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リアクション
第3章 毛糸巻き巻き
ラク族の領主館は現在慌ただしい。前回の爆弾事件の影響で壊れた所を修理しているのだ。ラク族の大工が忙しくトンテンカントンテンカンとやっている。
爆破事件はある意味、後遺症として残っている。誰が、あるいはどういった勢力が犯人なのかが不明瞭だからだ。教導団から見れば、ワイフェン族と思えるが、ワイフェン族の族長も怪我をしたという点が問題だ。爆発の制御は難しく、一歩間違えば死んでいるわけで、偽装にしては危険すぎる。ワイフェン族は教導団がやったと思っているようだ。そして何よりもラク族はどちらがやったかは解らず、もっとも多くの被害を出している事から三者がそれぞれ疑心暗鬼状態である。幸い、というか領主のヤンナ・キュリスタはこの件は慎重に扱うつもりらしく、ある意味一番損害が少ないことから疑われやすい教導団に対しても対応は変わっていない。どちらも犯人の可能性があり、それ故に安易に結論を急がないつもりらしい。しかしながら、ラク族の警戒はいっそう厳しく、領内はある意味厳戒態勢で怪しい者を入れない方向に進んでいる。教導団の対ラク族交渉団も出入りには厳しいチェックを受ける。
行ったり来たり忙しい参謀長志賀 正行(しが・まさゆき)大佐も検問でいろいろ調べられたらしい。
「ちょっと困りましたね。ラク族がますます閉鎖的になっちゃいました」
「交渉もやりずらいですね」
エミリア・ヴィーナ(えみりあ・う゛ぃーな)はラク族が閉鎖的になれば、今後の交易に関わると考える。
「見た目よりダメージは大きい、と言うことでしょうか?」
「そうですね。交渉に対するダメージはかなりのものです。爆弾事件の目的が交渉に対する妨害ならある意味、成功していると言っていいでしょうね」
「このままでは先手を打たれる事になります。何らかの足がかりは早急に欲しいところですね」
フリッツ・ヴァンジヤード(ふりっつ・ばんじやーど)は永続的な足場堅めは必要と考えているようだ。
「さて、そう言う意味でも、ラク族に対する産業振興を行いたいところです」
「ラク族は商業には強いようです。現在彼らが扱っている商品の付加価値を高めるような手がいいと思います」
ヴィーナは付加価値を高めることで利益を上げられないかと考えている。
「現状でラク族の産業と言えば漁業と言うことになりますが?」
志賀は資料を見ながら言った。
「エミリアさんとまとめてみました」
香取 翔子(かとり・しょうこ)はヴィーナと案についてつめてみたようだ。
「迂闊な技術導入は危険と考えますので、素材加工を中心に行いたいと思いますが」
「変わり身早いなあ……」
志賀はぼそっと呟いた。この間まで香取は早急な近代化を唱えていたからだ。
「考えられるところでは、缶詰、瓶詰め等の加工保存食の生産、ガリ版印刷、足踏み式ミシンの導入などが考えられると思います」
ヴィーナは蕩々と意見を述べたが志賀の表情は今ひとつである。
「缶詰なんかの工場は、かなり文化に影響するんじゃないかな?電力も大分使うし」
「電力は、石油はないんでしたね?」
「うん、パラミタは地下資源は豊富と考えられているが、今の所、石油だけは出ていない。温泉出るのになあ」
「ガソリンは使えないと考えるべきでしょうね」
「多分、ガソリンを日本から運んできたら燃料コストがかかりすぎて商品が高くなるよ」
この問題は意外と大きい。
「シャンバラでいわゆる燃料として使えるのはエタノールだ。これならシャンバラで生産できる」
いろいろ書き留めているが、シャンバラの特性を生かすという意味では今ひとつといった感じだ。
「缶詰なんかは先に鋼板製造技術がいる。シャンバラの特産を生かす、という点では厳しいところだな」
「一つ案がありますが?」
そこで手を挙げたのはヴァンジヤードだ。
「毛織物工業はいかがでしょう?」
「毛織物?」
ヴィーナと香取は顔を見合わせた。
「参謀長は隣接するモン族にも目を向けるようおっしゃいました。情報を調べてみましたが、モン族は羊を飼っております。と言うことは、すでに羊の毛を活用していると言うことです。おそらく、周辺では毛織物を使用していると思われます。であるならば、それをラク族に輸出してラク族が拡大して生産する。これならば、今までやっていた事の効率化、拡大化の範疇で済みます」
「逆に言えば、まず、小規模な所から始めれば、文化的影響も最小限に抑えられると言うことかな?」
「そう考えます。モン族は羊を増やし、羊毛を産出する、それをラク族が加工する……。モン族とラク族が協力することは望ましいと考えます。影響を見て規模を拡大する様にすれば文化的影響も抑えられると考えます」
「なかなかいいと思いますね。まず基礎となる軽工業としては無難な線でしょう」
「では?」
「それで、ラク族と話をしましょう。あとモン族とも調整が必要になりますね。まあ、毛織物というのはこれから冬ですし、ちょうどいいかもしれません。防寒装備の一環という名目なら教導団も予算申請できますし、まずは軍用セーターでも発注して見ましょうか」
「軍用……セーターですか?」
「イギリス軍あたりではよく着てますよ。もし軌道に乗るようなら面白いことになるかもしれません。輸送コストの問題が解決できれば、日本あたりに輸出できるかもしれません。幸い、今の所人件費はそれほどかからないでしょうから、中国や東南アジアの製品と価格競争できます。将来『ウニクロ』あたりに卸せるようになれば、一定の利益が望めるようになるでしょう」
『ウニクロ』というのは日本の衣料品会社である。安くて良質な製品を多量に売ることで利益を上げている。黒い海栗のマークが目印だ。
「いずれパラミタ・ウール100%なんて表記が出るかもしれませんねえ」
「私もヴァンジヤード様の意見に賛成ですが……鉱物資源は使えないでしょうか?」
ジェシカ・アンヴィル(じぇしか・あんう゛ぃる)は伝統を尊重するべきというヴァンジヤードの意見に賛成している。
「鉱物資源はちょっと難しいですね。これらは重工業の範疇になってきますから、産業を興す、という点では軽工業が軌道に乗った後ということになるでしょう。ある程度技術なんかが浸透してからでないと鉱毒なんかの心配も出て来ます」
「空京なんかで使用する列車の部品や機晶姫のパーツなんかはどうでしょうか?」
「機晶姫のパーツとかになったら精密電子部品になっちゃいます。それに、鉱物資源は欲しいですが扱いが難しい」
「でも鉱物資源は欲しいですよね?」
アンヴィルはそちらの方を早期に確立したいようだ。
「喉から手が二本出て来てお遊戯するくらい欲しいです。ただ、何せレアメタルとかですから、まずは鉄鉱石中心に原石で掘ってもらって精製その他は教導団の工廠でやらないと駄目でしょう。今、パラミタでやるには必要な設備が大がかりすぎます」
簡単にはいかない。設備をむやみに投入すると文化・技術的影響が大きすぎる。なればこそ、ヴァンジヤードの毛織物産業の案がいろいろな意味で価値が高いのだ。
「鉱物資源に関しては特に長期的な判断と、注意が必要です。これはパラミタのみならず、地球にも多大な影響を及ぼします。今、世界的にリチウム鉱石が高騰しているのは皆知っているでしょう?」
「燃料電池……ですね」
ヴィーナが博識な所を見せた。
「ええ、エタノールもそうですが、エコ自動車として電気自動車が世界的に普及しつつありますが、その中核となるのが電池、そしてそのために今、リチウムは重要な物資として値が高騰しています。おそらくパラミタにも多量に埋蔵されているでしょう。そうなれば、日本のみならず、各国が水面下で争奪戦になります。意味……解りますよね?」
「各国の支援を受けた各学校が代理で争奪に動く、と言うことですね?」
事態の深刻さを見て取ったヴァンジヤードはその状況を想像した。それ自体がある意味、新たな紛争の元になりかねない。
「下手をすれば、我々がパラミタに火種を持ち込むことになりかねないのです。しかし、逆に言えば、今更鎖国もできませんから、我々はパラミタと共存するために慎重に、最善を目指さねばならないのです」
その後、再びヤンナと交渉に挑むこととなった。今回志賀はヴァンジヤードと香取を連れている。
「ご苦労様です」
ヤンナは深々と頭を下げた。立場的には偉いのだが、態度は謙虚である。領民の支持が高いことも頷けよう。
「例の爆弾事件の調査はいかがでしょうか?」
「調査はさせておりますが、今だはっきりとは……」
教導団の技術部に調べさせれば解るかもしれないが、この場合問題は出た結果をラク族が信ずるかどうかなのであまり意味はない。
「それで、今回は具体的なお話があるとか」
「はい、とりあえず、実験的に産業育成を行うと言うことで、ラク族にもご考慮いただきたく思います」
志賀はヴァンジヤードを促した。ヴァンジヤードは説明を始める。モン族の羊毛をラク族が輸入し、加工して売る。技術指導と流通には教導団が協力する。まずは小規模から始め、ラク族側の意見も取り入れつつ拡大するかどうかを決めていく。
ヤンナはかなり興味深そうに聞いている。必要な機材に関しては香取が説明を始めた。衣料品ならばラク族、モン族、ラピト族にも需要がある。初歩的な紡績機器とミシンについて説明し、試験導入を進める内容である。
「……よろしいでしょう。一定規模の試験導入には同意したいと思います」
やや考えてヤンナはそう言った。その言葉に一同は愁眉を開いた。遂に突破口が開けたのだ。
「うまくいくようであれば、規模を拡大したいと思います。これから皆さんと交流すると言うことになるのであれば、そう言った産業に慣れていかねばならないのでしょうから」
そうなると、次のステップも視野に入れなければならない。教導団側が要請しているのは教導団、ラピト族、モン族、との同盟。地球人と協力してのシャンバラ王国復活へ向けての参加である。王国復活に関してはラク族も乗り気ではある。元々、キュリスタ家自体が旧王国の重臣の末裔と言われている。本質的に拠って立つところは王国だからだ。ただ、地球人と協力する事が大規模な地球人進出、実質的な侵略になることを危惧している。
これについて、志賀は現在の同盟は言うなれば王国復活時にスムーズに参加できるようにする事が柱の一つである旨伝えた。これにはヤンナも了承している。
「言うなれば、王国復活に向けて、ひな形を作る、という考えです。王国復活……言葉が先行していますが、ではその王国とはどういう形態でどうあるべきか、それを模索する上でシャンバラの人々の多大なる参加を求めたいわけです」
「それは解ります。となれば、同盟を王国前段階の小国家としてとらえた場合、どのような体制、意志決定を行うか、それについての構築が必要となると思われますが?」
「同感です。これについてもたたき台の案を設定したいと思います」
「解りました。私達パラミタ人と皆さん地球人が共存していく上で一つの回答を示せればと思います」
一つの課題をクリアすれば次の課題が見えてくる。手応えが出て来たと言えよう。上手く納得させられればラク族との同盟は現実のものとなってくる。
「うまくいきましたね」
香取も喜んでいる。
「香取候補生、あなたが前回言った事です。なかなかにヤンナ殿は先を考えているようです」
「先……ですか」
ヴァンジヤードはやや怪訝な顔をした。
「香取候補生が明治維新を例にとっていたでしょう?であるならばヤンナ殿も同様に考えるでしょう。列強に飲み込まれないためには富国強兵である程度力をつけなければいけません」
「ラク族としても経済を強化せねばならなかったと言うことでしょうか?」
香取はラク族自身が苦心惨憺している事が理解できた。
「まあ、我々にとっても好都合です。ラク族やモン族に外貨を稼いでもらえますから」
「彼らが自分の意志で金を使って物が買えるわけですね」
「一方的に援助するなら必ず将来軋轢が起こります。援助する側は相手を見下すし、される側もそれを当たり前と考える様になります。それに『援助』では結局、相手から見れば、援助する側が技術をコントロールしていると思うでしょうし、つまるところ、技術、文化に影響が出た場合、援助する側の責任になります。しかし、彼らが外貨を稼げば、彼ら自身に選択肢が生まれます。文化・技術の導入の責任の半分は彼らも負うことになります」
本当にパラミタと地球人が共存するには将来をきちんと見据えて行動しなければならない。ある意味、微妙なバランスの上に乗っていると言えるであろう。幸い、交渉団は無事に綱を渡っている。
「さて、次が忙しいですよぉ〜。次は同盟関係における意志決定について概略を示す事になります。またラピト族も含めてこういった産業の育成を考えねばなりません。モン族とも今回の事をつめねばなりません」
「モン族と協力関係ができたのは大きいですね」
「ん〜。それはかなり効果的です。モン族とラク族に経済的なつながりができることは外交にも影響します。ワイフェン族がモン族を攻撃しようとすれば、ラク族の邪魔をすることになりますから。同盟で重要なことは、利害関係を一致させることです」
そう言って志賀はにんまりと笑った。これにより、香取とヴィーナは機材の発注と設置を、ヴァンジヤードは志賀とモン族の所へ行くこととなった。
一方、ラク族の街に繰り出していたのはレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)である。
「なんか、ぴりぴりしているのう」
眼鏡を掛けたちびっ子、ミア・マハ(みあ・まは)は周りを見て言った。爆弾事件のせいで警戒が強化されているのだ。あちこちで槍持ったラッコ兵が巡回している。明らかによそ者と解るフォートアウフらも警戒されている風がある。
「あ、あの私達、一応、ほら交渉団関係で来たから」
そう言って思い切り硬い表情のフォートアウフ。見て回ると、船大工が船を作っていたり、湖では漁が行われているようだ。淡水系の魚は養殖も行われており、生け簀があったりする。
「この周辺の部族としては、割と発展しているようじゃのう。多少、話を聞くと領主に対する信頼は厚いようじゃの」
「問題は、ここをシャンバラ貴族の避暑地にできないか?と言うことだけど」
「そもそも避暑地が必要なのか?そしてここは避暑地たり得るのか、が問題じゃのう」
「う、それは厳しいわよね」
元々、百合園のフォートアウフであるが、ヴァイシャリーあたりは過ごしやすい。むしろそっちが避暑地であろう。(マニュアル参照:「ヴァイシャリーはシャンバラでもっとも風光明媚な土地である」)ここに大勢のシャンバラ貴族をやってこさせると言うのは簡単にはいかない。というか、そもそもここはある意味ラク族領主キュリスタ家の領地でもある。勝手に避暑地にできるわけがない。
「産業といっても難しいのう」
「ぬいぐるみ産業ってのがあればいいのに、是非ラク族のぬいぐるみが欲しい〜」
「ラッコのぬいぐるみじゃぞ?」
すると、向こうでなにやら、ラッコ兵が取り囲んでいる。
取り囲まれているのはマフディー・アスガル・ハサーン(まふでぃー・あすがるはさーん)とアルフライラ・カラス(あるふらいら・からす)である。
「吾輩は調査に来た学者じゃぞお」
ハサーンはラク族の調査を目的としてやってきた、と主張しているがラク族兵に入れてもらえない状況だ。
「よそ者だ……」
「よそ者だな……」
「捕まえよう」
「そうだ、捕まえよう」
ラク族は警戒心をあらわにしている。
「どうしました?」
そう聞く、フォートアウフに対してもラク族兵士は警戒するが、フォートアウフが、教導団の交渉に協力する者であることを示す証明書を見せると、対応が変わった。
「学者なので調査させろ、と侵入しようとしたですだ」
「ああ〜なるほどねえ」
フォートアウフはうなずいた。
「いるんだよねえ、こういう人」
囲まれた中でハサーンは周りを見て憤懣の表情だ。
「ええい、どういう事だ」
カラスも反応が信じられないようだ。そこにフォートアウトは声を掛けた。
「おじさん、おじさん、今の時期はちょっとまずいよ。爆弾騒ぎがあって警戒している所へやってくるんだもの、スパイと思われても仕方ないよ」
「わ、吾輩はラク族の有り様を多くに知らしめようとしている。それは有意義ではないか!」
「それ、ただの正当化ですよ。おじさんにしか意味ないし」
「外交的に微妙なときに取る行動ではないのう。第一、自分を詐欺師と名乗る詐欺師はおらんのでのう。いきなりやってきて家の中を見せろと言われて見せる者はそうおるまい?」
マハがあきれた顔で言った。工作員、スパイは概ね潜入時に学者や芸術家を名乗る。有名なアラビアのロレンスも考古学者を名乗り、学術調査と称して潜入、破壊工作を指導している。また、この間もラク族領内に潜入して攪乱工作を行おうとした連中がいた。(着ぐるみ大戦争〜扉を開く者第一回参照の事)それ故、警戒が厳しいのだ。
「ラク族の者たちはひょっとしたらワイフェン族と同盟する可能性もある。だとすれば地球人に今自分たちのことをむやみに教えようとはしないじゃろう」
現状では教導団とワイフェン族がラク族を巡って綱引きを行っている状況だ。ラク族としてはワイフェン族と手を組んで地球人と敵対すると言う選択肢もあるのだ。で、あるならばはっきりするまでよそ者は当然、侵入させない。それをあえて調べようとするなら、明白な軍事偵察行為である。ラク族と交渉団の同盟がなってから本格的な交流を進めようとするならまだしも、いまラク族の内情を勝手に地球人に広めようと言うならラク族にとっては迷惑でしかない。
「おじさん、ボクらも元は百合園だけど、交渉が微妙な状況だと思ったから、きちんと教導団と話をして交渉団に協力する様にしている。ラク族は交渉団を窓口として認めているんでしょ?そうじゃないならここは帰った方がいいよ」
フォートアウトは勝手な行動はラク族に対する地球人全体の立場を悪くすると考えている。それ故、勝手に動くのではなく交渉団に協力し、その立場を考えた行動を取っている。
「あくまで、調査すると言うのなら、ラク族、教導団双方に対する敵対行動ととられかねないからね。まずは筋を通すのが先じゃないの?」