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忘新年会ライフ

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―第五章:地下108階のダンジョン(その1)―

「やれやれ、随分騒がしいな」
 ステージに上がったレオン・カシミール(れおん・かしみーる)が、振り向くと、ベニヤ板と工具箱を持った夢悠が冷たい風が差し込む割れた窓ガラスの修復作業にあたっていた。
「オゥフ、レオン殿。それはここが居酒屋だからでゴザルよ」
 レオンの前にいる肥満体の男が、ケーブルの配線の海で含み笑いをしつつ接続作業に従事していた。
「わかっている。ジョニー、そちらの配線は終わったか?」
「デュフフ! 拙者、伊達に映像会社に務めているわけではゴザラぬよ。あとはこのケーブルを繋いで……」
 ジョニーと呼ばれた肥満体の男がケーブルを接続すると、ステージ上に設置された大型スクリーンにプロジェクターの光が当たり、カラーバーが表示される。
「よし。これでこちらの準備は整ったな」
 ジョニーがレオンの言葉に頷き、額の汗を拭って立ち上がる。
「レオン殿も流石でゴザルな。蒼木屋に108階ダンジョン攻略の実況中継を行えないか?
と根回しをするとは」
「さほど、苦労はしなかったがな。蒼木屋に大型スクリーンを設置し108階ダンジョンを攻略を見ながら忘新年会を楽しんでもらうという企画を出したら、直ぐにOKが出た。宣伝にもなるからだろう」
 レオンは上記の内容を846プロのHPでも告知していた。ファンが来ることによる集客率&視聴率UPも狙ってのものだ。
「それにしても、ジョニー、本当にダンジョンに行かなくて良かったのか? ファンなのだろう?」
「確かに。昨晩も考えたでござる……ファンとして拙者が衿栖たんに付き添うべきではないのかと。しかし、ファンとして拙者が最も衿栖たんのためになる事は何か! と考えた末の選択でゴザル。後悔等……後悔などぉ……」
 歯を食いしばるジョニー。
「わかっている。おまえが居てくれたから、配線関係でこちらも随分助かった。感謝しよう」
「何という優しいお言葉! レオン殿! 拙者が女性なら危うく惚れていたところでゴザルよ」
「それは……やめてくれ」
 ジョニーがレオンに握手を求めて手を差し出す。レオンも快く握手を返そうとするが、ジョニーの手が先ほど彼が汗を拭いた手だと気付き、やや躊躇する。
「オゥフ!! これは失礼したでゴザル!」
 あくまでドルヲタ仲間同士で一番の常識人と揶揄されるジョニーが、直ぐ様別の手を差し出すと、今度はレオンもジョニーときっちり握手をする。
 その時、二人の背後の画面に、地下からの中継映像が入ってくる。レオンの指示でキャメラマンを行う飛装兵からのだ。
「始まるな……あとは衿栖お前の腕の見せ所だ。新しいファンを獲得する良いチャンスだ、ぬかるなよ?」
 レオンの呟きにジョニーが尋ねる。
「無事で帰ってきて欲しいものでゴザル」
「ダンジョン内にはモンスターや罠もあると聞いているが、朱里とカイもいる問題あるまい」
「それとは別問題があるでゴザルよ」
「何だと?」
「今回のツアー、衿栖たんの元には、拙者達の中でも最も危険とされる人物が行っているのでゴザル」
「……その男の名は?」
「嘘野一三、通称イーサン大佐……拙者達はこう呼ぶでゴザル」
 やがて二人の背後の画面に、846プロの制服を着てマイクを持った笑顔の茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)がバストアップで映る。
「視聴者の皆さんこんばんわー! 『ツンデレーション』の茅野瀬衿栖ですっ!」
「お、何だ?」
「中継だってよ、ダンジョンとの」
「へー! どんなのか興味あったんだ。あのダンジョン」
 客達がスクリーンに映る映像に興味を示し始める。
「今日、私は皆さんと一緒に卑弥呼の酒場近くにある108階ダンジョンの謎を追っていきたいと思います。迫り来るモンスター! 行く手を遮る罠の数々! それらを突破した最下層には何が眠っているのか!?」
 衿栖は、レオンの根回しにより卑弥呼の酒場と中継が繋がっているTVカメラに語りかける。
 周囲は薄暗いものの、間隔を置いて設置されたロウソクの灯りにより、傍に寄れば人の顔くらいは判別出来そうな感じだ。
「それでは行きましょう! ミステリーハンターの846プロのアイドル『ツンデレーション」』の茅野瀬衿栖が生放送でお送りします! パラミタふしぎー……発見ッ!!


「ったく……待たせ過ぎなんだよ。アイツらは〜ひっくッ!」
 ザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)が大型スクリーンに映る番組を見ながら、愚痴をこぼす。
「ザミエル? あなた、やっぱり酔ってるでしょ?」
 メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)がジロリとザミエルを見つめる。
「酔ってねぇよー! こんな安酒で酔うほど……ひっく!」
「レンが帰ってくる際に酔い醒ましの薬を買って来て貰わないといけませんね」
 溜息を一つついて、メティスが手元にあったソフトドリンクを飲む。
「アイツらがちゃんと戻れたら、の話だろう?」
「それは大丈夫です」
「どうしてそう言い切れるんだ、あぁーん? ひっく!」
「実は私は以前あのダンジョン建築の仕事をお手伝いしたことがあり、内部構造を少しは把握しています」
「へぇ! じゃあおまえが付いていけば良かったんじゃねえのか? ひっく!」
「……私達が何故ここに残っているか、それすらも忘れたのですか?」
 メティスの言葉にザミエルが「うーん」と唸る。
「小鳥……いや、アホウドリ……関取……」
「場所取り、でしょう?」
「おお! それだぜ!!」
 また深い溜息をついたメティスは、料理の載ったテーブル中央に置かれた、空の大きな鍋を見つめる。
 メティスとザミエルが卑弥呼の酒場で場所取り係を務めていた理由は、元々パートナーのレンがイルミンに在籍していたこともあり、以前から懇意にして頂いている組織の『魔王軍』が、地下108階のダンジョンに挑み、敵対関係にある組織『冒険屋』の面々とどちらが早く踏破出来るかを競い合うとのことにあった。
 メティスは出発前のレンに、「ダンジョンの各階には鍋の食材になるような野草があるのでそれも採って来て下さると大変助かります」と告げていた。
「鍋……鍋って何だ?」
 グラスをあおるザミエルが酒臭い息と共にメティスに尋ねる。
「もう、それも忘れてるんですか? 宴会をするんですよ、皆が戻ってきたら」
「おお! それじゃ私も腹を減らさないといけないな! ……って何でそれを先に言わねぇんだ! お腹がもう膨れてしまった後じゃねぇか!!」
「あなたが勝手にバカスカ頼んだんじゃないですか、飲み放題メニューだけじゃなく、お料理も!」
 メティスに逆襲されたザミエルは、酩酊状態のままおぼろげな自分の記憶を手繰り寄せる。
「先に軽く始めさせてもらうが、とりあえずは飲み放題メニューを上から順に頼むことにしよう。問題ない……こんな安酒で酔うほど私は弱くはないさ」
 そう呟き、適当に酒を頼むザミエル。
(30分経過……)
「アテが欲しいな……ピーナッツをくれ」
(1時間経過……)
「ガッツリ系の料理も少し位ならいいだろう、唐揚げおくれ」
(1時間30分経過……)
「少し飲み過ぎたな、リセットするために飯でも食おう。お茶漬けを!」
(2時間経過の現在)
「ひっく……ったく、待たせすぎなんだよ。アイツらは〜ひっく!」
(完成!!)
 全てを思い出したザミエルがメティスに言う。
「思い出したぜ……ひっく! だが、相変わらず暇だ!」
「行いは反省しないんですね……」
「とりあえず腹ごなしと暇つぶしに何か面白い奴は居ないかー適当に声をかけてくるわー」
 立ち上がって、フラフラと店を彷徨くザミエルを心配しつつ、また大型スクリーンに目をやるメティス。スクリーンでは地下108階のダンジョンを解説して進む衿栖が、「では、ここでクェッションです!」と語りかけていた。