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【ザナドゥ魔戦記】バビロンの腐霧

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【ザナドゥ魔戦記】バビロンの腐霧

リアクション

「ふっ!!」
 ゼパルの封印を目の当たりにした『紫銀の魔鎧』たちに生まれた隙、その一瞬をネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)は逃さなかった。
 打ち払って蹴り退けて、ネルは一足で『封魔壺』の元へと辿り着くと、壷に貼られた封印符を引き剥がした。
 溢れる光、現れる人影。新たな悪魔が現れる
 光の中に立っていたのは『グラシャボラス』、小柄な体に目鼻立ちのハッキリした女性の悪魔だった。
「わらわを覚えているか?」
 誰よりも早くに彼女との接触を試みたのは大公爵 アスタロト(だいこうしゃく・あすたろと)だ。身長50cmの彼女はパートナーであるシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)の左肩に、ちょこんと座っているのだが、グラシャボラスは一目で彼女の声と位置に瞳を向けた。
「お久しぶりです、公爵。ん…………もしや、あなたが私の封印を?」
「いや、彼らだ。彼らの力が無ければ叶わなかった」
 10体の紫銀の魔鎧と戦う契約者たち。その様をジッと見つめた後にグラシャボラスは、
「………………人間」
 と低く呟き、
「なるほど、魔鎧の奴らを使ったのですね? 寝起きに「人間狩り」の機会まで用意していただけるなんて、身に余る幸せにございます」
「何を言っている。主を助けたのは「人間」だ、人間たちの力添えがあってこそ今に至っている」
「人間…………。公爵も人間と手を組んでいると仰るのですか」
「そうだ、今はシャーロットと契約している」
「契約…………人間と…………」
 突然の沈黙。グラシャボラスが首を折って俯いていた―――そう思った瞬間だった。
「!!!」
 巨大な鉤爪が飛び込んできた。『光条兵器』なのだろうか、突如グラシャボラスの拳部に現れた鉤爪がアスタロトに襲いかかった。
「なっ……何を?!」
 とっさにシャーロットが体勢を傾けた事でアスタロトは爪撃を避ける事ができた。しかし、かつての部下であるグラシャボラスの殺気は消えることなく向けられている。
「人間と契約をした? 憎き人間と? 殺すべき人間と? ゴミで汚物な人間と?!!!」
「落ち着け! わらわの封印を解いたのも人間だ」
「ならその人間を殺すだけで良い! 人間の肩に乗る必要がどこにあるのよ!」
グラシャボラス……」
「見る影もないとはこの事よ。裏切り者は人間と共に滅びなさい!!」
「くっ……」
 説得失敗。かつての部下と再会する所までは計画通りだったが、相手があそこまで興奮してしまっては、ギャンブル勝負もそれ以上の取引も提案できない。
「下がれ! シャーロット!」
マルドゥーク!!」
 グラシャボラスの爪撃を剣で受けて彼女を守った。
 小柄な肢体から繰り出されたとは思えないほどに重い爪撃だった。マルドゥークが即座に斬り返せなかった事がそれを物語っていた。グラシャボラスの腕は二本、もう一方の鉤爪がマルドゥークの首を狙って―――
「させるかよっ!!」
 間一髪。ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)の拳撃が寸での所で間に合った。
「だから無茶すんなって言ってんだろうが!」
「仕方がなかろう! 体が勝手に動いてしまうのだ!」
「おぉぅ頼もしいなぁコノヤロウ!」
 『神速』からの『鳳凰の拳』。『ブラスターナックル』を装備したラルクの拳は徐々にグラシャボラスを押し切っていった。
「ああ゛あ゛あ゛!人間ごときがあ あ゛あ゛!!!」
 自身の翼で宙に舞い、それほど高くない天井付近まで昇りきると、叫声と共に『龍の波動』を放った。
「おおっと! おいおい、自棄を起こしたか?」
 図らずも自然とヒットアンドアウェイ。『神速』で避けては距離を詰め、拳を振るっては退避する。懸念する点があるとすれば、ラルクの動き。空間を広く有効的に使うが故に、武器同士の衝突の余波やグラシャボラスの『龍の波動』が、地表だけでなく天井部や壁部をも破壊していることだろうか。
「このままだと、他の壷も壊れてしまいますわよ」
 戦いの余波を受けて。またはグラシャボラスが壊すという事も。
 ベリアルマルドゥークへの進言を続ける。
「残る壷は18、うち封印が成されている壷は……15、空の壷が3」
 ゼパルが城内で確保した『封魔壺』は20、うち4つを除いた全てに魔族が封印されている。
「15体もの魔族が現れたなら、あなたたちは生きて帰ることは出来ないでしょうね」
「何が言いたい」
 封印されている魔族の強さは未知数、しかしどれもグラシャボラス並の力を秘めいている可能性だってある。そうなれば圧倒的に不利になる。
「私がグラシャボラスを止めて見せましょう」
「何?」
「その代わり、それが成功したら残りの壷を頂けないかしら」
「何だと?!!」
「ノー、バット、セレクション!」
 これぞ「横やり」。
 神皇 魅華星(しんおう・みかほ)が纏うビキニアーマー、『紫銀の魔鎧』であるロリータ・ヴァーリイ(ろりーた・う゛ぁーりい)ベリアルに叫んだ。
「何を言うか! あの壷は全て、魔王である魅華星様のものだ!」
「そうですわ!」
 当然のようにこの「横やり」に魅華星も乗ってきた。
「わたくしがただ一言「お久しぶりですわね」と言うだけで、彼らは全てを思い出しますわ、かつてわたくしの部下であった事を!」
「オー、マイ、ゴッテス! 美貌と後光でイチコロにするおつもりだなんてっ! さすが我が主、赤銀の女王!」
「おーほっほっほ」
「…………あれらは全て私の部下たちですわ」
 盛り上がる二人にベリアルが水を差した。
グラシャボラスが封印されていたでしょう? それが何よりの証。あれは私の国の兵だったわ」
「そんな……」
「でも安心して。軍団が欲しいと言っていたわね。なら私が15体の壷を手に入れたら、封印を解く際に半分の兵をあなたに差し上げますわ」
「本当ですの?!!」
 ただし封印を解くのは戦場の中、最も重要な戦地で解くのだという。戦わざるを得ない場に放り出された方が説得しやすい、という事の他に、自分が力を得ると裏切るのでは? という懸念に対する配慮だそうだ。
「二言はありませんわ。その代わり、少し手伝っていただけます?」
「分かりましたわ、協力しましょう」
「待たんか! 何を勝手に―――」
「壷が壊されますよ?」
「ぐっ……それは……」
 危険は承知、しかし乗らざるを得ない。
「行きますわよ!!」
 了承の返事を聞くと同時に魅華星が、そしてベリアルが飛び出した。
「ビーム? 投げキッス? それとも赤銀世界?」
 どれも魅華星得意の妄想誇張な攻撃方法だが、ベリアルの応えは、
「連れていってくれるだけで良いわ」
「了解」
 魅華星は「魔影の翼」と名付けたスキル『地獄の天使』で宙に浮かぶと、ベリアルの手を引いて、天井付近まで一気に駆け昇った。
「連れていってくれるだけで良いわ」
「了解」
 魅華星は「魔影の翼」と名付けたスキル『地獄の天使』で宙に浮かぶと、ベリアルの手を引いて、天井付近まで一気に駆け昇った。
 気付けば至る所で天井が崩れ始めていたグラシャボラスラルクの「戦いの激しさ」と「雑さ」を物語っているようだが、ボロボロと、天井は今にも落ちてきそうな程に弱っている。そんな中を―――
 宙を行く魅華星の影から、ベリアルが勢いよく飛び出した。
 飛び込んだ先はグラシャボラスの胸の中。そこで彼女は優しく呟く。
「久しぶりね、グラシャボラス
ベリアル様?!!」
 労いの微笑みと敬愛の瞳。それが二人の主従の証、想いの表れ。おもむろに開いたベリアルの手にはグラシャボラスと同じ形をした鉤爪が出現していて―――
「オヤスミナサイ」
「ぅ゛………………………………」
 グラシャボラスの胸部を刺し貫いていた。
ベ……リアル……様……
 己を慕う者を、部下を、再会を果たしたばかりの若輩を―――ベリアルは自らの手で断ち切った。
「これで信じてもらえるかしら?」
 マルドゥークの元に戻ったベリアル、その第一声がそれだった。しかも遠目にマルドゥークは目撃していた、「ベリアルが着地する際に、グラシャボラスの頬に膝を立てて落下し、首の骨を砕き折った」ところを。
 非情。
 彼女は確かに条件を満たした。またそのためには、かつての部下でさえも手にかけるという覚悟と結果を示してみせた。
 文句は言えない。言えるはずもない。しかし―――現在の状況に対する不満と恐怖を訴える者は少なからず居た。その一人が、
「きゃあぁあっ!!」
「落ち着け、珂月。瞳を閉じたら、むしろ死ぬよ」
「ぅう……でも……」
 東雲 珂月(しののめ・かづき)は必死に涙を堪えていた。天井の崩落が激しさを増している、そんな中珂月が逃げる先々で巨大な壁塊が目の前に落下してくる、ということが続いていた。その様はさすがに水神 誠(みなかみ・まこと)にも「不幸」に見えたという。
「とにかく、ここを出よう! たちは……」
 パートナーである水神 樹(みなかみ・いつき)マルドゥークと話しているのが見える。こちらと同じく「脱出」という判断をすることだろう。の傍にはカノン・コート(かのん・こーと)の姿もある。
「…………まぁいい、とにかく今は脱出だ」
 先程「樹たち」と言ったことを悔いた。が、まぁこの状況でが一人で居るよりは幾らか……マシ、だろう………………のはずなんだが。
珂月! 道案内と周囲の警戒だ、出来るだろう?」
「はい! こ、怖いけど、がんばります!」
「よし、行こう」
 言い終えた時には周囲の確認も終えていた。今も『紫銀の魔鎧』と戦闘中の契約者もカナン兵たちも「撤退、脱出」の指示を受けて各々体勢を取っている。
 ゼパルが持ち込んだ『封魔壺』も手分けして運ばなければならない。
 またベリアルの証言にあった「3つの空の封魔壺」については斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)ネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)、そしてマルドゥークの指示を受けた五十嵐 理沙(いがらし・りさ)の3人で、それぞれ一つずつを胸に抱えて退路を行っていた。
 これらの壷の存在に早く気付けていたならば、あるいは……。それも覆水、もはや盆には返らない。それでも希望は得たとして由とするしかない。
 来た道を戻るならば剣棘もさほど気にはならない。念のためには『黄昏の星輝銃』を携えて先頭を駆けたが、やはり注意すべきは落下してくる壁塊の方だった。
 珂月と共に、また共に駆ける契約者たちと共に頭上、進行方向、足下に警戒しながらに、大いに慌てて全速力で地下迷宮を逆走していった。