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リアクション
炎と歌い、踊れ!
キャンプファイヤーが始まる少し前。
「新入部員か……確かに、入ってくれないと困るよねぇ」
「瑛菜、もしかして忘れてたの?」
「そ、そんなことは……。と、とにかく、ローザの言う通りだと思う。気づかせてくれてありがとう!」
調子の良い熾月 瑛菜(しづき・えいな)に、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は仕方のない人だとため息を吐く。
「で、今そのことを言うってことは、何か仕掛けるつもりなの?」
「その通りよ。これからキャンプファイヤーを利用させてもらうわ」
ローザマリアは計画の説明を始めた。
キャンプファイヤー周辺の、できれば木があるところの暗がりにステージを作る。
スピーカーはキャンプファイヤーを囲むように、邪魔にならない場所に設置。
「始めのうちはステージに暗幕をかけて、音楽だけ流すの。みんなが盛り上がってきたら、一気に幕を落としてフィナーレよ!」
「へぇ、いいね!」
「面白き試みにございますね」
瑛菜が賛成すると、上杉 菊(うえすぎ・きく)も賛意を示した。
そのことを瑛菜は不思議に思った。
「菊は知らなかったの? ライザとエリーも?」
グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)とエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)を見れば、二人共頷きを返した。
「何か計画しておるのは知っておったが、瑛菜の賛同を得なければ意味がないと思って黙っていたのだろう」
「その通りよ、ライザ。でもこれで、計画実行は決定ね。ステージは必要最小限のものになるけど、いいわよね。だって、ゲリラライブだもの」
「はわ……みんな、きっとびっくり、なの」
エリシュカが言えば、瑛菜は悪戯っ子のような笑みを見せる。
「それじゃ、始めようか!」
薄暗がりの中、ローザマリアが連れてきた二人のポムクルさんも交えて、ライブの準備が進められていった。
そして、始まったキャンプファイヤー。
カンゾーと種もみ生が中心になり、火を熾す。
さすがパラ実生と言うべきか、規格外に大きな木が組まれていた。そこから上がる炎も天を衝くほどだ。
そんな燃え上がる炎に、
「もっと燃えろー! ほーら、エサだぞー!」
と、始末してしまいたいアレやコレを放り込んでいく。
他のパラ実生や遊びに来た人達の中にも、
「消えろ!」
と、投げ込んでいるものがいた。
何やってんだか、と若干呆れ顔でその様子を見ていた瑛菜だったが、演奏開始の時期を見計らいステージ上のローザマリア達に合図した。
ローザマリアが提示したこのライブのテーマは、『ザ・フューチャー〜明日へ〜』。
瑛菜もステージに戻るとギターの調子を確認した。
呼吸を合わせ、野外ライブへの最初の音が弾かれた。
「え!? なんだって、冗談だろ?」
シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、口に運んでいたタコ焼きを落としかけた。
「いや、ホントだって。まさかのゴールイン! ありえねーぜ、ホント」
キャンプファイヤーの準備をしているパラ実生から、衝撃的な事実を聞き、シリウスはしばらく呆然としてしまう。
「いやほんと……信じられねー……っていうか」
その衝撃的事実というのは、若葉分校生の庶務であるブラヌ・ラスダーの結婚である。
頭も見かけも性格も、特に良いところなんてないと思われる彼が、先日器量の良い地球人の女性と結婚したとのことだ。
「マジかよ……」
打ち上げ花火の方に、そのブラヌの姿が見えた。
妻とラブラブで準備をしているようだ。
なんだかその姿に、シリウスは絶句してしまう。断じてブラヌに好意を寄せていたわけではなく。
それから、知り合いのゼスタとアレナの姿も目に映った。
2人とも、素敵な相手と共に楽しんでいるようだった。
「ゼスタやアレナにもいい人いるようだし……オレもそろそろ考えないとヤバいのかなぁ」
ため息をつきつつ、シリウスはキャンプファイヤーの方へと歩いて行く。
毎日忙しく、色恋に割く時間がなかった。
「ま、今日のところはいいや。オレよりもっと大変な奴が来るしな」
すぐに笑顔を取り戻し、タコ焼きを食べつくすと、シリウスは簡単なステージの設置を急ぐことにした。
「夜には来るっていってたけど……遅いな」
キャンプファイヤーが始まって、暗かった辺りが炎の光で明るくなっても、シリウスが誘った相手は現れなかった。
「ちょっと探してみるか……。あいつも強いし、大丈夫と思うけど……」
だけど、心配だった。
辛さを隠して、無理するところがある人だから。
「おおっと、いたいた! おーい!」
探し始めてすぐだった、彼女の姿を発見したのは。
「っと悪い。これからステージがあるんだ。彼女は借りてくぜ」
彼女――ミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)は、祭り会場入り口付近で、パラ実生に捕まっていた。……ナンパされていたようだ。
無視できず真面目に断ろうとして、長引いてしまったようだった。
「すみません、遅くなってしまいました」
「いいって、ちょうど盛り上がる頃だと思うし!
それより忙しいところ来てくれてありがとな」
「お誘いいただけて、嬉しいです。こういったきっかけがないと、なかなかパラミタには来られませんので」
「ん」
それ以上は互いに何も言わなかった。
たまには故郷に帰らせてあげたい、シリウスはそう思っていたし。
ミルザムはそんなシリウスの気持ちに気付いていて、とても感謝していたけれど。
それ以上言葉にする必要もなく、相手に気持ちは伝わっていた。
そして、続く気持ちは――。
「さ、始めるぞ!」
シリウスはライラプスを取り出して、変身!で魔法少女と化す。
「疾風怒濤のレッツダンスだ!」
大型の竪琴と化したライラプスを奏で始める。
「はい」
ミルザムは瞳を煌めかせると、着ていたスーツを脱ぎ放つ。
中には魅力的な踊り子の衣装。
シリウスが設置したステージで、踊り始める。
2人は音と身体で語り合う。
「おー……!」
ミルザムをナンパしていたパラ実生も、キャンプファイヤーの周りでなやにやらブツを投げこんでいたパラ実生も、音楽の始まりと共にこちらに目を向けた。
煌びやかな衣装をまとったミルザムは、シリウスが奏でる音に合わせて、激しく美しく輝きながら踊っていく。
「皆、一緒に踊ろうぜ!」
シリウスが大声で言うと。
「おー!」
「イェーイ!」
若者達の元気な返事が響いた。
種もみ学院生も、若葉分校生も、友人と訪れた人々も、恋人と訪れた人々も。みんなみんな、ステージ周辺や、キャンプファイヤーを囲んで歌い、踊り始めたのだった。
キャンプファイヤーの近くに屋台を出していた弁天屋 菊(べんてんや・きく)は、ノリの良いダンスミュージックや竪琴の音色を聞きながら、注文を捌いていた。
主に注文してくるのは、親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)が誘った董卓 仲穎(とうたく・ちゅうえい)だったが。
底なしの胃袋の持ち主である董卓のために、菊は肉料理をメインに作っていた。
マンガ肉仕立てにこんがり焼かれたマンモスの子供の肉を、董卓は両手に掴んでモリモリ食べていく。
平行して、菊はメインとなる料理も作っていた。これはもう少し時間がかかりそうだ。
「董卓様、おいしい?」
「うまいなぁ〜。何の肉だぁ〜?」
「マンモスの子供の肉だよ」
「いくらでも食べれるぞぉ〜!」
「董卓様は今日まで何をして過ごしてたの?」
「アツシを俺様の後継者にするために指導してたんだぁ〜」
アツシとは、董卓のパートナーである火口 敦のことだ。
「指導ねぇ……董卓様から受ける指導ってどんなんだろ?」
「俺様の指導は厳しいぞぉ〜。アツシもそれがわかっているのか、逃げ回ってばかりだぁ〜」
「あの人、そういった修行とか嫌いそうだもんね。それで、どうしてるの? 根気強くやってるの?」
「ああ、俺様は諦めねぇ〜。餃子や肉まんでいつまでも逃げ切れると思うなよぉ〜」
「……何それ」
「俺様がアツシに天下の覇者の心構えを叩き込みに行くとなぁ〜、あいつはわざわざ足を運んだ俺様のために、うまい茶と茶菓を用意してくれてるんだぁ〜」
ここまで聞いて、卑弥呼は何となく二人のふだんのやり取りが見えた。
きっと董卓はこの後うやむやにされて、お土産でも持たされて帰されるのだろう。
そして董卓は、お土産を食べ尽くした後に何しに行ったのか思い出すのに違いない。
「董卓様も大変ね……」
「あいつには素質がある。なのに本人がそれに気づいてねぇ〜。もったいねぇ〜」
言いながら、董卓はテーブルの上に落とした肉のかけらを拾って食べた。
と、そこに菊の料理が完成した。
富貴鶏という中国の料理だ。
大変手間のかかる料理のため、前もって自宅で作ってきてもよかったのだが、冷めてしまってはおいしさも落ちてしまうので、どうにか工夫してここで作ったのだ。
本来はこれに適した鶏があるが、菊は比翼の鳥を使った。
まず、調理できるように下処理をして内臓を取り除いた比翼の鳥を醤油、紹興酒、塩を混ぜたタレに一時間ほど漬け込むことから始まる。
次に中に詰める具を作る。
そして蓮の葉にくるみ、さらに岩塩で包む。
これをオーブンにかけるのだが、ここにオーブンはないので竈を作った。
焼き時間にだいたい二時間ほどかかるか。
その間、菊は董卓が食べ物を探してどこかへ行かないようにマンモスのステーキなどを出したり、卑弥呼が話し相手になって引き止めたりと見えない苦労があった。
もっとも卑弥呼にとっては、想い人といられる大切な時間だったが。
料理をテーブルに運んだ菊は、岩塩を木槌で割り、蓮の葉を開く。
「いい匂いだぁ〜!」
「比翼の鳥で作った富貴鶏だよ。あたい達も、この鳥のように深いちぎりを結べたら……ちょっと、董卓様。聞いてる?」
「んぐんぐ。俺様の腹の中で、この鳥は永遠にひとつだぁ〜」
「もう、そういうことじゃなくて」
「卑弥呼も食え〜」
取り分けられた肉が、卑弥呼の皿に盛られる。
この前の饅頭もそうだが、董卓が誰かに料理を分けるのは珍しい。
おいしそうに食べている董卓に卑弥呼は苦笑すると、今日はこれでごまかされてやることにした。
午後三時頃、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)と御神楽 環菜(みかぐら・かんな)の夫婦、そしてエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)が夏祭り会場に着いた。
設立した『契約情報サービス屋』で知らせを受けた御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は後のことを仕事を手伝っている種もみ生に任せ、待ち合わせの場所へ行った。
「暑い中、来てくれてありがとうございます」
「がんばってる舞花をひと目見たくて、来てしまいました」
「わ、私のことはそんなに見なくていいです」
陽太の言葉に照れる舞花。
しかし、彼の腕の中の赤子に気づくとすぐに笑顔に変わった。
陽太と環菜の子の陽菜だ。
今はぐっすりと眠っている。
「陽菜様も、このお祭りを楽しんでくれたら嬉しいです。皆さんは見てみたいところはありますか? ご案内しますよ」
「あのアルミラージはどうしていますの?」
エリシアに聞かれて、舞花はあいまいな笑みを返した。
エリシアが眉をひそめる。
「まさか、また暴れていますの?」
「暴れてはいません。好物をあげておけば基本的におとなしくしています。ただ、あの横柄な態度は変わらないので、いつも種もみ生とケンカしてます」
「そう……。少し、態度を改めさせる必要がありそうですわね……」
「あの、エリシア様……今日は……」
「ええ、わかってますわ。せっかく皆さんが楽しく過ごしているお祭りに無粋なことはしませんわ」
そう言ったエリシアに舞花はホッとした。
「アルミラージは今日はお客様方に金の卵をたくさんもらえてご機嫌なんです」
舞花の案内で、一行は遠目にアルミラージの様子を見た。
横柄な態度はそのままだが、祭りの日ということもあり訪れた人の気もおおらかになっているのか、かえって受けが良いようだった。
その後も舞花がフリーマーケットや肉球拳、新たに開店したコンビニなどを紹介していった。
そうしているうちに打ち上げ華美、キャンプファイヤーと夜の部に入っていた。
ふと、エリシアが陽太に向かって両腕を広げる。
「そろそろ腕が疲れた頃合いでしょう? 環菜に無理させるのも何ですし、わたくしが代わってさしあげますわ」
「陽菜を抱きたいなら素直にそう言えばいいのに」
と、呆れ顔をしたのは環菜だ。
陽太はクスッと笑い、陽菜をエリシアに預けた。
さっきまでかき氷のブルーハワイを食べていたせいで、エリシアの口の中が何となく青く見えるのもまたおかしさを誘った。
そこに、チョウコが小走りにやってきた。
「舞花、待たせたな! あ、もしかして舞花の家族か?」
「はじめまして、御神楽陽太です」
「あたしがチョウコだ。その子が陽菜か? かわいいなあ!」
挨拶もそこそこに、チョウコの目はエリシアが抱く赤子に移っていた。
「俺達の新しい家族です。種もみ学院のことは、舞花からよく聞かされてます」
「あんた達も入ってくれていいんだぜ? 子持ちでも何でも大歓迎だ。そうそう、舞花のおかげでパートナー行方不明者の問題が少しずつ解決されてさ、すごく助かってるんだよ。ほら、あいつら。ツェーザルとかエミリオとか」
「ああ、バレンタインの時に相手が見つかったっていう……」
陽太が舞花を見ると、彼女は彼らの現状を説明した。
「ツェーザル様はパートナーと茶道部へ入ったそうです。女の子が多いですからね。だんだんと会話も増えて、楽しんでるみたいですよ。エミリオ様なんですけど……舞妓修行に励む沙菜様を陰に日向に支えているそうで。尽くすタイプだったんですね。沙菜様もその姿勢に心を許されたようで、今ではとても仲良しだそうです。ロズリーヌ様もケビン様とオアシスで幸せに暮らしていると伺いました」
話しているうちに、舞花の表情はとても満たされたものへと変わっていた。
「がんばってますね」
陽太が舞花の頭を撫でる。
「あの時、動いてくださった皆様のおかげです」
「ところで舞花、やっぱり事業拡大を考えてみないか?」
契約情報サービス屋の名は、じわじわと広まっている。
しかし勘違いする者もいて、恋人を紹介してくれだとか移住先のオアシスを紹介してくれという問い合わせが増えてきたのだ。
「恋人紹介は無理にしても、オアシスの紹介はどうだ? あたし達も手伝うからさ」
移住先のオアシスに関する問い合わせについては、ネット上に公開されたドキュメント映画なども関係していた。
そういった情報をどこに聞いたらいいのか迷った人達が見つけるのが、契約情報サービス屋だったのだ。
「ま、今すぐ決めろとは言わないよ。舞花の事業だ。じっくり考えて決めてくれ」
「そうですね……まだパートナーが見つからない方もたくさんいますので、もう少し考えてみます」
二人の様子を、陽太と環菜は微笑ましく見ていた。
そして、豪快な華美を背景にキャンプファイヤーを眺めながら、陽太が環菜に話しかける。
「舞花は、ここでだと特に生き生きしていて微笑ましいです。最初、種もみ学院生になると聞いて少し心配もしましたが、まったくの杞憂でしたね。逆に、たくましくなりすぎるのを心配する必要があるかもしれませんが」
「私達の子孫よ。へなちょこじゃ困るわ」
「でも、パラ実生同士の抗争に参加するようになるのかなとか想像してしまうと……」
「それならそれで、パラ実の頂点に立つ気概を持って参加してほしいわね。現状に満足するのは敗北と同じよ」
不敵に笑う環菜に、陽太はただ笑うしかなかった。
「それでも俺は、こんな今に満足ですよ」
陽太の手がふわりと環菜の手を包み込む。
「このあたたかな風景を愛する奥さんと一緒に眺められる俺は、本当に幸せ者だと心底思います。来年も再来年も、その先も……。また、こんなふうに家族でお祭りを楽しみたいですね」
「そうね」
環菜の言葉は少なかったが、そっと身を寄せて握り返してきた手が、彼女も陽太と同じ気持ちでいることを伝えていた。
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