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エデンのゴッドファーザー(後編)

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エデンのゴッドファーザー(後編)

リアクション

 マルコの飼い猫に扮したンガイ・ウッド(んがい・うっど)五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)のパートナー)は、あまりにも鈍足で階段をあがっていくマルコの一歩先を行って、思いを巡らせていた。

 ――豚男もこれまでだろう。
 ――とは言え、豚男に飼われるのも中々どうして悪くなかった。
 ――ブラッシングは気持ちよかったし、つるつるぴかぴかに仕上げられた。
 ――それになんと言ってもご飯。美味であった……。
 ――セレブにゃんこがクセになってしまいそうであるな。

 マルコの足取りは本当に重い。
 エレベーターで行きたかった本音を隠そうともせず、ブツブツ言いながら一段一段登っていく。

 ――貪欲、欲心に見失う人間の街は良い感じで面白かったのに、本当に残念だ。
 ――豚男のような人間が大成するのだから、ある種の愉快痛快であろう。
 ――ゴッドファーザーに興味がないと言いつつも、追い込まれれば結果として舞台に上がってくる崩壊の始まりが、我には愉快であるが。

 ニャーンと一鳴きしてマルコを階段の踊り場から見下ろす。

 ――さて、鍵の在り処だが、持ってきたようだ。
 ――膨らむことを嫌う金持ちのポッケが膨らんでいるではないか。
 ――我とてエージェント東雲の友人。
 ――ならばその友人の友人であるアルクラントとかいう尻尾男に鍵を奪ってくれてやることもできるが、もう少しだけ様子見で楽しませてもらおう。

*

 呆れるほどマルコの進行速度は遅かった。
 時折同行する契約者や構成員に背中を押し上げてもらっての階段だったが、それでもようやく中腹ほどだ。
 そんな中、頃合いを見計らって鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)が悪戯っぽくマルコに言った。

「ボス、元気になるお薬でも入れちゃいますか?」

 丁寧に折りたたんだ紙を見せながら言うが、マルコはそれを拒絶した。

「ぜぇっ……ぜぇっ……。俺ァ……薬はしねぇよ……。馬鹿になっちまう……し、それは金稼ぎの道具だ」
「そうですか。お金を稼いでいくことは大事ですが、その手段に麻薬があるのはいただけないですよ。後の優秀な人材を潰す可能性が高いですから……」
「……外の人間が、プハァッ……潰れるのは知ったこっちゃない。俺は自前のサイクルで畑を回しているから、人材に困ることはないし、薬を捌くからこそ増える商売ルートがある」
「自前のサイクル……初耳ですね」
「奴隷を買う、畑を与える、女を与える、子を産ませる、隔離する、狂った両親が出たら臓器を売る。ベレッタのイカれポンチなら傭兵でも生み出すのだろうが、俺は農民を作り出し、最後の最後まで金にする。わかったら、背を押せ……」

 堪らん――と思いながら貴仁は汗ばんだマルコの背に回って押した。
 2人きりなら、間違いなく殺していただろう。
 しかしながら――護衛が多すぎる。


 イコナラチャンの存在を知っている者とすれば、シェリーは今更しゃしゃり出てきた『泥棒』に過ぎない。
 カジノで会合する前の段階で、彼らはニューフェイスと顔合わせを済ませていた――。
*
 住民区画の更に地下――。
 お世辞にもカタギの雰囲気とは思えない一室でイコナラチャン達はシェリーと顔を合わせていた。
 敵の懐に潜り込んで無傷で帰れるとは更々思ってもいないが、幸運な事に彼女らが身を預けているマフィアがカーズなのだ。
 争ったところでどうしようもない戦力であるというのは周知の羞恥――。
 マシンガンを持ったニューフェイスの兵隊がひとまず出口に立っているものの、それはほとんど形だけだった。
 シェリーの本質的な甘ちゃん気質のせいである。
 ニューフェイス側が有利にも関わらず、相手の条件――イコナラチャン側も何人か出口に立つ――を飲んで話し合いに臨んでいた。
「アンタは……父親とこの街を捨てた。だから、ここにお前の為のものなど、何もないし、これからも得られないだろう。お前ら親子には、いい加減うんざりだ。街を荒らすだけ荒らしてそれで終わりなのだろう? だから悪い事は言わない――出て行け」
 努めて冷静にオチャラティが言い、
「ここの死体処理はさ、チェーンソーで切断してから豚に食わせるんだ。くちゃくちゃくちゃくちゃ――10分もすれば豚の腹を満たしてこの世から姿形が消える。死体をこさえる気でいるなら、街を血と肉塊で腐らせないように、ちゃんとツテを持っているんだろうな? そうだ、お前に出来るのは精々豚に悦ばれて食されるくらいだ。誰もお前が死体をこさえるとも思ってないし、そうなっても処理を手伝わない。行動で言うんだ。お前は失せろと」
 ロゼットが追い打ちをかけるのだが、シェリーは表情変えず頷くだけだった。
 いくら言われようが、真っ先に伝えられた主張――イコナラチャンがロメロの娘で、意志を継ぐべきは彼女1人しか認められないという点が彼に聞く耳を与えなかった。
「もう、ひっく……いいですから……いいですからぁ……ひっく……」
 当の本人はただ泣くばかり――。
 これじゃあただのイチャモンだよ、とシェリーは内心溜息をついていた。
 そんな空気を感じ取ってレオーネが、
「シェ、シェリーさん、それではロメロの遺品、何か触らせていただけません? サイコメトリで色々読み取ってお互い情報交換でハッピーと行きましょう」
「……ふ、否、いいよ。今日は貴重な『街』の意見を聞かせてもらって良い時間となった。父の意志を継いだ暁には出来る限り喜んでもらえるよう努めて行こう。街の共存、協調、利益――。全て僕がコントロールして見せるよ」
 そのあしらわれ方にオチャラティが飛びつこうとするのだが、傍にいた仲間に瞬時に羽交い絞めにされ、シェリーの退室と同時にお開きとなった。
「これは潰し合いになるな――。ところで鉄心さん、貴方が気にかけている人物ですが、房内に調べさせたところでは、ただの情報収集に奔走している1人にしか見えなかったそうですよ」
「そうか、ありがとう」
 まだまだ手探りは続く――。


 こちらはイコナラチャン(イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく))を中心に繋がる人数がほぼ集まって行動しているが、自分達の輪から外れた護衛の契約者達も同等にいる。
 今事態を動かし暴れたところで、誰もが無事には済まないだろう。
 少なからず死は避けたい人間にとって、今はまだ機ではない。

「まあ、まあ、まあ」

 月詠 司(つくよみ・つかさ)がそっと貴仁に並び、共に背を押す。
 司の貴仁を見る目は明らかに警戒をしていて、貴仁もまた、顔に出してしまっていたのかと不安になって少し背けた。


 カジノ出発前――。
 司はこっそりとカーズのボス、マルコの部屋に訪れてサイコメトリを行っていた。
 マルコは大抵女の場所へフラついているので、部屋に忍び入るのは比較的簡単だった。
「さて、と……」
 目ぼしいものを触っては目を閉じ、記憶を流し込むのだが――、
「……おえっ」
 マルコの『事』をする時のシーンがばっちり浮かび、『モノ』もばっちりと見えてしまう。
 鍵の行方やマルコの弱点を探っているというのにとんだ罰ゲームだ。
 その中で得られた情報は2つ――。
 マルコは鍵のレプリカを用意して気に入った女性に手当り次第渡しているということ。
 もう1つは――、
「俺はロメロの遺産なんて興味がないからな。だから可愛い可愛い俺の女共に鍵をサービスしちゃうのさ。本当さ――。本当に俺は鍵なんぞ手元に置いておきたくないから、エデンの女の子――誰かは本物の鍵を握っちゃうかもよ」
 以上がサイコメトリから得られた結果で、シオンが探ったロメロの遺産の噂の確度は高いようだったが、オツムのイカれた人間が多いエデンではどの程度、どの部分が歪曲されてるのかは不明だった。


 マルコがゴッドファーザーになりたいのか怪しい中だったから、こうしてホテルへやってきたのは司や、彼のパートナーであるシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)によってはまさに願ったり叶ったり――。
 司とシオンにしてみれば、マルコ自身素直にゴッドファーザーになってもらいたいのだ。
 オールドもロンドもニューフェイスも彼らの信念を利用しつつ傀儡のようにマフィアを操るにはハードルが高すぎる。
 その点マルコならば、操りやすいと踏んでいた。
 傀儡政権樹立のための第一歩であって、シオンは下っ端構成員を多数揃えて、既にホテル内の探索を進めさせていた。

「ボス、頑張ってゴッドファーザーになっちゃいましょう」
「ば、馬鹿を言え……。俺はベレッタの顔を潰さないために来ているだけで……、そ、それ以上は……」
「またまた〜。実は金庫らしきものを見つけてあると言ったらどうします?」

 シオンの言葉に一行の脚が止まった。
 それはまさに僥倖で、アキュート達がホテルを探っていたファンタスティックのメンバーと潰し合ったからこその『棚ボタ』であった。

「お、俺をその気にされるホラは、よ、よせ……」
「いえいえ、冗談ではありません。さあ、急ぎましょう」

 確かにそれはマルコをやる気にさせる類のものだが、それよりも同じカーズの裏切り――その部分で延長戦を今決定づけることができた。
 今ここで身内で裏切りの裏切りで殺戮ショーを繰り広げられれば、自分達に目がないのは明白だ。
 実際そこまで行ってどうなるか、今一度賭けに出られる現状は作り出した。