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ホワイトバレンタイン

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ホワイトバレンタイン
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リアクション

 水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)はこの日とても緊張していた。
 今日は霧島 玖朔(きりしま・くざく)と2人っきりでのデート。
 そう、2人っきりのデートなのだ。
 今までは3人でだったり、2人で話していても周りに知り合いがいたり何か依頼の最中だったりという状況だったけれど、今日は正真正銘、2人っきりの自由な時間。
「ちょっとこの服だとシンプルすぎかな、もう少し……」
 鏡の前で服装に悩みながらドキドキする睡蓮。
 その隣で鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)もドキドキしていた。
「な、何してるの、九頭切丸」
 お出かけの準備をしている九頭切丸に気づき、睡蓮は驚く。
 しかし、驚かれた方の九頭切丸もビックリした。
 付いていく気満々だったからだ。
「お願いだから今日は二人きりにさせて!」
 普段は気弱な睡蓮だが、これだけは譲れなかった。
 次にいつかあるか分からない機会なのだ。
 しかも、バレンタイン。
 今日は絶対に2人っきりでいたい。
 睡蓮の願いの強さに気づき、九頭切丸は折れた。
 そして、睡蓮は玖朔との待ち合わせに遅れないように、精一杯おめかしをして、レストランに向かった。

「わあ……」
 レストランの雰囲気に、睡蓮は目を輝かせた。
「俺なりに本気を出してみたんだが、気に入ったかい?」
 玖朔の言葉に、睡蓮はうれしそうに頷いた。
「はい、とても素敵です。インテリアが凝っていて、すごく綺麗」
「そうか、それは良かった」
 髪型も服装もバッチリと決めた玖朔が笑みを浮かべる。
 今日のために、商業組合が宣伝しているオススメのレストランの中から睡蓮が好みそうなところを探して予約しておいたのだ。
 メニューはお任せすると言うので、玖朔はあっさりとした味付けの魚メインのコースを頼み、睡蓮に飲み物だけ選んでもらって、2人でまずは乾杯した。
 いつもよりうきうきしているせいか、珍しくよくしゃべる睡蓮を、玖朔は楽しげに見つめ、互いの学校での話などをして盛り上がった。
 2人は楽しく食事をし、気づいた頃には夜も更けていた。
 デザートを食べた頃にはもうすっかり暗くなっていたが、「時間は大丈夫か?」という玖朔の言葉に「はい」と睡蓮は緊張しながら答え、玖朔はそんな睡蓮に本気の表情を向けた。
「それじゃ、もう少し水無月の時間をもらおうか」

 玖朔と睡蓮は食事の後、夜の公園に行った。
 2人で歩きながら、睡蓮は悩んでいた。
(手、繋ぎたいな……)
 そう思っているのに、玖朔のほうは気づかない。
 密かに尾行していた九頭切丸もハラハラして見守っている。
(男性はキスとかじゃなくて、手を繋いだりとかの少し触れて欲しいっていう気持ちを、あんまり分かってくれないって何かの本に書いてあったから、そういうことなのかしら。それとも、それとも、あ、やっぱり……)
「やっぱり霧島さんは……」
「どうした?」
 思わず口から出た言葉に気づかれ、睡蓮は驚いて立ち止まる。
「……どうした?」
 再度、玖朔が聞くと、睡蓮は悩みながら、思っていたことを口にした。
「霧島さんは……男の子同士とかそういうのに、興味があるのかなあと……」
「は?」
「……こ、この間のマジケのときにその、男の子同士が、えと、あのー……と、ともかくそういうのを買ったじゃないですか。もしかして興味あるのかなー……なんて……」
「なんて?」
「いえ、ほら、教導団って男の方も多いじゃないですか、もしかするとそういう……ぁ、違うんです別に嫉妬とかじゃなくて、別にその手のが気になるわけでもなくて!?」
 公園に行って手を繋ぎたいけれど玖朔にそういう気が無いらしい→そういえばマジケットで男の子同士の本を買っていた→霧島は軍隊である教導団だ→私と手を繋ぐよりも実は男性とがいい? という不安と、マジケットで何かに目覚めかけている睡蓮の興味からそんな言葉が出ているのだが、そのあたりの睡蓮の頭の中での動きが分からないので、玖朔にはさっぱりと意味が分からない。
 しかし、何やら睡蓮が気にしていそうなのだけは分かったので、
「男同士なんてのは教導団でも珍しく無い。俺自身は巻き込まれた事なんて無いから安心してくれよ。……周りが多いってだけでホントに興味無いからな?」
 ちなみに、教導団の男性は実は女性だけが好きという人が圧倒的に多い。
 なので、睡蓮のその心配は杞憂に終われそうだ。
「は、はい」
 玖朔の答えに、睡蓮は安心したように小さな笑顔を見せた。
 その表情を見て、玖朔は睡蓮の肩を押した。
「それじゃボートでも乗るかい?」
 今日はバレンタインと言うことで、特別に夜までやっているボートを借り、2人は池へと出た。
 尾行していた九頭切丸は、さすがにボートまで付いていくわけに行かず、船着場で待機することにした。
「…………」
 それでも、玖朔に手を引かれて、恐る恐るボートに乗りながらも、楽しそうな睡蓮を見て、九頭切丸はホッとしながら、ボートが転覆しないようにと言うことだけ気にして見守るのだった。

 ボートが池の真ん中の方に進むと、公園の木々が無くなり、空が見える場所になった。
「星が綺麗だな」
 夜空に浮かぶ星を見つめ、玖朔が睡蓮に語りかける。
「ええ、とても……」
 睡蓮は笑顔で答えかけて、ふと、不安になった。
 玖朔がこうやって夜空を見るのは、自分で何人目なのだろうと。
 臆病な睡蓮はいつも心のどこかで不安だった。
 玖朔が自分の気持ちを否定したことなんて無い。
 それは分かっている。
 でも、玖朔の周りにはいつも女の子が一杯で、だけど、そばにいたくて……。
「寒いのか、水無月」
 顔を覗き込んできた玖朔に、睡蓮はハッとする。
「どうか……したか?」
 寂しそうな、泣きそうな表情をしている睡蓮を見て、玖朔の方も不安になった。
 今回は本気を出して、睡蓮に楽しんでもらおうと思っていた。
 睡蓮も食事をしている間、とても楽しそうだったのだが、公園に来てから、少し様子が変だ。
「いつも会えるわけじゃないから、何か言いたいことがあったら言えよ?」
 少し柔らかな表情を浮かべて、玖朔が睡蓮に語りかける。
 優しい言葉を耳元で囁かれ、睡蓮は玖朔に自分の不安を打ち明けた。
「霧島さんの周りって、女の子がいっぱいですよね…その、早瀬さんとか、ミューレリアさんとか祥子さんとか…」
 もう一人の恋人である早瀬、相棒であるミューレリア、気になる存在である宇都宮祥子。
 パッと睡蓮が思いつくだけで、玖朔の周りにはそれだけの女の子がいた。
 他にも玖朔には気になる女の子がたくさんおり、睡蓮の不安を増やしていた。
 それでも健気な睡蓮は、それをやめて欲しいとは言わなかった。
 ただ、その霧島の周囲にいる女性の軍団から、自分が外されないように……と願っていた。
「……私はこの際、何番目でもいいんです、一緒にいられるならそれで……」
 切なそうに睡蓮が自分の気持ちを告白する。
 たくさんの女の子が周囲にいる玖朔でも、それでも睡蓮はとても好きなのだ。
「霧島さんは、こんな私でも好きになってくれますか……?」
 祈るように告げられたその言葉。
 玖朔は睡蓮の銀色の瞳を覗き込み、彼女に囁いた。
「他の女子や順番なんて今は気にしないでくれよ。ここに居るのは俺と水無月だけ。それ以外は誰も居ないじゃないか。……今この瞬間はお前だけだ、今日を忘れられない日にしてやるよ」
「玖朔さん……」
 思わずその名を口にし、睡蓮は涙を流した。
 緊張の糸が解けたのか、そのままボロボロと泣いてしまう。
「涙で、せっかくの星空が見られなくなるぞ」
 玖朔は睡蓮の背中を手で支えながら、ボートに寝そべらせ、一緒にボートに寝転がった。
 2人はそのままずっと夜の空を2人で見つめるのだった。
 
 ボートがいつまでも帰って来ないので、心配になった九頭切丸は、同じくボートを借りて向かおうかと思ったが、その間に、2人が帰ってきた。
「あ、九頭切丸」
 睡蓮は九頭切丸が心配していたことに気づき、謝った。
「心配かけてごめんね。チョコもちゃんと渡せたし、帰ろう」
 3人は仲良く公園を後にした。