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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第3回/全4回

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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第3回/全4回

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それぞれの陣営〜少し前のこと


 サルヴィン川とイルミンスールの森の西端が接する地、赤壁に急速に発展した町、ヨシオタウン。
 現在天体観測用のピラミッドを建設中である。
 そこの領主である御人 良雄(おひと・よしお)は、王宮の客間で百々目鬼 迅(どどめき・じん)と歓談していた。
 客間と言っても何十人も入れそうな広い一室である。
「教導団のヤツにカツアゲされそうになってたお前がなぁ……いまやA級四天王か。成長したんだな」
 素直な迅の驚きと賛辞にヨシオはやや困ったような笑みを見せた。
 まるで、恥ずかしい過去の話はしてくれるなと言うふうに。
 迅は見るからに高級そうなティーカップの中の紅茶を一口飲むと、話題を変えた。
「良雄なら俺の気持ちわかってくれると思うから打ち明けるけど……実はさ、俺にも惚れてる女がいるんだ。一目惚れでさ、話したこともほとんどねぇんだけど」
 迅の脳裏に、無口な銀色の髪の女の子の姿が浮かぶ。同時に胸を焦がすような苛立ちも。
「遠いところに住んでいるのか?」
「そうだな……遠いな」
 物理的な距離も精神的な距離も。
 けれど、諦めきれないその想いをいつか本人に伝えたくて、迅は思い切って良雄にこんな提案をしてみた。
「俺も含め、みんなでこのヨシオタウンを守ろう。それで、もし機会があれば……リフルとのデートにここを使わせてくれ」
 思わず出てしまったのだろう、迅の好きな女の子の名前はヨシオも聞いたことのある名だった。
「デートに誘うということは、打ち明けるのだな?」
「そのつもりだ……と、言いたいが……ン、ン──」
 突然言葉に詰まり始めた迅を怪訝そうな顔で見つめるヨシオ。
 しかし、迅の要望をヨシオは快諾した。
「想い、通じるといいな」
(そして、どんなふうに告白したのか教えてほしいっす!)
 内心とは裏腹に偉そうに言うのだった。
 ちょうど話しに一区切りがついたのを見計らったようにドアがノックされた。
 ヨシオが返事を返すと静かにドアが開かれて、配下が来客を告げる。
立川 るる(たちかわ・るる)様がお見えです」
 とたん、ヨシオの周りがパァッと輝いた。
 席を外そうとする迅を留め置き、るるを迎え入れるヨシオ。
「こんにちは、良雄くん。ねえ、外のピラミッド凄いね! あーいうの、公共事業って言うんでしょ?」
 会うなり褒められ、ヨシオは天にも昇る気持ちになっていた。
 配下が引いた椅子に腰掛けるるるをポーッと見つめている。
 るるは、その時になって持ってきたものに気がついた。
「これ、お土産。イルミンスールにあるカフェで『宿り樹に果実』っていうところのケーキ。こないだゲームしに行った時は変なこと言っちゃったしねー、お詫び」
「お、お詫びだなんてそんな! そんなこと思わなくていいんスよ!」
 迅に見せていた【星帝】の顔はあっさり剥がれ落ち、いつものヨシオになっていた。
「それに、先月誕生日だったんだってね。それも含めて」
 ヨシオは感激のあまりひっくり返りそうになる体をどうにかこらえて、ケーキの箱を受け取った。
 ドア付近に控えていた護衛兼執事の配下は、何も言わずに一礼してヨシオから箱を受け取り、切り分けるために客間を出て行く。
 迅は、いつまでここにいればいいのだろう、といたたまれない気持ちになっていたが、チラリとヨシオを伺えば全力で「行くな!」と目で訴えてきていた。
 おそらく、今るると二人きりになったらカチンコチンになって告白どころか会話もままならなくなると本能的に気づいていたからだろう。
 俺を堤防にするなと言いたい迅だったが、似たような境遇のヨシオについ同情が生まれてしまった。
 先ほど出て行った配下はすぐに戻ってきた。
 ヨシオ達の前に切り分けられたフルーツケーキと、新しく淹れ直した紅茶が置かれる。
「パラ実入って初めて誕生日祝いなんてされたっす。るるさん、ありがとうっ」
 ヨシオの頭からは、お詫びの件は抜けていた。
 おいしそうにケーキを食べるヨシオの前のるるは、建設中のピラミッドを絶賛し始めた。
「星の動きを観察するのは、暦を作ったり生活の役に立ったりするから不可欠だよね。農業でも目安にするし、古代エジプトではシリウスの動きを見てナイル河の氾濫を知ったっていうし、天文学は文明と共に古くから発達してきた重要なものだもん」
 ヨシオは食べる手を止めて目をぱちくりさせた。
 るるの言っていることは、ヨシオにはよくわからなかった。
 助けを求めるように迅を見るが、迅はその視線に気づかないふりをした。
 しかし、二人の間のそんな気まずい瞬間もるるの次の発言で吹き飛ばされる。
「るるもね、荒野に天文台や天体観測所があればいいなって思ってたの。きっと、この町のみんなの役に立つよ! みんなのこと考えてるなんて、良雄くんは偉いなぁ」
 シリウスがどんな動きをしようがナイル河がどこにあろうが、もう良雄にはどうでもよかった。そんな細かいことより、るるに褒められたことのほうがはるかに重要だった。
 ただし、町のみんなのためではなく、るるのためなのだが。
 これを聞いていた、ドア付近に控えていた配下は交代の時にこのことを仲間達に話した。
「ヨシオ様のお望みのピラミッドは、想い人のためだけではなく我らのためでもあった! ヨシオ様は思慮深いお方だ!」
「よし、作業を急ぐぞ! モタモタすんなァ!」
 ヨシオの評価は彼の知らないところで上がっていった。
(るるさん……! もういっそ、ここで告白を……!)
 ヨシオが心の勢いに任せて思わず身を乗り出した時、ポケットからころんと何かが転がり落ちた。
 それは迅の足元まで転がり、彼は拾い上げた。手のひらに軽く収まる程度だ。淡く輝きを放っている。
 何かによく似ている。
「良雄、何か落ちたぜ。なあ、これ……」
「ああ、それ。いつの間にか持ってたんすよ。綺麗な色してるっすよね。ミツエさんの虹キリンみたいに吉を呼んでくれるといいんすけど……はぁ」
 迅から受け取ったスフィアを見つめ、ヨシオはため息をつく。
 理由はよくわからないが、ミツエ軍と生徒会軍がこの地を狙って迫ってきている。
 特に彼らの気に障るようなことをした覚えはないのだが……。
「ケンカは当人同士で仲直りしないとダメだよね」
「仲直りねぇ……」
 るるの発言に迅は何とも言えない表情になり、ヨシオも似たような顔をしていた。
 鷹山剛次横山ミツエ(よこやま・みつえ)が和解したら確かにパラ実は落ち着くだろうが、その可能性は果てしなくゼロに近い。
 ヨシオは少し不安そうにスフィアをポケットにしまった。


 るるがおしゃべりを楽しんでいる頃、一緒にヨシオタウンを訪れたラピス・ラズリ(らぴす・らずり)立川 ミケ(たちかわ・みけ)は、町の様子を見て回っていた。
 愛用のパラミタがくしゅうちょう片手に町でも特に人で賑わう市場で、ラピスはヨシオとはどんな人なのか尋ねていた。
「ヨシオ様か? ここはもともと人の集まるとこだったが、あの方が来てからは通りが整ったりしたから、俺ら行商人は助かってるよ」
 荷車に採れたての野菜を積んだ男は答えた。
「ヨシオ様は配下にもやさしいんだぜ。母ちゃんが風邪で寝込んだから見舞いに行きてぇって言ったら、よくなるまでついててやるがよいって。それで母ちゃんもすっかりよくなったから、またこうして働いてるっわけさ」
 ピラミッド建設従事者は言った。
「ごっついパラ実の連中が押し寄せてきた時は、もう終わりかと思ったけど、乱暴するでもないしな。ヨシオ様がしっかりしてるんだろうな」
 昔からの住人は言った。
 ラピスは通りの階段に腰を下ろすと、やさしくミケの頭を撫でる。
「何だかいい人みたいだね、良雄さん」
「なー」
 ミケは同意するように小さく鳴く。
 また、るるについての噂もあった。名前までは知られていないようだが、
「星の好きなヨシオ様の想い人」
 として人々に認識されていた。
 その代わりというように、ヨシオに助けを求めてきて受け入れられた孫権の評判は悪かった。
 契約者を裏切るなんて薄情なやつだ、だとか、中原制覇などと途方もないことを言ってないで堅実に金を稼いで借金返したらどうなんだ、だとか。
 孫権にとっては耳の痛い話だろうが中でも多かったのは、ミツエ軍のスパイじゃないのか、という噂だった。
 無理もないことだが、孫権はヨシオにタウンの防衛を任されて以来、その仕事に手抜きはしていない。また、孫権の下に配された部下にも気さくで、人柄自体は好かれていた。
 にも関わらず、疑惑の目が消えないのはアイン・ペンブローク(あいん・ぺんぶろーく)がせっせと悪い噂を流していたからだ。
 その間、ヨシオと契約した魔道書女の子の体のヒミツとも知り合ったが、
「良雄様に仕えたいというなら、そうさせればいい。何かたくらんでいたとしても、良雄様のお人柄に触れているうちに自分の愚かさに気がつくでしょう」
 と、孫権のことはたいした問題ではないと捉えているようだった。
 しかしアインにとってはそうではなかった。
 安定した収入を得るために吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)を説得してここに来たのだ。竜司にはここで力をつけてもらい、そしていずれは下克上である。剛次、ミツエ、良雄と並べた時、ヨシオがもっとも下克上しやすい相手に見えたのだ。
 それには孫権が邪魔だった。
 今は情けない姿をさらしているが、かつては一大勢力の主だった人物だ。どんな裏の顔を持っているか知れない。
 揺れ動く孫権の評判はともかく、ヨシオタウンの住人の関心事はやはり主の動向だった。
 このまま孫権を先頭に防衛戦を始めるのか、パラ実の支配者である生徒会につくのか、領地は持たないが何故か勢いが収まらない乙王朝につくのか。

卍卍卍


 こちらは現在サルヴィン川をヨシオタウンへ進行中の移動生徒会室金剛。
 生徒会の事実上実権を握っている鷹山剛次は、生徒会室のドアを開けた時、ソファでくつろいでいる崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)の姿にわずかに眉を寄せた。
「お前、まだいたのか。もう用はすんだだろう?」
 ホットプレートの上のコーヒーポットからカップにコーヒーを注ぎながら剛次が問う。
 亜璃珠はすました顔で答えた。
「ご挨拶ですわね。私、まだ生徒会に貢献したとは思っておりませんの。それに、あなたは思ったよりいい男でしたから」
「ふん。そう言うなら、何か言いたいことでもあるんだろう?」
 向かいに腰を下ろした剛次に、亜璃珠はカップをテーブルへ戻す。
「このまま水軍で攻め込むのは危険ではないかしら?」
「何故そう思う? ヨシオに強力な水軍はない。それどころか、まともな戦力があるかどうかもあやしい。ミツエにとり憑いた邪霊から逃れた孫権がヨシオの配下になったと聞いたが、そのような地では力を発揮できまい」
「敵がヨシオさんとミツエさんだけならいいでしょう。ですが、クトゥルフ信者がついております。彼らのホームである水上からの進軍はやはり危険に思えてなりませんわ」
 食い下がる亜璃珠の言に剛次はふと考え込んだ。
「……なるほど。では陸上部隊も編成するか。大将はバズラだ。好きな者を連れて行かせよう。俺達はこのまま進む。川と陸、双方から攻めて一気にヨシオタウンを制圧してくれる。その途中でミツエも捕らえてしまえばよい」
 どこまでも強欲な剛次だった。
 退路は確保しておきませんと、と亜璃珠は口には出さずに思った。
 それから大事なことを剛次に言っておく。
「ここでは私のことは『黒鉄亜矢』とお呼びくださいね」
「わかっている」
 剛次は亜璃珠がわざわざ変装する意味を汲んで頷いてみせた。

卍卍卍


「何をグズグズしているのだ! さっさと部隊を編成してヨシオタウンへ攻め込むぞ! 生徒会なんぞに遅れをとってはならん!」
 ミツエは馬上からイライラした声を落とした。
 それもそのはずで、桐生 ひな(きりゅう・ひな)姫宮 和希(ひめみや・かずき)がそんなミツエを必死で押さえていたからだ。
「此度の赤壁での戦、決して負けられませんのですー」
「だから、早く支度をせよと言っておるのだ! いつからそんなにノロマになった!?」
「ミツエ! 伝国璽の邪霊になんて操られるな!」
「何を言うか。これは朕の意志であるぞ!」
 ずっとこんな具合であった。
「ミツエ、おまえはひとまずここにいて、良雄とは友好路線を進むんだ」
「そうよぉ♪ 和希ちゃんの言うとおり」
 もめている中にひょっこり顔を出したのはヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)だった。
「ヨシオタウンを乙王朝に取り込むのなら、攻め込むより当面はクトゥルフちゃんと仲良くしておいて、生徒会とぶつけるように仕向けたほうがいいんじゃないかしら? できるだけ無駄な戦闘は避けて、戦力は温存しておくべきよ」
「はたしてあのヨシオが朕を手を組むかな? 生徒会の怖さはよく知っているはずだ」
「でも、やってみる価値はあると思うわよ♪」
「……勝手にしろ。だが、朕は歩を止めんぞ。朕がヨシオタウンに着くまでに話をつけてくるんだな」
 意地悪くニヤリとするミツエに、ヴェルチェは焦りも見せずにいつもの笑みでこたえた。
 激変したミツエの様子を見ていたクレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)は、呆れたようにため息をついた。
(英霊としてナラカより実体化したわけでもない残りカスに身体を奪われるなど……)
 呆れと共に情けなくもなった。
「ミツエ殿、一度ピラミッドのもっとも高いところへ立ち、自分が収むる町を一望してはどうかな?」
 そうすれば、少しは邪氣に打ち勝つ気概もよみがえるのでは、と考えたクレオパトラの進言だったが、頷くミツエの顔を見るに意図が通じたとは思えなかったのだった。

 その頃乙軍野外炊事場では、楽園探索機 フロンティーガー(らくえんたんさくき・ふろんてぃーがー)が鍋で何かを煮込んでいた。
「何だこの刺激臭は……毒薬でも作ってるのか?」
 頭巾と同じ黄色のハンカチで口と鼻を覆った張角が声をかけてきた。
「ある意味そうかもしれませんね……味見、なさいますか張角様」
「まだ死ねん」
 もう限界だ、とばかりに張角は炊事場から退散していった。