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胸に響くはきみの歌声(第2回/全2回)

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胸に響くはきみの歌声(第2回/全2回)

リアクション

 突然の襲撃で負った傷の治療を終えた彼らは、やがて両開きのドアのついた壁へと行きあたる。近づくとドアは彼らを招き入れるように開いた。
「ルドラさん……」
「入ろう」
 どのみち、ここで留まっている意味はない。
 ドアをくぐた先は、通路よりさらに真っ暗な闇に閉ざされた部屋だった。
「広いな」
 暗視をさらに強めて、ルドラは室内を見渡す。
 高天井でできた大広間のような場所だった。今入ってきたドアのほかに出口はなさそうだった。柱や壁の飾り、彫られた文様も、かつてのダフマを飾っていたのと似ている。壁に沿って配置された調度品もだ。
 もてなし用の客間と考えられなくもないが、そんなものに気を配るような男だったろうか?
(アンリはもう少しシンプルなものが好みだったと思うが。趣味が変わったのか? しかし、細々としたこれらがなぜここに必要なんだ? ここはもうアンリのプライベートエリアのはずだ。意味もなくこういった物を置くような男ではないはずだ)
「どうかしたのですか? ルドラさん」
 ぴたりと足を止めてしまって、そのまま動こうとしないルドラを訝しがって、女医の希新 閻魔が眉を寄せて前に出た。
 ルドラはその質問が耳にも入っていないように見えた。自分の考えに没入している。
「ルドラ――」
「何かいる」
 肩に手を乗せて気づかせようとしたそのとき、ルドラが動いて制した。同時に彼が見つめる先の空間から、ぞくりとそそけ立つような冷気を感じた気がして、閻魔は一切の動きを止める。
 暗闇しかなかったはずだった。今も、何の気配も感じさせず、唐突に人の姿が浮かび上がる。
 うなじでまとめられた長い黒髪、星を散らしたようなラピスラズリの瞳。どこかオリエント風にも見える服装をした浅黒い肌のその少女は、青い炎をかたどったマークを黒刃に入れた死神の鎌を手に立っていた。
 そのすべてが分かるのは、少女が白い光でおおわれているからだ。
 そして少女の口元には笑みひとつなく、目じりの釣り上がった目から向けられた視線は強(こわ)く、彼らを歓迎する意思がないのはあきらかだった。
「警告する」
 少女は少しハスキーな声で告げる。
「ここはわが父が眠る地。歌の館なり。これより先、何人たりと進ませることはできぬ。即刻立ち去れ。さもなくば斬る!」
「……まあ、間違っちゃあいねーな」
 威嚇の鎌を向けてくる少女を前に、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)がうなずいた。
「俺たちゃここに招かれたわけでもねぇ。ひとん家の入口勝手に開けてズカズカ無断侵入してるんだからよ、そりゃー住んでる者としちゃ、腹も立つわな」
 肯定されたことを意外と思ったのか、わずかに少女の眉が反応する。
「ところでお嬢ちゃん。アンタ、名前は?」
「……ラシュヌ」
「そっか。答えてくれてあんがとよ。俺ぁ紫月唯斗ってモンだ。これで、俺らはまったく見知らぬ他人ってワケじゃなくなった。
 で。あいさつも済んだことだし、悪いが通してくんねぇか? ここで終点みたいだが、どうせどっかにつながってんのをアンタが隠してんだろ? ここにいるアストーもルドラも、そのほか大勢も、ここを壊そうとか荒らそうなんて思っちゃいねぇからさ」
 ルドラ? とラシュヌの唇が動く。
「知りあい?」
「いや。わたしは知らない。アンリの残したデータにあのような者の記録はなかった。もっとも、ここ(義眼)に移された量はわずかだ。オリジナルは持っていたかもしれないが。それに、ここへ来てから開発したものであれば――」
「データはない。ナルホド。
 あちらさんは知ってるって顔だが……どう見ても、だから歓迎するって雰囲気じゃあねーよなぁ」
 ラシュヌはルドラを見つめていた。
 いかにも厭わしいものを見る、忌々しげな表情で。
「去れ、ルドラ!! わたしはおまえなど必要としない!! 永遠に!!」
「あちゃあ。父親の関係者の名を出したつもりが、裏目に出たか」
 女の子とケンカなんてしたくない。かわいいお嬢さんだし、どっちかってーと仲良くお茶でもしたいくらい。だから、条件とかあるならそれをするから、通してくんねぇかな? と思ったりもしたのだが、どうやらそういう雰囲気ではなさそうだ。
 気炎を上げ、鎌の穂先を向けるラシュヌを見て、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)がためらいがちに進み出た。
「あー、ええと。ラシュヌさん。私はアルクラント・ジェニアスという者だ。地上のツァンダという場所にある蒼空学園という学校で生徒をしている」
 はたして彼女が地上のことを知っているか、学校や生徒といった定義を理解しているか不明だが、ともかくアルクラントはラシュヌがそれを飲み込み、彼を観察するだけの間を開け、言葉をつないだ。
「きみは戦う気満々のようだけど、こちらにはその気はないんだ。ああ、もちろん武器を持っているし、もしきみが地上の様子を知ることができるのなら、信じられないと思っても当然だろうけど……戦う以外にも道はあるんじゃないかと、私たちは考えている。
 それで、よかったら聞かせてもらいたいんだけど。きみの言う「父」とは、誰だい?」
「父は父だ。この地をつくり、わたしをつくった」
 顔にたたきつけるような返答だった。2人の間にテーブルがあったら、ひっくり返されていたのではないだろうか。
 しかしアルクラントは、無視したりせず、つっけんどんながらも返してくれたことに、まだ見込みがあると考える。
「それは、アンリ・マユ博士?」
「……気安く父の名を口にするな…! きさまなどが口にしていい名ではない」
 ふむ、と思う。まあ、そこは妥協できる。
「ではそうしよう。
 きみは、ここから先に進むなと言ったね。この先には何があって、何から守ろうとしているんだ?」
「アルクラントさん」
 極力会話の邪魔をしないよう、こそっとティエンが脇から口をはさむ。
「歌の館っていうのは、死者のいる地です。この遺跡はお墓だって彼女は言ってるんです……たぶん」
「なるほど。ありがとう」
 つまり墓荒らしと思われているということか。
 ここ数カ月この地で行われている発掘を思えば、たしかにそう思われても仕方ないかもしれない。
 私たちはそうではない、と言いかけて、ふと口を止めた。
「ルドラ、アストー01。私たちが聞いていたのは、ここへ来たいということだけだ。そろそろ話してくれてもいいんじゃないか? きみたちはここへ来て、何をするつもりだったんだ。この先へ行く必要があるのか、ここで済むのか。ここで済む用件なら、済ませて引き返すのもアリだと思う。どうしても先へ行く必要があるのであれば、それを話して、彼女に納得してもらうべきだろう」
「わたしは……! ……わたし、たぶん……」
 アストー01はマスターデータチップがある胸元へ手をあて、ぎゅっと握りしめる。
「ここではない、ので……この先、だと、思います……」
 たどたどしく自信なさげで、しかも相変わらずふわっとした物言いだった。
 アストー01自身、いわば感覚に導かれているようなものなのだから、これは仕方ないだろう。
 ルドラは口を開く様子を見せない。
「ルドラは?」
 アルクラントの再度のうながしに、ルドラは今度も無言でそっぽを向いた。
(こいつ……!)
 ヘソ曲げたガキか!
 思わずイラっときたときだった。
 閻魔が彼の横を抜け、前に進み出る。
「ラシュヌさん、あなた――今すぐ選べ。退くか、死ぬか」
 これまでの丁寧な口調をガラリと捨てさった、まるで別人のような切り口上だった。
 アルクラントや唯斗に限らず、言葉は発しないもののなんとか友好的にこの場を切り抜けられないものかと模索していた全員があっけにとられるが、彼女――女医に変装した新風 燕馬(にいかぜ・えんま)にとっては、これは至極当然の行動である。
 燕馬にとって今重要なのは「この女医、なーんかだれかに似てない?」と道中ずっと疑いの視線を向けてきていたザーフィア・ノイヴィント(ざーふぃあ・のいぶぃんと)の疑念を払しょくすること。
 つまり、戦闘になってしまえばそんな悠長なこと考えてる暇なんかなくなるぜ、作戦なのである。
 案の定、ずっと閻魔を凝視していたザーフィアは、この文句を聞いて、わたわたとあわてだす。
「ちょ、ちょっとちょっと! 何言ってんのさ、あなた!」
「うるせぇ! ひとがこれから戦おうってときに、横からゴチャゴチャ言ってくんな!」
 伸ばされた手の先に、突然銃が現れた。
 まるで何も存在しない空中から出現したようなそれ――メルトバスターを握った直後、閻魔はエンドレスファイアを放つ。一度に放たれた無数の弾丸はラシュヌのほか、部屋の暗闇を貫いて壁や柱に当たり跳弾の火花を散らす。
 射出された銃弾、跳ね返ってくる銃弾、そのすべてがラシュヌにはかすりもせず。高性能コンピュータのような速度と正確さでラシュヌは弾幕をすり抜け、閻魔に急接近をする。
「!!」
 一瞬で数メートルの距離をゼロとしたラシュヌの風のような黒刃による一撃を受け止めたのはザーフィアだった。
 鋼のぶつかりあう音など一切なく。
 ザーフィアが盾とした裂断剣【桜餓】は常温のバターのように抵抗なく黒刃を受け入れ、真っ二つに切断される。
 左右に割れた大剣の刀身の向こうから、ザーフィアはラシュヌを見つめた。
「やめたまえ。僕たちはきみと戦いにきたのではない。
 そして閻魔、きみもだ。ラシュヌくん――『娘』が父親を守ろうとするのは、当然だろう」
 振り返って閻魔に言うときは、かなり腹を立てながら。
 その目は「こんなやつ、燕馬くんなもんか。もしかしてと思った自分がどうかしている」と言っている。そのことにホッとすると同時に、閻魔はザーフィアの腕を掴み、強く引っ張った。
「はにゃ?」
 ぐらりとバランスを崩した彼女の髪先をかすめるように黒刃が走る。閻魔はそのままザーフィアとともに横へ転がって追撃を避けた。
「ぬるいこと言ってんな。あいつはおまえの言葉なんか聞かねぇよ」
「もーっ! それはきみが怒らせたからだろう!」
「どうかな。あいつは俺が言い出す前から腹を立ててたみたいだからな」
 エンドレスファイアを放ったが、またも銃弾はことごとくラシュヌの残像を貫くのみだった。
 宙に舞ったラシュヌは部屋の中央でそこに足場があるように唐突に動きを止め、下の閻魔に向けて宙を蹴る。それを見て、接触までのわずかな時間に閻魔はザーフィアを突き飛ばし、銃舞を発動させた。
 先のザーフィアの剣をやすやすと両断したことから、閻魔は振り切られる黒刃を避け、柄の方に銃を当てて強めにはじき返す。
 攻撃に込められた力が強いほど、反発力は強い。鎌に引かれて両腕が持ち上がり、がら空きになった胴に向け、閻魔は回し蹴りを放つ。
(ラシュヌさん、すまない。これは八つ当たりだ)
 ザーフィアは本当に、『俺の知る彼女』のまま俺の所へ戻ってきてくれるのか。目を離したら、今度こそそのまま彼女は消えてしまうのではないか……そんな不安がどうにも拭えなかった。
 遺跡へ入ってからも、ザーフィアが見つめているのはルドラとアストー01の姿で。
 となりにいる燕馬には目もくれなくて。(ザーフィアにとっては閻魔だから当たり前なのだが)
 考えまいとしても考えてしまう。振り払えないもやもやとしたものを吐き出し、たたきつけられる相手を、燕馬は求めていたのだった。
 が。
 たしかに当たると思われたかかとはまたも残像を捉えたにすぎず、次の瞬間ラシュヌは数メートル後方に現れていた。
「なんという早さだ!」
 驚嘆するウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)の横から、何を思ったか突然グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が走り出した。
「グラキエス!? ――ちッ」
 引き戻すには距離が開きすぎた。
「グラキエスのやつ、何を考えてるんだ」
 動揺しながらもウルディカはすぐさま黒曜石の銃を抜き、援護射撃を始める。
 ラシュヌはその銃弾すべての弾道を読んでいるかのようにその場を動かず、ただ自分に当たる弾だけを鎌ではじく。一方で、グラキエスの動きもそのラピスラズリの目は捉えていた。
 グラキエスは待ち構えているラシュヌの間合いに入る手前でネロアンジェロを開き、加速することでタイミングをずらす。三対の黒翼は爆発的な速度を生み出して、グラキエスはまばたきをするより早くラシュヌの眼前に現れた。
 引いた腕に現れたアーム・デバイスがラシュヌに突き立てられる。
 だがまたもやそれは空を突いたにすぎず、ラシュヌの姿は消えていた。
 ガツン、とアーム・デバイスの先端が床に当たり、そこを削る。
「スカー!」
 グラキエスが名前を呼んだときにはもう、スカーは跳躍していた。
 己の役割を心得ているこの賢く大きな獣は、逃げた先の宙にいるラシュヌを敵と定め、柱を蹴って黒刃を避けるとラシュヌの肩に牙を立てる。
 スカーの牙はたしかにラシュヌの肩をかすめて見えたが、床に降り立ったスカーの口元に引き裂かれた布はついておらず、ラシュヌも血を流してはいなかった。
 それを見てもグラキエスは驚かなかった。むしろ納得するように軽くあごを引く。
 視線がラシュヌの背後、周囲の暗闇に流れた。
「なるほど。そういうことですね」
 得心がいったというようにロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)はうなずくと、ハイドシーカーを取り出した。――探知できる範囲に敵反応はない。
「そういうことってどういうことだ?」
「彼女はべつに、われわれが目で捉えられないほど速く動いているわけではない、ということですよ」
「え? だが実際、あんなに速く攻撃を回避されているんだが」
「いいからあなたはエンドを手伝って、彼女の攻撃を防いでください」
 まだ完全にからくりを解明できているわけでもないのだ。ウルディカを納得させるだけの時間も材料もない。
(ただの幻影、とは言い切れませんね。先にひと振りで大剣を割ったわけですから。
 ……エンド。あなたはすでに理解しているようですから大丈夫とは思いますが、あまり攻撃を受けないように気をつけてください。彼女のからくりが判明しても、そこで終わりとはいきませんから)
 壁に手をつき、サイコメトリを始めたロアを見て、ウルディカもそれ以上質問をやめてひとまずロアの言うとおりグラキエスの援護に回った。
 グラキエスは閻魔やザーフィアの中距離援護を受けながら、唯斗と2人でラシュヌをはさんで近接戦闘に入っている。
 2人の高レベルコントラクターを相手に、その攻撃のことごとくを避け、柄で受け止め、さらには鎌と石突で技を返す。時として宙を舞い、重力から解き放たれたかのようにその動きは華麗で、2人を決して寄せつけなかった。
 ある一定の間合いまでは。
「まーったく。ズルい娘だ」
 肩で息をし、額に浮いた汗をぬぐって唯斗は宙に浮いたラシュヌを見上げる。
 閻魔やザーフィア、ウルディカが放火を浴びせ、ラシュヌの気を引いてくれている一時、唯斗とグラキエスは息をついた。
「こっちは傷だらけ、汗まみれで床をドタバタ走り回ってるっていうのに、ケロっとして息ひとつ乱しゃしねぇ。掌打も蹴撃も掴むは残像のみってワケだ」
 ――いや。残像ではない。
 すべて入っている。ただ、手応えがないだけだ。だから砕いているのは「残像」だと自分たちの目には映る。
「「彼女」はそんなに速く動くことも、避けることもできない」
「だぁな。
 どう見る?」
「鎌は本物。あとは両手首、足。……腰、にもあるかもしれないな」
「それは俺も見つけた。すばしっこいから砕くのは難儀するぜ」
「必要ない。方法はある。おそらく、見つけられさえすればそう時間はかからない」
「見つけられれば、ねぇ……」
 今まで全然見つけられてないんだが。との言葉を含んだ唯斗の言葉に、グラキエスは苦笑を返す。そして小さくつぶやいた。
「ロア、早くみつけろ。俺たちがこいつの注意を引いているうちに」
「おい、そろそろ行くぞ」
「分かった」
 復帰した2人がザーフィアのミサイルをかいくぐったラシュヌの黒刃を受け止めたころ、ロアは壁の一角にたどり着いた。