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デスティニーパレードinニルヴァーナ!

リアクション公開中!

デスティニーパレードinニルヴァーナ!
デスティニーパレードinニルヴァーナ! デスティニーパレードinニルヴァーナ!

リアクション

 高速で走るコースター。
 その横に佇むジェファルコン特務仕様
「やれるだけのことはやっってあるし、後は客の反応がどうかだね」
 二つを見上げながら、笠置 生駒(かさぎ・いこま)は油で汚れたツナギの袖で額の汗を拭いた。
「おいおい、そんなことをしたら、顔に汚れが付いてしまうぞい?」
「構わないよ。後で洗えば落ちるんだし」
「少しは気にしたらどうじゃ……」
 溜息をつくジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)
 なんてことのない会話だけれど、それを見た客は驚きを見せていた。
「サルが居る……」
「いや、あれはチンパンジー?」
「つか、喋って……る?」
「ん、客か? 接客せねばな」
 ジョージは四足歩行で近づき、
「ウキーッ!(乗っていくのじゃ!)」
 拳を握り親指を立て、生駒の造ったジェットコースターを指す。
 一瞬の沈黙。破ったのは、
『チンパンジーだ!』
 という叫び声だった。
「どこの動物園から来たんだ!?」
「おい、係りの人に連絡しろ!」
 走り去る客を呆然と見つめるジョージは、「やれやれ」と首を振る。
「ニルヴァーナには動物を愛する奴らはおらんのじゃな」
「今のはあんたが悪いと思うよ」
 半眼で突っ込む生駒。
「そもそも、あんたが接客しているから客が少ないんじゃないか?」
 完成から数時間が経過しているが、待ち時間が二十分を越えたことはない。
「わしのせいじゃと? 何を言う。生駒が造ったコースターのせいとは思わんのか?」
 今まで幾度となくいらぬ改造で爆発を起こしたりした。
「今回は大丈夫だね。こんな所で事故を起こしでもしたら、遊園地経営どころじゃなくなるからね」
「その点はわしも点検しておるから安心じゃが、問題は別じゃ」
 何を言っているんだと言わんばかりに首を傾げる生駒。
「見てみぃ、乗り終わった客の顔を」
 ジョージの指差した方向に顔を向けると、今し方乗り終わった客が数人。
「お、喜んでるね」
「馬鹿者、ちゃんと全員観察するのじゃ」
 確かに、一人は興奮冷めやらぬ感じだが、他はぐったりと萎れている。
 次に現れた数人は、全員が青い顔をしていた。
「……なぜ?」
「自分の作ったコースを良く見るのじゃ」
 それは機晶姫の残骸をかき集め、イコンを使って組み上げた自信作。
 台車にはロケットブースターを取り付け急加速させ、垂直状態での上昇や下降を無理矢理可能にさせていた。
「イコンを使った操縦に慣れているわしらでも、他人に任せるとなると怖いものは怖い。経験がないものならなお更じゃ」
「言われてみれば……そうだね」
 例え安全が保障されていようとも、自身の経験ほど信頼できるステータスはない。
「まあ、造ってしまったんだし、改良は次回で」
 苦笑を浮かべ、頭を掻く生駒の横を二人の男女が通る。
 それはぬいぐるみ作りに疲れたメルヴィアを気分転換に連れてきた裕輝。
 そう、連れてきた……はず。
「あれに乗るぞ」
「えっ!? ちょっ、ホント勘弁してくださいね?」
「なんだ、気分転換に付き合ってくれるんだろ?」
「いやまあ、そう言いましたけど……」
「だったら付き合え」
「そない言われましても、オレ、こういうの大の苦手――」
「それは振りだろ? 私も分かっている」
「せやから、振りやなくて……あっ! ほら、あそこにチンパンジーがっ! メルヴィン、動物好きでっしゃろ?」
「はいはい、後でな」
 襟首を捕まれてずるずる引きずられる裕輝。
「か、堪忍してえぇー!」
 それを目撃した生駒とジョージは、掌を合わせ神に祈る。
「縁起でもない事すなぁぁぁーーー!!!」

――――

『求む、強者!』
『究極の無限軌道コーヒーカップ!』
 入り口にはそう書かれたポップが張られていた。
 改造したのは御神楽 舞花(みかぐら・まいか)。例によって御神楽 陽太(みかぐら・ようた)は妻とお仕事中。その間に、舞花は色々と見聞を深めていた。
 これもその一環。
「要は単純です。音楽が鳴り終わるまで、コーヒーカップに耐えてもらうだけです」
「なるほど……」
 ルシアは舞花からの説明を熱心に聞いていた。といっても、説明なんて本の一行で終わってしまったのだが。
 そのまま黙ってコーヒーカップを見つめるルシアに、舞花は気になったことを尋ねてみた。
「ちょっと聞いてもいいですか?」
「何?」
「気を悪くしたらごめんなさい」一つ前置きすると、「一人、で来たんですか?」
「うん、そうよ」
 先程まで理知と智緒とで遊んでいたが、ここのポップを見つけると、頼み込んで一人にしてもらった。
 それには訳がある。
「私、今まで人に頼ってばかりだったと思うの。隣にはパートナーのリファニーが居て、友達や親友が居て、結局力を借りちゃう」
 いつも助けてくれるパートナー。
 自分を誘ってくれる友人達。
「それがいけないって思ってるんじゃなくて、私自身の力でどこまで出来るか試してみたいの」
 でないと、この足でどこまでいけるかわからないから。
 不安を乗り越え、自身を量る。
 少しだけ、人生の階段を登ったルシア。
「だから、これに耐えられれば、自分に自信が持てるようになる気がするの」
「そういう目的だったんですね。ありがとうございます」
 舞花はその旨をレポートに記入し、笑顔で一礼。
「大変参考にさせていただきました。それでは、私自慢のコーヒーカップをお楽しみください」
「はい!」
 順番待ちが進み、ルシアはカップの一つへと腰掛ける。
「皆様、張り切ってください」
 舞花の号令が掛かり、緩やかな音楽が流れ出す。
 だがそれは長くは続かず、一度の空白が訪れると変調。
「……えっ、きゃあっ!?」
 三連符や五連符で行われる切り替えし。
 テンポのアップダウンによる速度変化。
 気を抜くと外へ放り出されそうになる。
 事実、「もうダメだ……」と隣の男性が支えにしていた机を手放し、逃げようと淵に手を掛けていた。
「お客様、危険です!」
 舞花は叫ぶと、スイッチを押す。
 するとカップの上部を覆うように蓋が降りてきた。
 これで動き回るカップの中に放り出されることは無いだろう。ただ、中は凄いことになっていそうだが……。
 そして、ルシアも机を支えに頑張っていたのだが、ふとした瞬間に回るのだと気付いてしまった。
「これ、回転するのね」
 ついつい回してしまう。
「ああっ、また、早くっ!?」
 コーヒーカップとはどんなものか。
 机を回転させると、その分カップの回転数も増える。大抵の人は知っていることだが、ルシアにとっては初めての経験。何も知らないまま、自己を窮地に追いやっても仕方ない。ただの事故だ。
「でもっ、これくらい、耐えなきゃっ!」
 自分で蒔いた種さえ刈り取れないようでは、この先もずっと……。
「それは、いやっ!」
 必死で耐えるルシア。
 かくして――
「皆様お疲れ様でした。当アトラクションはこれにて終了となります。またのご来場お待ちしております」
 舞花の放送が終わりを告げた。
「……あれ、止まってる?」
「おめでとうございます」
 未だ覚めないルシアに非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)は柔らかく賞賛を口にする。
「……た、耐えられた、の?」
「机を回してしまった時は冷や冷やしたのだが」
「最後まで諦めず、見事でしたわ」
「アルティアもそう思うのでございます」
 イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)も寄ってくる。
「あ……ありがとう!」
 やっと実感したのか、ルシアが顔を上げる。目は潤いを帯び、雫が零れてしまいそうだった。
「ほら、泣いてはいけませんよ」
 そっとハンカチを差し出した近遠。周りも思い思いに声を掛ける。
「まだ始まりの一歩目であろう? 涙していては踏み外してしまうかもしれないのだよ」
「あら、可愛らしいと思いますわ。喜びでの涙は綺麗と思いません?」
「アルティアもそう思うのでございます」
「イグナちゃんはちょっと厳しいですわ」
「アルティアもそう思うのでございます」
「強くあるということは、そういうことであろう?」
「でも、踏み出した勇気は認めてあげてもいいんでありません?」
「認めているからこそ、こうして辛いことも言っているのだよ」
「もう……一緒に喜んであげればいいのに」
「アルティアもそう思うのでございます」
「アルティアさん、さっきからそればかりですね」
 近遠の突っ込みに、ルシアは「ぷっ」と噴出した。目尻を指で掬い、
「近遠さんたちはどうしてここへ?」
「ルシアさんを見かけたから、皆で遊ぼうと思ったんです」
「本当は待っている時に声を掛けるつもりだったのですけれど……あんな話を聞かせられちゃいますと、ね?」
「見守っていたくなるのは当然であろう」
「アルティアもそう思うのでございます」
「ふふっ、アルティアさんはそればかりね」
 和やかな空気に包まれる。だが、これだけは聞いておかなければならない。
「ルシアさんは、これからも一人で遊園地を回るんですか?」
 ルシアは静かに首を振り、吹っ切れた笑顔を向ける。
「ううん。私は皆といたいわ」
 このアトラクションに耐えられて自信を得ることができた。だからこれからは、頼るだけでなく頼られる存在でもありたい。それに、
「楽しいことは大勢で共有するのがいいと思うから」
 ここは遊園地だ。一人はやっぱり寂しい。
「そうですわ。一人より二人、二人より三人。大勢居ればそれだけ楽しさは大きくなりますわ」
「先ずは我々と共に行きましょう」
「ええっ!」
 差し出された手を迷うことなく受け取り、五人は連れ立って歩き出す。
「ルシア、ここに居たのね」
 そこに現れたのは、
「香菜? あなたも来てたのね……でも、何で濡れてるの?」
「べ、別に楽しんでいた訳じゃないわ!」
 顔を紅くし、そっぽを向いてしまう。
「おいおい、そういうのはよくないぜ?」
「やっと会えたんだもん、喜んでもいいんだよ?」
 香菜に付き添っていたローグ・キャスト(ろーぐ・きゃすと)フルーネ・キャスト(ふるーね・きゃすと)が気を利かせる。
「わ、私は望んでいたわけでは――」
「そうなのか? ずっとキョロキョロして『ルシアは……』って呟いていたのに」
「まるで迷子の子犬だったよね」
「そ、そんな訳無いわよ!」
「じゃあ、次のアトラクションに行こうぜ。ルシア、悪いな」
「ボクたちは向こうのアトラクションを見に行ってくるよ」
「ちょ、あなたたち、折角偶然、偶然っ会ったのに、不義理だと思わないの?」
「俺たちは一緒に遊びたいと思うけどさ」
「香菜が駄目だって言うんだもん」
「私はそんなこと言ってないわ」
「なら遊ぼうぜ?」
 その話し合いに近遠たちも加わる。
「丁度ボクらも大勢で遊ぼうとしていたんです」
「これは願ったりかなったりですわ」
「貴公らも一緒に来てくれると嬉しいのだよ」
「アルティアもそう思うのでございます」
 これでは流石の香菜も、
「わ、わかったわよ。一緒に行けばいいんでしょ」
 了承せざるを得ない。
「ありがとう、香菜」
「何もあなたのためじゃ」
「うん、わかってるわ」
 微笑を絶やさないルシア。それに対し、言い表せない感情が湧きあがる香菜。
「……行き先は私が決めてもいい?」
 その申し出に、一同は頷く。
「それじゃ、あれで勝負よ!」
 向かった先は超絶ジェットコースター。
「心臓に悪そうなアトラクションですね……ごめんなさい、ボクたちはここで見ています」
「我らはあまり得意ではないからな」
「でも、ここで見ているのも楽しいですわ」
「本当にこれでいいのか?」
 見上げる二人に問いかけるローグ。
「ルシア、逃げないわよね?」
「もちろん行きますよ」
「フルーネはどうする?」
「フルーネ、行きまーす……行きますよね?」
「まあ、俺も行ってみるか」
 四人が死地に赴き、四人が帰りを待つ。
「なあ、香菜。聞いておきたいんだが」
「何よ?」
「俺たちはイコンで有る程度慣れているが、おまえはこういうの平気なのか?」
「…………」
 考えていなかった。
 ルシアに抱いた対抗心に赴くままの行動。それを明確に出来る場所がここだった。
「なんだったら、別のところに行くか?」
「今ならまだ引き返せるもんね」
 フルーネの視線の先には途中退場ゲート。
 しかし、その性格から一度言い出したことは引っ込めることができない。
「……いいわ、乗ってやるわよ」
「うん、大丈夫」
 青ざめる香菜の手を握ったのはルシア。
「一緒だから、香菜もきっと大丈夫」
「ルシア……」
 香菜には根拠など無い。だがルシアにはある。
 自分はあのコーヒーカップに耐えられたのだ。友情を力にして。ならば香菜も……。
 その思いに感づいたのか、香菜の顔色も良くなる。
 心地よい関係。
「よしっ、腹はくくったな」
「待ち時間無いからさくさく進むね。もう次だもん」
「えっ、次!?」
 そして――
「まあ、こうなるとは思っていたんだ」
 ローグはぐったりした香菜を抱えて近遠達の元へ戻ってきた。
「香菜さん、大丈夫ですか?」
「これは少し横になったほうがいいですわ」
「そこのベンチを借りるのだよ」
 寝かせた香菜を覗き込む。
「ごめんね、無理させて……」
「ふんっ、これくらい、どうってことっ」
 上体を起こそうとするが、まだくらくらしているのだろう、支える腕が震えている。
「無茶しないで」
 横から身体を支えるルシア。
「おっと、撮影撮影」
 フルーネは二人をファインダーに収める。
「ちょ、ちょっと、こんなみっともない格好っ!」
「えー? 良い絵だもん。撮らないと損だよ」
 抗議はするが、それ以上反抗できない香菜を尻目に、フルーネはシャッターを押した。
「テーマは助け合う友情だよね」
「それはいいですね」
「くっ……」
 悔しいのか恥ずかしいのか、顔を顰める香菜。
 でも皆は知っている。本当は嬉しいのだと。
「香菜さんが動けるようになったら、今度は皆で乗れるものに行きましょう」
「行き先は涅槃イルカのメリーゴーランドにしますわ」
「それがいいのだよ」
「アルティアもそう思うのでございます」
 最後まで徹底していたアルティアに、一同は笑いあった。