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記憶が還る景色

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記憶が還る景色

リアクション

■まとわりつく無形の過去に潜む束の間



 空京の公園を歩く美女二人。歩くだけで数人を振り向かせているのは、休暇を使って空京に遊びに来ていた
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だった。
 結婚して早3か月――いや、まだ新婚3か月! 少し遠出するただそれだけで「これって新婚旅行みたい」と気分が浮かれてしまうもので、この日も一通りデートスポットを巡った後、休憩がてら初秋のひと時を過ごそうと公園に訪れた二人は芝生に寝っ転がって空を見つつ他愛無い話題に話の花を咲かせていたが、柔らかい日差しに暖められて気づけば、うとうととお昼寝タイムへと途中していた。



…※…※…※…




 妙な感覚に、ふと、目を開ければそこは空京の公園ではなくてセレンフィリティは上体を起こした。
 目に映る世界は多くの色彩を失い、まるで時間が遡ったようなセピア調。コントラストは強調されず淡く輪郭を示す境界線は薄い。
 まるで古い映画に紛れ込んだみたいだ。
 右から左に、左から右に周囲を見渡し、現状を把握しようと務めるが、ざわつくような居心地の悪さを覚えて口を閉ざした。
 自分自身が酷く幼くなったような、上手に物事を環境を掴み詳細を知り状況に次の行動を決めるまでの思考の手順が稚拙で、考えようとすること自体頭の中に霧が立ち込めているような曖昧さがなんだか自分の感覚として受け取るには乖離が激しく、そこだけスポットを当てられたような、誰かの何かを脳に直接投射されたような、″触発されて反応を促された″事に自分を落ち着かせようとするが、上手くいかなかった。
 どうしてだろう、と疑問が湧くも、セレンフィリティは今自分を占めているのが22歳の成人のそれではなく、6歳か7歳くらいの幼女のものになっていることを知らず、ただ、心のざわつきに忙しなく目を瞬いた。
「アリサ」
 声が聞こえた。
「――アリサ」
 名前を呼ばれている。
 失くしたはずの自分の名前。
 呼び声は優しく耳朶に染み込み、セレンフィリティはどこから聞こえてくるんだろうかと首を巡らす。
「アリサ」
 名前を呼ばれるということの実感。それは、幼い心でも自分の帰るべき場所へ帰れるということを理解し、安心感に包まれて、セレンフィリティは幸福を感じる。
 うっとりと目を閉じてどこへ向かえばいいのだろうかと目を開けた。
 失われた記憶の向こう側にある両親の声。
 確かに愛されていた頃。
 学校には友達がいて、家には優しい両親が居て。
 少女はその中で幸せに成長するはずだった。

 あの日、あの時、あの場所にさえいなければ……。

 その日から彼女の記憶は14歳までの7年間、完全に欠落している。16歳までの2年間の記憶は筆舌に尽くしがたい凄惨なものだったがそれはまた別の話だろう。

 今は、少女は両親に名前を呼ばれ、再び取り戻すことの出来ない日々の幸せに儚く吐息するのだった。



…※…※…※…




 そこはどこなのかはわからなかった。
 街中なのはわかる。が、そこは先程までセレンフィリティと二人で昼寝をしていた空京の公園では勿論なく、空京の混雑した駅前でもなく、生活の中心たるヒラニプラの街でもなかった。
(ここはどこなのかしら?)
 普段なら自分が知らない場所とわかった時点で緊張するものだが、不思議とそんな気は起こらず、セレアナにしては珍しく、首を傾げるという、ゆったりとした動作で周囲を見回す。
 見知らぬ街。
 ただ突っ立ているのもと思い歩き出すと、
「ッ!」
 後ろから不意に誰かがセレアナの足にぶつかった。
 振り返ると自分の足にぶつかったのが小さな女の子だと知る。
 焦げ茶色の髪の、歳の頃なら6か7歳くらいの幼い女の子。
 その子がつぶらな瞳に目一杯涙を溜めて、ぶつかった足に縋るように抱きついたままセレアナを見上げていた。
「迷子になったの?」
 掴まれる足からやんわりと退いてもらい、膝を曲げると目線を合わせたセレアナは女の子と向き合った。
「私はセレアナよ。あなたのお名前は?」
 知らない街の人々はただ無言で二人の横を流れていき、子供を探す大人の声は聞こえない。
「泣かなくても大丈夫よ、一緒にお母さんを探しましょう?」
 迷子かと聞いても答えず、名前もわからず、母親の特徴を聞くもこれも無言。ぎゅっと両の拳を握った女の子は、自分を涙で濡れた目でただ見つめてくるだけ。
(どう、しよう……)
 手を変え品を変えて色々と聞いてみるが何も話してくれない。慰めるだけでただ悪戯に時間ばかりが過ぎていく。
「少し歩きましょう」
 途方に暮れたセレアナは曲げていた膝を伸ばすと女の子に右手を差し出した。
 手を繋いで、少女の両親を探しに二人は街中を彷徨い始める。



…※…※…※…




 こつ、と指先が当たった。
 その微かな衝撃に二人は同時に目を開ける。
「セレアナ?」
「セレン?」
 仰向けの体勢から、いつの間にか向かい合って寝ていたらしい。最初に目に入った人が最愛の人であることに、二人は同時に笑い出した。
「なんだろう、不思議な気分」
「あら、奇遇ねセレン。私もよ」
 暫くくすくすと笑い合って、セレンフィリティは今日の日を見上げた。