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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

リアクション


♯8


「とろいんだよ、見切ったぜ!」
 撃神の左肩を、何本かの植物のツルが捻り合わさった槍が掠めていき、わずかに装甲を削る。だが、装甲の上辺が僅かに削れた程度では、この突進は止まらない。
 交差の瞬間、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は雷皇剣を振り抜いた。
 アルラウネも激神も、装甲に自信があるタイプではない。故に、勝負は一瞬の攻防だ。そして、この勝敗はこの瞬間に決まった。
 まだ周囲にはインセクトマンがちょろちょろ見えるが、恭也はワイアクローを射出して上昇、建物の側面をすり抜けて、すぐさま離脱する。雑魚にいちいち構うような戦い方は、今は得策ではないと判断したのだ。
 その戦場を離脱した時、ずっと出していた通信に待望の返信が来た。
 その回線は、現地のイギリス軍ではなく、アナザーにしか存在しないはずの国連軍だ。人の消えた町、溢れる怪物、可能性の一つとしてかつて利用していた連絡手段をいくつか試してみたのである。
「ってことは、やっぱり今俺はアナザーに居るのか。あの霧に何か原因があるんかね」
 ともあれ、通信に答えるために適当なビルの屋上で停止する。
 いくつか単調なやり取りが行われたが、一時は彼らの元で少尉として活動していた事もあり、思っていたよりは相手も話を聞いてもらえる形になった。
「は? 救援は不可能ってどういう事だ?」
 状況を説明したところ、無理でも余裕が無いでもなく、返ってきたのは不可能という言葉だった。
「ここまで来るための船が無い?」
 国連軍欧州方面軍の将官が、なるべく配慮しながら伝えた事をまとめると、以下の通りである。
 国連軍は大規模な派兵を欧州に行っており、それは欧州で行われる黒い大樹攻略作戦のためである。怪物達は海で隔てられたイギリスを攻略するために大規模な派兵を行っており、その間隙を縫う作戦だという。イギリス側は大規模な海上戦力を動員し、これに抵抗したが敗北したという。
 そして最も重要なのが、欧州の黒い大樹はドイツの奥深くにあり、国連軍も当然大陸側に終結しているのである。
「なるほど、わかった。無理いって悪かったな」
 加えて得られた情報は、イギリス北部には国連軍が駐留しており、また国民の多くもそちらに疎開しているという。なんとかそこまで辿りつき、国連軍と接触できれば、彼らが責任を持って日本まで連れていってくれるそうだ。
 つまり、現状は孤立無援の状況で、自力で問題解決しなければならないという事だ。
「何がどうなってんのかはなんとなくわかったが、問題はまず何をするべきだな」



「きゃっ」
 尻餅をついた機晶神ゴッドオリュンピアから、ペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)の声が漏れる。
 彼女にタックルを仕掛けて尻餅をつかせた甲虫型のインセクトマンは、そのままマウントポジションを取ろうとするが、至近距離で可変型多目的兵装「撃針」を受けて倒れた。覆いかぶさってくる亡骸を、蹴飛ばしてどかしつつ、間合いを取り直す。
「いいデータが集まってきたぞ」
 戦闘員に防衛させながら、ドクター・ハデス(どくたー・はです)はにやりと笑う。
「これだけの長時間戦闘データは、オリジンでは取れなかっただろうな」
 ここがアナザーである事に、ハデスはいち早く察し、その上で機晶神ゴッドオリュンピアの戦闘データを採取するために戦闘行為を続けていた。
 なにせアナザーは怪物の本場である、わんこそばのようにおかわりが沸き続けるのだ。
 元々は社員旅行でもあったので、戦闘員の数も揃っているし、ついでにイギリスを征服する目的もあったので、彼らの意識は高い。というか、仕事なのか旅行なのかいまいち目的がはっきりとしないが、ともあれ彼らは偶然イギリスに居たために異変に巻き込まれたのだ。
「ククク、このゴッドオリュンピアは、陸海空のあらゆる状況に対応できるように開発された、ペルセポネ専用の最新鋭パワードスーツ! ダエーヴァ共よ、我らオリュンポスの科学力を見るがいいっ!」
 調子のいい演説は、現状彼らの目的が目的通りに推移をしている事を示していた。機晶神ゴッドオリュンピアは稼動してから今まで、怪物を次々を切っては投げ、切っては投げ、と大活躍している。
「撃針の弾薬切れしたんですけどー!」
 さっき覆いかぶさってきた甲虫を蹴散らした時に、エネルギーの残量が無くなったのである。
「まだ水中銃がある。引き寄せてから撃て」
「わ、わかりましだ。って、え、このアラートは何です?」
「どうした?」
 モニターしているハデスと、操縦しているペルセポネは同時に機晶神ゴッドオリュンピアが発している警告音の理由を認知した。
「オーバーヒートっ!?」
「くっ、しまった、水中専用パワードスーツを陸に上げたせいで、放熱性能のバランスが取れなかったかっ!」
 このままでは、機晶神ゴッドオリュンピアが自身の熱で壊れてしまう。まだまだテスト段階の貴重な機体だ。失うわけにはいかない。
「仕方ない、戦略的撤退だ!」
 そう宣言すると同時に、ハデスは外部からの命令でパワードスーツをパージさせた。

「昆虫型の兵隊に、植物型の指揮官……日本でも指令級が連れてる部下は違ってましたけど、趣味なんですかね?」
 ヤリーロを操縦しながら、後ろに座る斎賀 昌毅(さいが・まさき)マイア・コロチナ(まいあ・ころちな)は尋ねた。
「そ、そうなんじゃ、うおっ」
 乗り物は、自分で操縦するのと、他人の操縦に乗り込むのでは、だいぶ感覚が違う。ワイアクローで上下にも動き回るヤリーロに相乗りするのは、思っていた以上に大変なのようだ。
 一方のマイアは、余裕顔で少し楽しんでいる様子すらあった。
「けど、国連軍と連絡が取れたのはよかったですね」
 敵の姿も少なくなったので落ち着いた運転をしつつ、先ほど行った国連軍との通信を思い返す。
 国連軍のオペレーターは突然の通信に対して、丁寧に応答してくれた。
「しかし、ドイツか。厄介だなこりゃ」
 大陸とイギリスを隔てる海を越えるには、相応の手段が必要だ。幸い、イギリス北部の国連軍と合流できれば助けてもらえるらしいが、そこに駐留している戦力では、北上してくる怪物達をどうにかできるものではないらしい。
「イギリス全土が囮になってるってわけか。なんであちらさんはイギリスに固執してんのかね?」
「わかりませんけど、単に占領したいって理由だけじゃないのかもしれませんね。海があるので、向こう側がある程度落ち着くのを待ってたのかもしれませんが」
「けどまぁ、ありがい話もあったな。こっちに迷い込んだのは、俺らだけじゃないってのもわかったし」
 国連軍に連絡を取ったのは、自分たちだけではないらしい。彼らもイギリスに救援を求めていたというので、合流は可能なはずだ。
 その情報を得てからは、仲間との合流を優先し、怪物退治は必要と判断した時のみに切り替えた。アナザーである事も確認できたので、補給や修復も見込めない以上、已む無しである。ヤリーロを放棄はしたくないのも大きい。
「いざとなったら信号弾を使うとして、できれば目立たずに仲間と合流したいもんだな」
 再びワイアクローで縦横無尽な移動をしつつ、仲間の痕跡を探していくと、怪物達が指向性のある動きをしているのを確認した。
 何かあると踏んだは二人は、インセクトマンの頭上を追い越して、ワイアクローで機体を大きく振って、三階建てのマンションを飛び越えた。
 その先に居たのは、世界征服を企む秘密結社オリュンポスの面々だった。展開している戦闘員の姿を昌毅は確認し、身を乗り出して誰が戦ってのかを見ようとし、
「うごっ」
 何故か繰り出されたマイアの裏拳が鼻っぱしらに命中した。
「見ちゃだめです!」
「は? なんで?」
 鼻の頭を抑えながら、昌毅がふがふがと言う。
「ダメなんです!」
 大声でそう返しながら、マイアは心の中で叫んだ。
 なんであの人、怪物の前で全裸になってるんですかぁー!
 理解不能である。
 ペルセポネは素肌の上に機晶神ゴッドオリュンピアを直接装着しており、戦闘中にパージする事になるなど全く想定されていないが故の事故なのだが、横合いから飛び出してきたマイアには当然知る由も無い。
 ペルセポネは紳士な戦闘員に、毛布らしきものをかけられ、さらに抱えられ、その場を撤退していった。パージされた機晶神ゴッドオリュンピアも、他の戦闘員が手早く回収、撤退していく。
 優れた指揮により、その連携は見事なものだった。
「あとを追います」
「え? どういう事?」
 昌毅から全く見えないので、全く状況がわからない。
「とにかく追います。いいですね」
「お、おう。とりあえず、もう見てもいいのか?」
「わかりません」
「……そうか、わからないのか」
 アナザーに放り込まれた時よりも混乱しつつ、兎角これから生き残るためにも、二人は撤退していく彼らを追った。

 かくして、アナザーに放り込まれた契約者達は、少しずつ情報を集め、また個々の差はあれど合流していった。
 佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)レナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)の二人は、武装を多く持ち込んだわけではなかったため、戦闘に飛び出すよりも、情報収集に力を注いでいた。
 多くの奇妙な誤差、そこで営業していた店が消えていたり、その店が道を一本挟んだ先で看板を出していたり、怪物の数が多いなどの事から、ここがオリジンではなく、アナザーだという結論を得るのに、そう時間はかからなかった。
「怪物さん達は何かを探しているみたいですねぇ」
 周囲の警戒をしつつ、レナリィは彼らの動きが何かを探索しているのではないかと考えた。ぼうっと見ていると彼らの動きは自由気ままに動いているように見えるが、精査すると非常に規則的に動いているのがわかる。
「巡回してるんですかねぇ」
 牡丹の修理補給用トラックの中から確認できる範囲では確かな事はわからないが、同じ個体が定期的に横を通り過ぎているように見えた。とはいえ、同じ型の怪物は人の目では差異をほとんど見分けられない。そんな気がする、という以上は不確かな情報である。
 一方の牡丹は、トラックの出力を通信に振り分け、なんとか国連軍との通信を確保する事に専念していた。
 他の契約者がそれぞれ通信を確保する中、彼女が手間取っていたのは、国連軍の通常回線ではなく、アナザー・コリマに近い専用回線との連絡を繋げようとしていたからだ。
 数時間の奮闘の末、その努力が報われた。
 通信を取り付けたのは、アナザー・コリマ本人ではなく、その副官を名乗る女性だった。だが、コリマ自身もそう遠くないところに居るらしく、応答に時間はかかったもののある程度話を聞く事ができた。
 欧州方面で活動している国連軍に関しては、他の契約者が得た情報とさしたる差異は無い。
「インドですか」
 アナザー・コリマは現在、インドにおいて活動をしているという。その為、直接の支援や援護は求めるのは難しい。
 また、一つ貴重な情報を得た。
 欧州戦線では、かなり早い段階で人類が守らなければならなかった、アルプス山脈に隠されていたシャンバラに関わる遺跡が怪物によって占領されてしまったのだという。
 このシャンバラ時代の遺物は、シャンバラの女王が世界を隔てるのを補助する役割があり、初期に遺跡が陥落した欧州において国連軍は人命の保護を優先に活動していたという。
 海を隔てたイギリスが戦火に巻き込まれなかったのは、怪物が南に進軍していたからでもあるようだ。だが、ある時を境に怪物達は海を越え、イギリスを目指すようになったという。
「詳しい理由は不明ですか」
 副官及びコリマは、この怪物の唐突な方針転換の意味を理解できないでいるようだった。もとより、こちらは欧州方面軍の管轄でもある。
 欧州方面軍は怪物が海上のイギリス海軍を突破し、大規模な上陸作戦を行ったのを確認して黒い大樹の攻略作戦に乗り出しているようだ。
 以上が、国連軍が知るところの今日に至るまでの道のりである。
 黒い大樹の攻略が成るか否かは、ここでは援護も確認もできそうにない。
 それよりも、気になるのは怪物達が突然方針を転換し、イギリス攻略に乗り出したかだろう。単に、ヨーロッパの勢力図を一色に染めたかった、なんて理由ではないないように思う。
「もしかしたら……この地には、国連軍は知らず、怪物達のみが知っている何かがあるのかもしれませんね」
 現状、自分たちはアナザーに取り残されている。
 日本で活動していた時のように、帰ろうと思ったらゲートをくぐれるわけではない。
「こちらでも調べてみましょうか。少なくとも帰る手段が確保できるまでは、この世界を守るために戦う以外選択肢は存在しませんからね」