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幻夢の都(第2回/全2回)

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幻夢の都(第2回/全2回)

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第4章 夢幻 3

 邪竜アスターが倒された、その直後。
 別室では、フレデリカ達が驚愕に目を見開いていた。
「こ、これって……」
「元に戻ろうとしてるんだわっ」
 部屋が光に包まれるや、景色が一変し始めていた。壁画や祭壇はそのままに、壁や床の雰囲気そのものが変わってゆく。それは討ち滅ぼされた廃都の部屋そのもので、シャノン達は、急いでガウル達のいる地下へと向かった。


 アスターが倒れ伏した後、辺りは光に包まれていった。
 皆が、どこかで気づいていた。これで幻が終わるのだと。戦士団の面々が少しずつ消えていくのも、その現象を現す一つであった。
 アスターが倒れたその場所に、金髪の獣人の姿があった。ゼノが、それを無言で見下ろしていた。
 ガウルはその背中に声をかけようとするが、思いとどまった。今更自分が、何か声を掛けても良いものか、分からなかったのである。だが、代わりにゼノは、
「もしかしたら俺は、どこかで気づいていたのかもしれないな」
 ガウルに背中を向けたまま、言った。
「気づいていた……?」
「ああ。魔獣はおまえなのかもしれないと。〈英雄〉というものに囚われ続けてきた俺達の、最悪の結末だったのかもしれないと。そんな風にな……」
 横を見てかすかに顔をのぞかせたゼノは、苦笑を浮かべていた。
「俺は気づいていて、だけど目を背けてきたんだ。あれが魔獣だと思い込むことで。お前じゃないと思い込む事で、俺は自分を肯定してきた。そうすることでしか、前を向いて歩けなかった」
 今だからこそ、分かる。ゼノは自分の心と向き合って、そんな結論を出した。
「本当の臆病者は、俺だったのかもしれない」
「そんなこと、ないだろっ!」
 ふいに、ガウルが、ゼノの言葉を遮るように言った。
「お前はいつだって〈英雄〉だった! お前はいつだって、誰かのために戦ってきたんじゃないか! 私とは違う……私の心にあったのは、お前への劣等感や、屈辱、嫉妬……薄汚れたものばっかりだ! 知ってるか、ぜの……私はずっとお前に憧れてたんだぞ! 真っ直ぐに、〈英雄〉を目指すお前に……私は……」
 そこで初めて、ゼノが振り返った。
 驚きや、悲哀がない混ぜになった顔だった。
「だから、そんなこと言うな! お前は〈英雄〉だ! 強く……強く生きて、そして……これからも、みんなを……」
 集落の仲間達を思い出す。自分を死んだと思っていた仲間達。家族や、師や、長のこと。自分には守りきれないものがたくさんあった。それを守っていけたのは、他ならぬゼノであったからだ。
 ガウルはふと契約者の仲間達に振り返り、それからゼノにまた向き直った。
「色々なものを見てきたよ、ゼノ……」
 これまでのことを思い出していた。初めは、単なる目的を探す旅だった。だが、多くのことを経験して、いつしか、それは大きな意味を持つようになっていた。
「たくさんの人と出会って、たくさんの景色を見た。そして少しだけ分かった事があるんだ……」
 やり直せない過去はある。それでも、また踏み出すことは出来るはずだ。
「あの時のことはもう取り戻せないけれど、今の私には守るべきものが出来た。今度はそれを、守ってみせるよ……」
 ガウルが胸をぎゅっと掴む。ゼノは、その姿を見つめながら、優しげに微笑んだ。
「ああ、頑張れよ……〈英雄〉」
 最後にそう言い残したとき、光がゼノさえも包み込んでいった。
 全てが真っ白になり、ガウルの視界を、覆い隠していった。


 目覚めたとき、ガウル達がいたのは古びた神殿であった。永い間、見捨てられていたのだろう。討ち滅ぼされた廃都の陰鬱で寂れた空気が、辺りを漂っていた。
 近くにはいつの間にかフレデリカ達がいた。丁寧に、事情を説明してくれる。
 フレデリカの話によれば、ここは廃都クランジールという場所であるらしかった。黄金都市の正体で、幻術が解けたために、ここに戻って来れたのだと。もちろん、そこに驚きはあったが、不思議と、誰もがそれを素直に受け止めていた。どこかで、黄金都市に隠されたものを、感じ取っていたのかもしれなかった。
「多分アスターは、ガウルに共鳴するものがあったんじゃないかしら」
 壁画を見上げるガウルの傍に来て、フレデリカが言った。
「共鳴……?」
「自分の守るべきものを守れなかった後悔や無念。それが形となって、あんな幻を生んだんじゃないかと思うわ。それが長い時間で闇に染まっちゃったのは残念だけど、ガウルと出会ったことで、少しだけ元の意識を取りもどしたのかもしれないわね」
 フレデリカの話では、アスターはこの廃都で祭られていた夢や幻を司る存在だったということだった。永い永い時間の果てに邪竜と化したが、かすかに残された意識が、本来の自分を知ってほしいと願っていたのだろうか。救いの、手を。
 そういう意味では、確かに似ているかもしれないとガウルは思った。
 フレデリカが魔力で作った、小さな花をその場に置いた。
「それは?」
「せめてもの手向けみたいなやつ。誰も花を添えないなんて、哀しいでしょう? すぐにしおれちゃうけど、仕方ないわ」
 さっぱりしているのかしんみりしているのか分からない事を言って、フレデリカはその場を後にした。ガウルも仲間達に神殿の外に出る事を提案する。今は町の人々が心配だ。早く、その安否を確認しておきたかった。