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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第25章 決定・アクアのアトリエ

「……モモンガですよね、これ……」
「人選ミスとか言わない。たまたま暇な人を呼んだんだよ!」
「暇じゃねーですわ! 残りの大罪を集めて早くこの姿からおさらばしなきゃいけないんですわ! それと、人選ミスってのはどーいうことですの!」
 モモンガ――もとい、ブリュンヒルデ・アイブリンガー(ぶりゅんひるで・あいぶりんがー)はツァンダの街にある喫茶店のテーブルに乗って、唯斗の言葉にぷりぷりと怒った。
「そうね、確かに暇だったけど、人選ミスって言われるのはちょっとなあ」
「私は何も言ってませんが……つまり、役に立つ1人と1匹ということですね」
 言うほど気分を悪くしていなさそうなルシア・ミュー・アルテミス(るしあ・みゅーあるてみす)に自分の無実を主張してからアクアは冷静な口調でそう言った。すると、ブリュンヒルデは「1匹じゃなくて1人ですわ!」と、ますます怒る。本来の姿だったら彼女とゴスロリ談義でも出来たかもしれないが、残念ながら相手はモモンガだったのでアクアはブリュンヒルデのゴスロリファッションには気付かないままだった。
「アクアさん達は引っ越し先を探してるの?」
「はい。新しい機晶工房を……」
 ルシアに聞かれて答えつつ、アクアは考える。相談といっても、長い不動産巡りの旅の末、工房の候補は2箇所にまで絞られている。彼女達に意見を求めるとしたら、その二択の内、どちらを選ぶかということだろうか。
「新しい機晶工房ねぇ……俺も一つ欲しかったトコだし参考になるかな? 何か、すげーいっぱい店回ってるとか聞いたけど……アクア、ちょっとどんなん探してるのか言ってみ?」
「そうですね、当初の予定では……」
 唯斗に促され、1つ増えた部屋から始まり町内会に入らなくて済むところ、までをすらすらと話す。
「……………………良いなソレ」
 全てを話し終えると、唯斗は意外な程の食いつきを見せた。不動産屋も含め、これまでに相談した中で一番の良反応だ。
「ですよね。この条件は私としては必要最低限だと思うのですが」
「俺としてはもーちょい部屋欲しいけどなー」
「それに加えて、外観が瀟洒であれば、尚良いんですけど……」
 アクアはそこで抱いていた迷いを垣間見せつつ、ツァンダ郊外にある別荘にするか、それとも倉庫を改装して使うか決められないのだと彼等に言った。
「別荘と倉庫かー。なールシアとペロ子はどう思う?」
「そうですわね。まず、ゴスロリコレクションを保管するためのウォークインクローゼットは欠かせないと思いますわ」
 ブリュンヒルデは即答すると、更にこう付け加える。
「おしゃれな外観も捨て難いですし、私だったら迷わず別荘を選びますわ。だから、アクアが迷う気持ちは良く分かりますけど……」
 そこまで言って、モモンガはルシアをちらりと見上げる。何を続けたいのかが解ったのか、ルシアは頷く。
「工房として使うなら、倉庫の方が良いと思うわ。部屋の数や大きさも好きなように出来るし、外観も可愛くしたいなら、そこもリフォームしちゃえばいいんじゃないかな」
「え、あ、あの……一応人の持ち物を借りるのでそこまでは……」
 さらりと大胆な事を言うルシアに、アクアは自分の持つ常識の中から突っ込みを入れる。
「でも、その持ち主の人もリフォームOKって言ってるのよね」
「リフォーム、というより内装ですが……まあリフォームですけれど。それに予算も……」
「予算が足りなかったら、また追加で外装すりゃいーんですわ」
「…………」
 ブリュンヒルデがテーブルの上からそう付け加え、アクアはしばし黙考した。2人は、倉庫を選んだ方が良いと思っているようだ。テーブルに視線を落として考え込むアクアに、モモンガは更に言った。
「でも、アクアも本当はそう思ってるんじゃねーですの? 強欲を捨てるきっかけが欲しかっただけのよーに見えますわ」
 大罪のひとつを混ぜ込んでのその言葉を、アクアは否定出来なかった。多分、モモンガの言う通りだ。今、自分が必要としていたのは、迷いを断ち切ってくれる、背中を押してくれる誰かだったのだろう。
「ペロ子なんて名前の割に、良いことを言いますね……」
「ペロ子はエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)が勝手に言い出した名前ですわ! ブリュンヒルデですわ!」
「……よし、じゃあ倉庫で決まりだな。アクア、ちょっと図面起こせる? 知り合いの職人に出来るか聞いてみるわ」
「図面、ですか? 分かりました」
 アクアは鞄からノートと筆記具を取り出し、テーブルに広げた。白紙のノートを前に少し考えてから唯斗に言う。
「あの、工房を共同で使う3人も呼んでいいですか? 私だけで使う建物ではないので……」
「ん? ああ良いぜ。色々と相談も必要だよな」
 そうして、アクアはノアとノートに最終的な意思を伝えてからスカサハとファーシー、朋美にも連絡を取った。朋美は海京に居たので主にテレビ電話を使って、スカサハ達はツァンダでアルバイトをしていたということで間もなく駆けつけ、一緒にここがこうでそこがああで、と話し合った。住み込み予定の宿儺と、ルシア、ブリュンヒルデもそこに加わる。
 全員が設計について素人ということもあって時間は掛かったが、何とか図面が出来上がる。天井高めの2階建てに、屋根裏部屋も造れそうだった。
「これで試しに造ってもらうか。俺が頼む時の参考にもなりそーだしな。あ、費用は出世払いで良いぜー」
「……!?」
 図面を受け取った唯斗は、携帯片手にそんな事を軽く言った。最後の部分にアクアは驚き、慌てて言う。
「いえ、私達で払いますから……!」
「そうか? んじゃ、足りない分だけ出しとくなー。つーか、向こう焚き付けて格安でやって貰うし。あ、ちょっと写真送らせて貰うな? 多分、それで更に安く出来る」
 言いながら1枚写真を撮り、唯斗はちょいちょいと携帯を弄り始める。交渉が終わったのかやがてそれを仕舞うと、「さて、後は家具とかか?」と皆を振り返る。
「ルシア、ペロ子、この辺はマジで頼むわー。女の子の家具とか専門外過ぎてなぁ」
「うん。可愛い家具を探してみるわ」
「アクアの分なら、私の趣味で選べば間違いねーですわ」
「期待してるわー。まぁ、手伝ってくれた礼も兼ねて好きなの奢るぜ?」
「やった。私、食べてみたいパンケーキがあったの!」
「私は……この姿じゃあんまり食べれねーですの」
「キスしてあげよっか?」
「!?」
 長居した喫茶店から唯斗とルシア達は外に出て、歩き出す。
「家具かー。今の家は必要な分は揃ってたのよねー。だから、あんまり選んだことないんだけど……」
「何だかわくわくするでありますね!」
 ファーシーとスカサハも3人に続いて街を歩きながら、新しい工房に期待を膨らませた。真司とヴェルリアも彼女達に並び、その2人にアクアはこの日1日のお礼を言う。
「2人共、今日はありがとうございます。色々と連れ回してしまいましたが……」
「いや、俺達も買い物に付き合うよ」
「お家が決まって良かったですね。私も何かほっとしました」
 真司達は心から良かった、という表情を浮かべていた。アクアもここに来て、やっと気分が軽くなった。工房を開けば経営等、また色々未経験な問題に直面するだろうが、研究も含めて何とかやっていけるような気がする。
(私も、随分と前向きになったものですね……)
 そしてふと思い出して、何とかテレサにお仕置きされずに無事でいる優斗に言う。
「トラックがあるのでしたよね? リフォームが完了した時には、荷物運びをお願いします」
「はい。勿論、喜んでお手伝いしますよ」
 不本意ではあるが、引っ越しの時はトラックが非常に役に立つだろう。使えるものは、軟派男でも――いや、軟派男だからこそ遠慮なく使うべきである。
「優斗さん……? 何でそんなに嬉しそうなんですか? まさか……」
「えっ! ち、違いますよテレサ! アクアさん達が揃って女性だから手伝うとかではなくて、僕はあくまでも友人として……ほ、本当です信じてください!」
「やっぱり! そうなんですね、全員女性だからお手伝いを……!」
 2人のやりとりもいつも通りで、アクアは友人達に囲まれて過ごす時に平和を感じた。
 以前の自分が知ったら、きっと悔しがるだろう。だが――
(そういえば、彼女が来てから随分経ちますが……“彼”とやらはどうなったのでしょうか……)
 全てが平和になったわけでは、恐らく、無い。フィアレフト――イディアが隠し事をしなくなるまでは――