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冬空のルミナス

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冬空のルミナス

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●空京神社決戦!(2)

 昨年末、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はついに中尉に昇進した。これは活躍が正当に評価された結果であって、誇らしいことだ。
 ところが、
「でも年末パラミタジャンボ宝くじ一等7億ゴルダは外したのよね……」
 セレンはぼやくのである。特に根拠こそないが当たると信じて疑わなかった宝くじだったので、気持ちとしてはプラマイゼロだ。
「努力が評価されたということを、たんなる偶然の宝くじと相殺するのはどうかと思うわ」
 彼女のパートナーセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はそう諭すのだけど、やっぱりセレンは素直に首を縦に振る気にはなれなかった。
「だって……中尉に昇進したので少尉昇進時よりさらに忙しくなりそうで……事実、正月休みが明けたら昇進に伴う研修だのなんだのが待ち構えてたりするし……」
 忙殺の2024年が見えてくるようではないか。本当、尉官以上の軍人で、仕事もプライベートも充実している人間はそのあたりどうやりくりしているのか訊きたく思う。
 しかし先のことばかり考えて思い悩んでも仕方がない――と彼女は、セレアナとともに初詣に来たのであった。
 昨夜ふたりは一晩中愛し合った。元旦の本日もずっと一日そうしてもよかったけれど、一年の最初の一日、部屋に閉じこもっているよりは、新鮮な空気と晴れやかな光景にひたるほうがいいだろう。
 晴れ着姿で並んで歩くと、すれ違う人々が思わず振り向く華やかさ。可愛らしいセレンと麗人のセレアナは対称的だが、揃うと互いが互いの魅力を刺激しあって、より一層魅力的に映るのだ。
 ――やっぱり、来てよかった。
 セレンは思った。
 ――節目節目には記憶に残ることをしておきたいものね。
 恋人同士といっても、いつ死が二人を別つ日がくるやもしれない。しかも二人は軍人、唐突な終焉が訪れる可能性は一般人よりずっとずっと高いのだ。だから二人にとって共通の記憶は、一般の人よりずっと価値がある。
 ふと隣を見るとセレアナも同じ気持ちだったようで、「わかってる」とばかりにちょっと目尻を下げた。
「うわ! 今年はツイてる!」
 おみくじを引いた直後のセレンの言葉だ。昨年、見事に『凶』を引き当ててしあった彼女であるが、今年は挽回、見事『大吉』を手にしたのだった。
「良かったじゃない。セレンって結構、こういうの気にするから」
「セレアナは引かないの?」
「ふふ……よしておくわ。私とセレンは一心同体、ってことで」
 和やかな二人の会話を、鋭い悲鳴が引き裂いた。

「ひぁああ、みちゃだめー!!」

 どこかで聞いた声だ。さらに、「雅羅さ……わあー!」というのもあった。
 晴れ着姿であろうとも、セレンの体には軍人としての習性が身についている。星印の剣を構え次に来る者を待ち構えた。
「待つ必要もなさそうね」
 セレアナも同様、みずからの武器を握りしめている。
 セレンは最大の警戒態勢だ。どのような強敵でも動じるまい。
 だが姿を見せた『敵』には、さしものセレンも目を疑った。
「なによあれ? ゴム……?」
 そう! ピンクのゴム怪物! それもたくさんいる。
 ――これがこの騒動の原因だっていうの?
 と思う間もなく、
「リアリアジュウジュウユルサナーイ!」
 わめく怪物がいきなり跳躍、セレンはゴムの体当たりを受けてしまった。
 しかし鍛え上げられたセレンの反射神経は、すぐさま後方宙返りを繰り出し、セレンにぱっと立ち直る時間を作ったのである。
「油断したというほかないわね……! けど、ダメージはない!」
 ぶつかったせいでセレンの晴れ着は汚れていた。その怒りを力に交え反撃に出ようとしたが、
「借り物の晴れ着をよくも……え?」
 なにかに気がついてセレンは凍り付いた。驚いたのはセレアナも同じだ。
「セレン……晴れ着が!」
「ちょっと、冗談じゃないわよ!」
 透明になっているのだ。
 しかもその透明の範囲が、じわーっと拡大しているではないか。このままでは裸で参詣に来た痴女だ! といっても現在、神社の敷地内にはそんな悲喜劇の主人公が多数あった。
「このツケは高く付くからね……!」
 怒り心頭、抜刀するやセレンはその切っ先を敵に向けた――全部、ぶった斬ってやる!
「待ってセレン、待ちなさい。裸に見える状態で戦う気!?」
「換えがないんだからしょうがないでしょ! ゴムみたいな怪物に見られても……!」
「早まらないの! ほら!」
 剣で敵を遠ざけながら、セレアナはセレンに黒いレザーコートを投げ与えた。
「一目散に逃げてった人が落として行ったものよ。ちょっと拝借することにしたわ」
「さすがセレアナ! 冷静よね!」
「……セレンの裸は、私だけが独占したいからね」
「もうっ、そんなことをさらりというセレアナが好きッ!」
「ありがと」
 と告げて、ぽんとセレンの背中をセレアナは叩いた。
「じゃ、行きますか」
「ええ! お礼はたっぷりさせてもらうから!」
 縦横無尽、セレンとセレアナの猛攻が始まった。あまりの攻撃の烈しさに、たちまち彼女ら二人の姿は粉塵にまみれ見えなくなる。かわりにその『爆心地』からはゴムが吹き飛び、弾け飛び、二つに、四つに、あるいは十六に、みじん切りされ紙吹雪のごとく宙に舞った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 メイドの衣装が風を受けはためく。
 その上から羽織ったジャケットが、朝霧 垂(あさぎり・しづり)の跳躍に合わせて翼のように上下した。
 ジャケットは寒さ対策のためでもあるがもうひとつ、ある役割も果たしていた。
 左肩から下を隠すためだ。現在、垂は隻腕である。
 しかし腕を一本失ったところで、卓越した戦闘者たる垂が並以下の存在になることはなかった。むしろ、失われる前よりキレが増しているとすらいってよかった。
 空中にある彼女目がけ、ゴム怪物が飛来してきた。しかも二体、ともに手裏剣のような形状になり一メートルに満たない間隔で迫り来る。避けるべきタイミング。しかし垂は逃げない。むしろ不敵に笑んで右腕を大きく引くと、音すら超える速度で上下、連続で拳を叩き込んだ。
「リア……」
「ジュー……!」
 いずれも一撃。上のゴム怪物は錐揉みして落下し、下の怪物はそれより先に地面に突っ込んみ石畳を砕いてようやく止まる。
 だが垂の凄さはそこにとどまらない。彼女は自分の拳がもたらした反動を利用して空中で姿勢を整え、一般市民に襲いかかろうとしていたゴム怪物を踏みつけ、これを絨毯よろしく踏みつけて着地した。
「……セ、セイバ……イ……」
 ゴム怪物の断末魔はそう聞こえた。
「……リア充成敗だぁ?」
 ぎらっと怒りを込めて顔を上げると、垂の帯びるとてつもない闘気に、周囲すべてのゴム怪物はたじろいだようにじりっと後退した。
「こっちは新年早々嫁とのんびりする暇もないくらい多忙だってのに、なんだテメェらは? 他人を嫉妬する暇があるなら、まず先に自分を磨け! 自分を磨きもせずに他人に嫉妬するなんてお門違いも甚だしい……ってか、さっきっからギャーギャーうるせぇよそこの怪物!」
 まさに一喝だ。垂が声を上げるなり、「リアジュウタオス!」「バクハスル!」とか呼吸をするように鳴いていたゴムは一斉に黙った。
 垂はまるでジャンヌ・ダルク、強いばかりではない。神々しいまでの迫力、そして説得力があった。
 しかし、その厳しい表情が一変する。
「おっ!? こりゃ奇遇だな」
 友の姿を目にしたからだ。垂は右手を上げてパティ・ブラウアヒメルに向けて振った。
「威勢のいい啖呵が聞こえると思ったら、垂だったのね」
 パティは七刀切と一緒だ。つまり『リアジュウ』なわけだが、垂に怖れをなしたかゴム怪物は動かない。固唾を呑んで彼らを見守っているようだ。
「たしかに、久しぶりだな。元気にしてたか〜?」
 垂はパティの頭をぽんぽんと叩いて笑った。最前までここで切った張ったの大騒動を繰り広げていたとはとても思えぬ快活さだ。
「おかげさんで元気よ」
 パティの性格であれば頭をぽんぽんされたらしかめっ面をしそうなものだが、彼女は特に嫌がる様子もなく、表情からしてむしろ好もしく感じているようである。彼女にとって垂は、『パティ(パトリシア)・ブラウアヒメル』と名乗るきっかけを与えてくれた人物だ。いわば名付け親、特別の好意を抱いているのだろう。ここで、
「垂……その腕!」
 ようやく気がついたかパティははっとするが、
「詳しい事情は今度話そう。……ま、気にすんな。俺は気にしてない」
 垂はニコッと笑った。
「さて! まずは神社に似合わねぇこの桃ゴム野郎どもを、ちゃっちゃと掃除するとすっか。パティ、手伝え!」
「言われなくても!」
 怪物が一掃されるまで、それほどの時間はかからなかった。
「さてと……」
 パンパンと手を叩いて、垂は振り返って大きな鳥居に目を向けた。
「そこでコソコソしてるヤツ! 出てこいよ。あれか? 黒幕ってやつか?」
「黒幕!?」
 パティも切も身構えたが、
「……」
 憮然とした表情で出てきたのは、カーネリアン・パークスだった。なぜかゴザのようなものでぐるりと身を覆っている。……ちょっと、蓑虫みたいだった。
 パティはぎょっとして言う。
「Κ……いや、カーネリアン・パークス!? その様子……あんたも桃色ゴムにやられたってわけ? 自分から攻撃をかけたの? それとも、まさか……充実してたとか!? 恋愛的に!?
「馬鹿も休み休み言え」
「なによ可愛くないわね」
「貴様に言われる筋合いはない。そもそも自分は……!」
 貴様らのいう『黒幕』だ――そう言おうとした彼女だったが、
「ええい、カーネリアン殿! 逃げるであります! ここは自分が食い止めるであります!!」
 さっと横合いから葛城吹雪が飛び出てきて、なにやらよくわからないうちにカーネも、吹雪も姿を消したのだった。
「一体……なんだったのかしら?」
 パティはきょとんとして垂を見上げた。
「さあな……? あいつ、たしかクランジΚだったやつだろ? ……本当に『リア充』してたとしたら、相手は誰なんだろうな」
 これがなにやらあらぬ噂が立つきっかけになりそうだということを、当のカーネリアンはもちろん知らない。


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 簡単ながら、今回のゴム事件の顛末について記しておこう。
 犯人……例の『ドクターX』の正体は、ジム・オーソンと呼ばれる研究者くずれの男だった。(※誰も覚えていないと思うがこのシナリオガイド部に登場しているキャラクター。正直、筆者も名前を忘れていたことをここに告白しておく)
 犯行動機は、『リア充が羨ましかったから』という実にそのまんまの理由だったという。
 その後、彼には長時間の社会奉仕の罰が与えられた。
 これから当分の間、空京とその近郊を探せば、公園のベンチを拭いたりゴミを片付けている彼の姿が見いだせることだろう。
 また、自主的に来ておきながら愛想笑いの一つもするでもなく無言で、ただ黙々とそれを手伝うカーネリアン・パークスの姿も見つけられるかもしれない。