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第4章 埋まらない寂しさ

「彰人が……なんで空京に?」
 ケンリューガーの衣装で活動していた武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は、育ての親から連絡を受け、眉を顰めた。弟分である望月 彰人は今、彼が育った孤児院『シャングリラ』で生活している。それが突然孤児院を出て、1人で空京に行ったらしい、という話だった。
「冒険をしたいって言ってたって!? 何かあったら一大事だな。探しに行く!」
 彰人はまだ8歳であり、いくら空京といえども1人で歩かせるのは心配だ。しかも、どこに行くか言っていないとは。
 牙竜は慌てて、銀色のツインオートバイに乗って彰人を探すべく動き始めた。道端を歩くセイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)の姿を見つけたのは、空京大学の傍を通った時のことだ。
「セイニィ、いいところに!」
 オートバイを急停止して話しかけてきた謎のヒーr……いやケンリューガーにセイニィは一歩後退した。
「え? な、何よいきなり……びっくりした……」
「家出少年を探すのを、手伝ってくれないか?」
 それから牙竜は、手早く事情を説明した。
「あの孤児院の子が? それは心配ね……」
 セイニィは以前にシャングリラを訪ねている。その時の事を思い出したのか、彼女は表情を曇らせた。もしかしたら、顔くらいは見ているかもしれない。そう考える彼女に、牙竜は真剣に頼み込んだ。
「バイクのサイドカー部分に乗ってくれ……普段、マホロバにいるから空京の地理は疎くて、案内頼む……マジ頼む」
 その声音にセイニィは驚き、彼を見返した。それから、怒ったように言い返す。
「頼まれなくても協力するわよ。でもその前に、聞いておきたい事があるわ。その子、どんな子なの?」
「そうだな……こっそりシャンバラまで来る計画を立て、日本から空京までの直通新幹線『まほう』の乗車券を手配して堂々とやってきた、ごく普通のガキだな……」
「…………」
 どこが普通なのよ、と言いたそうにジト目になったセイニィに、牙竜はティ=フォン(スマートフォン)に入っていた彰人の写真を選んで見せる。青い髪をショートカットにした子供だった。
「こいつだ。先に見つけたら教えてくれ」

 オートバイを走らせながら、彰人がどこに行ったかを考える。
「多分だが、空京で一般人が入れる高い建物にいると思う。高い所が好きなんだが……それって、『寂しい』って子供ながらのサインなんだ。アイツも家族の温もりを知らないから……1人で何処かに行かなければいいが……心配だ」
「それって……」
「? 何だ?」
「え? ううん……何でもないわよ。高い建物っていうなら、シャンバラ宮殿じゃない? 近道があるから、その道を案内するわ」
 セイニィが案内するままに、道路を進む。彼女は何かを考えているのか迷っているのか、方向を指示する以外は殆ど口を開かなかった。
 そして、シャンバラ宮殿に着いてバイクのサイドカーを降りる時。少し遠慮がちに、セイニィは聞いた。
「もしかしてあんたも、子供の頃は高い所が好きだったの?」
 それが“サイン”と知っている、という事は――
 セイニィはそう感じたのだが、答えを聞く前に自ら話題を変えた。
「さっきのあんたの台詞、1人で何処かに行くなんて、まるでいなくなっちゃうみたいな言い方だったけど……。大丈夫よ、ちゃんと見つかるわ」

 宮殿の展望室で、彰人はじっと外を見つめていた。ガラスに両掌をつけ、今にも泣きそうな顔をしている。
(ヒーローのにぃちゃんがパラミタにいるから会いに来たのはいいけど……見つからない。高い所なら見つけられると思ったのに……)
 ――見つけてよ……ヒーローなんでしょ? 寂しいよ……
「助けてよ……ケンリュウガー」
「こら! 彰人!」
 涙がこぼれそうになった時、彼は聞きたかった声を、耳にした。

「呼んだか?」
 振り向いた彰人は、普段の生意気な表情をしていた。
「彰人……黙って冒険に出るんじゃない!」
 しれっとした態度であった彼に、牙竜は大股で歩み寄ってまず一発、厳しく言った。それからトーンを落として、静かに続ける。
「みんなが心配するだろう……今度は許可取ってから冒険しろよ」
「うん……」
 そう言われた途端、彰人はしゅん、とうなだれた。先程の態度がただの強がりであったのが、それで分かる。
「セイニィも探すの手伝ってくれたんだぞ? ちゃんと『ごめんなさい』を言うこと」
「うん。……心配かけて、ごめんなさい。おねーちゃん、ありがとう」
 彰人は素直に、セイニィにぺこりと頭を下げた。
「別に……無事だったんならそれでいいのよ。言いたい事は大体言われちゃったし……」
 イタズラ坊主に見えても、中身はまだ純真なのだ。本気で反省しているようだし、彼女自身安心して、何を言えばいいか分からなかった。すぐに反省したということは、自分が悪い事をしているという自覚もあったのだろう。それでも、彼は実行に移した。
「だから、あたしからはこれだけね」
 セイニィは軽く彰人の頭にげんこつを当てた。これだけでも、彼には充分に伝わった筈だ。
「……よし、ここまで来たんだから景色が綺麗なところで食事にしようぜ!」
 そこで、話はここまでと牙竜は陽気に彰人に言った。それから、セイニィに対して声を潜める。
「セイニィも食べていってくれないか。彰人も喜ぶと思う……。偽りかも知れないが、『少しだけ心配してくれる母親』役をしてくれると助かるんだ。自己満足かもしれないが、彰人の寂しさを少しでも……癒したい」
「…………お腹がすいたから付き合うだけよ」
「やったー! みんなで食事行くー!」
 セイニィの答えを聞いて、彰人は目を輝かせて喜んだ。先程までしょげていたのが、もう笑っている。
「じゃあ行くか。ほら、乗れよ」
「いいのか? ありがとう、ヒーローのにぃちゃん!」
 牙竜は彰人を促し、肩車してやった。誕生日やクリスマスにプレゼントを貰って喜ぶのとは違う、もっと別のところから来る感謝の気持ちが、何となく伝わった。
(アイシャ女王が戻ってこれるように、厄介な問題を片づけていかないとな……彰人が好きな冒険が出来ないしな……)
 指に装着した、友人から貰ったウィザードリングを見ながら牙竜は思う。パラミタ大陸崩壊の危機が去れば、彰人も心置きなく冒険が出来るのだ。
「彰人、今度来る頃には、俺やセイニィ……多くの契約者たちが厄介なことを解決しておくから、また来いよ! 俺もセイニィを始めとしたみんなが、冒険が待ってるから……」
「うん! ケンリュウガーは正義のヒーローだもんな!」
「ねえところであんた……その格好でお店に入るつもり?」
 そこで、横からセイニィの声が掛かった。何のことか、と改めて服装を検分……
「あ、しまった……ケンリュウガーの衣装のままだった。着替えてくる……」
 慌てていたから、このまま来てしまったのだ。彰人を降ろして、いそいそと牙竜は着替えに向かう。「しょうがないわね」というセイニィの、苦笑交じりの声が聞こえた。