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あの頃の君の物語

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あの頃の君の物語
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いとこと夏祭り!〜五十嵐 理沙〜

 中学3年生の夏休み。
 受験戦争まっただ中の夏休みだけど。
「おばあちゃん、来たよー!」 
 五十嵐 理沙(いがらし・りさ)はおばあちゃんの家に来ていた。


 理沙の母方の祖母の家は東海地方にあって。
 そこでは6月〜7月の1・3・6・8の付く日に夏祭りをしている。
「今年は受験だから行けないな〜」
 そんなことを思っていた理沙だったが、その理沙のところにメールが入った。
『理沙ちゃん、今年はいつ来るの?』
 従妹の橘 美鈴からのメールだった。
「…………」
 ちょうど時を同じくして、母が部屋の外から聞いて来た。
「理沙ー。おばあちゃんが今年は来るのかって電話してきてるけど、どうする?」
 どうする? と言いながら、言外に「行かないわよね?」という響きが含まれている。
 しかし、理沙は起き上がり、部屋のドアを開けて叫んだ。
「行くっ!」
「ええ!?」
 あまりに勢いがいいので、母は驚いた。
 理沙はそれに対して、大仰に溜息をついて言った。
「息抜きしないとやってらんないのよ」
「そ、そう」
 母は娘が疲れているのかしらと心配しながら、電話の向こうのおばあちゃんに行くという返事をした。
 理沙も美鈴に行くとメールし、ぐっと背筋を伸ばした。
「さー、遊ぶぞー!!」


 理沙の地元から電車で数時間。
 駅に着くと、すでにいとこが迎えに来ていた。
「理沙ちゃ〜ん、迎えに来たよ〜」
「美鈴! わざわざ来てくれたの?」
「うん、お家にいても暇だし〜」
「暇って……受験前なのに余裕じゃない?」
 自分のことを高い棚に上げて理沙は言う。
 しかし、その棚上げに気付かず、美鈴はにまにまして答えた。
「あたしの通ってる学校、中高一貫なのね。だからそのまま高校へ上がれちゃうのね〜」
「…………」
(美鈴の余裕が、余裕が悔しい!)
 内心、ハンカチを噛みたい気分になる理沙。
 美鈴はさらに追い打ちをかけるように笑顔のまま理沙に尋ねた。
「理沙ちゃんも私立のお嬢様学校だから心配しなくてもいいんやん?」
「いや、私の所は一応試験あるし……」
「内部試験でしょ? 大丈夫やよ〜」
 すごく気軽な美鈴の言葉に、理沙は心の中で溜息をつく。
(内部試験って言っても、それでクラス分け決まっちゃうんだし。理系文系の振り分けにも関係してくるし、普通の受験生と同じなのよ)
 黙ってしまった理沙を見て、美鈴はうーんと考え、
「お嬢様学校だと男の子との出会いがないのが嫌やのん?」
 と言いだした。
 見当違いな言葉に、理沙は肩をすくめた。
「男の子はどーでもいい。可愛い娘が多いからむしろ満足、みたいな?」
「理沙ちゃん……それは無いでー」
 ええ〜というような顔で美鈴がつっこむ。
 しかし、理沙はちっちっちと指を振った。
「むっさい男子より可愛いおにゃのこだと私は言いたい!」
「共学なら男の娘っていう選択肢も増えるで」
「男の娘?」
「最近、流行やん〜。女装男子とか、男の娘とか」
「女装男子……ああ、男の娘ってそういうことなのね」
 ちょっと呆れ気味な理沙に、美鈴は「え〜」という顔をして理沙を説得にかかった。
「そんなことないよ、男の娘って言うのはね〜」
 変に一生懸命な美鈴に「分かった、分かったから!」と言いながら、理沙は一緒におばあちゃんの家に向かった。


 おばあちゃんの家に荷物を置き、ひとしきり歓迎を受け、理沙は美鈴と一緒にお祭りに出かけた。
「田舎の商店街の企画なんだ、ここのお祭りって」
「そうやよ〜。理沙ちゃん知らんかったの?」
「だって小さい頃はそういうの気にしないじゃない。あ、チョコバナナあるわよ」
 理沙はチョコバナナの出店を見つけて、買いに行く。
 2人はそうやって出店をあちこち見ながら、気付くと橋の方まで来ていた。
「楽しいね〜、理沙ちゃん」
「まあね」
 そう言ってから理沙は小さく肩をすくめる。
「もっとも都会の華やかさみたいなのはないけどさ」
「でも、理沙ちゃん、ずいぶんいっぱい買ってるよ〜」
 美鈴のその言葉通り、理沙の手には食べ物がいっぱいあった。
 網焼きに壺焼き、かき氷に綿あめ、さらにはイカ焼きまで……。
「う、海の幸が美味しいんだから、仕方ないじゃない」
「たこ焼きとかも〜?」
「そ、そうよ! たこ焼きだって海産物じゃない!」
 つまようじでたこ焼きを差し、理沙は美鈴にたこ焼きを差し出した。
「ほら、美鈴も食べなさいよ! おいしいわよ」
「わ〜い、いただきま〜す」
 差し出されたたこ焼きを、美鈴がぱくっと食べる。
「それじゃ、あたしも〜」
 美鈴は理沙にフランクフルトを差しだそうとして、あれ? という顔をした。
「理沙ちゃん、また背が伸びた〜?」
「あ、そうかも。胸が大きくなるようにって牛乳飲んでるんだけど、気のせいか背ばっかり伸びるのよね」
 そう答える理沙の身長は179センチ。
 150センチの美鈴より、ずっと背が高かった。
「大きいよね〜男子とかより大きいよ〜」
「そう? 美鈴はちっちゃくて可愛いわよ」
「本当、うれしい〜。そうだ、今度、理沙ちゃんにもマリアンヌちゃん紹介してあげるね」
「マリアンヌちゃん?」
「ちょっびり人見知りやから、逃げちゃったら勘弁な〜」
「そ、そう……」
 誰のことを言ってるか分からないが、美鈴は小さい頃からファンタジーな不思議性格だ。
 理沙はそれ以上、つっこまないことにした。
「美鈴も髪が伸びたわね。前会ったときは腰くらいだったのに」
「今は膝くらいまであるよ〜。ポニーテールしても結構長いんや〜」
「ふうん、似合ってるわよ」
「本当? うれしいわ〜」
 ニコニコと美鈴が笑顔を浮かべる。
 ちょっと不思議ちゃんなところがあるけれど、素直でいつも笑顔のこのいとこが、理沙は好きだった。
 美鈴も理沙といるのが楽しいのか、ニコニコしている。
「あっ」
 急に美鈴が声を上げて、理沙は驚いた。
「ど、どうしたの」
「もうすぐ始まるよ〜」
「始まる?」
「え〜とね〜」
 美鈴が説明しようとしたとき、一発目のそれが上がった。
 ひゅるるるる、ドーン!
 その音と共に夜空に大きな花火が輝く。
「花火〜」
「うん、良く分かった」
 理沙はそう言ったが、花火が見られるのはうれしかった。
「橋でしゃべっていたのは正解ね」
 そう言いながら、理沙は美鈴と並んで花火を見た。
 色とりどりの花火に、しかけ花火。
 それに、定番のしだれ柳の花火まで全部しっかり見て、2人はおばあちゃんの家に戻った。
「受験の年だけど、来て良かったわ」
 理沙は心からそう思っていた。