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比丘尼ガールとスイートな狂気

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比丘尼ガールとスイートな狂気

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chapter.6 Can閣寺に侵入するいくつかの方法(2) 


 Can閣寺にとってさらに不運だったのは、侵入者が彼らだけではなかったということである。
 実は既にこの時、数名が一足早く謙二を探して人知れずCan閣寺へと侵入を果たしていたのだった。
「人を監禁するような場所となると、人がいない一角や地下が定番だけど……ここにはそういうところ、あるのかな」
 小さく呟きながら本堂内の廊下を歩くのは、大岡 永谷(おおおか・とと)
 厳密に言えば永谷の性別的にはここに入ることを禁止されているわけではないので侵入とは言わないかもしれないが、目的がバレないよう、こっそりと動いている点では侵入した他の者たちと近かった。
「トト、トト」
 その永谷を背後からそっと呼ぶ声。それは永谷のパートナー、熊猫 福(くまねこ・はっぴー)のものだった。福は永谷の背中に隠れるように身を屈め、忍びとしての報告をする。
「壁抜けの術でこの階は一通り見てきたけど、やっぱり見当たらなかったよ」
「そっか、だとしたら地下の可能性が高そうだなあ」
 永谷は謙二の居場所に確実に近づきつつあった。
「トト」
「ん?」
「トトは、お侍を見つけてどうしたいの?」
 福が素朴な疑問をぶつける。永谷はそれに答えた。
「もちろん、救出しようと思ってる。事情はよくわからないにしても、長期間監禁するのはおかしいと思うし。その前に話を聞くのが先だけどね」
「話?」
「それ次第じゃ、この寺とか苦愛さんの行動にも理由があるかもしれないし。一方の当事者の話だけ聞いても、公平な判断は出来ないと思うから」
 永谷はその言葉からも分かるように、気になっていた。なぜ今のこの事態が起こったのかを。同時に、彼女にはもうひとつ、気がかりなことがあった。
 それは、まったく話も聞かなければ噂にも出てこない、この寺の住職のことだ。
「まさかとは思うけど、住職さんも謙二さんのそばに監禁されているとかはない……よな?」
「うーん、今までの経緯を聞いた感じだと、あり得なくもなさそうだね」
 福が永谷の言葉に同意する。そしてふたりはさらに範囲を絞り、捜索を続けるのだった。
「あ、そうだトト」
「うん?」
 思い出したように、福が話しかける。
「これだけ手助けしてるんだから、後で奢ってね」
「……無事にこの事件が解決したらな」

 同じように、樹月 刀真(きづき・とうま)もまた、本堂の中へと忍び込んでいた。永谷と違い、こちらは尼僧に見つかった時点でアウトになってしまうため、当然彼は相応の装備で対策をしている。
 ブラックコートで気配を殺しつつ、アサシンマスクで顔を完全に隠した状態での捜索だ。幸いまだ誰にも見つかってはいないが、同時に謙二のことも見つけられてはいなかった。
「人目のつく場所にはいないだろうと想像がつくが……」
 おそらく幽閉しているのであれば、ある程度の警戒もされているだろう。この寺内でその条件に合う部屋を探しているが、未だ成果は現れていない。
 いくら気配を絶ち顔を隠しているとはいえ、このまま無駄にうろついていては、そのうち見つかって男だとバレかねない。
 こんな時、刀真がつい頭の片隅に浮かべてしまうのは、パートナーである月夜のことだった。本来なら隣にいるはずの彼女は、今いない。
 その原因は月夜がガールズトークの時に言っていたように、刀真の失言である。だからこそ、刀真は今こうして単身Can閣寺に乗り込んでいるのだ。謙二に会うため。
 月夜をこの寺から取り戻したい。それが彼の何よりの願いだったが、さすがにひとりでこの寺の者全員を相手することは不可能だ。
 そう判断した彼は謙二をまず救出し、助力を願おうと思ったのだ。
「月夜……」
 思わず名前が口からこぼれる。だがしかし、焦れば焦るほど探し物は見つからないものである。刀真は、いよいよ危機感を抱き始めた。
 と、その時だった。
 本堂入り口の方から、何やら騒がしい声と足音がする。様子を窺いに行った彼がそこで見たのは、入り口を突破し、中へとなだれ込む謙二の弟子たちだった。周りには、自分と同じ目的と思われる生徒も数名見える。
「皆様、いいですか、地下です! 謙二様は地下ですよ!」
 先頭を走るベファーナが、目的地へと誘う声を出す。幸運にも刀真は、その言葉で行くべき場所が分かったのだ。
 こうして様々なタイミング、様々な角度から彼らは謙二のいる地下へと向かい、そして集まりだすのだった。



 役者は、地下へと揃った。
 謙二との接触を目的とした者たちが今、この場所に次々と集まってきている。
 彼らの前には、簡単には切断できないであろう太い柵。そしてその向こう側に、謙二がいた。
「師匠!!」
 弟子たちが思わず声を上げる。
 しかし彼の姿はとても窮屈そうだ。一同は謙二の手が縄で縛られているのを認めると、柵の間から手を伸ばし、まずそれを切断した。
 ようやく四肢が自由になった彼へ最初に話しかけたのは、コアだった。
「ケンジ、私だ。ハーティオンだ。無事で何よりだ。食事を持ってきたので、ぜひ食べてほしい。今後体力が必要なこともあるかもしれない」
 言って、彼は自分の用意した食事と、シンから預かった菓子と茶を柵越しに手渡す。
「……かたじけない」
 謙二が深く頭を下げてそれを受け取ると、コアもまた頭を下げた。
「まさか一月以上も拘束されることになるとは……すまない」
 自分の行動にも責任の一旦はあると感じ、謝罪の言葉を告げる。彼はラブにも同じように謝罪を促すが、ラブはぷいとそっぽを向いてしまう。
「てか、門突破して突っ込んできたのはあんたなんだから、悪いのはそっちよ! それ、フホーシンニューって言うのよ! まずあんたがそれを謝りなさいよ!」
 変わらぬ憎まれ口に、コアが慌てふためく。謙二はといえば、何も言い返さずただ下を向いているだけだった。
「……な、なによ」
 口喧嘩にすらならなかったのはラブも予想外だったのか、彼女にも動揺が生まれた。
「……ま、まあ、モテないとかなんかそんな感じのこと言ったのは、アレね、あの〜、アレよ。ちょ〜っとだけ、悪かった気がしないでもないかもね」
 おそらくそれは、ラブなりの精一杯のお詫びの言葉なのだろう。気のせいか、謙二の口の端が少し緩んだ気がした。
 続いて謙二に頭を下げて謝ってみせたのは、刀真だった。
「俺も、謝らなければいけない。あの時は頭に血が上っていたとはいえ、皆の前で童貞呼ばわりしてすまない」
 ラブの言動で既に口元が緩んでいた謙二は、刀真のその言葉でついにくっと小さな笑みをこぼした。
「……?」
 不思議そうに彼らが謙二を見つめると、謙二は言った。
「拙者のことを捕まえたお主らが、今度は拙者を助けに来たかと思えばどこまで本気か分からぬ詫び言……まったく、おちおちへばってもいられんわ」
「師匠!」
 弟子たちの前ですっと立ち上がってみせた謙二は、改めて一同に頭を下げた。
「意図はまだ掴めぬが、拙者と弟子を会わせてくれたことは礼を言う。本当にすまない」
 その傍らでは、永谷が他に捕まっている者がいないか視線を巡らせている。しかしここには謙二以外誰もいなかったようだ。
「住職さんがここに、っていうのは杞憂だったみたいだな」
 永谷が小さく呟く。と、その単語を耳に入れた刀真が、本来の目的を謙二へと告げた。
「俺がここまで来たのは他でもない、謙二、力をぜひ借りたい」
「む?」
 謙二が眉をひそめると、刀真は自分のパートナーがここの虜になっていること、自分がこの寺のことをおかしいと感じていることなどを話し始めた。
「最近では、男からの苦情も増えているらしい。もし寺の方針が変わったとか理由があるなら、それを聞くべきだ。だから謙二、一緒に住職へ話を聞きに行かないか?」
「……」
 刀真の言葉に、謙二はしばらく黙り込んだ。そしてじっと考えた後、謙二は呟く。
「いつかは、通らねばならぬ道か……」
「?」
「承知した。共に住職へと会いに行こう」
 謙二の言葉が何を意味するのか、刀真には分からなかったがともかく協力を得ることは出来たのだと、ひとまず安堵した。
「うっし! そうと決まればさっさとここを出るぜ!」
 長居は無用とばかりに、ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が切り出す。
 彼もまた単独でここへと入り込み、謙二を助けに来た中のひとりだった。
「こんなもん、俺がこじ開けてやるからよ!」
 言うとラルクは、自分が体得した拳法の奥義「自在」で闘気を具現化させた。形を成した彼の闘気は、ガントレットとなりその拳に破壊力を上乗せすることで、いともたやすく柵を破壊する。
「謙二、大丈夫か? 歩けるか?」
 手を差し伸べるラルクに、謙二は「大丈夫だ」とひとりで歩けることを伝えた。謙二はそのまま壊された柵を抜け、弟子たちと握手を交わす。
 それを見てラルクも、安堵した表情を浮かべる。彼もまた、多少こうなったことへの責任を感じていたのかもしれない。そんな彼の視線に気づいた謙二は、ラルクの方を向き、頭を下げた。
「刀がなくては、拙者にこれは壊せなかった。礼を言う」
「俺は、こんな仕打ちをさせるためにここに引き渡したわけじゃねぇからな」
 それより早くここを出た方が良い、とラルクが彼らに進言する。なにぶん弟子たちは相当騒がしく乗り込んだのだ、いつここに寺の者が来てもおかしくはない。
 せっかく謙二を見つけても、ここから連れ出せなければ意味はないのだ。
 だがしかし、彼らが思うよりも早く、尼僧たちは彼らに接近していた。
 地下から地上へ通じる階段を上がってすぐのこと。
「……ちっ、こいつはやべぇな」
 先頭に立っていたラルクが、小さく呟く。その言葉の意味を、この後階段を上がった者たちもすぐに知る。
 既に階段付近は、尼僧たちによって包囲されていたのだ。その数およそ二十ほどだろうか。そこには苦愛の姿もあった。
「ほんと、こういうことされちゃうと困っちゃうんだよねー。男子禁制なのに男がいた、とか口コミで書かれたらやばいし」
 苦愛が不機嫌そうに言う。周りを取り囲む尼僧たちの顔も、嫌悪感に満ちていた。
 ラルクはこの状況で、考える。
 尼僧たちから感じる威圧感はそこまでなく、おそらく戦力としてはこちらよりも相当に弱いだろう。
 しかし、その弱さゆえにうかつに手を出せないでいた。
 はたして上手く加減が出来るだろうかという不安が、拭えなかったのだ。それはラルク以外の面々にとっても同様である。
 そうなると次に考えるのは、この包囲網を無視し、強引に敵中突破する作戦だ。だがそれも、もし彼女らが武器を隠し持っていたらと考えると得策ではない。
 逃げる自分たちの無防備な背後へと、何かが飛んでこない保証はない。
「ここはやはり拙者が……」
 張りつめた空気の中、謙二がすっと前に出ようとする。が、それをラルクが止めた。
「待てよ謙二。せっかく弟子と会えたんだから、お前はそのまま逃げろ。それに、まだやることもあるんだろ?」
 謙二はそれを聞き、先ほど地下で刀真と交わした約束を思い出す。
 住職に話を聞きに行く。
 そのためには確かに、なんとしてもここを脱出しなければいけないのは事実だった。
「しかし、お主は……」
「俺はここに残って、囮になる」
「なんと! 拙者は、助けてもらった恩義がある! その恩義ある者を置いて、ここを逃げろと申すか!」
「いいんだよ! 最悪俺はどうなっても構わねぇ。だが謙二、お前には弟子たちもいるだろ!」
 目を見開き反論する謙二を、ラルクは強引に押しのけた。
「だから、必ず逃げろ。分かったな?」
 そう言うとラルクは謙二の返事を待たずに、尼僧らに向かって突進していった。
「おら、どけよテメェら、邪魔だ!!」
 まさに猪のような勢いで一陣の風を巻き起こしたラルクに、尼僧たちが一瞬ひるむ。さらにラルクは畳に向かって雷霆の拳を放ち、威嚇した。
「今だ!!」
 それが合図となり、謙二や弟子たち、彼らを助けに来た者たちは一斉に駆け出した。その背中を見届けてから、ラルクはあらためて尼僧たちと向き合う。
「どうした? あいつらを追いかけられるもんなら追いかけてみろよ。もっとも、そうしたら無事は保証できねぇけどよ」
 圧倒的な数の差で包囲しているとはいえ、これほどまで闘気溢れるがたいのいい男性が相手では尼僧たちもうかつに手が出せないのか、場はこう着状態に陥った。
 その時、廊下の奥から誰かがラルクの方へ向かってくるのが見えた。周りの尼僧たちよりも、だいぶ身長は高い。
「……?」
 尼僧たちが慌てて道を開ける様子に、ラルクは首を傾げた。その疑問を解消したのは、苦愛の声だった。
「じゅ、住職様!?」
 苦愛にそう呼ばれたその人物は、す、とラルクの前まで歩を進めた。服装はいたって普通の袈裟だが、首から上は頭巾を被っており、目元部分しか露出していないため顔までは分からない。
「どうしてここに?」
 苦愛の戸惑いの声には一切反応を示さず、住職はラルクの鍛え上げられた肉体を見て彼に告げた。
「いけませんね……あなたは、男性の相が強すぎます」
「あ?」
 何を言っているのかよく分からない、といった表情でラルクが目を細める。その間にも彼は、ここをどう突破するか考えを巡らせていた。しかし、次の瞬間。
「っ!!?」
 自分の動きを、両の腕が縛る。言うまでもなくそれは、目の前にいる住職の腕だ。強引に力で抜け出そうとするラルクだが、がっちりと固められ解けない。
「この力は……馬鹿なっ……!?」
 住職がさらに強くラルクを締め上げると、ラルクの体からは力が次第に抜けていく。そしてその巨躯が、ずんと沈んだ。