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真夏の白昼の夢

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真夏の白昼の夢

リアクション

6)


 混乱は未だに続いている。
 窓の外に時折良からぬものが見えるので、とうにクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)はカーテンを閉めきってしまった。
 とはいえ。
「今頃、どうなってるのかな……」
 やはりそれは、気にかかる。
「面白そうな状況なんだけどね」
 ウェルチ・ダムデュラック(うぇるち・だむでゅらっく)は、あっけらかんと言い放つ。元が悪魔だけあって、混乱だの異変だのはやはり好きらしい。
「なにか作りたかったの?」
「それもいいけど、でも、しょせん夢だよ。醒めれば消えるなら、それもつまらないしね」
 夢に乗じてとんでもない魔鎧を作りたいのかと思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。
「はぁ……」
 クリスティーは、ため息をつく。
『夢を良い事にいつもより軽い気持ちで事に及ぼうとしたり、無軌道に走る人もいるんじゃないかな。クリスティーとウェルチは、部屋にいたほうがいいんじゃない?』
 クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)の忠告に従って、二人はこうして、同じ部屋でじっと異変がおさまるのを待っている状態だ。
『夢って言い張るとか』と、一応提案はしてみたが、『それで、目が覚めた後に確認でもされたら困るでしょ』と言われてはそれ以上反論もしにくい。
 実際、クリスティーとウェルチの本当の性別については、絶対に知られるわけにはいかないのだ。
 この秘密は、三人と、フェンリル・ランドール(ふぇんりる・らんどーる)との間で、守られているものだから。
「ねぇ、ウェルチさん。ボクらの状態って、夢を見ている本人には筒抜けなのかな」
 ふと、カルマもこの秘密を知ってしまうのかなと思い、クリスティーは尋ねる。
「ボクたちに意識がむけば、じゃない? これだけの規模で、人数の情報を全部頭にいれるなんて、そう簡単じゃないと思うよ」
「そう、か」
「というより、あの子ならバレたところで、なにも話しやしないだろうけどね。……それより、ほんと、つまらないなぁ。きっと外じゃ、エロエロなことだったり、ヤバいことが起こってそうなのに」
 ウェルチがぶらぶらと椅子に座ったままの両足を揺らす。そんな予想はともかく、つまらないということに関しては、クリスティーも全く同意見だ。だが。
「あれ? 夢の中なんだから、もしかして……」
 ふと思いついて、クリスティーは立ち上がる。そして、胸元に手を当てたまま、じっとイメージしてみた。今、なりたいと願う姿に。
 すると、案外簡単に、クリスティーの肉体は男性に変化していた。
「なんだ。これなら、部屋に閉じこもってる必要ないよ」
「そうだね。その手があった!」
 ウェルチもさっそく姿を変える。お互い、完全に男性化した姿は、少しばかり新鮮だ。人目で違いはわからないだろうが、事情を知っていれば、ちょっとした肉体的変化が見て取れる。
(でも、声低くなってるかな)
 つい咄嗟に考えるクリスティーの横で、さっそくウェルチはドアを開けて廊下に出た。するとそこに、黄色い矢印がぼんやりと浮かびあがっている。
「なんだろ、これ?」
「さぁ……」
 二人は顔を見合わせ、小首を傾げた。
 一方。
「さて、カルマの王子様はどこなのかな?」
 クリストファーとフェンリルは、薔薇園を歩いていた。
 目指すは教師の、清家安彦だ。
「冴えない王子だな」
 フェンリルの遠慮無いコメントに、クリストファーは微苦笑を浮かべて。
「まぁでも、今度こそカルマを目覚めさせてあげたいんじゃないかなって。……とはいえ、ぐずぐずしてるなら、僕が王子になってもいいんだけどね?」
「少なくとも見た目的には、モーガンのほうが似合うだろうな。……おっと」
 そのとき、風に吹かれてきたチラシが、フェンリルの長い足にひっかかる。何気なく手にしたそれを、クリストファーも首を伸ばして覗き込んだ。
「コンサート?」
「みたいだな」
「ふぅん……」
 クリストファーは顎に指をかけ、少しばかり思案する。
「昔、レモくんもそういうので正気にしたっけね」
「そうなのか?」
「まぁ、思い出話。でも、今回はちょっと趣向が違いそうだね」
 とはいえ、音楽関係のこととなれば、手を貸すことにやぶさかではない。
「行ってみようか」
「ここにか?」
「そう。まぁ、とりあえず王子様を見繕ってからね。それと、クリスティーたちも一緒に」
 クリストファーはそう言うと、フェンリルにむかって軽くウィンクして見せた。



 レモたちのカルマ捜索は続いていた。
 そこへ……。
「あ、テディさん」
 なにやらしきりにあたりを見回しているテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)を見つけ、レモは声をかけた。
「ああ。マスターを見なかった?」
「陽? 見てねぇな」
 カールハインツは首を振る。
「そう……危ないことになってないといいんだけど」
 やきもきとした表情を浮かべるテディ
「あ、あれ……レモさんと、陽さんじゃないですか?」
 マユが指をさした方向には、なにやら平和そうな公園があった。その、大きな木の下に、皆川 陽(みなかわ・よう)と、彼に抱っこされているカルマの姿が見える。
「いた!」
 よかった、とほっとした。ほっとした、が。
「……なにやってるのかな……」
 梓乃が、思わずといったように呟いた。

「ちょうチョ?」
「そう、蝶々だよー。よくわかったねぇ」
 ひらひらと飛ぶ蝶を指さすカルマの頭を、頬を緩ませて陽が撫でまくる。
 カルマもまだどこか眠ったような寝ぼけ眼だが、陽も陽で、これはただ夢を見ているだけだと思っているのか、言動がかなり自由だ。
「あー、カルマ君、かわいいーーー」
「かワいい?」
「うん、可愛いよぉぉ〜」
 ぎゅうっと抱き締めて、銀髪に頬をすり寄せて陽はご機嫌だ。
 子供のうちはわからなかった。大人になって初めてわかることというのは、たしかにある。
 コーヒーの美味しさとか、古い伝統あるものの美だとか。
 そして、なによりも……。
「ショタってとても貴重なものだよね!」
 ほんの少しの間でも、目を離せば、それは成長という魔法によって変化してしまう。今の姿は常に一瞬もきらめきでしかない。今目の前で、あどけない瞳をしているカルマもまた、そうだ。
「テディなんか、前は可愛かったのにさー。めきめき育っちゃって、今じゃあデカいし暑苦しいし汗臭いし、単なる熊じゃん!」
 めこっ。
 陽のぼやきが耳に入り、音をたててテディが凹む。
 だが陽は、まだレモたちには気づいていない。
「テディ、大キい」
「そうだよねぇ。カルマ君だってそう思うよね。はーーー最近、なんかわかるわーーー。ジェイダス様が少年を収集して学校まで作っちゃったの、なんかわかるわーーー。むしろ少年が目的で学校が手段だよね」
 相変わらずカルマを撫でまくりながら、陽はしみじみと頷いている。
 すると。
「美味しそうなお菓子だね。もらってもいい?」
 陽にそう声をかけたのは、幼い美少年だった。
「あれ、……」
 テディが絶句する。それが、幼い頃のテディの姿だったからだ。
「うわぁ、可愛いね」
 レモがそう思わず褒めるほど、無邪気な輝くばかりの笑みを浮かべた、可愛い男の子だ。
(ふっふっふ……)
 内心でそう笑う、美少年テディの正体は、実はユウ・アルタヴィスタ(ゆう・あるたう゛ぃすた)に他ならない。
 ユウ自身は、現状をきちんと把握している。その上で、せっかく夢の中ということで、変身をして、陽に近づいたのだ。
 目的は当然……。
「うわぁ、可愛いーねぇ。ほら、どうぞ、おいで? クッキーも、チョコレートもあるよ〜♪」
「わぁい、ありがとう。お兄ちゃん、大好き!」
 遠慮なく抱きつく美少年(ユウ)を、幸せそうに抱き締め返す陽。そのまま陽の膝に座り、「あーん」なんてクッキーを食べさせてもらっている。
「う………」
 その光景が羨ましいやら妬ましいやらで、テディは唸るしかない。
「て、テディさん……」
「……あの頃は早く大きくなりたくて、一人前になって戦いたかったのに。大きくなったら、もう可愛くないからいらないってことなのかな……」
「そんなわけないだろ」
 カールハインツが呆れ顔で否定する。
「そりゃまぁ確かに、可愛さで言えばガキのほうが可愛いけどよ。だからって、いらないなんてことは絶対ない」
「そう、かな。僕は……外見なんて、ただ彼の魂の入れ物だと思うから、いつだってそのときの姿が好きなんだよ」
「オレもそう思うぜ」
 カールハインツが、テディの肩を軽く叩いて慰めた。
 その間にも、カルマはまたうとうとし始めているようだ。
「カルマ君、眠いのかな? いいよ、もう少しお昼寝しようね」
「ん……」
 陽に甘えて頷くと、ことんと寄りかかるようにしてカルマはまた眠ってしまったようだ。
「あ、だめですよ。ちゃんと起こさないと!」
 梓乃が言い、みなはようやく、陽たちの元に歩み寄った。
 ただ、レモはぼそりと。
「ガキのほうが可愛いかった?」
「……だから外見は関係ないって話だろうが」
 ぶっきらぼうに答えるカールハインツに、わざと拗ねただけのレモは、くすくすと笑った。
「カルマさんー」
「あ、また可愛い子が!」
 声をかけにいったマユが、陽の手に捕まる。ショタっこ三人に囲まれて、陽はご満悦だが、テディの姿を見ると、露骨に唇を尖らせた。
「もう……カルマ、もう起きて?」
 レモがそう声をかけるが、カルマはすやすやと寝息をたてるばかりだ。
 夢の中でもさらにねぼすけは変わらないらしい。
「あ、いたいた! みんなも、一緒だったんだね」
「おー!」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)が、狼姿の白銀 昶(しろがね・あきら)とともに姿を見せる。
 彼らも、レモとは別に、カルマを探していたそうだ。
「無事だった?」
「うん。まぁ、色々見かけたけどねぇ」
 北都は苦笑する。北都の【超感覚】と、昶の嗅覚頼りの捜索だったが、最終的には無事カルマの居場所を突き止めたというわけだ。
 その間に、色々な夢を渡り歩いてきたようで、昶の足の毛には白い雪がまだ残っていた。冷たいそれを、昶は足を無造作に振って払いのける。
 色々な夢……というからには、レモと同じく、まぁ色々あったようだが。北都はいつも通りの、穏やかで控えめな笑みを浮かべたままだ。
 昶はその間にカルマに近寄り、頬をふさふさの尻尾で撫でる。レモもカルマも、大好きなもふもふだ。さらに体ごとで寄り添って、時折おおきな肉球で頬を押す。
(少し羨ましいなぁ)
 北都がそう思っていると、レモと不意に目があう。どうやら、二人とも同じようなことを考えていたらしい。
「むしろそれ、気持ちがいいから、よけい寝ちゃうんじゃないかなぁ」
「起こしちゃうの? 大きなわんことショタってのも、良い景色だけども」
 陽は少しばかり不満げだ。すると、北都が。
「素敵なコンサートがあるみたいなんだよねぇ。さっきそこで、チラシをもらって」
「ああ、もしかして、それって『ドイツ語を母国語とする人たち』の?」
「そうだよぉ」
 レモが確認すると、北都は頷いた。
「眠ったままでもいいかもしれないけど、どうせなら、ねぇ?」
「まぁな」
 そうこう話している間に、もふもふ、ぷにぷに攻撃を経て、昶は今度はカルマの頬を大きな舌で舐めた。薄い瞼のあたりに感じる刺激に、さすがのカルマもぴくりと身じろぐ。
「んぅ……」
「おはよう、カルマさん。ああ、でも、まだおはようには早いかもねぇ」
 ようやく目を開けたカルマに、北都がにっこりと笑いかける。カルマも、北都の笑顔と、大好きな昶のもふもふ姿に、ふにゃっと笑みを返した。
「どうせなら、このまま向かうか? 黄色い矢印、むこうにありそうだぜ」
 カールハインツが親指で示す。彼らはそれに同意して、カルマは昶に跨がらせてもらい、ようやく、『黄色いレンガの道』を歩き始めたのだった。