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【アナザー戦記】死んだはずの二人(後)

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【アナザー戦記】死んだはずの二人(後)

リアクション


♯6


 国連軍とダエーヴァの戦いが始まってから、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の二人はずっと走り続けていた。
「今度は私が正面に回るね」
「うん」
 二人が駆けるのは戦闘区域の中では一番奥にあたる森林地帯、ここにはまだ怪物達がほとんどで、国連軍の姿は無い。木陰から時折昆虫人間が飛び出してくる事もあるが、ほとんどは回避してその場に置き去りにしてきた。
 急に開けた場所に出る。
 視界に飛び込んでくるのは、青い空ではなく、黒くて巨大な塊だ。マイクロバス程度はあるだろうか、ここまで見た中では、かなり大きめな方だ。六本ある腕、そう足ではなく綺麗に指の分かれた腕が六本あり、うち四本を足のように地面に置いて、残りの二本は背中から飛び出していた。
「せぇぇぇい!」
 宣言通り真正面に回りこみ、美羽は大剣型の覚醒光条兵器を思いっきり振るった。相手の反応も早い、その一撃は剣先が僅かに肉を削るに留まった。
「ア……ア……」
 歪な怪物は、蚊を叩くように両手で美羽を潰そうとする。緩慢だが力強い動きだ。美羽は大きく後ろに飛んでこれを避ける。両手を合わせただけなのに、何かが爆発したような轟音が響く。
「よっと、こっちこっち」
 美羽は仕掛けず、声をかけながら後ろへさらにさがる。
 雄たけびをあげながら、歪な怪物は美羽を追って前に進み出て、両腕を乱暴に振るう。周囲の木々がマッチ棒のようにへし折られていく。撒き散らされた破壊は、近くにいた昆虫人間も巻き込んでいく。
 暴走に近い突進は、歪な怪物のくぐもったうめき声と共に停止した。怪物の背中には、蒼炎槍を突き立てたコハクの姿があった。
 背中の上で、さらに深くまで蒼炎槍を突き刺すと、怪物の節々から炎が噴出しだした。コハクはそこで槍を引き抜くと、怪物の背から離れた。
 炎に巻かれた怪物は少しの間暴れていたが、最終的には完全に炎の中に飲み込まれた。
「お見事ですね」
 黒色のパワードスーツの中から、アルベリッヒの声がきこえてくる。その黒いパワードスーツは、彼がかつて使っていたものではなく、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が持ち込んでいたものだ。まるで、荒事に巻き込まれるのが前提のような準備のよさに、アルベリッヒも度肝を抜かれた。
「見るからに厄介そうな手合いですが、こうも簡単に倒してしまうとは」
 大きな体は、それだけで十分に脅威となる。体が大きければ大きいほど、皮膚や筋肉といった部分は厚く強固になるからだ。それを突破し致命傷を与えるには、弱点を見つけるか、その防御を突破できるだけの破壊力を用意するかのどちらかが必要だ。
 怪物をしとめる役割を、美羽とコハクは交代しながら行っているが、美羽は破壊力を、コハクは弱点を、この怪物に対する答えとして見出したらしい。
「私の場合は、手数になりそうですね」
 アルベリッヒは歪な怪物ではなく、周囲に多数居る昆虫人間を排除する役割を進んで行っている。巨大な怪物が暴れても昆虫人間が邪魔をしてこないのは、周囲で排除していた人がいるからだ。
「でももう十分そのパワードスーツにも慣れたよね?」
「ええ、とはいえ期待されているのでしたら申し訳ありませんが、今の私はカタログスペック以上の事は難しいですね」
 アルベリッヒの言わんとしていることを理解し、コハクはそれ以上は続けなかった。
 三人はそのまま、戻らずに先に進んだ。進んだ先で、回り込んでいたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)と合流する。二人に戦闘を潜り抜けてきた形跡が無いのは、エースがこの森の植物達と会話をして安全なルートを選択している為である。
「全く戦ってないわけじゃないけどね」
 膝をつかない程度に屈んでいたエースは立ち上がると、次の歪な怪物が居る地点を示した。
「結構こっちの数も増えてきた。こそこそ動き回るのもそろそろ難しいかもしれないな」
 森の中であれば、エースは植物達から怪物達の動きを尋ねることができる。
「あと、あの大きいのはどれぐらいいるかな?」
「こっちで把握してるのは、四十体ぐらいだ。全部を俺達だけで片付けるってのは、ちょっと難しいな」
「あ、あと、あっちも戦闘が始まったみたいです」
 ちょこっと手をあげて、エオリアが言う。
「あっち、とはイギリスの方達でしたね」
「幹部達はほとんどイギリスにいってるみたいですね。一番偉いのと、二番目は間違いないみたいです」
「組織の一位二位が揃ってイギリス旅行してるんだ」
「旅行というか遠征ですね」
「こっちはそこまで重要じゃないのかな?」
「どうだろうね。何も準備してないってわけでもないし、十分だと向こうは思ってるかも」
「こちらの防衛に関して言えば、少し物足りないですね。少なくとも、あのプラズマキャノンについては、怪物達は何の対策もしていませんし」
「そうですね。国連軍もそのつもりで、あの兵器を急いで導入したのでしょう。しかし、何故急ぐ必要があったのか、については確認しておきたいですね」
 話をしている間に、エースが次のターゲットを選定し、合流地点と合わせて確認する。
「よーし、次は私が倒すからね」



 戦いが行われている地域の上空には、黒い点のようなものを確認する事ができる。国連軍が、フーセン蟲と名付けた怪物の仲間だ。
 怪物達の作戦、とりわけ大量の戦力を投じる大規模なものになると確認され、航空機の航路に陣取り接近と共に自爆する性質を持っている。
 自爆するとはいえ、攻撃能力をほとんど持たないこの怪物は、地上で戦う兵士にとってはほとんど無意味なものだ。彼らはまず地上に降りてくることはなく、ずっと空中を漂っている。これが問題となるのは、航空機であり、高速で移動する戦闘機や爆撃機には、これを確認してから避けるという行為が非常に難解であり、たった一匹でも進路上に居た場合、損失は免れない。
 ヘリのように、滞空できるものであれば処理も可能だろうが、その場合はフーセン蟲の数が問題となり、作戦目的を達成できずに処理作業に延々と時間を取られる事となる。
「今度の射撃の試験さ」
 大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)は隣で自分と同じように狙撃姿勢をしているヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)に声をかけた。
「なに?」
「いい成績が出せる気がしてきた」
「奇遇ね、同感よ」
 空中にあるため遠近感がわかりにくいフーセン蟲を、二人は淡々と狙撃して撃墜していた。当たると爆発するので、成功か失敗かを判断するのは非常に簡単だ。
 そして的はいくらでもあった。



 国連軍とかち合う危険を避けるのであれば、森林地帯での戦いは至極妥当な判断だった。レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)は単独で行動したがるルバート達に、少し怖気づきながらも、一緒に行動していた。
「その、あまり、無茶な戦い方はしない方が……」
 ルバートの左腕の手の甲から、肘にかけてをざっくりと切り裂かれ、赤黒い液体を流していた。その傷はヒールによって塞がっていく。
「あまり時間をかけるわけにはいかないからな」
 そう語る理由は、レジーヌにもわかる。耳を澄ませば、銃声がここまで聞こえるようになっていた。国連軍は廃村の辺りまで進出しているのは間違いない。
「それでも、無茶は無茶です」
 黒血騎士団の戦い方は、一言で表すのならば、なっていないものだ。怪物の姿になった彼らは、確かに戦闘能力は大きく向上しているものの、それに頼り切った力任せでがさつなものだ。
 実際に今日まで、彼らはその性能だけあれば十分だったのだろう。それに加え、戦闘に自身のある者達はマレーナの護衛に出ており、残っている彼らはそもそもの技量が足りないのもある。
 ルバートのこの傷も、切られたのではなく、丸太のような腕のラリアットを正面から受けて割れたものだ。
「奇妙なものだな。我々も随分やってきたと思っていたが、君達に会ったとたんに、今日までの戦いが随分と小さいものに感じたのだよ」
 治療を受けながら、ルバートはそっぽを向いたままそう口にした。レジーヌの顔を見ないのは、彼女が視線に怯えている素振りを感じ取ったからだ。
「私がそう思うのだから、きっと君達の世界の私は今の私以上にそう思っていただろうな。随分と不幸な星の元に産まれてしまったものだ」
「不幸だなんて」
「なに、別に私自身が産まれを嘆いているというわけではない。君達の方も同じだったろう。ただ、な。私でなければ、もっと上手にできたのだろうなと、思っていたに違いない……傷は塞がったようだな、ありがとう」
 ルバートの声を受けて、黒血騎士団は再び進みだした。



 思っていた以上に、国連軍の進軍が早い。
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は廃村地区に身を潜め様子を窺っていたが、国連軍の先鋒は既に村の内部で戦いを繰り広げている。
「昆虫人間が策を弄さないおかげで、身を隠すのに困らないのは助かりますね」
 国連軍のほとんどは榴弾を投擲するグレネードランチャーで固められており、昆虫人間対策を整えてきたようだ。榴弾は直撃させれば昆虫人間とて一たまりも無いようだ。
「歩兵全員にグレネードランチャーって、すっごい派手ね」
 その爆音と衝撃は足音を容易に隠せるので、二人として助かるが気を抜けば昆虫人間と一緒に木端微塵だ。慎重に丁寧に、二人は国連軍の中央に向かって進む。

 国連軍の中枢では、十全に守りを固めた自走プラズマキャノンがゆっくりと進んでいた。
「暇ねー」
 リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は自走プラズマキャノンと同じ速度で足を進めていた。もちろん、自走プラズマキャノンを防衛するためだ。
「俺達が忙しくないのは、いい事だ」
「そうなんだけどね」
 自走プラズマキャノンは、今回の作戦の要である。二人はその最後の防衛ラインだ、上空ではアニマも敵の接近に警戒している。
「もともと、俺達はこいつの調整のために派遣されてるんだしな」
「そうなのよね、まさか作戦に随伴する事になるとは思わなかったけど」
 時間と予算が十全にあれば、この自走プラズマキャノンももう少しマシな概観になっていただろう。この状態で実践投入されるのは、こちらとしてもあまりいい話ではない。
「何かあったのかしらね、ちゃんと私聞いてないんだけど」
 真司はリーラの言葉に答えず、人差し指を唇の前に立てる。
 周囲に変化は無いように見えるが、何かを感じ取ったらしい。静かに、しかし素早く動き出した真司は、何かを地面の土ごと蹴り上げた。蹴り上げられた何かは、空中で爆発する。
「うそ!」
 爆発が起こってから、周囲の兵士達も気付いたようでざわめき始める。だが、その時にはほとんど終わっていた。
 周囲に溶け込むようにして隠れていたマリエッタは黒い影に周囲を囲まれていた。
「うそじゃないわよ。さて、どういう了見か教えてもらおうかしら?」
 リーラはシャドウリムで呼び出した分身にマリエッタを抑えさせながら、彼女の視線の先を見た。そちらでは、ゆかりの前で戦闘態勢を解いている真司の姿が見える。
 どうやら自分がこれ以上何かしなくても、とりあえず終わったようだと判断し、リーラは分身を消した。
「さて、どういう事か話してもらわないとな」
 尋問というのは穏やかな話し合いの末、真司達国連軍は黒血騎士団や、自分達が戦うより前の地域で危険な怪物を掃除してくれている仲間の存在を知る事になった。二人が、少なくとも観衆の前で行動していなかったのも、穏やかな話し合いに済む事に繋がった。
「あの奇妙な通信の意味がやっとわかったわ」
「合流ができない理由も、まぁ、理解できた。一応、注意喚起ぐらいはしてもらえるだろうけど、あまり期待はしないでくれ」
 奇妙な通信のおかげもあって、意外とすんなり話しを信じてもらう事ができた。
「よし、進軍を再開するよう伝えてくる」
 話はこれで終わりだな、と真司はその場を離れた。
「結局―――」
 ぼんやりとした様子で、マリエッタが呟く。
「シリンダーボム一個で、とりあえず小一時間は稼げたね」
 自走プラズマキャンに僅かな損傷を与えて、国連軍の進軍速度を落とすという目的は、結果として達成する事ができたようだ。
「でもこれなら、素直に正面で待っていた方がよかったかもしれませんね」
「かもね」
 とはいえ、ただ進軍を遅らせるよりも、もっと上等な結果を出したのは間違いなかった。