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別れの曲

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【未来・3】


「注文は取り敢えずコーヒーと玄米茶とこのドンブリ白玉ね♪」
「……ドンブリって、それ誰の分だよ、親父」
「僕の分です、父親は働くために栄養が必要なんですよ、太壱君」
「ワケわかんねー理屈だ……ってか、栄養必要なのはお袋の方じゃねーのか?
 あ、俺の方にはブラックのアイスコーヒー、ストレートティーにアップルパイのバニラアイス乗せを頂戴」
 ジゼルが注文を復唱していると、子供達を興味深げに見ているフレンディスへ樹が顔を向けた。
「忍び娘に軍人の碧き妻よ、2人とも、赤ん坊を抱いてみるか?」
 提案をジゼルは微笑んで辞退した。仕事中に赤ん坊――それも新生児を抱くのは、色々とリスクが高い。樹は隣へやってきたフレンディスの腕へ、双子の一人をゆっくりのせる。そしてぐにゃぐにゃの赤ん坊に戸惑っている彼女へ、正しい抱き方を教えてやった。
「まだ首はすわっておらぬが、それに留意すれば抱きやすいと思うのだよ」
「ピンクの服が女児の二千華、ブルーの服が男児の三咲ね、どっちも可愛いんだわ、流石僕と樹ちゃんの子どもだね〜」
「黙れ! 人前だぞ恥ずかしい!」
「あのー、親父もお袋もそれ止めてくんねぇかな、息子としてはどう突っ込んで良いかわかんねーし」
「碧き妻も似たような状況だったであろう?」
 同意を求められて、ジゼルは長い睫毛をしぱたかせる。確かにスヴェトラーナはジゼルとアレクの子供だが、あくまで別次元の自分達の間に生まれた娘で、自分達が産み育てた訳ではない。そもそもこの世界のジゼルは子供を産む機能すら持たない肉体の為、双子を出産した樹の感覚は分からなかった。第一スヴェトラーナは成人女性だ。アレクも歳相応の対応を心掛けているので、同じ娘を持つ親と言っても章の可愛がり方とは大分違う。
 ジゼルの家族は人と、合成で作られた人の夫婦に、養女と別次元の子供、一度死んだ妹に、ジゼルが魂を移した死んだ女の弟であった兄という荒唐無稽で悪趣味ぎりぎりな構成でなりたっている。彼等はそれで満足し幸福を得ているが、それは通常の形から見れば大分外れていて、歪で、不思議なものだ。ジゼルが家庭に持っている『幸せ』は一般的な人の持てる幸せからは乖離しているから、普通を持ち出されると到底彼女には理解出来無かったのだ。
 困った笑みを浮かべるジゼルから視線を外して、樹は太壱へニヤニヤと笑いかけた。
「……お前もじきそうなる可能性があるんではないか?」
「なに? セシリア君も来るの? だったらそっちの方が面白そうだねぇ……
 太壱君つっつきは僕の癒しでもあるし」
「それ癒しじゃねぇ! イヤらしいな親父!」

 そんな話題を出していたところで、タイミングよくセシリアがやってきた。
「タイチ、約束通り来たわよ」
「お、おう……ツェツェ、こっちだ、紅茶とアップルパイ頼んでおいたぞ」
「……あ、ありがと、とりあえず食べながらにしましょ」
 予めあけてあった太壱の隣に腰掛けると、セシリアは太壱の手を取って握り、彼の目を見つめた。
「……タイチ、わたしが居るから、大丈夫」
(……何だ、いつもと様子が違うな)
 そう思いつつも理由を知っている太壱は自分も緊張していた。二人でそわそわとする様子に、樹は訳知り顔でいる。
「ふぅ、やっぱりパパーイには黙って来て正解だったわ……」
 と、セシリアが言った瞬間、彼女の端末が着信を告げた。発信者は彼女の父――アルテッツァだ。
「オッラ、パパーイ……」
[どこへ出かけているんですかシシィ、来年度は天学に勤めないとの辞退届が出ていると聞きましたよ、何をするつもりですか?]
 電話ごしに声を聞きつつ、太壱はかしこまった様子でセシリアの通話が終わる前に口を開いた。
「えーあー、親父、お袋、それと……ベルク、フレンディス、ジゼルも聞いてくれ」
「何を畏まっているんですか、太壱君?」
 からかうような笑みを浮かべる章から、太壱は「ツェツェ」と呼んでセシリアと視線を合わせ、もう一度父親へ向き直った。

「……俺達、駆け落ちします!」
「パパーイ、わたし、家出します! タイチと一緒に!」

 二人がそれを口に出したのは、ほぼ同時だった。
[それは、世間一般では駆け落ちと言うんですよし――]
 アルテッツァが未だ喋っているのを分かりながらもセシリアは終了ボタンを押し、樹に済まなさそうな顔を向ける。
「ガチャギリしたから怒ったパパーイが御迷惑かけるかも、タイチのお母さん、その時には……足止めお願い致します!」
 元よりそのつもりだという様子で頷く樹だが、章の方は理解が追いついていないようだ。
「は? ……何を宣言しているんですか太壱君」
 思わず立ち上がって息子を咎めた。
「結婚しようとしても無理だろ、ツェツェは親父の恋敵だった野郎の娘だし、だから、駆け落ちするんだ!」
「ふむ……まあ、事件性はないし問題はないな、太壱、思い切り行ってこい!」
「ちょっと待ってよ樹ちゃん! 何でOK出しちゃうの?
 確かにセシリア君は僕達よりの思考を持っているけどあの『先生』の血を引いてるわけで
 ……って事で許せません!」
 力尽くで止めようとする章だったが、その拳がスキルを発動せんと光った瞬間、彼の身体は前のめりに沈んでしまった。
 そこまで黙っていたフレンディスが、問答無用で当て身を喰らわせたのだ。へろりと床へ沈んだ顔へ、冷静な忍者の視線を落す。
「日頃隙を見せぬ殿方だからこそ冷静を欠いた瞬間が狙い目なのです」
 実のところ、これを指示したのは樹で、
「黒いの、もしかしたら忍び娘の手を煩わせるかもしれん。
 アキラが暴れたら、手加減無しで沈めては貰えんか?」といった感じで事前にベルクに伝えられていたのだが、フレンディスがまさか此処迄やるとは思っていなかったベルクは――精々後ろから羽交い締めにする程度だと思っていたのだ――、驚きに声を上げる。
「いや、フレイやりすぎだろ!?」
「……あー、見事に沈んだ
 みんな、ありがとう、お袋……俺、連絡だけは欠かさないようにするわ」
「別に良い、便りがないのがよい便りとも言うしな。
 お前も成人しているし無茶は言わん。
 だが……太壱、お前を頼ってこの時代まで来た女人だぞ、小娘は。
 独りにすることは、断じて許さん」
「んなことしねーし、ま、お袋が孤児だったからそういう気持ちは分かるぜ。
 でも、ツェツェ……セシリア・ゾディアックは俺の大切な人だ……幸せにする」
 太壱の覚悟を聞くと、樹はその言葉を待っていたと笑顔を向け、分厚い札束を彼のポケットへとねじ込んだ。
「……餞別だ、当座の資金として使え。
 あと、表に停めてあるアキラのヘリファルテを乗っていくが良い」
「……お袋サンキュー!
 ツェツェ、コペンギンハーゲン、うにゃーさんにへんぷくさん、いくぜ!」
「いこっか、コペンギンハーゲンも!」
「くぇ!」
 騒がしく去って行ったカップルと入れ違いで店に入って来たグラキエス達は、床に転がる章を見下ろし、ただならぬ様子に目を丸くしている。
「あの二人、一体何処へ行ったんだ……?」
 経緯は全く飲み込めないながら、セシリアと太壱の事を口にしたウルディカの声に、答えられる者は誰も居ない。
 駆け落ちの行く末など分かる筈も無く、『二人は幸せに暮らしました』を願うばかりだ。
「さあね? グレトナ・グリーンかな」
 本に視線を落したままのアレクが適当に答えると、静かな店内に新しい頁をめくる音が響いた。