波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

そんな、一日。~某月某日~

リアクション公開中!

そんな、一日。~某月某日~
そんな、一日。~某月某日~ そんな、一日。~某月某日~

リアクション



2025年11月30日


 去年の秋受診した産婦人科で、遠野 歌菜(とおの・かな)は妊娠を告げられた。
 何度目かの検診で、赤ちゃんが男の子と女の子の双子であること、無事に育っていることが判明し、月崎 羽純(つきざき・はすみ)共々喜んだ。
 産まれてくる子のためにと様々な準備をして、待ちに待った我が子が生まれたのは十月十日丁度の夏の頃。
 元気に泣く二人を見て、幸せを感じた日からもう三ヶ月が経った。
「ほら、見て、羽純くん」
 子供たちはすくすくと成長し、今では首がすわるようになっていた。
「首がすわるようになったから、二人を連れて外出もできるね」
「明陽と颯希が産まれてから、ずっと育児にかかりっきりだったもんな。久しぶりに出かけるか」
 歌菜のことを気遣ってくれる羽純の言葉に、歌菜は笑顔を見せて頷く。
「どこに行きたい?」
「じゃあ……フィルさんのお店に行きたいな。フィルさんに赤ちゃんを見てもらおう?」
「ああ、そうだな。クリスマスや二人の誕生日に、世話になるかもしれないし」
「だね。じゃあ、早速支度しなきゃ。明陽ー、颯希ー。お出かけですよー。初めての遠出だねー」
 話しかけると、二人は不思議そうな顔で歌菜を見上げた。


 久しぶりに聞くドアベルの音。ケーキの焼ける、甘い匂い。
 懐かしい気持ちに口元を緩めながら、歌菜はカウンターにいるフィルへと「お久しぶりです!」と声をかけた。
「わー久しぶりー。子供連れてるーどうしたのー?」
 楽しげなフィルの問いかけに、歌菜はえへへと小さく笑う。
「私たちの赤ちゃん。ついこの間産まれたんです」
「三ヶ月くらい?」
「はい! 首がすわるようになってきたから、みんなで出かけようってなって。それで、フィルさんのところに顔を出しに」
「わざわざ? 嬉しいなー。子供たちはなんて名前ー?」
「私が抱いている子は双子のお兄ちゃんで、明陽って言います。羽純くんが抱いてるのが、妹の颯希」
 名前は、羽純と二人で相談して決めた。
 明陽は、明るい太陽のような子になって欲しい。颯希は、颯爽と希望を届ける子になって欲しい。そんな願いを込めて。
 名前の由来をはにかみながら伝えると、フィルは笑みをいっそう深くして「そっかー」と頷いた。子供たちを連れてきてからずっと笑顔だし、もしかしたら子供が好きなのかもしれない。そう考えると、なんだか嬉しい気持ちになった。
「二人とも、目元とか羽純くんに似てませんか?」
「ああ。言われてみればそうだねー」
「でしょー。きっと、将来美人さんになるんだろうなあ……」
 親ばかを自覚しながらもそう呟くと、羽純が首を傾げた。
「俺に似てる?」
「似てるよー。ほら、見て?」
「俺は鼻筋とか、歌菜に似てると思うんだが」
「えー。私は羽純くん似に育って欲しいなぁ……羽純くんに似たら、絶対素敵な人になるもん」
 ぼんやりと、将来の二人を想像してみる。明陽は羽純によく似た格好いい青年になるだろうし、颯希はクール系の美人になるに違いない。だって、今もう既に二人とも美男美女の面影がある。
「歌菜に似ても可愛いと思う」
「う〜ん……私は羽純くんに似てほしいな」
「俺は、歌菜に似た子がいい」
 そんなやり取りをしていると、フィルに笑われた。
「子供が産まれてからも、相変わらず仲良しだねー」
 その声ではっと我に返り、同時に注文もせずお喋りに興じてしまったことに気付く。
「すみません、長々と立ち話しちゃって……!」
「平気平気、今静かな時間だったし。子供たちも大人しいし、お茶でも飲んでいけば?」
「じゃあ……お言葉に甘えて。少し休憩してから帰ることにします」
「フィル、今日のお勧めケーキはどれだ?」
「はーちゃん、しっかりケーキ食べてくんだね」
「当然だ」
「潔くて好きだよ。ええとねー、今日はモンブランがお勧めだよー。甘さ控えめたっぷりマロン。まだまだ現役秋の味覚ー」
「じゃあそれで。歌菜はどうする?」
「私も羽純くんと同じものをお願いします」
 注文を済ませると、店内を見渡した。デートで来ていた時から使っていた、日当たりの良いお気に入りの席が空いている。
 腰を下ろして一息ついていると、さほど待たずしてケーキセットが出てきた。明陽も颯希も初めて見るケーキに興味があるようで、手を伸ばしたり、食べる歌菜たちのことを不思議そうに見上げたりしている。
「ごめんな。お前たちにはまだ早いんだ。後でミルクを飲ませてもらおうな」
 二人を優しくあやす羽純の声が、なんだか耳に心地よい。
「どうした、笑顔で」
「んー、幸せだなー、って思って」
 愛する人と、愛する人の子供たちと、お日様に当たりながら静かな午後を過ごす。たぶん、これ以上ない幸せだろう。美味しいケーキとお茶もついている。
「ずっと、こんな風に幸せが続いたらいいな。羽純くんと、この子たちと、笑い合えたらそれでいい」
 呟いた歌菜の手を、羽純がぎゅっと握った。温かくて、力強い手だった。
「続くよ」
「羽純くん……?」
「俺がこの幸せを守るから、ずっと続く」
「……うん」
 多幸感に抱かれながら、歌菜たちは幸せなひと時を過ごした――。