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そんな、一日。~夏の日の場合~

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そんな、一日。~夏の日の場合~
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6


 暑い、なんて言葉じゃ足りない。かといって他に多様な語彙を持つわけでもなく、七刀 切(しちとう・きり)はただただ「暑い」と繰り返した。
「暑すぎるー」
 床に寝そべった姿勢で、窓の外の青空を見た。憎らしいほど青い夏の空だった。しかし、外に出たい出かけたいという気にならない。何度も繰り返し唸るように、暑すぎるからだ。
 今日は家でグーラタしておこう。
 扇風機の前を陣取って、固く決意したその瞬間。
「切! 遊びに行こう! クロエと一緒に、クロと遊ぶのだ」
 黒猫を抱えた黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)より提案がなされ、決意は脆くも砕け散った。


 以前音穏が拾い、七刀宅で飼われることになった子猫は、クロという名を授けられた。見事な黒の毛並みを持つ猫だったからだ。安直だと切は言ったが、名は体を現すともいうし、音穏はいい名だと思っている。
 それに、この名をつけたときにクロエは喜んだ。
『わたしとにたなまえ!』
 意識してつけたわけではなかったが、そう言われてみると確かにそうで、無邪気なクロエの指摘によって認識してから一層クロを愛らしく思えたりもして。我ながら現金だ、と反省したこともある。すぐに仕方がないと諦めたけれど。
 クロは、一番懐いている音穏にさえ自分から近付いていくことはなかった。
 そのくせこちらから手を差し伸べれば擦り寄ってきた。そんな不器用な甘えがとても愛しくて、可愛かった。
 わしゃわしゃ、と撫でてやると気持ち良さそうに目を細め、喉を晒す。掻いてやると、また手に擦り寄ってくる。しばらくそうして撫でていると、ころんとクロは寝転がった。満足したようだ。音穏も寝転がり、クロの顎を撫でる。次に遊び道具として買った玩具の猫じゃらしを取り出し、ぺしぺしと床を叩いた。クロの尻尾が興味津々に反応し、ある瞬間、飛び掛った。かわす。追いすがる。その様子も非常に愛らしい。
「ねおんおねぇちゃん、すごいえがお」
「!!」
 不意にクロエに指摘され、寝そべった格好から飛び上がるほど驚いた。頬が熱くなる。違うんだ。これは。
「ちっ、違う」
「なにが?」
「う、」
 咄嗟に違うと言ったものの、本当に、何が? だ。何が違うのか。何も違わない。クロの可愛さにやられて、笑っていたのは事実だ。
 うう、と口ごもっていると、クロエの後ろから切が顔を出した。目が、笑っている。
「音穏さん、かぁーわいい〜」
 からかうように言ってきた切には殺意が沸いたがここは人様の家。それにクロエとクロもいる。情操教育上悪いので、今は何もしない。今は。
 後で覚えていろよ、と目にメッセージを込めて睨みつけると、切は笑顔を硬直させ冷や汗を垂らしながら後退した。ああそうだ、そのまま後ろで大人しくしておけ。
 人の遊ぶ姿をからかう不届き者を排除して、また猫じゃらしでたしんたしんと床を打つ。貸して、と手を伸ばすクロエに予備のそれを渡し、ふたりで床を叩いた。クロは、どちらに跳べばいいのか悩んでいるようだった。きょろきょろしている。可愛いけど可哀想で、音穏は猫じゃらしを動かすことをやめた。クロエとクロがじゃれるのを見て、ふっと笑う。
 その時ぱしゃりと音がした。
 音穏が顔を上げると、カメラを構えた紡界 紺侍(つむがい・こんじ)が立っていた。目が合う。と、紺侍がやべェ、とでも言いたげな顔をした。
「すんません、つい――」
 怒られるとでも思ったのか、頭を下げそうな勢いの紺侍に音穏は手を振った。
「いい」
「へ」
「好きに撮ればいい。ただしあとで写真を寄越せ。クロとクロエが映ったもの全てだ」
「は、」
「可愛いからな。うん、撮りたくなるのは仕方ない」
「……この人こんな人だっけ?」
 ぼそりと低く呟くのが聞こえたが、今は気分がいいので追求はやめてやった。
「あっ、こんじおにぃちゃん。おしゃしん?」
「えェと。はィな。クロエさんたちが可愛かったもので、つい?」
「何故疑問符なのだ貴様。疑う余地なく可愛いだろうが」
「あっはい。すんません」
「わかったなら撮れ。可愛いのだから撮れ。そして我に寄越せ」
「アレこれ新手のカツアゲかなんか? 違う意味で怖い」
「黙れそして撮れ」
「はい」
 くすくすと笑うクロエが、クロを抱いた。クロは大人しくしている。その状態のままクロエがすすすと移動して音穏にぎゅっと抱きつく。
「みんないっしょー」
「……!」
 それが、嬉しいやら恥ずかしいやらで、頬がかぁっと熱くなった。無性にどきどきする。けれど全然嫌じゃない。
「……紡界っ」
「はいっ?」
「撮れ。撮って焼き増せ!」
「言うと思った!」
 昔だったら、こんな恥ずかしい赤い顔で写真に写ろうなんて思わなかっただろう。
 だのに今は。
「クロエが、変えたのだぞ」
 小さく呟いた声にクロエが顔を上げたが、ふっと笑うだけで何も言わなかった。
 それが心地よかった。