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黄金色の散歩道

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黄金色の散歩道
黄金色の散歩道 黄金色の散歩道

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黄金色の散歩道
 
 
 夢を見た。
 自分は前世で『ヤミー』という名の女だったが、これは前世の記憶を辿るあの夢ではない。
 夢の中で、新風 燕馬(にいかぜ・えんま)の姿はヤミーのもので、行動もヤミーそのまま、ぐうたらの極地だったが、周囲にいるのは何故か、前世のヤミーではなく燕馬自身の知り合いばかりで、そんなヤミーに白い目を向ける。
 やめろそれ俺じゃないそんな目で俺を見るな――! と、叫んだ自分の声で目が醒めた。

「俺じゃない……うう、しかし何でこんなに心が痛いんだ」
 それは自覚があるからだろう、とこの場に知り合いが誰かいたのなら、きっと突っ込んでくれただろう。
 思えば日頃から夜更かしばかり、半分寝ながら学業をやっているという有様では、いつ正夢になってもおかしくなかった。外見はともかく。
「よしっ、一念発起! 引き締める為に、そうだな……教導団に見学にでも行ってみよう!」
 軍隊の訓練風景でも間近に見れば、きっと気が引き締まるだろう……と根拠の無い決断でヒラニプラに行き、居るだけで随分疲れた見学からの帰り道、十字路の合流地点で、燕馬は、それぞれ別の道から現れた、パートナーのザーフィア・ノイヴィント(ざーふぃあ・のいぶぃんと)新風 颯馬(にいかぜ・そうま)とばったり出くわしたのだった。


「何だ、二人ともヒラニプラに来てたのか? そういえば、顔を見かけないなと思ってた」
「わしは、知人の墓参りにの。彼岸の時期じゃろう」
「燕馬くんこそ、どうしてヒラニプラに?」
 機晶技師にメンテナンスを受けた帰りのザーフィアが、不思議そうに燕馬を見る。
「まあ……色々。
 二人とも、用事が済んだなら一緒に帰ろうぜ」
「……うむ、そうさせてもらおうかのう」
「……そうしようか」
 燕馬の提案に二人も頷いて、三人で歩く。
 交わす言葉は少なく、こいつら何か暗いな、と燕馬は不思議に思ったが、何があったのかは、あえて訊かなかった。
 きっと自分も、いつもより暗いと二人に思われているのかなという気がしている。

 傾きかけた陽の光が、三人の歩く道を黄金色に照らしている。
 その輝きに目を細めながら、あの夢の中で、燕馬がどんなに駄目になっても、パートナー達は優しく見守ってくれていた、と思い出した。
 夢は夢、勝手な思い込みに過ぎないけれど、今はそれが嬉しく思う。
 そう思ったら、何だか気分も浮上して、だから、燕馬は二人に声を掛けた。
「なあ二人共。
 俺は、皆に出会えて良かったと思ってる。
 俺と出会ってくれたことに、すげー感謝してる」
 ぽかん、と二人は燕馬を見た。
「……一体どうしたんじゃ、燕馬殿?」
「何か悪いものでも食べた?
 いやでも、燕馬くんが夢見がちなのはいつものことかな……」
「ひでえ」
 燕馬は肩を竦めて笑う。

 今此処に存在する全ては、いずれ消えてなくなる。
 ――ヤミーのように、自分を置いて逝くのだろう、そう解っている。
 でも、だからこそ。
「この黄金色の現在を、精一杯楽しもうぜ――楽しめるように努力するから、さ」
 ああ、何を恥ずかしいことを言っているのだろう、我ながら、と思いつつ、言い出したなら最後までぶちまけてしまおう、と、言ってしまう。

 ザーフィアは苦笑した。
「本当に……放っておけない人だね、君は」
 体調は悪化している。
 燕馬の為に習得した技、ベル・エポックは、使う度にこの身体を蝕み、こうして定期的にメンテナンスを受けても悪化を自覚するだけで、改善はされず、自分の寿命はいつ尽きるのだろうか、と考える。
 一年後か、一ヵ月後か、それとも、明日か。
(僕は最後まで、君の剣でいられるだろうか?)
 そう、考える……
「でも、そうだね……君が努力するのなら、僕も努力しないといけないかな……」
 ザーフィアは、光に照らされる燕馬を眩しく見る。
 いつかの最期のその時に、後悔しない為に。

 颯馬もまた、燕馬の言葉に目を細めた。
 彼がかつて居た未来、命の恩人だった人物は、この時代では燕馬と同年代の教導団の学生だった。
 けれど彼とは、この世界において出会うことは無い。
 あるはずだった出会いは、なくなった。
 存在しない者が存在を始めた瞬間――自分がこの時代に来た瞬間にこの世界の未来は変わり、自分のいた世界はパラレルワールドの一つとなって、その為に、未来から来た者は例外なく、己の未来に帰ることはできない。
(この世界はもはや、わしの知る未来とは別の世界じゃ。
 ひょっとすると燕馬殿達とも、わしの知る時代より早くお別れせねばならぬのだろうか?
 それは……嫌じゃなあ)
 そんなことを考えていた矢先の、燕馬の言葉だった。
 ふっふ、と笑うと、燕馬はちぇ、と溜息を吐く。
「何だよ、もう、二人とも」
「いやいや、期待しておるとも、燕馬殿」
 そう言いながらもふふふ、と笑う颯馬に燕馬はやれやれと肩を竦め、三人は再び歩き出す。


 別れは、そう遠くない先に待っているのかもしれない。
 きっとその時、自分達は泣くだろう。
 けれど、今此処にある黄金色からをも、目を背けたくはないから。

 穏やかに笑いながら、三人はこの道を歩いて行く。