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【2022修学旅行】2022月面基地の旅

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【2022修学旅行】2022月面基地の旅

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第1章 さまよう狂気、混沌に染まる月面への旅路

「うううううう。うがああああああああ」
 エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は、唸り声をあげながら、果てしのない、荒野をさまよっていた。
 月面である。
 よくみると、エッツェルも宇宙服は着ているようだ。
 昼は灼熱の荒野であり、夜は凍てつく荒野となる、ひっそりと静まり返った月面。
 そんな月面を、エッツェルはあてどもなく徘徊していた。
 徘徊。
 それは、闇夜の絶望を吸収し、希望の暁を黒く塗り込めようともがく、一個の異形の底知れぬほど暗い生への執着であった。

「星が、きれいね。ふふ」
 同じころ、ルシア・ミュー・アルテミス(るしあ・みゅーあるてみす)は、月面へと向かう宇宙船の中で、窓の外のきらめく星々を目にして、思わず微笑んでいた。
「ルシアちゃん、楽しそうだね」
 つられて微笑みながら、桐生理知(きりゅう・りち)が話しかけてきた。
「うん、やっぱり、久しぶりの故郷だし、宇宙をみると、何となく落ち着くのよね、私たちは」
 ルシアは、うなずいていった。
「ルシアちゃん、かわいいー」
 だしぬけに、北月智緒(きげつ・ちお)がルシアの背後から抱きついてきた。
「きゃーっ! もう、智緒こそ!!」
 ルシアはおどけた悲鳴をあげながら、智緒のお尻を叩いた。
「ふふふ。あははははははははは!!」
 3人の女生徒は、実に仲睦まじそうであった。

「おやおや。素敵なお嬢さん方だ」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はルシアたちの戯れの姿をみて、目を細めると、ニッコリ微笑んだ。
「エースさん?」
 ルシアは、丁寧に会釈するエースをみて、声を弾ませた。
「ルシアさん、よろしくお願いします。月面に着いたら、パンケーキを焼きますので」
 エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)も、エースの側に立って、頭をペコリと下げた。
「誰から挨拶しようかと思ったけれども、ここはやはりムーンチルドレンの君からだね。ルシア」
 エースは、ルシアに片手を差し出した。
「う、うん。よろしくね、エース」
 ルシアは、しばしためらった後、エースの手を握りしめた。
 すると、次の瞬間、エースはさっとその手をとると、一輪の薔薇の花を握らせた。
「あっ……きれい」
 ルシアは、思わぬ演出に感嘆の声をあげた。
 握らされた拳から生える薔薇の花弁に、目が誘われるように吸い込まれていく。
 薔薇の香りが、周囲に漂っていた。
「あっ、ずるーい。ルシアに触らないでよ」
 理知が、頬を膨らませた。
「ありがとう」
 ルシアは、エースに礼をいった。
「いや、礼には及ばない。これは、ほんのお近づきのしるしなのだから」
 いって、エースは白い歯をみせて笑った。
「だいぶ浮かれてますね、エース」
 エオリアが、ややたしなめるような口調でいった。
「ああ。旅だからね
 エースは、まったく気にした様子もみせない。

「修学旅行、ですか。いいものですね」
 エースとルシアのやりとりをみて、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)も、気分が和やかになるのを覚えた。
「あなたはルシアに挨拶しないの、メシエ?」
 メシエに寄り添っているリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が、囁くような口調で尋ねた。
「うん? 後にしますよ。いまは、ただ、星をみていたいので」
 いって、メシエは、リリアの肩に手をまわした。
 リリアは、思わず顔を赤らめた。
「あ、あなたも、浮かれてるんじゃない?」
「たまにこういうことをしてみたら、変ですか?」
 いいながら、メシエは、リリアの耳に小指の先を入れてみせる。
「い、いや、いい感じだけど」
 リリアは、メシエと密着して、うっとりとした気分になってくる自分を感じていた。
 しばし、二人で星の海をみつめる。
「きれいね。まるで宝石みたい」
「そうですね。リリアの瞳と、同じです」
 いって、メシエは、リリアの頬を指でなぞった。
「はあ、もう、うまいんだから」
 リリアは、笑って、メシエに身体をいっそうもたれさせた。
「たまにはこういうのもいいですね。ずっとこうしていたいものです」
 メシエは、素直な感想を口にした。
「もうすぐ、月に着くわね」
「着いたら、散歩して、蒼い地球を眺めましょう」
 メシエの言葉に、リリアはうなずいた。
 二人は、そのままの姿勢でいると、星空の海に抱かれ、遥か虚空の大宇宙の意志に祝福をされているかのようにさえ感じるのだった。

「着いたねぇ。身体が軽いねぇ」
 宇宙服を着て月面を散歩しながら、清泉北都(いずみ・ほくと)がはしゃいだ口調でいった。
「あはは。これは愉快ですね。飛んでっちゃいそうです」
 クナイ・アヤシ(くない・あやし)も、慣れない環境で足取りは覚束なかったが、地球の6分の1の重力下で、軽くスキップをしてみせた。
 頭上には、蒼い地球が、自分たちを静かに見守ってくれているかのようだ。
 静かな月面で、ヘルメットの中には、北都たちが息をする音だけがこだまのように鳴り響いている。
「おや、ルシア様たちも出てきましたよ」
 クナイは基地の方を振り返って、目を細めるといった。
「うーん、そうだねぇ。でも、せっかくだから、クナイと二人で歩いてみたいなぁ」
 北都は、素直な気持ちで、そういった。
「そう……ですね」
 クナイも、うなずいた。
「それじゃ、先へ行こうかぁ!! ああっ」
 意気揚々と足を運んだ北都は、勢いあまって、身体が宙にふわふわと浮き上がってしまった。
 力の入れ具合に神経を使う月面である。
 人が、重力の軛から魂を解き放たれ、純粋な意志だけで動いていけるなら。
 月面での心境はまさにそれに近かった。
「ああ、危ないですよ」
 クナイは、慌てて、北都の落下地点に移動した。
 両腕を広げて、その柔らかい身体をキャッチする。
 期せずして、お姫様抱っこのような姿勢になっていた。
「はあ。びっくりしたぁ。でも、この態勢も気持ちいいですねぇ」
 クナイに抱かれ、満天の星を仰向けに見上げて、北都はうっとりとした。
「このまま、行きましょうか」
 クナイは笑って、北都を抱いたまま、歩を進めた。
 
「北都さんたち、早いなぁ」
 ルシアたちも、宇宙服に着替えて、基地を出るところだった。
 月面散歩についてのレクチャーは受けたが、ルシアは軽く聞き流していた。
 ある意味、地球以上に歩きやすいのが月面である。
 故郷の歩き方を、いまさら教えてもらう必要などなかったのだ。
「わー、ルシアちゃん、月面!! 本物の月面だよー!! きゃあ」
 宇宙服姿の桐生理知(きりゅう・りち)は興奮して駆け出し、岩につまずいて、空の彼方に吹っ飛んでいった。
「あはははは、軽いー、ダッシュダッシュー」
 北月智緒(きげつ・ちお)も御満悦といった風で、両手を水平に広げて、笑いながら快活に走ってみせる。
「みんな、楽しそうだね。それじゃ、ワタシたちも!!」
 ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)も大いなる一歩を踏み出そうとしたとき、主人より先に、ペットたちが走り出てしまった。
「ニャニャー、ニャー」
 ムーン・キャットSが、水を得た魚のように動きまわって、地面に寝転がり、お腹をみせてぐるぐるいっている。
「ピピッ、ピピッ」
 スペースゆるスターも、頭部を激しく揺らしながら落ち着きなく徘徊し、目からビームを出し、口から火炎を吐いた。
 そのほか、モンキーアヴァターラ・レガース、ペンギンアヴァターラ・ヘルム、ぷちどらアヴァターラ・ライター、Hスネークアヴァターラ・オーラといった面々が、無口ながらも、月面という散歩場を縦横無尽に走りまわり、飛びかい始めた。
「あはは、にぎやかでいいね」
 ルシアは、ノーンのムーン・キャットSを抱きあげて、頭を撫でてやりながらいった。
「月面動物園、といった感じだね。ルシアも撫で撫でしてあげる」
 ノーンは、ルシアに背後から抱きついて、その頭を猫にするように撫でてやった。
「くすぐったいー」
 ルシアはおどけて笑って、ムーン・キャットSを放り投げ、くるくると身体をまわしてみせる。
 ひらひらひら
 ふわ
 キャットは、見事な月面宙返りを披露してみせながら、華麗に降り立った。
「わー、楽しい。陽太も来ればよかったのに」
 ノーンは、妻と仲良くしているだろう御神楽陽太(みかぐら・ようた)のことを想い浮かべながら、呟いた。

「ルシア、どうだった? フリーズドライの出来具合は?」
 佐々木弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、基地に戻ってきたルシアたちに尋ねた。
「ああ、うん、バッチリかも!!」
 ルシアはウインクしてそういうと、月面の日の当たらないところに数時間吊るされていたネットを示して、いった。
 ネットの中には、トマト、たまねぎ、ぶどう、オレンジといったものが冷たく結晶した輝きを放っていた。
(これがフリーズドライ? こんなものは、もともとアルテミスに山ほどあるはずだ。なぜわざわざつくる必要がある?)
 ネットの中身を目にした佐々木八雲(ささき・やくも)が、精神感応で弟に話しかけた。
「いや、新鮮なフリーズドライの方がおいしいだろうと思ってぇ」
 弥十郎は、笑って頭をかきながらいった。
(新鮮? フリーズドライにした時点で新鮮味などないだろう)
「新鮮味は、あるよぉ。その時点のおいしさが凝縮されてさぁ」
(ふっ。何をいっている。フリーズドライは水分が飛ぶのだから、もともと新鮮味を求めるものではない)
「あ、あうううう」
 弥十郎は、言葉に詰まって、歯ぎしりした。
「あのー、さっきから弟さん、何もいわずに睨みつけてて、怖いんだけれど?」
 ルシアが、苦笑していった。
「ああ、いやぁ。何もいってないわけではぁ。それはそうと、みんな帰ってきたし、お料理をしようかなぁ」
 弥十郎は首をうちふって否定すると、八雲を脇へ押しのけ、調理場へと向かった。