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プロポーズしましょ

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■秋月 葵とエレンディラ・ノイマンの場合


 とある5月のよく晴れた日。
 秋月 葵(あきづき・あおい)はヴァイシャリーの街にある噴水の前でエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)と待ち合わせをしていた。
 2人は一緒の家で暮らしている。だから、本当はこうする必要はないのだけれど……今日は特別。
 一緒に出掛けるのだったらなぜそうしないのか、エレンディラは少し不思議そうな間をとったけれど何も言わず、ただそうしたいのだとだけ言う葵に
『分かりました』
 と応じてくれた。
 恋人と噴水の前で待ち合わせ。
 待ち合わせ時刻より、少し前について、相手が来るかどうかそわつきながら待つ。
(まあ、エレンが来ないはずないんだけど)
 そこはなんとなくのごにょごにょで。
 今日は特別な日だから。
(……あー、なんか緊張してきたよ。大丈夫かなぁ)
 胸に手をあて、すーはーすーはーしていると、後ろからエレンディラの声がした。
「お待たせしてすみません、葵ちゃん」
 前に葵が褒めた、かわいい清楚なワンピースを着て、軽やかな足取りで走ってくる。手には四角い籠バッグ。きっとエレンディラのことだから、中身はお弁当だ。
「待ちましたか?」
 目の前まで来て、軽く息を整えているエレンディラに、葵は首を振って見せた。
「ううん。時間ぴったり。
 それじゃあ行こうか」
 エレンディラには今日、どこへ何をしに行くか、一切前もって告げていない。
 デートって、そういうものでしょ?
「はい、葵ちゃん」
 エレンディラは笑って答え、差し出された葵の手をとって彼女の先導する方に歩き出した。



 手をつないだ2人がまず向かったのは、ヴァイシャリーの街だった。
 2人、出会ってからの思い出の場所を巡って歩き、そのときのことを話題にする。エレンディラもすぐに今日のデートでの葵の意図を察して、話に応じた。
「あのときはあせったけど、今思い出してみると、結構いい思い出だよね」
「はい。とても楽しかったです」
「あ、見てエレン! あそこじゃなかった? ほら、あのときエレンが――」
 きらきら目を輝かせて指さす葵の姿を、にこにこ笑ってエレンディラは見守る。
「ええ。そうでしたね」
 そうして2人して思い出話に花を咲かせながら、特に急ぐ風でもなく、散策のように街を歩いていく。そしていつしか2人はとある教会の前へとたどり着いた。
「ここだったね。あたしたちが模擬結婚式したの」
「はい。懐かしいですね。あれからもう1年経つんですね」
「うん、懐かしい。モデルやったっけ。あたしが新婦役やったり。その次は2人で花嫁して」
「ウエディングドレス姿の葵ちゃん、とってもかわいかったですね」
 プリンセスラインの薄いブルーのドレスを着ていた当時の葵の姿を回想して、エレンディラはしみじみと言う。
「今年もやっちゃう? ほら、募集してるよ」
 にやり。
 掲示板に貼られた紙を見て、葵はいかにもといった顔をエレンディラに向ける。エレンディラはくすくす笑った。
「2度……いえ、3度目ですか? 思い出は多いに越したことはありませんけど、こうも多いと混ざってしまいそうです」
「そうだね。新鮮味も薄れちゃうし。だから……」
 葵はそこで言葉を詰まらせた。
 のどがカラカラで、胸もドキドキしてる。
 こうしていつも一緒で、ラブラブで。エレンディラの想いを疑ったことなんてないし、エレンディラが大好きっていう自分の気持ちも偽物なんかじゃない。
 分かってるけど……それでも、万が一、断られたらって思うとちょっと怖い。
 だから葵は覚悟を誤解されたり、冗談だと思われることのないよう、シンプルに告げた。
「ねぇ、エレン。あたしたち20歳になったよね」
「そうですね」
 20歳っていうのは大人の仲間入りで、自分の言動に十分責任を持つ歳だ。
「んっとね、その……結婚しよう」
 決して語尾に「?」はつけたりしなかった。
 まっすぐエレンディラの青い瞳を見つめる。
 エレンディラは少し驚いたような表情でまばたきを繰り返し、そしてだんだんと葵の言葉の意味を飲み込んでいくにつれて恥ずかしそうな、でもうれしそうな、花のようなやわらかな笑みを浮かべた。
 そんなエレンディラの反応に、葵は深々と息を吐いて、初めて自分が息を止めていたことに気づく。
 急速に勇気が戻ってきて、葵は勢い込んでエレンディラの手を取り、きゅっと握った。

「今度は模擬じゃなくて。結婚して、正式な夫婦になろう! ううん、なってください」



 それから2人で、教会の裏手にある芝生で昼食を取った。
 エレンディラの作ったサンドイッチとポテトサラダがおいしくて、あっという間にたいらげる。
 そして初夏の日差しを避けて、木陰でエレンディラにひざまくらをしてもらった。
 さわさわと、風に揺れる葉擦れの音が耳に気持ちいい。
 目を閉じた葵の顔にかかった髪を、そっとエレンディラが払う。葵は触れる指先にくすぐったそうに笑うと、伸びをする猫のように身を起こし、そっと、触れるようなキスをした。
 ここが屋外であることに恥じらいつつも、エレンディラはそれを受け入れる。
「今日、2人でいろんなとこ行ったね。とっても楽しかった。
 結婚しても、ときどきこういうこと、しようね」
「……はい、葵ちゃん」
「そろそろ、帰ろっか?」
「はい」
 門をくぐり、教会をあとにする。
 今度この教会へ来て、ここを出るとき。2人は夫婦なのだ。ふと、そんなふうに思って、エレンディラの唇からふふっと笑いがこぼれた。
「あっ、なぁに? どうしたの? エレン」
「何でもありませんわ。何でも……」
 エレンディラは首を振ると、そっと葵の耳元にささやいた。
「愛しています、葵ちゃん。私、幸せですわ」
「……あたしも! あたしもだから!」
 ぎゅっとエレンディラに抱きつく。エレンディラも同じくらい抱き返す。
 2人のしあわせが混ざり合って、1つになるように……。

 それから2人は手をつないで家路への道をたどっていった。
 ゆっくりと、急ぐことなく。