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リアクション
「いよいよこの日がやってきやがりました!」
とある式場の前で、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)が声高に宣言した。
ジーナの前には、新谷 衛(しんたに・まもる)とグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)、ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)の三人が並んでいる。
式場の内装から調度品、飾られている花などは全て、ベルテハイトが職人に発注した一級品。
それどころかこの会場さえも、ジーナの作戦のために作らせたものだ。
設営時もベルテハイトが監修を行い、その美的感覚を生かした見事な会場となっている。
「ブルートシュタイン様、お願いして置いた衣装はどうなりやがりましたです?」
「この通り、素晴らしい出来になった」
ベルテハイトが取り出したのは、ジーナのデザインしたドレスだ。
こちらも職人に特注したもので、一目見るだけで上質な生地を贅沢に使ったドレスであることが分かる。
「完璧でございやがります!」
「これなら、誰が見ても恥ずかしくない『模擬結婚式』になるかねー」
ドレスの仕上がりにジーナも笑みを浮かべ、衛が満足げに呟いた。
こうした様々な模擬結婚式の根回しをしてくれた緒方 樹(おがた・いつき)は、体調不良のため今は欠席だ。
「そろそろ、皆がやってくる頃か」
グラキエスが式場の外を見ているうちに、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)とセシリア・ノーバディ(せしりあ・のおばでぃ)、緒方 太壱(おがた・たいち)がやってきた。
セシリアと太壱にむかって、衛が手をあげる。
やってきた太壱は結婚式場を眺めて溜め息を洩らした。
「すげえな……こんなとこで模擬結婚式すんのか……」
「あっれー、べるべるとふれにゃーは?」
衛がセシリアたちのやってきた方角を見ていると、ほどなくして式場を見て首を傾げるフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)を、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が連れてきた。
「オッラ〜、フレンディスさん、お誘いありがとー♪」
「え? ええと……」
フレンディスはセシリアの後ろに立っているグラキエスとジーナを順に見てから、ベルクを見た。
「マスター、グラキエスさん、ジーナさん……此処は一体かような場所でしょう……」
「って、あれ? もしかして、フレンディスさん、聞いてなかったの?」
セシリアが首を傾げる。
「フレンディスさん、模擬結婚式をするんでしょ?」
「はい? …………け、結婚式ですか!?」
フレンディスの頭上に、ボンっと煙が上がったように見えた。
「けけけけ、結婚式というのは、その、マスター、どういった、その……」
「ほら、模擬であって本番じゃねぇし、太壱達もやるっつーから、な?」
大混乱に陥るフレンディス。ベルクはゆっくりと言い聞かせるように説得する。
「……え、タイチたちも?」
ベルクの『太壱たちも』という言葉にセシリアがぴくっと反応した。
それもそのはず、セシリアと太壱は『ベルクとフレンディスが模擬結婚式をするから、持ってきてほしいものがある』と頼まれて、この会場にやってきたのだ。
「……どういうことなの? あたし何にも聞いてないんだけど」
笑みを浮かべて様子を見ている衛に、セシリアが小声で訪ねた。
「ってか、ジーナちゃんに頼まれてたブーケと、衛くんに頼まれてたモノをタイチと一緒に届けに来ただけなのよ、それがどうして?」
「ふれにゃーをはめるためにお前等も着替えて来いってーのが作戦の主旨なんだ。ごまかして式だけでも……だとよ」
衛も、こっそりとセシリアに耳打ちで今回の作戦について言葉を返す。
ベルクとフレンディスの模擬結婚式を行うにあたって、事前にフレンディスにオッケーが貰えるとは思えない。
なので、初めからフレンディスを現地に連れてきてから説得するという、強硬手段に出るつもりだったのだという。
そこで、混乱するであろうフレンディスの背を押すために、セシリアと太壱にも一緒に模擬結婚式を挙げてほしいとのことだった。
「……はぁ、フレンディスさんに模擬結婚式と称して色々……わかったわ、つきあってあげるから」
セシリアが納得したのを見て、衛は袋を抱えたままでいる太壱の元に歩み寄った。
「さて、これで小物も準備できたかねー」
「マモパパ……俺にお袋が式で使ったガーターと青花のブーケ持って来いって言ったのは……」
わなわなと手にした袋を震わせる太壱に、衛は悪びれず明るく笑う。
「……あれ、借りもののガーターに、青い花のブーケ……」
太壱は、ドレスを手にしているジーナの方を見た。
「あそこにあるのは新品のドレスで、あとベルテハイトん家の古いティアラがあるってお袋が言ってたな……模擬なのにサムシングフォーが揃ってるじゃねぇか」
本物の結婚式みたいだな、と笑うこの時の太壱は、この後自分が模擬結婚式を挙げることとは夢にも思っていない。
一方で、フレンディスへの説得はまだ時間がかかりそうだ。
「も、模擬とは言いましても、その、私、結婚は……修行中の身ですし、まだ早いですし、えぇと……」
「結婚じゃなくて『模擬』なんだから、なっ!?」
必死の形相で、ベルクはフレンディスに頼み込む。ジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)は、そんなベルクの様子を見ながら小さく溜め息をついた。
(うーん……フレンディスさんとセシリアさんは鈍感で臆病過ぎ、ベルクさんと太壱さんは慎重で相手を大事にし過ぎだよね)
ジブリールは未だ混乱しているフレンディスに、落ち着いて声を掛けた。
「フレンディスさん。模擬で本番じゃないから……って言うのは他人事な考えだけど、既に予約して準備万端だしオレも皆の晴れ姿見てみたいからって言うのは駄目かな?」
ジブリールの言う通り、式場も衣装も小物も全て準備万端だ。後は、フレンディスさえ着替えに入れば、式は行われる。
「で、ですが……」
「ああ、グラキエス様……あまり顔色がよくありません。無理をなさらず、こちらへ……」
フレンディスの前でエルデネストが大仰な声を上げ、グラキエスをそっと椅子に座らせた。
「フレンディス……」
グラキエスはエルデネストの用意した椅子に座ると、俯いたままフレンディスの名を呼ぶ。
「は、はいっ!」
フレンディスは、重々しく名を呼ぶグラキエスに思わずピンと背筋を伸ばした。
「俺は本当の結婚式を見られるかわからない。模擬の結婚式で構わないから……俺にも、フレンディスのドレス姿を見せてくれないか」
「ああ……っ」
重く紡がれるグラキエスの言葉を聞いたベルテハイトが、愛おしげに、気遣わしげに、グラキエスを抱き寄せた。
「なんといじらしい……っ!」
「ううう……」
グラキエスの頬を撫で口づけるベルテハイトに、フレンディスが呻く。……ベルテハイトとしては、フレンディスの気持ちをほだすためだけでなく、愛しいグラキエスに触れて愛でていたいという想いも強いのだが。
「ううっ、解りました……」
グラキエスとベルテハイト、エルデネストの生み出す「最後のお願いを聞いてやってほしい的な雰囲気」に、混乱していたフレンディスも流石に断れず。
遂に、模擬結婚式を行うことを了承したのだ。
「さあ、もうドレスはもう用意されています」
エルデネストはすかさずジーナの持つドレスを示し、フレンディスの気持ちを誘導する。
「式には、特製の料理をご用意致しますので……」
フレンディスが不信感を抱かぬよう、エルデネストが心を動かせば、
「あ、ジーナさんも待ってるよ」
と、ジブリールが素早くフレンディスをジーナの元へ誘導する。
「さあ、ティラ様と……セシリアさん、こっちに来て下さいです」
ジーナが更衣室へと手招きをする。
「だいじょぶだって、ふれにゃー。せしるんもやるから。『模擬結婚式』を」
「はい、お二人ともお着替えしますよ『模擬ですから』。本番だったら一人しか着替えないじゃないですか!」
言葉巧みにフレンディスを誘導していく衛とジーナ。
「二人で?」
「うん、わたしも着るの、だから、一緒に行こう!」
セシリアに促されるフレンディス。
「フレンディス、そんなに緊張しなくていいんだよ。私の服を見てごらん」
ベルテハイトも、フレンディスに微笑みかける。
「これが本当の結婚式なら、私達も普段着ではないよ。模擬なのだからドレスや式場を楽しむといい」
「た、楽しむといいましても……」
「さーさ、じなぽんに任せて任せて〜♪」
衛はセシリアとフレンディスにひらひらと手を振ると、ベルクと太壱の方を向いた。
「あ、野郎共は着替えこっちな」
「あれー? ……何で俺もここで着替えないといけないんすか?」
太壱はベルクの模擬結婚式だとしか思っていないのだ、当然そう思うだろう。
「じゃ、タイチ、待っててね〜♪」
フレンディスの背中を更衣室内へ押し込みながら、セシリアがにっこりと笑う。
「え、俺もやる……ってツェツェお前知ってt」
みなまで言う前に衛に口を塞がれ、太壱は更衣室へと引きずり込まれていった。