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【ザナドゥ・アフター】アムトーシスの目覚め

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【ザナドゥ・アフター】アムトーシスの目覚め
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第1章 巡る巡るよ、時は回る 3

 そして、しばらく一行は街路を歩み続けて、シャムスもようやく歩くことだけには慣れてきた頃――彼女たちはようやく目的の場所に近づいてきた。
 そこは、時計台である。アムトーシスを見上げるような形で一番最下層の水路街に建てられたその傍では、複数の人影が彼女たちを待ち構えていた。
「あ、シャムスだー!」
「おーい、こっちこっちー」
 にぎやかそうな声が聞こえてくる。
 そして、近づいてきたシャムスに真っ先に駆け寄ってきたのは、
「シャームースーッ!!」
「ぐぇっ!?」
 着物姿のくせに、弾丸のようなスピードで胸に飛び込んで来た小柄な少女だった。
 少女の名は飛鳥 桜(あすか・さくら)。素朴そうなくりっと大きな瞳を持つ顔立ちと、小さな身体がどこか小動物的な印象を思わせる少女である。だがこれでも、彼女も翡翠たちと同じ地球の契約者だ。
 その証拠というわけではないが、彼女の傍にはパートナー契約を果たした彼女の相棒であるアルフ・グラディオス(あるふ・ぐらでぃおす)ロランアルト・カリエド(ろらんあると・かりえど)の姿があった。
 どうやら、アルフとロランアルトもつい先ほど桜たちと合流したばかりのようで、なにやら集合場所で桜から待ちぼうけをくらっただのなんだのと愚痴をこぼしていたようだ。二人と先に待ち合わせしていたのを忘れて、シャムスとの合流場所に先に来てしまったということらしい。そのおっちょこちょい加減もまた、桜らしいところではあった。
「領主さん、久しぶりやなぁ〜。元気しとった?」
「けほっ、けほっ……ま、まあな。お前たちも相変わらずだな」
 猪突猛進そのままに桜に激突されたことで咳き込むシャムスは、なんとか彼女を引っぺがしてロランアルトたちと向き合った。そこでようやくシャムスは、桜の姿が普段と違うことに気づく。
「どう? 飛鳥桜NewYearバージョン! だぞっ」
 くるっと回って全身を見せる桜。振袖の長い袖口がふわりと揺れて、普段は頭の横で一本に束ねてある髪が、今回は下ろされているためひらりと舞った。、
 ロランアルトが感心したように声を漏らす。
「お〜、孫にも衣装やな〜」
「もう、親分、それどういう意味だよっ!」
「え、ほめ言葉ちゃうんか?」
 本気でそう思っているのが彼の天然なところである。
 と――桜は呆然とこちらを見るばかりで何事も発していないアルフにちらりと目をやった。桜を見つめつつ、先ほどからまるで魂でも抜けたように立ち尽くしていたアルフ。
「……髪下ろしてんの久しぶりに見た……畜生……」
 その心の声が、彼自身も無意識のうちに唇から漏れていた。
「お、おかしいー……かな?」
「…………今日は……そのままにしとけ」
「う、うん」
 アルフの感想なのか指示なのか分からない言葉に、桜は素直に頷いた。
(はあー……アルフも素直やないなぁ。そこは『可愛いぜ、ベイベ☆』って言いたいんやないんか?)
(まったくだな)
(お、領主さんもやっぱり気づいた?)
(……鈍感鈍感と言われるオレでも気づくぐらいだ。きっと、あの二人以外はみんな知ってるんじゃないのか?)
 小声で話す二人が周りに視線を配ると、案の定二人以外の仲間たちは、生暖かい目で見守っていたり、あるいは慣れない空気に戸惑うような苦笑いを浮かべたりしていた。
 これは時間がかかりそうだ。
 と――そんなことをシャムスが思っていたそのとき、目の前に、オレンジの薔薇とピンクのガーベラのミニブーケが差し出される。
「シャムスさん、お久しぶりですね」
「おおっ……お前は……」
 ブーケを片手に一片の狂いもない紳士的な仕草で笑みを浮かべていたのは、桜と同じく契約者のエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)だった。この育ちの良さを絵に描いたような青年は、シャムスにとっては桜たちよりもなおのこと懐かしさを感じる相手である。地球ではイイトコの若さまで当主と呼ばれる立場にある青年は、そんな懐かしささえも楽しむかのような穏やかな微笑みを崩さなかった。
「お前がこんなにぎやかなお祭りにいるとは珍しいような気がするな。なにか予定でもあったのか?」
「はは……実は――」
「シャームスーッ!! なにか美味い出店はないれすかー!!」
「ぐほっ」
 エースがわずかに苦笑の影をにじませたそのとき、二人の間に割って入ってシャムスに本日二回目の突撃をかましてきたのは、エースのパートナーのクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)だった。遅れて、クマラの腰につけた紐を握るエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が引っ張られててやってくる。その紐が〈戦乱の絆〉と呼ばれる秘宝であることが、度肝を抜かれるところだった。
「シャ、シャムスさん、すみません! クマラ、あなたって人はもう……」
「えー、だって友達を見つけたらぶつかりたくならない?」
「なりませんよ……」
 呆れるエオリアなどお構いなしに、クマラは腰をついたシャムスの上で膝に乗っかる猫のようになごなごとくつろいでいた。それを羨ましそうに桜が見ており、彼女を横目にしながらロランアルトたちと会話していたエンヘドゥも、クスクスと笑っていた。
「あのなぁ、お前ら……」
「すみません、シャムスさん。でも、俺がアムトーシスにやって来た理由は、おわかりいただけました?」
「……十分にな」
 エオリアがクマラを引っぺがした後で、エースは彼女の手を引いて立ち上がる手伝いをする。
 尻と腰についた砂を払って、シャムスはどこか破れたところはないかと頂き物の着物の心配をした。幸いにも、どこも傷ついてはいないようだ。それに安堵した表情を浮かべたそのとき、ふと顔をあげた彼女が見たのは、エンヘドゥがある黒髪の少女と話している姿だった。
「エンヘドゥさん! お元気そうで良かったです……ほんと…………ほんとに…っ」
「ありがとうございます。雲雀さん」
 目頭に涙さえも浮かべてエンヘドゥとの再会を喜ぶ契約者――土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)
 エンヘドゥはそんな彼女に目尻を落とし、柔らかく微笑んでいた。
 彼女は、エンヘドゥにとってかけがえのない存在だった。あのザナドゥと地上との大戦の最中、バルバトスに捕まった自分の世話をずっとしてくれていたのが彼女だ。お互いに、いつか一緒にこうしてみんなと笑い合う日が来るのだと信じて。二人はまるで一心同体のように、あの大戦を生き抜いてきたのだった。
「自分も無事に、教導団へ戻れましたですよ。これも、エンヘドゥさんをはじめとした、皆さんのおかげです」
「そんなことはないですわ。それは間違いなく……あなたが自分の信じた道を進んだからこそです」
 そんなエンヘドゥの言葉に、雲雀は救われる思いがした。自然と、涙だけではなく明るい笑みもこぼれる。
 と――雲雀は、彼女の笑みを見ていたあることを思い出した。
「あ、ところで……あの……ブロンズ像の魔法って、どうなったんですか?」
 ブロンズ像の魔法というのは、彼女がここアムトーシスで開かれた芸術大会の景品になっていたときに魔神アムドゥスキアス本人からかけられた魔法のことである。元々は彼女の芸術的価値を保存するためにかけられた魔法だったが、それが結果的に、一度はバルバトスに殺された彼女を復活させる力となった。あるいは、それすらももしかしたらアムドゥスキアスにとっては予見されたことだったのかも、と雲雀は頭の片隅で考えていたが、そちらは定かではない。
「ああ、アレですか? えーと……えいしょーっと」
 エンヘドゥが大したこともなさそうに気の抜けた声を発すると、彼女の姿が光に包まれてブロンズ像のそれに変化した。唖然とする雲雀の前で、今度は再び光に包まれて元に戻るエンヘドゥ。
「ふふ、すごいでしょ?」
「ふふ、すごいでしょ――じゃ、ないですよっ! ブロンズ像の魔法はそのまんまなんですかっ!?」
「ええ、だって便利そうじゃありません? それに、風光明媚なわたくしとしては、ブロンズ像になることもいささか歓迎すべきことで……」
「…………もしかして、楽しんでません?」
「…………」
 これは雲雀の予想であるが、もしかしたら彼女は自宅である領主邸の庭でブロンズ像になり、庭師が来てビックリするところを見てその反応を楽しんだり、しているかもしれない。
(ちょっと印象変わったけど、まあ……楽しそうなら、いっか)
 そう考えて、自分を納得させておくことにした。それに、雲雀にとってエンヘドゥの笑みは活力になるのだ。彼女が笑ってくれているなら、それに越したことはないのであった。
 雲雀はひとしきり彼女と近況を話し終えると、キョロキョロと辺りを見回した。そして、少し離れた場所にいたメンターローブ(高位の魔法使いしか着用を許されない高級ローブ)を着た人物を連れてくる。
「あ、エンヘドゥさん……その、今日はこいつも一緒に、いいですか?」
「あなたは……っ」
 雲雀が腕を引っ張ってきて紹介したのは、フードを目深く被った一人の女性だった。
 最初はその顔が分からなかったものの、わずかに覗く血のような赤い瞳と雷を思わせる金髪を見たとき、エンヘドゥはそれが何者かを察する。それは、雲雀のパートナーでありつつも、しかし、バルバトスに魂を奪われてその身を彼女に捧げていたはぐれ魔導書 『不滅の雷』(はぐれまどうしょ・ふめつのいかずち)――通称カグラと呼ばれた魔導書だった。
「…………」
「安心しなさい、お姫さま。今の私には何の力もないわ」
 わずかに恐怖の色をにじませて自分を見るエンヘドゥに、カグラはささやくように言った。
 それを聞いてなお、しかし一度はすり込まれた印象と記憶はぬぐえないものである。まして、いまだ一部が復興されていないこのアムトーシスが襲撃されたきっかけを作ったのも彼女だ。エンヘドゥには、アムトーシスの住人のことも頭の中で浮かんでいるのだろう。彼女は戸惑いにも似た表情で雲雀とカグラを交互に見つめる。カグラはむしろ予想できた反応に満足げに唇を持ち上げ、その場を去ろうとした。
「カグラ……待って……っ」
「離して、雲雀」
 カグラは自分の腕を掴む雲雀を睨むように見てから告げる。
 その険しい態度に、雲雀は思わずひるみ、手を離しそうになった。しかし、なんとか踏みとどまる。
「なあ、カグラ……バルバトスのことはもう――」
 『気にしなくていい』
 そう告げようとした次の句が、哀しさと怒りを共有させたカグラの表情に切り落とされた。
「私にとって、バルバトスに……あの方に仕えたことは紛れもない事実。そして、それは決して生半可な覚悟で仕えていたわけじゃないわ。魔導書にとって、言葉は命そのもの。私は……あの方を「過ぎた過去」にはしたくないのよ。そのために恨まれるというのなら、それが当然で、それを私は受け入れて生きていきたいわ」
「カグラ……」
 踵を返して、カグラはその場を立ち去ろうとする。その足が、一歩踏み出したところですぐ傍にいたエンヘドゥの前で止まった。
「ごめんなさいね、お姫さま。私はこんなだけど…………雲雀は、大切にしてあげて」
 そう、彼女にしか聞こえないささやく声音で告げて、今度こそ彼女は時計台から離れて雑踏の中に姿を消した。雲雀のことをあれだけ思っているパートナーで、そこに誇りすら感じている彼女のことだ。きっと、見えないけれども、どこかで彼女を見守っていることだろう。
「じゃあ、そろそろしゅっぱーつ! 行こう、シャムスー!」
「ザナグルメで食い倒れにゃー!」
 先導して動き出す桜とクマラ。
 シャムスたちはそれを追いかけるようにして、出店巡りへと出かけることになった。