葦原明倫館

リアクション

「一緒にいてとても幸せだから……これからずっと一緒にいてほしい、そして、一緒に幸せになってほしいんだ。
　だから、結婚しよう、琴乃」
　永井　託（ながい・たく）は南條　琴乃（なんじょう・ことの）に、そうプロポーズをした。


　専門式場で行われることとなった託たちの結婚式には、琴乃と契約をしている川原　龍矢、シリル・フォレスト、森の　伝承歌をはじめ、多くの友人・知人たちが集まった。
「人気者だね、琴乃」
「託も人気者だよ」
　そんなことを言いながら、託と琴乃は式場に入った。
　託と琴乃は、バージンロードを並んで歩き始めると、左右から託たちの耳に、いくつものお祝いの言葉が飛び込んできた。
「二人とも、結婚おめでとう！」
「託さんも部長さんも、今日は本当におめでとう！　ドレスもとっても素敵！」
　アルクラント・ジェニアス（あるくらんと・じぇにあす）とシルフィア・レーン（しるふぃあ・れーん）が口々にお祝いの言葉を紡ぐ。
「ふふ、私もちょっと憧れちゃうかな」
　シルフィアはそう言って、託と琴乃を見つめた。アルクラントとシルフィアはまだ付き合い始めてからは短く、結婚はまだまだ先のことかもしれない。でも、やっぱりいつかはこうやって、皆にお祝いしてもらいたい。そんな気持ちになったのだ。
「末永くお幸せにですぅ〜」
　続いてヴィサニシア・アルバイン（びさにしあ・あるばいん）が言葉をかける。
「ひゃっほーい！　めでたいぞー！　託と琴乃のけっこんしきー！」
　その後から、ソラン・ジーバルス（そらん・じーばるす）が叫んだ。
（……ほんっと、あのバカ……こういう時にいないんだから）
　ソランは内心でそう思いながら、今はいないハイコド・ジーバルス（はいこど・じーばるす）の分も祝福しよう、と思う。
「月並みな事しかいえないけど、結婚おめでとう。お幸せにね」
「末永くお幸せに」
　通り過ぎて行く託と琴乃に、羽切　緋菜（はぎり・ひな）と羽切　碧葉（はぎり・あおば）もお祝いの言葉をかける。
　と、緋菜は、碧葉が幸せそうに微笑んで、通り過ぎた二人をじっと眺めていることに気付いた。
「どうしたの？」
「いえ、ウエディングドレスって良いなあって思っただけですよ」
　碧葉は、緋菜に微笑みかけて、そう答えた。
「ふ〜ん」
　と、そっけなく返事をして二人に視線を戻した緋菜だったが、託と琴乃の後ろ姿を見ているうちに、何となく緋菜も碧葉と同じ気持ちになってくるような気がした。

　式は順調に進み、誓いの言葉となった。
「私、永井託は南條琴乃を生涯愛し続けること、共に幸せになることを誓います」
　迷いのない、託の言葉が式場内に響き渡る。
「私、南條琴乃は永井託を生涯愛し続けること、共に幸せになることを誓います！」
　琴乃も、託の思いに答えるように迷いなく言い切る。
「では、指輪の交換を」
　神父の言葉に促されて、託は琴乃の手を取った。その薬指に、指輪をはめる。何から何まで、緊張の連続だ。
　指輪の交換が終わっても、緊張はまだ終わらない。次は、誓いのキス。託は、いつものんびりしている分、こんなときくらいはしっかりしていよう、と思う。
　託は、琴乃を見つめた。向き合った琴乃も、緊張しているようだ。
「大丈夫、僕に任せて」
　託はそう言って微笑み、琴乃のベールをそっと持ち上げた。
　ずっと一緒にいるという誓いを、今までで一番の想いを込めて、託は琴乃にキスをした。

　一通り託と琴乃が婚約の儀式を終えた。次は、アルクラントがスピーチを始める。
「あー、ごほん、本日はお日柄もよく……。
　新婦はパラミタに来たばかりの人たちを導く役目をされていて、多くの契約者がその中から活躍を続けている。新郎もまたその中でこの地の生活を続け、昨年の新入生にはよき先輩としてもその活躍を知られている。
　皆知ってるような気がするけどこういうのでいいんだろうか。こういうのはどうにも不慣れでね。ただ、これだけは言える。二人とも、互いに助け合い、幸せに素敵な日々を過ごしていってもらいたいと」
　アルクラントはひと呼吸置いて、言葉を続けた。
「私の知っているエピソードも話そうか。二人は人の事を、基本的にさん付けで呼んでいるのは知っているかな？　私が二人に出会ったときはまだ、互いにそうやって呼んでいたことを覚えている。
　ところが昨年春のある日、気付いたんだよ。互いに呼び捨てで呼び合っていることをね。つついてみたら託のほうがごまかしたのでそれ以上追求しなかったんだが、そのあと、部長がまあ、私から見れば答えといえる言葉を発してね。ああ、これはできてるな、と。回りの知るところになったらからかってやろう、なんて思っていた。
　まあ、そのあとなかなか話す機会がなかったわけだが、先日シルフィアと祭りに遊びに行ったところちょうど二人揃っているところに出くわしたわけだ。こちらもまあ、付き合いたてほやほやだったし見せ付けてやろうなんて思っていたら、託は一枚上手でね。プロポーズの場面に立ち会うことになったりしたわけだ。
　さて、あまり長話をしても仕方がないかな。二人とも、今日は本当におめでとう」
　アルクラントのスピーチが終わると、式場内は拍手に包まれた。シルフィアだけは内心、「『長話をしても』って十分長いから！　皆飽きちゃうよ！」と途中からハラハラしていたのだが。

　アルクラントに続いて、託は式に来てくれた皆に向けてお礼を述べた。
「まずは、ヴィサさんに緋菜さん、碧葉さん。琴乃のために来てくれてありがとうだよ」
「いえいえ、お幸せになってくださいですぅ〜」
　ヴィサニシアが笑みを託と琴乃に向ける。
「二人の幸せが伝わってきて、良かったわ」
「お招き下さり、本当に有り難うございました」
　緋菜と碧葉も、託たちに
「ソランさん、パラミタに来てすぐだから結構長い付き合いだねぇ……子供さんだとか、ハイコドさんが大変なときにも来てもらえて、本当に……ありがとうだよ」
「そーだねー、うちの旦那みたく消えちゃ駄目だよ？」
　ソランは託に笑いかけて、
「…………前にも言ったけど、あのバカ関係で何かあったらお願いね」
　と、小さく付け加えた。
「そして、アルクラントさん、シルフィアさん。なんだかんだでお世話になってて……今回もお世話ついでにスピーチなんかをお願いしたりしたんだけれど、いつか恩返ししないとなぁ」
　アルクラントとシルフィアは、お互いに顔を見合わせて微笑む。言葉にしなくても
「本当にみんなに、ありがとう、僕らは幸せになるよ」
　そう、託は締めくくった。


　式は終わり、新郎新婦の退場となった。皆は、式場の外に並んで、託と琴乃が出てくるのを待っている。
「さあ行こうか、世界で一番愛しい人」
　託は微笑んで琴乃をお姫様抱っこして、式場の外に出た。二人を出迎えたのは、皆の祝福の言葉とライスシャワーだった。
「えへへ。今日は来てくれて、たくさんお祝いしてくれて本当にありがとう！」
　琴乃は、ソランに笑いかける。
「まぁあれだよ、子供できたら先輩として色々話は聞いてあげるよ。むふふ♪」
　ソランはこっそり琴乃に耳打ちをし、手加減しつつも「爆発しろー！」と思いを込めて二人にライスシャワーをぶつけた。
　さて、ついに残るはブーケトスのみだ。
「私ね、来てくれる皆にも幸せを分けたくて、このブーケを選んだんだ」
　そう言って琴乃は微笑むと、ブーケを背中越しに高く投げ上げた。ブーケは快晴の空に舞い上がってーーそして、花開くようにいくつもの小さなブーケとなって、皆の元に舞い落ちて行く。
「！　取れましたねぇ?！」
　高く手を伸ばしたヴィサニシアが、最初にブーケを取った。
　続いて、思わず手を伸ばした緋菜と碧葉が、同時にブーケをキャッチした。お互いに視線を交わし、どちらともなく微笑み合う。
　ブーケの行き先を見ていたアルクラントの腕の中にも、すっぽりとブーケが舞い落ちてきた。
「おや、私が取ってしまったが……」
　アルクラントがシルフィアを見る。と、本気でブーケをキャッチしに行くシルフィアの姿が映った。
「次は、私たちだよ」
　アルクラントにブーケを見せて、にこりと笑うシルフィア。アルクラントは驚いたように嬉しそうに目を見開いて、そして、シルフィアをそっと抱き寄せた。
「恩返しは、私たちの番が回ってきた時にお願いしようかな？」
　そう言って笑うアルクラントに、託は大きく頷いて笑い返した。
「僕は今、世界で一番幸せだよ」
　皆に祝福されながら、託と琴乃は歩いて行く。
　こんな世界だから、これまでに色々な事があったし、これからも色々な事が起こるんだろう。
「でも、どんなことが起こっても大丈夫。琴乃と一緒だから、ね」
「うん。これからも、ずっとずっとよろしくね」
　託と琴乃は見つめ合い、そしてもう一度、誰より幸せなキスをした。