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マレーナさんと僕~卒業記念日~

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マレーナさんと僕~卒業記念日~

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6.朝:夜露死苦荘・従業員達

 マレーナ達が管理人としての務めを果たしている同じ頃、下宿の従業員達もそれぞれの持ち場につき、各自の務めを果たしていた。
 
 ■
 
 診療所ではラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が埃と格闘していた。
 いま一人の担当者はパラケルスス・ボムバストゥス(ぱらけるすす・ぼむばすとぅす)だが、その姿はない。
 それもそのはず、ラルクは診療所の清掃等を行うため、かなり早めに出勤していた。
 
 長く放っておいたせいか、診療所の中は埃っぽかった。
 大荒野の中だ。建物の隙間を伝って入ったのだろう、床にはうっすらと砂が層をなしている。
「やっべー!
 ……ニルヴァーナとか最前線に行ってて、手がつかなかったしな」
 そうでなくとも――空大生ともなればエリートなのだから、周囲が放っておくはずもない。
 優秀な医師(の“卵”だが)はどこでも欲しがるものだ。
 なかなか夜露死苦荘だけに関われない現状を辛く思いつつ、だからこそ下宿にいる時は診療所のことだけを考える。
 
「先ずは戸棚からだ!」
 劇薬を保管していた鍵付きの保管庫を開ける。
 ラルクは医学生だけあって、医学と薬学はお手もの。
「うし、ちゃきちゃきやっちまうかー」
 腕まくり。
 足りなさそうな医薬品を次々とリストアップして、業者に注文をかけてゆく。
 トレーニングルームの用具も点検して、次にベッド。
 ご多分にもれず埃と砂まみれで、シーツや枕カバーも心なしか黄ばんでいるように見える。
「……て、これはさすがに洗濯しているよな?」
 そういえば、と首を捻った。
 診療所に入る時鍵がかかっていて、管理人室に鍵を取りにいった覚えがある……。
 
 マレーナが顔を出した。
「先生、シーツとタオル、ここに置きますわね?
 それと雑巾も」
 洗濯が終わったようだ。
 綺麗に畳まれたベッドシーツとタオル、雑巾を机上に置く。
 テキパキと古いものと交換して、汚れたシーツは洗濯かごの中に入れた。
(俺がいない間も、管理していたんだな)
 マレーナの心遣いに、ラルクはホッとする。
 
「それと、これは先程届いた小包」
 床に置いた。
 今朝業者に頼んだばかりの医薬品だ。
 量が少ないため、残りは近日中ということだろう。
「悪いな、マレーナ。その、気を使わせちまって……」
「いえ、私も……今日は用がありまして……」
「用? 具合でも悪いのか?」
 マレーナは頭を振る。
「パラケルスス先生に、診ていただくお約束を。
 本日は月一の定期健診ですもの」
 あぁ、とラルクは大きく頷く。
 管理人さんをはじめとする従業員達の健康を管理するのも、診療所の務めだからだ。
「それではパラケルスス先生がいらっしゃいましたら、また、その時に」
 マレーナは一礼して、部屋を出て行こうとする。
「着いたら連絡するわ」
 ラルクは片手をあげた。
 
 再び1人になったラルクは医療器具の点検を行う。
 砂がかんだりしていればふき取り、ここ最近頻発してる病気等を確認する。スマートフォンのデータを読んで。
「どれどれ……うーん、『シャンバラ大荒野では急にキレ、イコンを強奪するパラ実生の奇行が問題となっている』……て、ふつーだろ?」

 特に問題視されるべき病はないようだ。
 
 床の小包を開ける。
 医療品が届き次第危険なものとそうでないものを分別して、危険なものは鍵つき棚に、他の物は共用の所に置いておく。
 最後のひと瓶を鍵付きの棚に収めた所で。
「こんなもんかな?」
 すっかりきれいになった診療所を見渡し、ラルクはようやく息をついた。
 と、いま一人の担当者の顔が思い浮かぶ。
「あっ、と……そうだった。
 一応引き継ぎノートとか書いておかねぇと」
 パラケルススは何も知らないのだ。
 それに自分も、いざって時、何処になんの薬があるかわからなければならないし、と思う。
 
 ……全部の作業が終了した時は、お昼近くになっていた。
 ラルクは医学書を見るため本棚を探す。
 彼もまた、学生なのだ。
 だが、捜し出す前に下宿生達は開院したばかりの診療所に殺到した。

「せ、先生! ラルク先生! た、助けて下さい!」

 大方は「仮病」か、第六天魔王の犠牲者になった憐れな受験生達である。
 そのうち重症の者達には医療機関を手配すると、残りの者に向かってはどごんっ、と鉄拳制裁を放つ。
「おら、ちゃんと勉強しねぇと、また再教育されちまうぞ!
 ……ってか、大学なんてそう甘い所じゃねーって」
 
 俺だって、たった6年で医学部卒業できるかわかんねぇってのによ……。
 本当は、自分こそ頭を抱えたいラルクなのであった。
 
 ■

 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)サンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)と共に、受験生達の心を癒しつつ、学力の向上に貢献していた。
 自分達の仲間は空大に行ったが、残された者達の面倒もみなければ! とそういうことのようだ。
 何とも頼もしい限りの「講師」達。
 そして、今回は更に力強く、よりパワーアップした「助っ人」を用意して来た。
 
 その名も――。
 
「来い! キャロリーヌ!!」

 河馬吸虎は片手を差し出して、相棒をレッサードラゴン達が待機する下宿前の荒野へと誘導する。
 そのキャロリーヌ――こと、ようするに“T-REX【ティラノサウルス】のキャロリーヌ”はメイドとして、レッサードラゴン達にご奉仕すべく本日参上した。
 ちなみにキャロリーヌは「女の子」で、間違っても唯我独尊の【出張メイド】ではない。
 
 イコン駐車場に近い会場まで移動すると、
 
 ガオオオオオオオオオオ。
 ウガアアアアアアアアアアアアア!
 
 いきなり雄叫びでの会話となった。
 ……何を言っているのか、傍からはサッパリ理解不能である。
 余りのうるささに、下宿生達は次々と窓から絶叫し始めた。
「うっせぇんだよ!
 勉強出来ねぇよ! だまれ! こんのくそドラゴンがああああああああっ!」
 石を投げつけて者もある。
 
 そんなにヒートアップしてしまった時には――。
 
「私の出番ね?」
 家庭教師役のリカインは、咆哮で喝っ!
 下宿生達がひるんだ隙に、激励や震える魂でのさりげない応援を行う。
 蒼空歌劇団の歌姫である彼女の歌声だ。
 強面のメイド達でさえ、一瞬窓辺に向けて耳をすまし聞き惚れてる。
 一通り歌が終わったところで、徹夜勉強前の昼寝希望をする新入生達の部屋へいって、環境変化や不安で眠れない者への対応を行った。
「ディーバードとヒュプノスの声はいかが?
 ぐっすり眠れると思うわよ?」
「あぁ、お願い出来るかい? リカインお母さん
「……『お母さん』って。
 親は『お父さん』犬だけで十分だわ!」

 騒ぎが収束したところでのアフターケアは狐樹廊とサンドラの役目だ。
 
 サンドラは今までの経験を生かし、受験生達の部屋を回る。
「分からなかったら家庭教師やるわよ? 空大生だしね♪」
「ホント! いろいろ頼んでしまっていいですか? 先生」
「えぇ、ちょーっとスパルタかもしれないけどね?」
 チョロッと舌を出す。
 そうして、文学部、家庭科、保健体育、法学部、工学部、医学部、教育学部、薬学部の教科書を用いて、徹底的に指導し始める。
「せっ、先生! ごめん、俺、もっとやりたいけど。記憶力が追いつかないよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
「え? 本当? ……よーし、やる気モード全開なんだね?
 先生が何とかしてあ・げ・る♪」
 えい! と記憶術一発!
 やる気のある彼等下宿生達は、これで学力を伸ばしていくのだった。

 反対に「やる気が無い生徒達」に対しては……。
「もちろん、天のいかづちで『天罰』だよね!」

 ドド――ンッ!
 
 部屋もろとも木っ端みじんにする。
 
 呆けて廃人と化した受験生達の元に、狐樹廊が訪れた。
「何か、お困りのことでも?」
「えぇ、学習意欲がわかんのです……先程も家庭教師の先生を怒らせてしまい、自分の部屋が吹き飛びました……」
「成るほど。では、手前の部屋を当面の自習室として提供致しましょう。
 なに、こちらも空京に属する地祇として、引き続き未来の空大生のサポートをさせて頂くのは当然のことですよ!」
「わ、す、すまないな。助かる!」
「ただし寝る時はご自分の部屋でお願い致しますね?
 そうそう、片付けやすいように、手前もお手伝い致しましょう」
 受験生の部屋に行って、床に散らばったゴミと共に、娯楽道具も片付け去ってしまう。
「わ――っ!! あんた! なにをするんですか!
 人の大事な遊び道具を!!」
「遊び道具? 勉強には必要ないですね?」
「うう、どーしてここの下宿の方々は、どーまでして荒っぽいんだ!」
「……荒っぽい?」
 狐樹廊は鼻先であしらう。
「日々事件に巻き込まれる空京で生きていくには、これくらいのことで驚いているようじゃ無理です。
 来年もあなたここから出られませんよ? そんな調子では」
「そ、そんなぁ!」
 理不尽な飴と鞭に遭遇した受験生達は、いっそう勉強に取り組むのであった。

 ……話をもどそう。
 
 挨拶が終わって、忙しく働くキャロリーヌ。
 一行をイコン駐車場までひとまず移動させた河馬吸虎は、イコンの整備作業をしつつ、
「おい、キャロリーヌ、ご奉仕は?」
 ご奉仕を催促する。
 キャロリーヌの動きが止まった。
 互いにガオッだのウガァだの言っているばかりである。
「まーたやってる」
 河馬吸虎は溜め息をついた。
 先程まではたくましいレッサードラゴンやイコンに熱視線(ビームアイ)を投げかけて、うっかり焦がしてしまう寸前……などというお茶目なこともやっていた彼女だが、いまは非常に困惑しているようだ。
「少しは俺様にも分かる言葉で話してくれないかなぁ?」
 
 だが――。
 
「飯、食イタイ、イッタ!」
 さすがは空大受験生なレッサードラゴン!
 空気を察して人に分かる言葉を話し、河馬吸虎に告げた。
「キャロリーヌ嬢ニハ、頭使ッタラ、腹ヘッタ、ソウ言ッテアル。
 ダガ、彼女ハ俺達ノアイドル。ココカラ、立チ去ッテ欲シクナイ」
「ハッ、贅沢な間食のリクエストだな。
 仕方ない、【精悍なる隠密】エロ河童にでも頼んでくるか」
 
 河馬吸虎は下宿の通例にならい、管理人・補佐たる【精悍なる隠密】――斎藤邦彦を訪ねに走って行くのだった。
 
 ■
 
 同刻。
 
 斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)はマレーナや唯斗達と別れると、昼食前の「軽食」の支度をはじめていた。
 なぜ彼が支度をしているのかというと――マレーナが、料理だけは天才的に出来ないからである。
「しかしメイドによる調教、なんか言葉にすると矛盾しているな」
 そこが良いのだろうか?
 1階にある小さな共同キッチンの前で黙々と作業しつつ、首を傾げる。
 もっとも、彼とて男。「メイド」ときけば、興味がまったくない訳ではない。
 だが噂に聞く唯我独尊のメイドは、ふつーの男性が望む形のものとは大きくかけ離れている、と聞く。
「受験生には気の毒だがそこは頑張ってもらうしかないな」
 ふと、窓越しに、キヨシが庭を憐れっぽく逃げ回っているのが見えた。
 間もなく講師達に捕まって、下宿に連れ戻される。
「……相変わらず幸薄いな」
 ハァ。額に手をあてて、頭を振る。
 キッチン脇に積まれた食料の山を確かめたのは、在庫の数を調べるためだ。
「受験生、再教育生、一応サポートしている(と思われる)メイドさん達………ふむ、結構な量になるな」
 まぁ、余れば寮生にもおすそ分けすればいいか?
「いや、どうせ作るなら一度に料理する方が面倒じゃないし。
 これが私の仕事だからな」
 つまらなそうに呟く。
 が、料理を作り始めるとなぜか鼻歌が出てしまう邦彦なのであった。
「……食後に珈琲も用意しとくか。
 砂糖とミルク備蓄あったかね」

 【精悍なる隠密】エロ河童ぁ――と、河馬吸虎が全速力で来たのは、その時だ。
 
「こら、廊下は走るな! というに……エロ河童?」
「いたいた!」
 河馬吸虎は邦彦にタックル。
 そのまま胸を張って。
「フハハハ、気持ちいいは『せいぎ』!」
「……で、何を頼みたいのだ?」
「ん? その飯、レッサードラゴン達にも分けて欲しい、なんて俺様は言ってないけど?」
「なるほど、食料調達という訳か。
 心配するな、私の料理……の量は完璧だ!(味はふつーだけど)」
「それは大変な量ですわね?」

 買い物袋を抱えたマレーナが現れた。

「レッサードラゴン達の分まで作ってしまいましたら、夕食の在庫は切れてしまいましてよ。はい、これは頼まれましたもの」
「あぁ、すまない」
 そのままマレーナは邦彦の脇に立つ。
「……む。手伝ってくれるのか?」
 えぇ、とマレーナ。
「それはどうも……それなら、そこにある野菜を洗っといてもらえるか?」
 これ位ならさすがにできるだろう、という邦彦の心遣いだったが、マレーナは一生懸命にトライする。
 先にできた料理を、レッサードラゴン達に持って行かせて、邦彦自身はマレーナの手元に注意していた。
 
 ……数分後。
 河馬吸虎がすごすごと戻ってきた。
 手には、先程渡した昼食がそのまま山とある。
 
「全部残されちまったよ。
 マスクのメイドが作る方が巧いって」
「一口も、か……」
 ピンとひらめいた邦彦は、
「マレーナさん、この料理の味付けをしてはもらえないか?」
「え? わ、私がでしょうか?」
「是非!」
 戸惑いつつも、マレーナは懸命に料理し……やがて炭のような料理が出来あがった。
(うへぇ、こんなもん食えねぇよ……)
 だが管理人の真剣な様子に、河馬吸虎は「お、おいしそうですね」とお世辞を述べて、ドラゴンの元に持って行った。
 
 ドラゴン達からの支持は絶大で、以後、彼等の食事当番はロザリンドの他、マレーナが担当することとなる。
 邦彦のお陰で、マレーナは「料理人」という仕事に、新たな一歩を踏み出すことができた。
 
「く、邦彦さん、あ、あの、ありが……」
「私が、何か?」
 邦彦はトレイいっぱいに作った料理を載せる。
「では、私は下宿生達に昼食を配りに。
 マレーナさんにもお手伝い願えるかな?」
 
 そうして「自分が作った食事」を光る犬や、相変わらずかくれんぼが下手なキヨシの下へ届けに行くのであった。
「キヨシ青年、希望は捨てないことだ。
 そうすればいつかはなんとかなる、と思うぞ。
 まぁこれでも食って元気出せ」
「グス、ズビッ、ありがとう、邦彦さん!」

 ■
 
 モヒカン桜の下で、昼寝をしていた光る犬は聞き耳を立てた。
「きたか……」

 【出張メイド】達を載せたトラックが到着したのは、直後のことだ。