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太陽の天使たち、海辺の女神たち

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太陽の天使たち、海辺の女神たち
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●Sea of Love (4)

 夏! 海! である。
 バケーションである。
 このところ事件が多すぎた。とりわけ、先日の空京ロイヤルホテルの件では、一瞬の油断も許されない……と緊張しすぎた。
 だからようやく、休みが訪れた気がするのだ。
 今日はもうややこしいことは考えたくなかった。七枷 陣(ななかせ・じん)は二人の妻、すなわちリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)小尾田 真奈(おびた・まな)と、気分をリフレッシュするためにこの島に来たのだ。
「まずは思いっきり泳ぐで! 体力残量度外視! バタンキューになるまでな!」
 岸壁から飛び込むと、陣はもう爆発的に泳ぎ始めた。
「陣くんやるう! よーし負けないぞ〜! ひゃっはー!」
 リーズの声も浮かれ気味だ。昨年の夏は暗いムードだった気がするので、こうやって気兼ねなく、とことんまで遊べるのが本当に嬉しい。リーズは水着を身につけたイルカのように、陣の泳ぎに付き合うのである。
「リーズ様さすがですね……私はそこまでは無理ですが、水泳を満喫させていただきます」
 そう言って真奈は、激しく泳ぐ二人の近くで、優雅に背泳ぎなど行うのだった。
 そんなこんなで、
「はひー……本当にバタンキューになりそうや」
 思う存分(契約者の『思う存分』であるから、それがどれほど激しいものであったかは推して知るべし)泳ぎを満喫してヨレヨレの体で、それでも心地良い疲れを感じながら陣は海に浮かんだ。
「ふふ……堪能されました?」
 その陣に、寄り添うようにして真奈が泳いでいた。彼女にしては大胆なアプローチだ。
 ぷかぷか、流木のようにリーズは波間に漂っている。
「いやもう、ボクもくたびれたよ、ちょっと浜に上がって休憩にしようか?」
 けれどリーズの顔には、やり遂げたという充実感があった。
 そう、やり遂げたのだ。
 こうやって海を心から楽しめるのも、困難なあの作戦をやりとげたから。
 クランジΙ(イオタ)を保護することができたから。
 ――あの子が美空ちゃんのかわりになるってわけじゃないけれど……。
 でも、陣の、自分たちの心にかかっていた黒雲が、晴れたとは言わずとも薄らいだと思う。美空だって、きっと喜んでくれているはずだ。
 じゃぶじゃぶと波打ち際を歩いていて、陣は小山内 南(おさない・みなみ)の姿に気がついた。
「おー、南やん、良かったら俺らと一緒に冷たいものでも……」
「こんにちは。陣さん、リーズさん、真菜さん」
 でもちょっと遠慮しておきますね、と微笑して、そそくさと南は去って行った。てには浮き輪、肩にはカエルの カースケ(かえるの・かーすけ)を乗せたままで。
「ほななー」
 とカースケはひらひらと手を振っている。
「……あれ?」
 陣は多少きょとんとしたが、今度はパティ・ブラウアヒメルの姿に目をとめた。
「お、パティ、暇そーにしてるやん? そこでコーラでも飲まへん?」
「冗談きついわ」
「なんやツンツンして……いや、怒る気持ちはわかるで。オレも別件で似たよーなことあったからさ。その気持ち、実によくわかるんよ」
「あのね! だったらこっちの事情もわかって。この状態の私が、夫婦水入らずを邪魔できるわけないっての!」
 ハリセンボンみたいに頬を膨らませるパティだった。
「え……あ、そう?」
「ったくリア充は……、ユマもローもなんかお相手(?)と行っちゃうし……まったく!」
 けしからん、といわんばかりに肩を怒らせパティも離れていった。
 仕方ないかな、と思いつつ、ビーチに用意されたログハウス、その一角に陣が腰を下ろすと、すぐ近くの席にいる少女と目が合った。
 ルビーのような赤い瞳、思わずはっとなるほどの美少女だが、その表情は氷のように冷たい。今も、「うかつな事を言えば刺す」とでも言いたげな眼で彼をにらんでいた。
「カーネリアン・パークス……」
「気安く名前を呼んでほしくないものだな」
「どうしたの陣くん……って、あの子は!?」
 リーズは思わず身構えた。
 カーネリアンは百合園の公式水着に身を包み、肩にタオルをかけていた。ところがそれが、いかにも『着させられました』というお仕着せ感があって妙に浮いている。泳ぐ気も楽しむ気もあまりなさそうだが、目の前のテーブルに冷たいドリンクを前に置いている。
「陣くん、席移動する?」
「いえ、話されてはいかがでしょうか、ご主人様」
「ああ、真奈。オレもそう思ってた」
 陣はカーネに向き直って、
「ちょっと聞いてみたいことがある。イオタのことやけど」
 無視するかと思いきや、カーネは端的に返答したのである。
「ほとんど交流はなかった」
「だったらやな、誰と交流があったかわかるか? あの子が」
 しかし今度は、カーネリアンはなにも言わなかった。けれど陣は構わず話し続ける。
「オレらはイオタと話した。イオタの言動は……ほぼ素の性格なんやろうけど、なんかこう……こっちを怒らせて壊されたがってるっつーか、死に急いでる様な気がしてさ。
 あの子にとって何か大切なものとか、なくなったりしてないんかな」
 カーネリアンはグラスのドリンクを一口含んだ。
 そして、
「……イプシロン(Ε)」
 と言った。
「そのイプシロンって、クランジか? クランジΕ(イプシロン)って……」

「私たちの元に来なさい。Θ(シータ)のことが信用できないのなら、私に降伏(くだ)ると思えばいい。Κ、それがあなたの為でもあるのだから」(※)

 カーネリアンは唇を噛んでいた。強く。
「自分は、しゃべりすぎた」
 言って立ち上がると、そのまま彼女は立ち去ったのである。
 陣は彼女を止めなかった。なにか、有無を言わせぬものを感じさせたから。
「そういえば、前回はイオタ様に関わってたので仕方なかったですが」
 と話し始めたのは真奈だ。話題を変えようとしているのは明白だった。
「もしイオタ様が関わってなければ、ご主人様はあの会議に参加していたのでしょうか? ……一応、私たちも籍は入れてませんが、あの議題としては当事者になり得ますし」
「んあ? ……あの複数の女性と契約云々の問題か?」
 ほっとしたような口調で陣は言った。
「……んー、多分イオタいなくても参加してなかったかもなぁ。てか、参加してたら間違いなく大荒れになってたと思うんですが」
 挑発的な言動をして火に油を注ぎそうだし、問題発言をする女性団体メンバーには思わず必殺技を叩き込んだだろうし……苦笑気味に陣は続けた。
 けれど彼の心の片隅には、『イプシロン』という名が残り続けた。

 
※クランジΕ(イプシロン)については【Tears of Fate】part2: Heaven & Hellを参照。イプシロンはここで死亡しており、一度も契約者たちの前に登場していない。