、当初は、もしかしたら、何かあったかもしれないな。この神殿は、神がつくったわけではなく、気が遠くなるほど昔のこととはいえ、人間がつくったものであるようだからな」
 綾香の言葉に、エリカはうなずいたが、こうつけ加えた。
「確かに、この神殿は神がつくったものではなく、神を敬う種族がつくったものですが、その種族が、人間なのかどうかまでは断言できません」
「なに!? 人間でなければ、何なのだ?」
「何という種族がつくったのかまで、はっきりしたことは私にもわかりませんが、この神殿は、ご存知のように、通常の感覚では信じられないほどの昔に建造されています。この図をみて下さい」
 エリカは、聖堂の壁に刻まれている、原始的な図形を指していった。
 それは、原始的というより、必要にして最小限の位置関係を示す、極端に抽象化された図形であるともいえた。
「この図の、ここが地球です。そして、地球のこの部分に、知性を持っていると思われる、人ならざる種族の姿が描かれています」
 エリカの説明に、綾香は目を丸くした。
「そこは、南極大陸ではないか。南極に、かつて、知性を持った種族がいたというのか?」
「そうです。人類がいたかどうかも定かではない、人類が把握している歴史よりもさらに昔に、南極にはいまと全く異なる種類の生物が多数生息していて、その土地を支配する種族もいたのです。この図にその種族のことが出ているということは、この神殿は、それだけ昔につくられたものだということを示しています」
「信じられん。パンツァーとは、いったい何なのだ? 地球には、太古の昔、異界からの様々な神が生息していたというが、それらと何か関係があるのだろうか?」
「そこまではわかりませんが、パンツァーの興味は、いま、パラミタの人間や、その他の種族に向けられているようです」
「なぜだ?」
 綾香の問いに、エリカは首を振った。
「それも明らかではありませんが、どうやら、『恋愛』をできる種族に対して、何らかの加護を与えられるようです」
「恋愛、愛情か。確かにそれは、奉仕の精神に通じるものだな。いや、その核をなすといってもいいか」
 綾香は、うなずいた。
 エリカの知識は断片的で曖昧だったが、はっきりしていないということが、逆に、その知識が真相にかなり近づいているものであることを暗示しているように思えた。
 もし、エリカがあまりにも明瞭にパンツァー神や神殿についての知識を語ってみせるなら、かえって怪しいし、浅はかな理解にとどまるような感さえ漂うだろう。
 エリカにヒントしか与えないというのもまた、パンツァー神の粋なはからいといえるのかもしれない。
「さあ、いまから、今宵の祈祷を始めるとしましょう」
 エリカに促されて、綾香も、エリカの隣に立って、祈りを捧げようとした。
 そのとき。
「は、離して! やめて!! いやぁっ!!」
 泣き叫ぶ少女の声が聖堂の外からしたかと思うと、荒々しい足音が多数して、聖堂の扉が乱暴に開かれた。
 振り返ったエリカと綾香が、目にしたのは。
「イアー!!」
「キャホー!!」
 様々なポーズとって筋肉を誇示し、喜悦の表情を浮かべるマッチョマンたちと、ロープでぐるぐる巻きにされ、髪の毛をわしづかみにされて引きまわされてきた、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)の惨めな姿だった。
「こんなところに連れてきて! バチ当たりもいいところだわ!!」
 口をとがらせて叫ぶアリアの頬が、マッチョマンによって張り飛ばされた。
 ボグゥ!
「くっ、暴力で人を黙らせることしか知らないの?」
「キャハハハハハ、そうだぜ、オラー!!」
 ボグゥ、ボグゥ!
 マッチョマンたちは、絶対的に自分たちが優位なのに、なおも強がりをいうアリアをなぶりものにするのが楽しいのか、笑いながら、手加減抜きの打撃を与え続けていた。
 もともとマッチョマンたちは、「俺たちに奉仕しろ」と強要することが多いことを除けば、それほど悪いことはしていなかったのだが、どうやらアリアをみていると、無性にいじめたくなってしまうらしい。
「くっ……」
 アリアは、血で汚れた唇を噛んで、激痛に耐えた。
「どうだ? 痛いだろ? 観念したか?」
 マッチョマンたちは、面白がって、その頬を突っつき、アリアの反応をじっくりと観察した。
「ほーら、ここが聖堂だよ!」
 マッチョマンたちは、拘束されているアリアを抱えて、思いきり放り投げた。
 アリアの身体は、御神像の足もとに投げ出された。
「悔しかったら、パンツァーの前でご奉仕の志をみせてみろ。ああ?」
 すっかり悪役と化したマッチョマンたちは、うつぶせに倒れているアリアの髪をつかんで引き起こすと、その顔を自分たちの衣服にこすりつけさせた。
 直後、マッチョマンは顔をしかめる。
「うわっ、お前の血がついちまったじゃないか。きったねえんだよ!!」
 マッチョマンが、ぐったりしているアリアの顎に、思いきりアッパーをくらわせようとしたとき。
「やめて下さい!!」
 エリカが、勇敢にも、マッチョマンの腕にとりついていた。
「何だ? 俺たちはこいつをいじめるのが楽しいんだ。邪魔するなら容赦しないぜ。ここは神聖な場所だから他でやれとでもいうのか?」
「そうではありません。ここがどこであろうと関係ないです! か弱い女性を暴力でなぶりものにするなんて、許されないことです!」
 エリカは義憤で目を燃えあがらせて、マッチョマンに詰め寄った。
 マッチョマンが拳でエリカを追い払おうとしたとき、綾香もまた、割り込んできた。
「やめるのだ。エリカと違って、私は必要なら実力行使も平気で行うぞ」
「なに!? っていうか、その服、ずいぶん刺激的じゃないか」
 綾香を怒鳴りつけようとしたマッチョマンが、彼女のミニスカメイド服を目にして、感嘆の吐息をもらした。
 エリカと綾香が一人のマッチョマンに詰め寄っている間に、他のマッチョマンたちが、アリアに奉仕を強制していた。
「おら! 四つん這いになれよ」
「……はい」
 繰り返し暴行を受けたことによる激痛で意識が遠くなりかけているアリアは、命令されてもわけがわからない状態だったが、とりあえず従っていた。
「顔を上げろ!」
 マッチョマンたちは、アリアの顎に手をかけて、無理やり上を向かせた。
 虚ろだったその瞳は、最後の抵抗の意志を込めて、マッチョマンたちを睨みつける。
「何だコラァ! ガンつけてんじゃねえよ!!」
 再び、マッチョマンたちは、アリアを激しくいじめたくなった。
 バシ、バシィ!!
「う、うく! あ、あなたちなんかに、負けません! 絶対に! あ、ああ」
 往復ビンタを何度もくらって、アリアは、血と、涙を流した。
「剥いてやっぞコラァ!!」
 マッチョマンたちは、既にビリビリになっていたアリアの衣服をさらに引き裂いて、生まれたままの状態に近くさせてしまう。
(そんな……私……また……)
 冷たい夜気を素肌に浴びて、アリアは不甲斐ない心境になっていた。
 マッチョマンの一人が、アリアの上に馬乗りになった。
「オラ! 痛いか?」
「あ、ああああ!」
 身体の一部を強くつねられて、アリアは悲鳴をあげた。
「大丈夫。大きくしてやるから」
 舌なめずりをしてそういったマッチョマンの背後に、ぬらりと影が立った。
 ドゴォッ!!
 綾香のステッキが、マッチョマンの頭部を殴り倒していた。
「う、うが! よくも。なに!?」
 負傷した頭部を手でおさえて振り返ったマッチョマンの目が、見開かれる。
 仲間たちは既に、綾香に倒されてしまって、みな、床に伸びていた。
「急所は外しておいた。すぐに去るがよい」
 綾香は、マッチョマンたちにそう命じた。
「くっそー、覚えてろ! アイーン!!」
 マッチョマンたちは泣き叫びながら、我先にと聖堂の扉へ向かい、逃げ出していった。
「綾香さん。すごいです」
 エリカが、感心したようにいった。
「いや、自分でも驚いているところだ。自分の力が、いつもより増している。なぜだ? これもパンツァーのはからいなのか?」
 いって、綾香は、御神像をあおいだ。
 御神像の表情に変化はなかったが、その視線は、アリアに向けられているように思えた。
「大丈夫か?」
 綾香はアリアを助け起こしたが、引き裂かれた衣服を元に戻してあげることはできない。
「はい。ありがとうございます。ダメだわ、私、弱くて」
 アリアは、悔し涙を拭いながらいった。
「一人の力では限界があります。困ったときはみんなを頼って下さいね」
 エリカは、優しい口調でいった。
「完全に汚されてしまったわ。どうか、この身体を清めて下さい」
 いって、アリアは、大の字に寝そべってしまった。
 疲労から、それ以上動くこともできないでいた。
「わかりました。それでは、聖水でお清めします」
 エリカは、さっき地下から汲んできたばかりの聖水を、アリアの白い肌に振りかけた。
「特にここは、よく清めた方がいいな」
 綾香もまた、聖水の瓶を手にして、エリカの急所に念入りに振りかける。
「ありがとうございます。ひゃあ、気持ちいい。ああ。ふう」
 肌を濡らす聖水の冷たさが不思議と心地よくて、アリアは目を閉じ、そのまま、気を失ってしまった。
「あら? アリアさんの身体にも、泉があるようですね」
 清められたアリアの身体が光ったように思えて、目を細めながら、エリカはそういった。
「この子はしばらく置いておこう。さあ、祈祷を始めるぞ」
 綾香は促した。
 再び静けさを取り戻した聖堂の中で、エリカと綾香は、一心不乱の祈りを、今宵も始めたのである。

「みて、みて、羽純くん! この日のために用意したメイド服だよっ!!」
 遠野歌菜(とおの・かな)は、客室の中で着替えると、その姿を月崎羽純(つきざき・はすみ)にみせつけて、はしゃいだ。
「うん? 何で? メイド?」
 羽純は、きょとんとしている。
「だから! ここは奉仕する場所なの! 羽純くん、飲みたいものはある? 食べたいものは?」
 歌菜は羽純の腕にとりついて、その袖をぐいぐい引っぱりながらいった。
「いや、食堂で食べたし、まだ部屋に入ったばかりで、喉も渇いていないし、腹も減ってないよ」
 羽純は、淡々とした口調でいった。
「じゃあ、マッサージしようか?」
 そういって、歌菜は羽純の身体をベッドに押し倒して、背中から腰から、丁寧に真サージを始めた。
「うん? ああ、それはいいかもな」
 羽純は目をつむって、しばらく歌菜の手の動きに身を任せていたが、やがて、受け身の体勢にも飽きてきた。
 お風呂からあがったばかりで、そんなに疲れているわけでもないのである。
「よし、もういい。俺がやってあげるよ」
 羽純は、歌菜のマッサージを遮って、身体を起こすと、歌菜の首根っこをつかんで、ベッドに横たえた。
「あれ? あらら?」
 歌菜は戸惑ったが、羽純は待ったなしで、歌菜の足腰に癒しの圧力をかけていく。
「う……く……」
 歌菜は、目を細めた。
「気持ちいいか、うん?」
 羽純の問いに、歌菜はうなずいた。
「どの辺が気持ちいい? ここか、それともここか?」
 羽純の指が、歌菜の脇腹のツボを探し当てる。
「ひ、ひゃああっ」
 歌菜は、身体をびくびくっとさせて反応した。
(うう……悔しいけど、私よりうまいな。気持ちよすぎ)
 羽純にただ身を任せるだけの状態に移行しながら、歌菜の意識はぼんやりと、そんなことを考えていた。
「一生懸命な歌菜の姿をみるのは嫌いじゃない。けど、奉仕するとかされるとか、夫婦なのに変じゃないか?」
 羽純は、囁き声でそういって、歌菜の耳を甘く噛んだ。
「そう……だよね。でも、私、羽純くんにほめられたかったんだ」
 歌菜は、低い声でそう答えた。
「無理しなくても、歌菜はほめられるものをたくさん持っているよ。そのメイド服だっていい感じだし」
 そういいながら、羽純は、いま自分がほめた、歌菜のメイド服を脱がしにかかった。
 メイド服を着た状態では、マッサージしにくいからである。
 メイド服の次は、さらにその下……という調子で脱がせていって、ついに羽純は、毛布の下の歌菜が、何も身につけていない状態にさせてしまった。
「羽純くん、す、すごい。何だか、スースーするよ」
 歌菜は、顔を真っ赤にして、毛布の中に深く潜り込んだ。
「涼しくいいだろ」
 そういって、羽純は、無造作に歌菜のお尻をつかむと、両手に力をこめ、親指を押し出すようにして、ツボを突き始めた。
「えっ? えっ? ちょっと変、や、いや」
 歌菜は、目を白黒させる。
「気持ちよくて、寝そうになっちゃうか?」
「えっ? 違う。その逆!」
 歌菜は、意識が異様にはっきりとしてきて、無性に羽純を求めている自分を感じていた。
「じゃ、今日は、寝ないで過ごそうか!」
 羽純はそういって、自分も毛布の中に潜り込んで、歌菜に覆い被さった。
 そしてそのときに明かりは消え、客室の中は闇が支配することになったのである。

「はい、優斗さん。あーん」
 テレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)は、客室の中で、自分の手料理を風祭優斗(かざまつり・ゆうと)に食べさせてあげていた。
「もぐもぐ。うん、おいしいですよ」
 テレサのつくった肉団子を食べた優斗は、素直な気持ちで、そういった。
 食堂で食べるよりは、客室で自分のつくったお弁当を食べて欲しいとテレサが提案し、優斗も了承していたのだった。
「私のご奉仕、どうでしょうか? このお料理、つくるのに時間がかかったんですよ」
 そういって、テレサは微笑んでみせた。
「うん。真心こめてつくった料理が、一番おいしいですよね」
 優斗も、微笑みを返していう。
 テレサとしては、客室で、優斗と2人きりに近い状態になれれば、それだけ気持ちも落ち着くし、味も感じてもらえると思ったのである。
 もっとも、完全に2人きりではなく、ほかにもいるのだが。
「優斗お兄ちゃん、早く食べてよ。次は僕がご奉仕するんだからっ」
 ミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)が、料理を食べる優斗の袖を引っ張って、せかしてくる。
 テレサとミアは、ご奉仕勝負をして、勝った方が優斗を一日自由にする権利を手に入れることになっていたのである。
 むろん、優斗は、勝負のことは知らない。
 ただ、テレサたちがパンツァーの神殿で奉仕の志のほどを確かめたいというので、その付き添いとしてやって来ただけである。
「ミアちゃん、邪魔しないで下さいね。優斗さん、ゆっくり、味わって食べて下さると嬉しいです」
 ミアをちょっと睨んでから、テレサは優斗に視線を戻して、微笑む。
「うん。そうですね。とてもおいしいですし、いっきに食べるのがもったないですよね」
 優斗はマイペースに食べていった。
 そして。
「さっ、食べ終わったね。じゃ、優斗お兄ちゃん、服を脱いで」
 ミアの無邪気な言葉に、テレサの背が凍った。
「ミ、ミアちゃん、何をいうんですか!? ミアちゃんのご奉仕って、まさか」
 いきなりそんなことをやっていいのかと、テレサはおおいに焦った。
 そういうことは、勝負に勝ってからすべきなのではないかと、憤慨さえ覚えたのである。
 だが。
「テレサちゃん、なに、勘違いしてるの? 僕はマッサージでご奉仕するんだよ」
 ミアの言葉に、テレサははっと我に返った。
「えっ? そ、そうでしたか。それじゃ、やってみて下さい」
 テレサは、何だか自分が恥ずかしくなって、どぎまぎしながらいった。
「食後に、マッサージをしてくれるんですか。わあ、今日は、至れり尽くせりですね。後で、僕も、何かお返しをしてあげますね」
 優斗は優斗で、のんびりとした口調でそういうと、ミアにいわれたとおり上着を脱いで、ベッドにうつぶせに寝そべった。
「いくぞー。がおー」
 ミアは優斗の背中にまたがると、背骨の歪みをぐりぐりと直した。
「うーん、気持ちいいです。ありがとう」
 優斗は、目を細めていった。
「あっ、身体が滑った!!」
 ミアはおおげさに叫んでみせると、よろけるとみせかけて、優斗の背中に抱きついたりした。
「ミ、ミアちゃん、何をしているんですか!? や、やっぱりそういうことを!」
 テレサは慌てて、ミアを引き起こした。
「痛いな。テレサちゃん、やめてよ」
 ミアはテレサを睨むと、姿勢を整えて、優斗のマッサージ再開する。
「だいたい、『そういうこと』って、何なの?」
「えっ、そ、それは、その、つまり、うーん、あんなこと、こんなこと、ですか」
 ミアの問いに、テレサは戸惑ってしまった。
 優斗がいる場なので、下手なことはいえない。
 そのとき、うつぶせの状態で寝そべっていた優斗は、顔を起こして、ベッドの側で一部始終を眺めている風祭隼人(かざまつり・はやと)に目配せした。
「うん?」
 隼人は、すぐにそのメッセージに気づいた。
 ミアが奉仕している間、テレサにすることがないから、テレサがミアに突っ込みを入れたくなってしまうのである。
 優斗に頼まれて、テレサたちのご奉仕の付き添いとしてやってきていた隼人は、テレサにこういった。
「まあ、テレサ、落ち着けよ。そういえば、俺も腹が減っているんだ。ご奉仕のお料理、くれないかな?」
「隼人さん? あっ、はい」
 テレサは、苦しくなったところで隼人が話に入ってきたので、ホッとしながら、隼人用にとっておいた料理を取り出した。
「はい、これをどうぞ」
 テレサがお皿に入れて出したその料理をみて、隼人は目を丸くした。
「こ、これは、ただの黒コゲじゃないか!? これを俺が食うのか?」
「えっ、知らないんですか? これ、『おこげ』っていうんですよ。私は、隼人さんのためにもがんばってみたんですよ。本当ですよ?」
 テレサは神妙な顔つきでそういうと、どうみても炭の塊にしかみえないその料理の皿を、隼人の手に押しつけた。
「そ、そうなのか? これ、本当はうまいのかな。どれ、もぐもぐ。う、うわあああああああ!! ぺっぺっ」
 黒コゲの塊をかじった隼人は、顔色を変えて、吐き出してしまった。
「まあ。失礼ですね。吐き出すだなんて!!」
 テレサは隼人を睨んだ。
「だ、だって、これ、渋い味しかしないって! マッチ棒が燃えた後みたいだって!」
 隼人は抗議するが、テレサはぷいっと横を向いてしまって聞かない。
 もちろん、その黒コゲは、隼人用に適当につくった、というか、優斗用につくったものの失敗作だった。
 テレサたちがご奉仕したいのは、あくまで、優斗に対してなのである。
(くー! だから、俺が奉仕される側になっても、ひどい目にしかあわないといったのに!)
 隼人は内心、優斗を恨みたくなったが、言葉には出さなかった。
 そうこうしているうちに、ミアのマッサージは終わっていた。
 優斗が、「もう十分です」といって、マッサージをやめさせたのである。
「優斗お兄ちゃん! もっと、揉ませてよ。お兄ちゃんの身体、柔らかくて揉み甲斐があるんだもん!」
 ミアは駄々をこねたが、優斗は首を振る。
「僕はもういいですよ。代わりに、隼人にやってあげて下さい」
「えー?」
 優斗にいわれて、ミアはしぶしぶ隼人の方を向いた。
「あっ? お、おう。頼むぜ」
 隼人は急いで上着を脱ぐと、うつぶせの状態で寝そべった。
 背中を揺らし、「さあやれ」といわんばかりである。
 そこに。
 ズブリ!!
「い、いてーーーーー!!」
 何かが突き刺さる感覚に襲われた隼人は、悲鳴をあげた。
「あっ、動かないでよ。動くと、本当にケガするよ?」
 ミアは、舌打ちしていった。
 ミアは、隼人にはマッサージではなく、鍼治療をしてあげていたのだった。
「は、鍼なんて、やってもらったことないよ。本当に大丈夫なのか?」
 隼人は、涙を拭いながらいった。
「大丈夫だって。ちゃんと、ツボはネットで調べたから」
 ミアは、意地悪そうな笑いを浮かべていった。
「ネットで? それこそ怪しいぜ」
「はい、いちいち文句いわないの!」
 ブツブツいう隼人の背中に馬乗りになると、ミアは、続けざまに何度も鍼を突き刺した。
 ズブリ!!
 ズブリ!!!
「あああああー!!!」
 隼人の絶叫が、神殿中に響きわたった。
 みれば、優斗もテレサも、仲良く並んで眠りについている。
「どう? 隼人お兄ちゃん。気持ちいい?」
 ミアが、悶え苦しむ隼人に尋ねた。
「あ、ああ……き、気持ち……いい……」
 隼人は、激痛で錯乱し、薄れゆく意識の中でそういうと、ガクッと額をシーツに押しつけて、失神してしまった。

「何だろう? いま、隣からすごい叫び声がしなかったか?」
 匿名某(とくな・なにがし)は、隣室から響きわたった隼人の悲鳴を耳にして、怪訝そうに眉をひそめた。
「そうですか。気のせいじゃないですか」
 結崎綾耶(ゆうざき・あや)はとりあえずそう答えたが、何だか白々しい気もしないではなかった。
 「気のせい」で片づけるにしては、あまりにも明瞭に叫び声があがっていたからだ。
 むしろ、「しなかったか?」とあえて問う某の言動こそ、不思議に思えるくらいである。
 にも関わらず、「気のせい」にして流そうとしたのは、綾耶は、それどころではないと感じたからである。
 何しろ、カップルが宿泊すれば一層絆が深まるという噂のある、パンツァーの神殿の客室に、某とサシで向かい合っているのである。
 隣の部屋のことより、自分の部屋の「いま」の方が、綾耶にとっては遥かに重要だった。
 これから、某は、どんな話を自分にしてくるのか。
 綾耶は、そのことで胸がいっぱいだった。
「そうか。気のせいか。まあ、きっとそうだな」
 某もうなずきはしたが、やはり、かなり白々しい感じがしないでもなかった。
 だが、某も、これから大事な話をするところなので、正直、隣の部屋で怪しい悲鳴をあげている人のことなど、どうでもよかったのである。
 それなら最初から「しなかったか?」などと聞かなくてもよさそうなものだが、完全に無視することもできないくらいに、いまの悲鳴は強烈なものであったのだ。
 いや、いや。
 いつまであの悲鳴のことを考えているんだ?
 某は頭をかきむしって雑念を振り払うと、綾耶を正面からみつめた。
「某さん……」
 綾耶は、緊張した表情になる。
 某も、何だか緊張してきた。
 いや、いや。
 とりあえず、本題に入る前に、軽い前フリからいこう。
 その方が、必要以上にかたくならずに済むというものだ。
「綾耶。うまい夕食も食べたし、あたたかい温泉にも入ったし、気分がだいぶくつろいで、落ち着いてきたところだな」
 某は、いった。
「はい……」
 綾耶はうなずいた。
「そして、いま、俺たちはこうして、この部屋に2人きりでいる。夜もだんだんふけてきた。落ち着いて、マジメな話には、絶好のシチュエーションだと思わないか?」
「はい。そうですね」
 そういって綾耶が握りしめる拳に、汗がにじんだ。
 某はいった、どんな話を自分にしようとしているのだろう?
 綾耶は、心臓の鼓動が高鳴るのを覚えた。
「だから、この機会に、綾耶との間にある、たったひとつの、けれど重要な問題について話しあいたいんだ」
「はい。でも重要な問題って、どんなことですか?」
 綾耶は、とりあえず聞いてみた。
 何の話か、察しがつくようでつかなかった。
「もちろん、綾耶が抱えているもののことだよ」
 某はいった。
 そして、その瞬間、綾耶も、何のことか一瞬にして悟っていた。
(そんな。まさか、あのことを……ここで話すんですか!?)
 予想外のことに、綾耶の緊張はますますたかまった。
 このシチュエーションでは逃げ場がないし、困ってしまう。
「いままでは、秘密を知られたくない、という綾耶の意見を尊重して、みてみぬフリをしてきた。けど、これまで巻き込まれたいろんな事件のとき、いろいろな場面で綾耶を苦しめていたことがあるだろう。そのせいで、綾耶自身が窮地に陥ったこともあるはずだ。そういったことがあった以上、もうこのまま何も知らないフリをしてるのも限界なんだ。それは、綾耶自身がよくわかってることだろ?」
 某のまっすぐな視線を受けて、綾耶はうなずく。
 どこまでも、心の奥に入っていかれるようだった。
「綾耶だって、理由もなく隠していたわけじゃないと思う。けど綾耶も、このまま何もかも、隠しながら日常生活を送ることはもう無理だ、ってわかってるだろ? だから、もう隠さないでくれよ。もう、一人で抱え込むのはやめて、もっと頼って欲しいんだ」
 某は、一言一句に心を込めて、語っていった。
 この日のために、心の中で磨きあげて、魂を込めていった言葉だ。
「俺たちは、生死をともにするパートナーで、恋人なんだからさ。けど、隠しごととかがあった、『今まで』の関係はここでストップだ。そして、お互い隠す事がなくなった『今』から、また新しい一歩を踏み出したいんだ。だから、いま、話してくれ、綾耶の秘密を」
「違うんです」
 綾耶の言葉に、某は口をつぐんだ。
「違う、って?」
「恋人だから、だから頼りたくなかったんです。だって私は身体が小さいし、それを補う特別な能力があるわけでもない。かといって他で優れているわけでもない。それに加えて……」
 綾耶は、拳をきつく、肌が青白くなるほど握りしめた。
「もし、このことがバレたら、某さんは絶対私に無視させようとはしないでしょう。そのせいで足を引っ張ったり、前のように一緒にいられなくなるんじゃないかと思うと、すごく怖かったんです」
 そこまでいって、綾耶は、両手で顔を覆った。
 室内に、異様な沈黙がたちこめた。
 その重い沈黙の中で、某は勇気をふるって口を開いた。
「大丈夫だよ。何があったとしても、俺は綾耶を見捨てたりはしないよ。パートナー契約を解除する方法があって、綾耶がそれを望んだとしても絶対にさせない。知ってるかい。俺は結構執着するタイプなんだよ」
 そういって、某は、綾耶の身体を引き寄せた。
 綾耶は、頭を垂れて、顔を、某の胸に埋める。
「某さん、私は、何者かによって都合よく身体を造り変えられているんです」
 某の胸に顔を押しつけたまま、綾耶はいった。
「何者かに? どうやって? 何のために?」
「わかりません。あるいは、いまは想い出せないだけなのかもしれません。ただ、私はずっと前から、この身体の異常に気づいていました。その異常のせいで、私は、守護天使なのに、光の翼を展開できないんです。もちろん、そのほかにもいろいろありますけど、一番大きな異常はそれです」
「そうか。翼が。やはり」
 某は、うなずいた。
 綾耶は、某のそのときの表情を、直視することはできそうもなかった。
「笑って下さい。守護天使なのに守護できないなんて、役立たずもいいところじゃないですか! それでも、それでも、一緒にいてくれますか?」
 綾耶は、最後のその問いを、消え入るような声でいった。
 再び、部屋の中に、重苦しい沈黙がたちこめた。
 やがて。
 某は、綾耶の身体を強く抱きしめ、その涙を拭った。
「某さん……」
 綾耶は、泣き腫らした目で、某を見上げた。
「綾耶。これが答えだ」
 綾耶の唇を、某の唇が塞いだ。
「ふ……は……」
 綾耶は、驚いたように目を見開いたが、すぐにまた細めて、されるがままに、身を任せた。
「もし、パンツァー神が聞いていて、証人になってくれるなら、ちょうどいい。俺は、綾耶が守護天使だから契約したんじゃない。綾耶は綾耶だから、生のそのままの綾耶をみて、一緒にやりたいと思ったから契約したんだ。それなのに、守護天使の翼がどうのこうのと、こだわるはずがないだろう? いや、かりにこだわったとしても、俺の心は、最初から決まっていたんだ。綾耶は離さない。永遠に」
「某さん……ありがとう」
 そういいながら、綾耶は目を閉じた。
 某が、自分の中に入ってくるような気がした。
 そして、そのときに明かりは消え、客室の中は闇が支配することになったのである。
「あああああああーー!!」
 隣の部屋からまた、鍼で身体を突かれる隼人の叫び声があがったが、某と綾耶には、全く聞こえていない様子だった。
「ひ、ひええー、もういいだろ! 助けてくれー!! 優斗ー!! お前のせいだからなー!!」
 こうして、隼人の叫びは、神殿の客室で仲睦まじくしているカップルの誰からも完全スルーされて、闇夜に虚しく響きわたっていたのである。