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忘新年会ライフ

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忘新年会ライフ

リアクション

 唯斗がエクスを起こして様子を見に発進するのを、蒼木屋の店内から見つめていたのは朝霧 垂(あさぎり・しづり)であった。
 垂は彼女の指定席たる蒼木屋のカウンターの端っこで、一人『お酒全種類制覇』へおつまみ無しで挑んでいたのである。
「店の中もそうだけど、外も騒がしいな。この辺りは……」
 グラスに注がれたジンをクッと飲む垂。酒であれば何でも良い、のではなくちゃんと味わいながら楽しんでいる。
 垂の言葉に、カウンターでバーテンダーとして働く、頭部がブラウン管TVで燕尾服を着た戯祭 紳士(ざれまつり・しんし)が「( ̄ー ̄)」という顔文字を画面に表示させ、シェイカーを振りながらよく通る声で言う。
「ふふっ……皆様方! お忙しそうにお仕事をする方、楽しそうにお酒をお飲みになる方、十人十色千差万別人それぞれ!!」
 ステレオサウンドで聞こえる紳士の声に垂が振り返ると、今度は画面に「(・_・)」の顔文字が出た紳士が「皆様の様子を拝見するだけでこの戯祭紳士は感動いたします!!」と続ける。
「そう。別に俺も騒がしいのは苦手じゃない」
 垂はグラスを空けると、メニュー表を手に取る。
「垂様。お次は何がよろしいですか?」
 紳士の問いかけに、「そうだな……」と垂が答えつつ、ずっと座って飲んでいた体を少しは動かそうとノビをする。
「マスター、俺ばっかりに付きあわせて悪いな」
 オーバーアクションで頭部を振る紳士。画面がちょっと乱れている。
「とんでもございません。人々の行く末を傍観し観察することがわたくしの生きがい!! そのためならわたくしはどんな道化にもなる所存ですっ!」
「まさに居酒屋のバーテンダーは天職だな」
「(^_^)」
 紳士が笑顔の顔文字で答える。
「(そもそも、紳士はいつ現れたんだ? 俺が飲み始めた時は初老のバーテンダーだったのに……)」
 垂が見ると紳士は、手際よくシェイカーで作ったカクテルにサクランボを乗せ美しく飾り付けをして、店員に渡していた。
「(まぁ、いいか……)」
 垂は紳士がいつ現れたかなど些細な事だと考える事にした。実際、彼のバーテンダーとしての仕事ぶりは完璧だ。黄金比の泡とビールの量で入れたり、丁寧にワインを注いだり、紳士的に仕事をしながら、決して暇な客を作らせないよう、話しかけたり、時には頭部のブラウン管にニュース等を流したりしていたのだから。
「さぁ、お客様っ! ご所望のお酒はございますか? ワインにエールにカクテルに!!! あまぁ〜い蜂蜜酒も……揃ってございます」
 紳士的にお辞儀する紳士。
「蜂蜜酒?」
「ええ、何でも大変人気なため、在庫がもうあと僅かだそうですよ?」
「そうだな……店の酒は全て飲んだし……」
 そこに、セルシウスが蜂蜜酒の瓶を持って現れる。
「マスター、これが最後の1本だ」
「おお! ありがとうございます!!」
 紳士がセルシウスから蜂蜜酒を受け取る。
「お、なんだ新酒か? ちょうど良いや、ここにある酒も飲み終わっちまったし、一本くれよ」
「はい……お客様? 1本ですか?」
 瓶の蓋を開けようとした紳士が「(・_・)」と垂を見つめる。
「ああ。『一杯』ではなく『一本』だ」
「貴公……蜂蜜酒を頼んでくれるのはありがたいが、これはジックリと味わう酒。その辺の安酒では……ぬおっ!?」
 垂がセルシウスに腕をかけ、自分の隣の席に座らせる。
「お前もわざわざエリュシオンから出稼ぎに来るなんて大変だなぁ。今日一日は、仕事の事はもう忘れて一緒に飲もうぜ!」
「ぬぅ……だが、私は事務マネージャーから「今度酒飲んで暴れたら全力で怒る」と釘をさされているのだ」
「俺の酒は別だって、後で言っておくよ。マスター、俺とセルシウスに1杯ずつ!」
「畏まりました!」
 紳士が手際よく蜂蜜酒をグラスに注ぎ、二人の前に差し出す。
 暫くグラスを回して匂いを楽しんだ垂がクイッと飲む。
「お、この蜂蜜酒ってやつ、甘くて良いな。気分転換になってどんどん酒が進みそうだぜ! マスター、何かカクテルを作ってくれよ!」
「酒をつまみに酒ですか? 垂様は本当に酒豪でございますね……(^_^)」
 紳士はオーバーリアクションでシェイカーを振り出すと、そこに……。
「あー、ブラウン管TVが居る!」
「おや? わたくしですか?」
 紳士に飛びついたのはザミエルであった。
「こいつは面白い。チャンネル数は幾つあるんだ?」
「なぜ頭がTVかですか? ふふ、それは……秘密でございます。おやおや……お客様? 随分酔われてますね?」
 人間で言う所の口元にあるチャンネルを回されながらも、紳士な態度は崩さず、垂の前に置いたグラスにカクテルを注ぐ紳士。
 その前では垂がセルシウスを隣に座らせて、談笑しながら酒を飲む。チェイサーとは本来水なのだが、垂の場合は酒だ。はたして【酒豪】の垂相手に最後まで持つ事が出来るのだろうか?
「ケチケチすんなよ! 回させろってんだーーッ! ひっく……」
 ザミエルによりザッピングされる紳士の画面。お笑いであったりニュースであったり、歌番組であったりがせわしなく流れる。
「あ、あの。お客様? その当店の店員にあまり無茶をしないで下さい……」
 傍を通りかかったリオンがザミエルを止めに入る。
「なんだぁ? ひっく。私を止めるなら、芸の一つくらいしてみろってんだ! ひっく」
「芸ですか……」
 リオンが考えこむ。
「できないんだったら、黙って……」
「では、1つだけ……」
 リオンは長い黒髪を掻き上げると、妖艶に微笑む。元が美形なリオンだけに、妖艶さが半端ではない。
「ふふ……楽しませてくれるかい?」
 茶色の瞳でザミエルを見つめるリオン。
「……終わり?」
「はい、終わりです」
 リオンのピンチに、北都が『超感覚』で犬耳と犬尻尾を出して駆けつけていると、
「ふふ……それ黒崎天音さんのものまねでしょ?」
 黒の長い髪をおろし、全体的に黒と紫系のシックな色合いで纏められチョーカーやショールを付けた衣装の黒崎 天音(くろさき・あまね)がカウンターの椅子にブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)と共に腰を下ろす。
「え……えぇ、あの、あなたは?」
「名前はミ……マオ(猫)よ。マスター、私にも蜂蜜酒を」
「畏まりました」
 まだザミエルに頭部のテレビをいじられながら、紳士がボトルを開けてグラスに注いでいく。
 垂がお手洗いに行き、解放されたセルシウスが「何やら騒がしいな」と振り返ると、マオ(天音)が彼を見つめて妖艶に微笑む。
「こんばんは」
「あ……あぁ」
 セルシウスはマオを知っていた。先ほど、店内を見回っていた時、グラスを手に、酔いにほんのりと目元を赤く染めながら、荒くれ者達と飲んでいた彼女を。【捕らわれざるもの】らしく、触れようとするモヒカンの手からひらりひらりと逃れては、誘う様に微笑むそんな姿を……。
「どこかでお会いしたかしら?」
 じっと見つめるセルシウスの視線に気付いたマオが微笑む。
「い、いや……」
 紳士から受け取った蜂蜜酒のグラスを片手にセルシウスの隣に席を移すマオ。
「貴方は飲まないのかしら?」
「飲んでいるが……」
「じゃ、乾杯しましょ?」
 カツンッとグラスを当て、蜂蜜酒を飲むマオ。セルシウスはマオの正体に気付かぬままじっと彼女を見ている。
「何かしら?」
「いや……何か貴公とは昔どこかで会った気がしてな」
 マオは酒場の雰囲気と、酔いと悪戯心に【メンタルアサルト】をかける。
 隙が出来た時、指先でセルシウスの頬に触れるマオ。
「ぬ!?」
 驚いたセルシウスがマオの方を向くと、不意打ちで軽く霞める程度にセルシウスの唇を奪うマオ。
「……」
「ふふ、どこかで会ったことがあるならば、こういうのをした事もあるんじゃない?」
 マオは微笑むと、席を立つ。フワリとした柑橘系の香水の匂いがセルシウスの頬を染めさせた。
「悪い癖だぜ……」
 ブルーズは蜂蜜酒を飲みながら、マオの後ろ姿を見送っていた。
 マオ……天音は、セルシウスがあまりにも真面目堅物風な青年だったものでちょっとした悪戯心を出し、女装して彼に近づいてみた。そして、そんな天音の女装に、眠れるコスプレイヤー魂を発揮し、歌姫らしい化粧品を施し体温の上昇でほのかに香る上品な香水で仕上げたのはブルーズであった。自画自賛の力作となった天音の姿にブルーズは満足そうに蜂蜜酒を飲む。
「エリュシオン産のミードか……ううむ、美しき黄金色。エリュシオンの酒ならば、まずはつまみもエリュシオン産からだな。マスター、エリュシオン漬やエリュシオンの茶菓子は無いか?」
「申し訳ございません。お客様。当店にあるエリュシオンの物はその蜂蜜酒だけでございます。今度また入荷しておきますので……何卒! お許しを!!」
 「(>_<)」という顔文字を出した紳士に、ブルーズが不満気な顔を見せる横を、リオンは『超感覚』で犬耳と犬尻尾を出した北都を追いかけてどこかに走っていく。
「北都……ちょっとだけ触らせて下さい!」
「触るのは仕事が終わってからだよ、リオン!」
 二人とすれ違ってお手洗いから戻ってきた垂が、セルシウスの隣にまた腰を下ろし、
「ん? おまえ何ボーッとしてるんだ?」
「あ……あぁ、いや、何か大切なモノを無くした気がする」
「はっ! 酒場で失くすのは、チンケなプライドと酒代だけって言うだろ? ほら、飲もうぜ……ってぇぇ!?」
「ん?」
 垂が指さした先には、大好物の蜂蜜酒を楽しんでいるブルーズがいる。
 問題はその姿だ。
 月光のティアラ、ムーンライトリング、メタモルブローチ、ハーフムーンロッド、そしてスペースセーラー服に身を包んでいる。
「セーラードラゴンがいる……」
 垂が衝撃を受けていると、セルシウスが言う。
「落ち着け。あの美しい人を守る護衛なのだ。ドラゴニュートくらいは必要だろう」
「何、納得してるんだ? どう考えてもツッコミどころ満載だろう?」
 セルシウスは黙って、ステージに目をやる。そこには、マイクを持ったマオがいた。
 ほんのりと頬を染めたマオは、スポットライトの照明の下でア・カペラを披露する。マオの歌声に酒場はしっとりとした雰囲気に包まれていく。
「歌姫とはああいう者のためにある言葉だな」
「……アイツ、どこかで……」
 同じシャンバラ教導団である垂が、歌うマオ(天音)に首を傾げていると、マオがブルーズに向かって目配せする。
 マオの目配せに、ブルーズはリュートらしき弦楽器を手にしてステージに上がり、伴奏をつとめる。姿とは別に楽器演奏のソロでは、弦を器用に掻き鳴らしテクニックを披露し、喝采を浴びるブルーズ。
 マオとブルーズの大人の演奏に見とれるセルシウスを横目に、垂は空いたグラスを持ち、紳士に注文を頼みつつ、話をする。
「パラミタの大地が出現してから20数年……わたくしはワクワクしておりましたドキドキしておりましたドキがムネムネしておりました!! この世界の変貌が目覚しく一瞬の瞬きの間に変わっていくこの世界が!! いとおしくてたまりません!!」
「ん?」
 ザッピングに飽きたらしいザミエルが去った紳士は、垂相手に語り始める。
「さぁ、皆様はどんな物語を紡いでゆかれるのでしょうか……わたくしは傍観者にして道化、これからのパラミタの行く末をゆっくりと眺めさせていただきましょう……よしなに」
 深々とお辞儀する紳士。
「お別れみたいな事言うなよ?」
 垂が笑う。だが、一瞬目を離した隙に、紳士は忽然と姿を消していた。
 そして、カウンターには透き通る蒼色のカクテルがぽつんと置いてある。
 垂はその置かれたカクテルに手を伸ばし、一口飲んでみた。
「あ!」
 酒豪として今まで様々な酒を飲んできた垂。カクテルだって、飲めば大体のベース等はわかるつもりだった……だが、紳士が残していったカクテルは一口飲めば次々に味が変わっていく。次は……その次はどんな味になるんだろう? 垂は夢中になってそのカクテルを口に運ぶ。飲めば段々とショートグラスの中身が減っていく。
「永遠に……無くならないで欲しい……」
 セルシウスがマオとブルーズのステージに見とれる隣で、お酒のメニュー全制覇をし、どこかそれを誇りにしていた垂が初めて感じた感情であった。