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リアクション
第4章 邪竜アスター 3
爆発音のもとにいたのは、レン・オズワルド本人だった。
その姿を認めるや、仲間達は呼びかけようとした。だが、咄嗟に、それを踏みとどめた。レンの様子が異様だったからだ。立ちこめる霧に向かい、一人で気合いを言い放ちつつ、果敢に挑みかかっている。銃弾を放ち、切り込み、瞬時に攻撃らしきものを避けている。
だが、レンの前には霧が広がっているだけで、人影一つありはしなかった。
「幻と戦ってるのか……っ」
仲間が状況に気づいて言った。そのとき、レンもまたその声と気配に反応し、こちらに気づいた。ゆらりと視線を動かしたレンの瞳は、サングラスの蓋から逃れて、皓々と紅く輝いていた。自身の魔力が瞳からこぼれているのだと、アリスは語った。
瞬間――レンは、いきなり一行に襲いかかってきた。
「レンっ! 何を……っ」
「こちらを敵だと思ってるのかっ」
レンはガウルらを見据え、
「ガウル――っ。お前を……っ!」
ぼそりとこぼした。
そのとき、ガウルはレンが戦っているのが自分の幻だということに気づいた。レンの目には仲間達が全て敵であるガウルに見えているのかもしれない。見境無く、まるで野獣のように攻めかかってきた。
「くそっ、仕方ねぇ! ノア嬢ちゃんには悪いが、目、覚まさせてもらうぜ!」
カルキノスは言って、こちらからレンへと打って出た。レンの実力に対して守りに入っているだけではやられる。そう判断したゆえのことでもあった。
「それしか方法はねえか……」
夏侯 淵(かこう・えん)もつぶやき、手にした槍をくるりと回して構えを取った。カルキノスに続いて地を蹴り、レンの懐に飛び込んで、突き、払い、打ちを組み合わせた攻撃を仕掛けていく。小柄な体から繰り出される連続攻撃に、レンは一歩引いた形となった。
レンは、まるで何かに取り憑かれたように凶暴化していた。幻を見ただけで、そうなるものではない。
夏侯淵はその背中にふと竜の影を見て、
「アスター自身が、レンを操っているのかっ……」
仲間達に、言った。
アスターの力を得たことで、レンの力が何倍にも引き出させられているのだ。気が進まないが、レンを倒し、そしてアスターの力から解放させてやる必要があった。
「力を合わせていくぞ。相手を見くびったら、やられるっ」
エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が仲間達に言って、レンの懐へと飛び込んだ。
その攻撃は守りを一切考えない、捨て身の方法だった。肉を切らせて骨を断つ。レンの銃が何度もエヴァルトの体を貫き、血飛沫が上がったが、エヴァルトはそれにひるむことなく、その懐へと潜り込んで全力の拳を叩き込んだ。
『ドラゴンアーツ』や『金剛力』で膨れあがった闘気が、拳の力を何倍にも底上げしているのだ。衝撃波のごとき拳に吹き飛ばされたレンに、更なる攻撃を加えようとする。
ふいに、レンの前に炎が巻き上がり、行く手を阻んだのはその時だった。
「ブレイズアップ! メタモルフォーゼ!」
炎の中で高く響き渡る女の声がする。次いで、
「そこまでです!」
炎の中から現れた永倉 八重(ながくら・やえ)が、毅然とした態度で言い放った。
燃え立つような紅い髪を後頭部で束ね、澄んだ紅い瞳でガウル一行を見つめている。その瞳は決して友好的な色を宿してはいなかった。八重は、ガウル一行の敵として、目の前に立ちふさがっているのだ。
「ガウルさん……八重さんは、レンさんと同じで幻に操られてるんだ。迂闊に相手には出来ない」
十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)が、言った。
無造作な黒髪の下で決然と相手を見据える宵一は、そして、いつの間にか横にある黒い塗りのバイクに目をやった。一瞬、バイクは誰かの乗り物かと錯覚される。だが、それは違った。バイクには意思があった。独りでに振動し、エンジン音を鳴らした。
「そいつは……」
「お初にお目にかかる、ガウル。私はブラック ゴースト(ぶらっく・ごーすと)。あそこにいる八重のパートナーだ」
ブラックゴーストは名乗り、自分が機晶オイルを抜かれ、動けないことを続けて説明した。身動きが取れないでいるところを、探索中の宵一達に発見してもらって、ここまで連れてきてもらったのだ。
「八重は、自分が正義の味方でありたいという幻に囚われているのだ。自分は世界最高の正義の魔法少女であり、アスターを街の守り神だと思い込み、こちらを街を襲撃する悪人だと認識している。あれは、か弱き街の住人であるレンを守るために、全力でこちらを叩きつぶしにかかってくるぞ」
「……レンだけでも厄介だというのにな」
ガウルは嘆くように言って、しかし、構えを解かなかった。
「八重さんの相手は俺達に任せてくれ。ガウルさん、あんたたちは、とにかくレンさんの意識を取り戻すんだ」
宵一が言う。ガウルはそれにうなずき、八重ではなく、レンへと標的を定めた。
八重はそれに動き出そうとするが、宵一達が、それを囲んでしまった。動きが制限された魔法少女は、ともかく、レンはそれに意識は動いていないようだ。レンにとっては、八重は全く無関係の人物であって、目の前の「ガウル」を倒そうという気迫だけしかなかった。
「ガウルっ、予想外のことにレンの動きが鈍ってる。今がチャンスだ!」
エヴァルトが言った。
「ああ、分かった!」
それに応じ、ガウルと、リネン・エルフト(りねん・えるふと)達がレンへと更なる追撃を加えにいった。
ガウルはエヴァルトの背中を蹴り、前方へと跳躍した。ペガサスに乗ったリネンがそれを追う。すぐに、リネンがガウルを追い越していった。ペガサスと人間の足では、それほどのスピードの差があった。
途端、レンの周りの地中から、ボーンナイトと金貨虫が姿を現した。まるで主を守護するがごとく、モンスターどもはガウル達の道を阻もうとする。だが、ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)、それにフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が、馬と飛竜に乗って、
「この数ならあたしらの出番ね。いくわよ、エロ鴉!」
「エロ鴉言うな! オレはヴァルキリーだっつの!」
それぞれに口にし、モンスター達へと挑みかかった。
金色の髪を靡かせるヘイリーが、飛竜上から鮮やかな手並みで弓を射る。いくつもの矢がボーンナイトを貫き砕き、飛竜が滑空して放った衝撃波が、金貨虫を吹き飛ばした。フェイミィがそれに続くように、ペガサス上から巨大な斧を振り回し、金貨虫を蹴散らしていった。
ふいに、フェイミィが眼下のガウルに言う。
「ガウル! お前ならグランツを使えるはずだ! こいつで戦ってくれ!」
ガウルが見上げると、フェイミィはペガサスのナハトグランツから降りたところだった。リネンのペガサスに追いつくためには、それを借りて戦うのが最善の方法だった。
「すまん、恩に着る」
「いいってことよ。それより、必ず決着付けろよ」
ガウルはナハトグランツに乗り込み、リネンの後を追った。
リネンは上空からレンに攻撃を仕掛けているところだった。頭上から降り注ぐ斬撃に、レンが苦戦を強いられている。ガウルは、そこに飛び込む形で参戦した。
「ガウル、間に合ったのっ」
「フェイミィからグランツを借りたんでな。慣れないが、なんとかする」
ナハトグランツはフェイミィが操るものより軽やかとはいかなかったが、主人の命令だとは理解しているのか、ガウルの言葉に従って動いた。リネンが剣で、ガウルが拳で、左右それぞれの頭上から切り込んでくる。
レンは銃を振り上げてリネンの剣を受け止め、もう一方を身をひねって避けようとしたが、あえなく、
「ガウル、今よ!」
リネンの呼びかけとともに、ガウルの拳がレンの下腹部に叩き込まれていた。
ぐっ……、という苦悶の声と一緒に、レンは地面に叩きつけられた。その衝撃で跳ね上がり、今一度、ナハトグランツから飛び降りたガウルの拳が、その腹にめり込んで地面へと押し込んだ。とどめの一撃である。
レンは間もなく意識を失い、ばたん、と大地に倒れ伏した。
「終わったわね……」
リネンが言った。ふいに、視界が揺らぎ始めたのはその時だった。
「なに……っ」
二人がお互いの顔を見合わせて戸惑うも、歪んだ視界はそのまま波紋を描くようにして、黄金都市全体に広がっていった。
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