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ホワイトバレンタイン

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ホワイトバレンタイン
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リアクション

 
 それはバレンタインにしても、ちょっと変わった光景だったかもしれない。
 ハーポクラテス・ベイバロン(はーぽくらてす・べいばろん)はボウルのままの生チョコレートを持って、校長室に向かった。
 ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)校長に会うためだ。
「クハブスがどうしたらいいか教えてくれたら、こんなことにならなかったのに」
 生クリームの入れすぎか何かで固まらなかった生チョコを抱え、ハーポクラテスが溜息をつく。
 パートナーのクハブス・ベイバロン(くはぶす・べいばろん)は、ハーポクラテスがジェイダス校長にチョコを渡すというのを聞き、怒り出してしまったのだ。
「ジェイダス校長にあげるためにチョコを作っていたのに、そのチョコが固まらない? そんなこと知りませんよ!」
 ハーポクラテスはバレンタインを『目上の人にチョコを渡す日』と勘違いしているので、クハブスが何を怒っているのか、ちっとも分からない。
 しかし、クハブスはバレンタインの正確な意味を分かっているので、2人は互いを誤解したまま、すれ違っていた。
 知りませんといわれても困るので、ハーポクラテスは食い下がったのだが、クハブスはご機嫌斜めでそっぽを向いたままだった。
「勝手にジェイダス校長に渡しに行けばいいでしょう。ああ、腹立たしい! 彼のことが好きだったんですね、勝手にしてください」
 そのままクハブスはどこかに行ってしまった。
 困ったハーポクラテスは悩んだ末に、こうやってボウルのままの生チョコをジェイダス校長に持っていくことにしたのだ。
 尊敬するジェイダス校長に会えると思うと緊張し、足が震えながら、ハーポクラテスは校長室のドアをノックした。
「入るがいい」
 ジェイダスの声が中から聞こえ、ハーポクラテスはドアを開けた。
「し、失礼します!」
 緊張しながらドアを開け、ハーポクラテスはジェイダス校長が一人なのに気づいて感激し、そばに寄ろうとして……コンセントに足を引っ掛けた。
「あっ!?」
 ハーポクラテスの体が空を飛び、思い切り転んだ。
 普段ならそんなものには引っかからないだろが、緊張の余り、足元が見えなかったのだ。
「いたた……。あれ?」
 自分の手にボウルがないことに、ハーポクラテスは気づいた。
 同時に自分が空を飛んだのと同じように、ボウルが飛んだのを見たような気がしたことに気づき、そーっとボウルの行き先だった方向を見た。
「……」
 ジェイダス校長のチョコがけ
 そう表現するのが的確なほど、ジェイダスの羽もフリルの服も見事に茶色に染まっていた。
「ご、ごめんなさい、先生!」
 怒られるっ、と思い、ハーポクラテスは怖くなって目を閉じた。
 しかし、怒りの声は飛ばず、チョコがけになったとは思えない静かな声がハーポクラテスにかかった。
「怪我はないか?」
「は、はい? あ、……はい!」
 何を問いかけられているのか、やっと気づき、ハーポクラテスが返事をする。
「用向きは?」
「あ、あの、それ、生チョコの作りかけでして……ジェイダス校長に食べてもらおうと思って……」
「そうか、食べられない状況になってしまったので気持ちだけもらっておく。では、シャワーを浴びる必要があるので、失礼させてもらう」
「は、はい。すみません!」
 ハーポクラテスは頭を下げ、校長室を退室した。
「怒られなかった……な」
 ちょっと安心しながら、ハーポクラテスはボウルを抱え、帰ったのだった。


「梅琳さんに義理チョコを作って渡そうと思っているのですが、エレーネさんも一緒に、梅琳さんへのチョコレートを作ってみませんか?」
 夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)の提案にエレーネ・クーペリア(えれーね・くーぺりあ)はしばらく考えた後、頷いた。
 それほど見知った関係ではないが、同じ教導団と言うことで、誘いに乗ったらしい。
 水城真菜のチョコ作りに行く2人をデュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)は光学迷彩で姿を隠して、護衛として同行した。
 チョコ作りには参加できないし、食べることも出来ないので、デュランダルは静かに2人を見守った。
 
 彩蓮とエレーネは黙々とチョコを作った。
 隣のテーブルでは他の子たちがワイワイキャーキャーと大騒ぎしているが、それとは対象的に静かだった。
「ねえ、エレーネさん、聞いていいですか?」
 材料を混ぜながら彩蓮が声をかけると、エレーネは彩蓮のほうに注意を向けた。
「エレーネさんは梅琳さんがパートナーだから大切なのですか? それとも、人間として大切なのですか?」
 投げかけられた疑問にエレーネの手が止まる。
 無表情なエレーネだったが、その動きで心の動揺が分かった。
 エレーネのそんな様子を見て、彩蓮の隠し持った感情にも小さな迷いが生まれた。
 そして、少しの沈黙の後、エレーネは口を開いた。
「分かり……ません……」
 エレーネは再び材料をかき混ぜ始めながら、言葉を続けた。
「でも、処理しきれない感情があるのです……」
「処理しきれないですか」
 彩蓮にも捨てた過去が色々とある。
 人には言えない裏の顔も。
 そのため、丁寧に人当たりよく他人に接する一方で、デュランダルにも心を開かない生活をしているのだが……。
 その後、2人は義理チョコを完成させ、橘 カオル(たちばな・かおる)とのデートを終えた李 梅琳(り・めいりん)にその義理チョコを渡した。
「ありがとう。それで、今日ね……」
 梅琳はカオルとのデートをエレーネに語った。
 その話を聞く間も、エレーナは無表情で、彩蓮からは何を考えているのかは窺い知れなかった。