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『君を待ってる~封印の巫女~(第3回/全4回)』

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『君を待ってる~封印の巫女~(第3回/全4回)』
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第3章 バジリスク
「全くセーネと来たら……肝心な時に倒れてしまって何様のつもりでしょう」
 リュシエンヌ・ウェンライト(りゅしえんぬ・うぇんらいと)は前方、発見した砂色トカゲを見据え、ツィと目を細めた。
 脳裏に描くのは、セーネ・アンジェリック(せーね・あんじぇりっく)……先ほど保健室に置いてきたばかりのパートナーだった。
「リュシエンヌ様、申し訳ございません」
 まさかの不意打ち、石化してしまった己を恥じ入り、顔を伏せたセーネ。
「リュシエンヌ様お一人を行かせるのは心苦しく……」
「足手まといはいらないもの」
「……はい。本当に申し訳……」
「と・に・か・く! あのバジリスクとかいうトカゲを狩れば良いのでしょう? 私にかかれば造作も無い事だわ」
 パートナーを危険にさらしたくないのは、リュシエンヌも同じなのだと、セーネは気付いただろうか?
「だから! セーネはここでリュシエンヌを待ってればいいの」
「はい、リュシエンヌ様。御無事でお帰りになるのを、心よりお待ちしております」
 ただ、そっと頷く表情はいつもの落ち着きを取り戻していて。
 リュシエンヌは安心と共に、セーネを残してこられたのだった。
「私の補佐を勤めると言うのだから、簡単には死なせませんわ」
 その手には、黒い大鎌。小柄な自身の身の丈よりも大きな柄と肉厚な刃を持つ光条兵器を軽々と操り、リュシエンヌは駆けた。
「爬虫類風情が、このリュシエンヌ様に叶うと思って?!」
 黒い大鎌でバジリスクを刈り取りながら、リュシエンヌは不思議とセーネを近くに感じていた。
「どうか、どうかご無事で……リュシエンヌ様」
 祈りは力となり、寄り添い我が身を守っているのだと、リュシエンヌはそう疑う事無く思い。
 大鎌を振るう手に力を込めたのだった。

「石化の症状で悩んでいる皆には済まないが、こっちもお仕事させて貰おうかね」
 シャンバラ教導団の霧島 玖朔(きりしま・くざく)は、ハヅキ・イェルネフェルト(はづき・いぇるねふぇると)伊吹 九十九(いぶき・つくも)ナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)、そして佐野 亮司(さの・りょうじ)とチーム【バジリコバジリスク】を組みミッションをスタートさせた。
 言うまでもない、バジリスクの捕獲である。
「バジリスクか……研究機関とかに売りつければ高く売れそうだな……」
 闇商人・亮司からすれば、バジリスクも立派な商品である。
「まぁ……予想以上にすごい光景ではあるが」
 商売柄パラミタ各地を渡り歩いている亮司だが、こんな大量のバジリスクは見た事がなかった。
 普通のバジリスクとは姿形が違うのは少々気になるところだが。
「まぁ新種って事で」
 全部捕まえる必要もないし、これだけ人数がいればなんとかなるだろう、と玖朔達の様子を窺う。
「俺は俺の仕事をこなしますか」
「どうだ、ハヅキ?」
「罠には掛かっていません……エサも盗られていないですね」
 仕掛けたネズミ捕りの罠を確認し、ハヅキ。
 エサとして置かれた肉と鉱物の欠片にも、反応した後はなかった。
「なら、追いこめばいいんでしょ」
 酷薄な笑みを浮かべたのは、九十九だった。
「わざわざ教導団から蒼学にまで足を運んで面白い事が出来ると思ったら、只のトカゲ狩り……まあ、せいぜいトカゲでも苛めて憂さを晴らす事にするか」
 九十九はガッカリ気分を切り替え、ランスを振り上げた。
 バジリスクを追いたて、罠に追いこむべく。
「ナナ、頼む」
「了解致しました、ご主人様」
 同じく、ハウスキーパーを使いナナが周辺のバジリスクを集める。
「バジリスクを傷つけないようにっと……よし、こっちだこっち、ちゃんと罠の方へ行ってくれよ」
 そして、亮司も。
「後は何匹か捕獲すればミッションコンプリートだな」
「はい、サンプルゲットです」
 ゴム手袋をはめた手で、キュゥっと気絶したバジリスクを採取したハヅキはハッと気付いた。
「このバジリスク……私と似ている?」
 機晶姫であるハヅキ。
 九十九の攻撃の後を調べると、バジリスクの傷ついた身体からは血は一滴も流れておらず、代わりに石のようなものがサラサラと流れ落ち。
「……!?」
 瞬間、気絶していた筈のバジリスクがカッと目を見開き。
「ハヅキ様!」
 抱きとめるナナの前でハヅキが膝を折り。
「……すみません、油断しました」
「問題ない、想定の範囲内だぜ」
 玖朔はアサルトカービンを、逃走しようとしたバジリスクへと撃ち込んだ。
 パン。
 乾いた音と共に四散する身体は、やはり石か砂のよう。
「これは……?」
 その中に小さな黒い石が在った。
「とりあえず壊してみたら?」
「……よし」
 照準を合わせるまでもない。
 引かれる引き金と共に、黒き石は砕け散り。
「ご主人様、ハヅキ様が……」
「……うん、何とか大丈夫みたい、です」
 よろめきながら立ち上がるハヅキ。先ほどのように、力が抜けていくイヤな感覚はもう、無かった。
 そんな一同の前。
「ビンゴ、だな」
 空飛ぶ箒から降下した緋桜ケイは溜め息まじりに呟いた。
 倒されたバジリスクから淡いもや……光のようなものが抜け出たのを感じた。
 ホンの一瞬で消えたが確かに、それはケイがやってきた方向……保健室へと向かったようだった。
 血ではないが、それに近い……命の匂いがしたのだ。
「命をかすめ取っていく……それを倒せば、盗られた者は正常な状態に戻るって事か」
「その為の命ですか」
 ケイから話を聞いた玖朔はナナに頷き、溜め息をついた。
「魔法生物?、か……生体サンプルには向かないな」
「新種って事で売りには出せるだろうが、そうすると、命を奪われた奴が死ぬのか」
 それは亮司も同じだ。闇商人であっても死の商人ではないのだから。
「命を弄ぶ……一体誰の仕業なんだ」
 対照的に、憤ったのはケイだった。
「それはやはりあちらの方、ではないですか?」
 そうしてナナが指さした先には、件の花壇が在った。

「チェル前に出過ぎないで!」
「はっはい、分かりましたわ」
 学園内。目当てのバジリスクを発見した白波 理沙(しらなみ・りさ)は、パートナーのチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)にに言い含めると、バジリスクと距離を詰め。
 後衛のチェルシーからの援護魔法に合わせ、リターンダガーを振るう。
「さすがに他人の生命の危機にまでボケてられないですわ……」
 いつもはぽややんとしているチェルシーだが、同級生や友達が次々と倒れていくこの状況である、さすがに表情はキリリと引き締められている。
「……」
 けれど、理沙にはそれが逆に不安でもあった。
「私は地球人だから大丈夫かもしれないけど、チェルはバジリスクに狙われるかもしれない……もし、チェルが居なくなったら私はどうしたらいいの……?」
 それでも、離れているのも不安で。
 だとしたら一刻も早くバジリスクを駆逐する。
 それが唯一絶対の方法だと信じて。
「それにしてもコレは本当にバジリスクなのかしら?」
 バジリスクは通常、灰色で目が合ったら石化して血は毒で。
 けれど、リターニングダガーに付着したのは砂粒か石の欠片。血や体液らしきものはなく、このバジリスクが通常の生物ではない事を物語っていた。
「まぁ、こいつがバジリスクであってもそうでなくても、やるべき事は変わらないけど」
 金色のポニーテールを揺らしながら、必死にダガーを振るう。
「全ての事ができるほど万能じゃないけど、チェルだけは絶対に守り抜くわよっ!」
 ただその一心で。
「理沙、ちょっと熱くなりすぎですわ」
 そんな理沙を見つめるチェルシーは、内心ハラハラし通しだった。
 確かに今まで理沙達地球人の被害は無い。
 だが、それはたまたまだったかもしれない、理沙が最初の犠牲者になってしまうかもしれない。
 その不安がどうしても消えてくれなくて。
「でもきっと、理沙はわたくしの為に……だとしたら、わたくしもまた理沙を守らなくては」
 それでもその不安と闘いながら、チェルシーは理沙の背中を見つめながら、魔力を高めた。
「わたくしに出来る事は魔法攻撃くらいですけれど……自分にできる精一杯をお手伝いさせていただきますわ」
 みんなを救う為、そして大切なパートナーを守る為に。

「バジリクスと言う怪物、目を合わせたら石化するし、猛毒も持っているのでありますな??」
 大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は暫し考えてから、チャキ!、っとアサルトカービンを構えた。
「これならば目を合わせる確率も低くなる……はずであります」
 石化するのはシャンバラの者達だけだと言う話だが、警戒するのに越した事はなく。
 そして、人が石化するのならこのまま放ってはおけなかった。
「……えいっ!?」
「ひゃっ! 遊雲、どこですか?」
 そんな剛太郎の瞳が、随分と危なっかしい二人組を捉えた。
 百合園女学院の遊雲・クリスタ(ゆう・くりすた)レイ・ミステイル(れい・みすている)である。
「遊雲はここだよ、レイちゃん。でもおっかしいな……上手く捕まえられないや」
 ダンボール箱を振りかぶっては振り下ろし、バジリスクを追いかける遊雲と。
 目隠しをし、そんな遊雲の背中に捕まりついているレイと。
「あの子供達は何をしているのでありますか……?」
 こんな場所で遊んでる?、のが軍人たる剛太郎には理解できなかった。
 実際、遊雲的には「楽しいから♪」という感じなのだが。
「ここが戦場なら真っ先に死ぬところであります」
 とはいえ、民間人を放っておくわけにはいかなかった。
「これより自分はバジリスク駆除と並行して、非戦闘員の安全確保を開始するであります」
 任務に就く気持ちで、一度敬礼し。
 剛太郎は躊躇なく銃のトリガーを引いた。
「……ほれ?」
「なななっ、何か音がしましたよ?!」
 勿論、それは遊雲達を些かも傷つける事無く、バジリスクだけを撃ち抜いた。
「小銃射撃は自分の最も得意とする所であります! もちろん万が一には銃剣格闘や軍刀術で奮闘するであります!」
 ダンっダンっダンっダンっダン、続けざまに発砲。
 やはり普通のバジリスクとは違うのだろう。
 バジリスクは血ではなく、パシュッと砂のようなものを飛び散らせた。
 勿論、それが罠や毒を含んでいる可能性もあるので、軍人たる者むやみに近寄らない。
「うわっ何かすごいね!」
「え? え? え? どうなってるんです?」
 幸い、遊雲たちも動かなくなったそれらには興味がないようだし。
「次のターゲートに移行するであります!」
 対象が完全に機能停止したのをもう一度確認し、剛太郎は隣のバジリスクに照準を合わせた。
 弾が尽きるまで、否、尽きても尚。
 戦い続ける……これ以上被害を拡大させない為に。


「かかった!」
 罠でバジリスクを釣り上げた倉田由香は、リターニングダガーを突き刺した。
 飛び散る砂、それが腕にかかるが気にしている余裕はない。
 出来るだけ早くバジリスクを倒したい、その一念だった。
「こいつら、倒しても倒しても減らないっ!」
 同じ気持ちで剣を振るいつつ、シルバ・フォードは唇を噛みしめた。
 こうしている間も夏希は……暗い方へ傾きかける気持ちを、必死で立て直す。
「シルバさん!」
 一瞬の隙。シルバに飛びかかろうとしたバジリスクに、高瀬 詩織の雷術が落ちる。
「……悪い」
「焦らないで。注意は怠らずに、一匹ずつ倒していくしかないわ」
 息をつくシルバに、グレートソードで止めを刺しながら、紫光院 唯が声を張る。
 唯とて言う程、冷静ではいられない。
 それでも。
「……私達は負けられないのだから」
「ああ、そうだよな」
「焦らないで、私は大丈夫ですから」
 そんなシルバの耳元で夏希の声が聞こえた気がした。
「……そういや、こんな風に離れてた事ってあんまりないよな」
 離れて初めて気付く、夏希がどんなに近くにいたか。
 空気みたいに自然に、いつも側にいた。
 離れていても気付く、心が繋がっている事。
 夏希がシルバを信じてくれている気持ち。
 だから。
「泣き事なんか言ってられないよな。夏希も皆も助かる! 俺達が助ける!」
 ただそれを信じて、シルバは剣を振るうのだった。
「ええ。このバジリスク達のどこかに、メリッサの命を奪っているヤツがいるのだから」
 もしかしたら、バジリスクを倒しただけでは何も終わらないのかもしれない。
 夜魅という少女を何とかしないといけないのかもしれない。
 だが、今は。今の唯にとっては。
「無事にメリッサが元に戻ってくれれば、私はそれだけで……」
 そんな風に思う自分はとても不思議であり、同時にとても自然だった。
「シルバさんも唯さんも辛いでしょうに」
 後衛で二人をサポートしながら、詩織の胸も軋んだ。
「私は……もし小夜子が死にそうになっていたら……」
 想像しただけでぞっとした。
 だが、ここは戦いの場だった。
 僅かな逡巡はバジリスクの接近を許し。
「……ッ!?」
 飛びかかってきたバジリスクに思わず目を瞑る。
「!? しまった!」
 気付いた由香がダガーを握り。
 だが、焦りがまた負の連鎖を呼ぶ。
 急に動きが素早くなったバジリスクが、由香にも牙をむいたのだ。
「っ!」
 避けようとバランスを崩し尻もちをつく由香。
 バジリスクとの間に小柄な影が割り込んだのは、その時だった。
「……るーくん」
 目を閉じたルークが、その拳で炎を打ち出したのだ。
「見えなくたって、これくらいは出来るんだぜ」
 目が合うと石化する、それがこのバジリスク達にどれくらい当てはまるのかは、分からない。
 だがそれでも。例え石化してしまったとしても、由香を一人で危険に遭わせるよりずっと良い、心からそう思うから。
「……うん。ありがとね、るーくん」
 差し出された手に捕まり、立ち上がる由香から、先ほどまでの焦りは消えて。
「みんなの石化、止めよう……一緒に」
「おう!」
「あっ、詩織ちゃんは……?」
「あっちも大丈夫だ、ほら」
「……?」
 来るはずの衝撃はいつまで経ってもやってこなくて。
 恐る恐る目を開けた詩織が見たのは、見慣れた背中だった。
「……え? どうして小夜子が受け止めているんです!? 看病に回っていてと言ったのに……」
「何ものにも、詩織を傷つけさせやしない……その誓いを破棄させる事は誰にも出来ないわ……詩織自身でもね。詩織は、あたしだけの宝物なんだから」
 剣でバジリスクを払いながら、膝が崩れる小夜子。
「馬鹿ですよ小夜子、守ってくれたのは嬉しいけど……そんな事をしたらあなたまで倒れてしまうのは目に見えていたのに」
 駆けよる詩織の目からは涙が零れ落ちた。
「あなたに万一のことがあったら私はきっと耐えられないから、あんなに強く言ったのに……」
「あたしだって、耐えられないもの」
 顔色が悪い。呼吸が荒い。剣が手から落ちる。
「本当に……馬鹿です、小夜子は」
 詩織はそうして、ぐったりとした小夜子に迷わずキスをした。
(「小夜子を石になんてさせません。……怖いなんて、思っていられません」)
 ふらつく足を叱咤し、立ち上がる。
「ごめんなさい、紛れたわ。でも、このどれかが小夜子さんの命を奪ったのは確かよ」
「分かりました。私も私の力の限りで、バジリスク達を倒して……小夜子を取り戻します。必ず」
 唯に頷き、詩織は己が魔力をかき集め、高めた。
 そんな詩織を頼もしげに見つめる小夜子に、ふとルークは重大な事に気付いた。
(「待て……もしかして、石化してたら由香からきっきっきっキスしてもらえたのか?!」)
 しまったぁぁぁぁぁぁ!、内心の怒りやら動揺やら勿体なさやらを、そうしてルークは遺憾なくバジリスク相手に発揮したのだった。


「とりあえずバジリスクをどうにかしないと、夜魅だって封印だってヤバいだろ」
 藤ノ森 夕緋(ふじのもり・ゆうひ)はそして、セルマ・アーヴィング(せるま・あーう゛ぃんぐ)を置いてバジリスク退治に向かった。
「置いて行かれた。……でも、夕緋の言うことも一理あるし、心配してくれているんだよね?」
 残されたセルマは膨らませた頬を直ぐに緩めた。
 出来る事は、少ない。
 けれど、ゼロではないから。
 セルマは花壇に向けて祈りを捧げた。
「白花と夜魅の望みが叶いますように、幸せになれますように。ついでに夕緋が怪我したりしませんように」
 思い出すのは、割れた空。
 空を割って出ようとした『モノ』。目にした時の、どうしようもない恐怖。
「アレに対せるとしたら、花を見て綺麗だと思ったり、誰かを想ったりする気持ちだと思うから」
「とりあえずセルマはついてきていないようだな」
 安堵しながら、夕緋は目に付いたバジリスクを火術で退治する。
「正直、ありがたい。セルマが石化したら……困るからな」
 そして、時間を稼がなければならなかった。
 試練に向かった者達が戻ってくるまで。
 彼らが、夜魅や白花を助ける手立てを得て帰ってきてくれる事を信じて。