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リアクション
■オープニング
カナン国は2年前、謀反を起こした神官ネルガルによって、砂降る大地へと変えられた。
その後、ネルガルは斃れ、砂が降ることはなくなったが、まだカナン各地にはその爪痕のように砂漠が点在している。
「もう大丈夫? 落ち着いた?」
幼き神獣の子の上で、レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)は先ほど拾い上げた青年が飲み終わるのを待って言葉をかけた。
「は、はい。すみません、すっかりご迷惑をおかけしてしまって……」
青年は危急ともいうべき事態が回避されてようやく気持ちに余裕が生まれたのか、浅黒い肌を少々赤く染めて、レオーナにボトルを返す。受け取ったボトルは軽かった。ピチャッと底で小さな音をかすかにたてる。
「全部飲んでしまいました。すみません……」
「あ、いーのいーの。気にしないで。お役に立ててよかった」
カラのボトルをクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)に右から左へする。クレアはそれを元のレジャーバッグにしまった。
「あたし、レオーナ。彼女はパートナーのクレア」
「ジャファルです」
「よろしくね、ジャファル!
にしても、びっくりしたなー、何か落ちてるなあと思ったけど、まさか人だとは思わなかったから」
「すみません……急ぐあまり、ちょっと準備を怠りました。サンドワーム避けの薬が切れていたのをすっかり忘れていて……」
青年はしどもどに、レオーナと出会う前に何が起きたかを説明した。ようは砂漠に生息するモンスター、サンドワームに出くわして、パニックを起こしたパラミタラクダに逃げられてしまったのだった。ラクダには彼の全財産とも言うべき荷物が積まれたままで、その中には食糧や水も入っていた。
「全部なくしちゃったの?」
「残っているのは、ポケットに入れてあったこの鍵だけです」
苦笑しながら青年が取り出したのは、薄い桃色のガラスでできた鍵だった。
「うわー! きれい!」
レオーナは美しい物を目にした女性らしい歓声を上げて手をぱちんとたたく。
「ね? もっとよく見せてもらっていい?」
「どうぞ」
受け取ったガラスの鍵は、ちょうどレオーナの人差し指ほどの長さがあった。
鍵としての用途を果たすには見るからに耐久性に問題があるその装飾物は、何やら魔法のにおいを漂わせるように内側からかすかに光を発している。いわくつきの品だ、レオーナはすばやくそれと見抜いた。
「ありがとう。
それで、どこへ向かってたの?」
「レオーナさま」
いかにも興味津々顔なのを見て、クレアがとがめるように名を呼んだ。
「だってー、知りたいじゃない。準備も怠るほどそんなに急いでどこへ向かってたのかなー? って」
「ですがそれは――」
「ああ、いいんです。べつに隠すほどのことではありませんから。
先日東西南の国境付近に現れた、ハディーブのオアシスへと向かっていたんです」
そう言うと、ジャファルは淡々と東カナンの街・ベルゼンでの出来事を話した。
「へー。そのおじいさんが鍵をくれたの?」
「今思っても、気前のいい老人でした。なぜ持っていたかは聞きませんでしたが。
しかしベルゼンを出るときに、こちらでオアシスが出現したことを知りました。もう何年も行方を追っていて、手がかり1つ得られなかったのに、急に鍵と情報が手に入って……。あの老人は、もしかすると幸運の精霊だったのかもしれません」
照れたように頭を掻くジャファルに
「ええ。本当にそうですわね」
と、クレアは好ましい青年を見る目を向け、微笑してうなずく。
レオーナは、うーーーん、と考え込んだ。
「つまり、これはアレよ。きっとそうに違いないわ。老いらくの恋ってやつね。でも恋愛に老若男女性別年齢国籍職業宗教などなど関係ないのよ……」
ぶつぶつ、ぶつぶつ。1人何事か思索にふけっている。
「レオーナさま?」
聞きつけたクレアがいぶかしむように名前を呼んだとき。何かひらめいたように、ぽん、と手を打った。
「クレア、そこちょっと代わって」
「えっ? えっ?」
「いいからいいから」
突然の申し出にクレアがとまどっているうちにレオーナはさっさと動いて、クレアと自分の位置を入れ替えてしまった。空飛ぶ箒にまたがって、すいっと2人の乗った幼き神獣の子から離れる。
「レオーナさま!?」
「ちょっと用事ができたの! クレアはその人を送り届けてあげてー」
「って、レオーナさま!」
ようやく事態に気づいて声を張ったが、時すでに遅し。レオーナは「ばいばーーーい」と手を振って、どこかへ飛び去ってしまった。
「……もうっ。レオーナさまったら、また勝手に」
「あの……わたしのせいでしょうか…」
ためらいがちに言ってきたジャファルに、クレアはあわててとりつくろう。
「いいえ。あなたのせいではありません。レオーナさまは、いつもああいうふうなんですわ。だから気になさらないでください。
さあ、わたくしたちはオアシスへ向かいましょう」
何の心配もいらないと、にっこり微笑む胸の内で、クレアはひそかにため息をついた。
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